56話 平穏な狂気と、次期英雄の誕生
「呪いの本で猫にされた悲劇のエリート」という堂々たる嘘がギルドでまかり通り、私は『ギルド公認の猫獣人』として日常に戻った。
復帰して数日は、私の真新しい白い尻尾に遠慮もなくいきなり触ってくる者が三人ほどいた。だが、その度に獣の反射神経が勝手に働き、私は無意識のうちに彼らを壁際まで蹴り飛ばしてしまった。
ギルドのど真ん中で起きたその理不尽な光景を多くの利用者たちが目撃したおかげで、それ以降、私の尻尾に触れようとする愚か者はいなくなった。
よく考えたら、ギルド内で獣人が仕事を受けるのをあまり見たことがない。
気になって受付嬢に「ギルドに獣人の方っていないんですか?」と聞いてみると、「ギルドとは関係ない、同じ建物内の飲食店などを利用する獣人はそこそこいますが……仕事をする獣人も何人かはいるものの、まあ人間が多いせいかあまり見かけませんね」という答えが返ってきた。
獣人は人間と比較して三十人に一人くらいしかいないとも聞くので、ある意味、数的には収束しているのかもしれない。
私の日常には、少しだけ変化が生まれた。
時々クロに猫耳の掃除をしてもらったり、逆に私がラメの耳掃除をしてあげたりするようになったのだ。
もちろん、その日常の中には、夜な夜な野良の悪党を狩って解体する時間も、都市の防衛のために定期報告や探索を行う時間も含まれている。
だが、あの『愛猫家のボス』や、その背後にいるという巨大な組織に繋がるような手掛かりは、びっくりするぐらい何も得られなかった。実はもういないんじゃないかと思うぐらいには。
一方、クロとラメの日常はもはや言うことがないくらい平和だ。
悪党から副産物を巻き上げるための暇つぶしの狩りや、クロの読書。強いて言えば、最近クロがラメに文字を教え始めたことくらいだ。覗いてみると、野生児のラメは机に向かってだいぶ苦戦しているようだったが。
夜。
自室のベッドに腰掛け、私は一人、白い尻尾をパタパタと揺らしながら冷静に現状を分析していた。
(あの圧倒的な手掛かりの無さ……噂の組織の背後には、さらに上位の組織が存在する可能性すらあると言われている……まさか、本当にいないなんてあり得るか??)
今の私の魔法技術と、この新しい『猫の身体能力』。
それらを完璧に融合させて自身のものに仕上げなければ、親の仇である悪党どもを根絶やしにする復讐は達成できないだろう。
復讐を諦めたわけではない。しかし、焦る必要は全くない。
「まあ、今は耳もよく聞こえるし、体の感覚も最高だし……」
私はベッドから立ち上がった。
「しばらくは、この『猫獣人の次期英雄』として、奴らを完璧に狩るための力を身につけよう」
誰に言うでもなく呟き、私は部屋の窓枠に足をかけた。
獣のように身軽な跳躍で、夜の屋根の上へと飛び乗る。冷たい風が、私の白い髪と猫耳を揺らした。
眼下に広がる巨大都市の暗闇には、まだ見ぬ悪党たちが息を潜めている。
私は夜空に浮かぶ丸い月を見上げながら、獲物を狙う獣のように、暗闇の中でニヤリと冷たく微笑んだ。




