17話 悪魔との契約と、エリートの庇護
意識が浮上する。
見上げたまぶたの裏で、一瞬だけ昔住んでいた家の懐かしい天井を幻視したが、視界がはっきりするにつれてそれが勘違いだと分かった。
(……なぜ、知らない場所にいるんだ!?)
跳ね起きようとして、全身が強張る。斬り落とされたはずの右腕が、なぜか綺麗に繋がっていたからだ。
混乱する頭で思わず周囲を見渡すと、一人の小さな女の子と目が合った。ペールイエロー(薄い黄色)に黒が混ざったような髪と獣耳、感情の読めない冷ややかな瞳。
「腕は直した。私たちの事は口外するな」
底冷えするような淡々とした声で、その少女は私に告げた。
それから彼女は、私に対して尋問を始めた。巨大都市の状況、私のギルドでの立場、そして私自身のことについて、一切の感情を交えずに根掘り葉掘り聞き出してくる。逆らえば殺されるという絶対的なプレッシャーの中、私は冷や汗を流しながら答えることしかできなかった。
やがて尋問が終わり、重苦しい沈黙が続く。
と、そこへ小屋の入り口から、もう一人の少女が姿を現した。
(双子……?)
思わずそう考えてしまった。色に少し違いはあるものの、背格好や醸し出される異質な雰囲気が、最初の少女とほぼ同じだったからだ。
後から来た双子の片割れのような獣人の少女は、最初の少女の隣にすり寄るようにくっつくと、口を開いた。
「あ、やっと起きたんだね。クロ、これどうするの?」
「もう決めてる。一緒に来い。巨大都市での家や、お前のギルドの立場も利用させてもらう」
その唐突な宣言に、私だけでなく、後から来た少女までが「えっ?」と目を丸くして驚いていた。どうやら、最初からいた少女の独断らしい。
都市へ向かって歩き始めてすぐ、簡単な名前の共有が行われた。
「名前はクロ」
「……ラメ」
最低限の情報と名前だけを告げるクロに対し、ラメと呼ばれた少女は私を警戒するかのように少し距離を取っている。
先に名乗らせてしまったプレッシャーから、私も慌てて「ブラン……です」と答える。
客観的に見て、今の私は完全に『命の危機』にある。いつ首を刎ねられてもおかしくない。必死に平静を保ちながら歩いていたが、一、二分ほど経った頃、クロが前を向いたまま口を開いた。
「これから向かう都市にはいくつか悪党の集団があるようだが、そいつらを狩るのも目的だ。だが、まずは安全に住む家と隠れ蓑が必要になる。君がよく利用するギルドでの立場も、都合よく利用させてもらう」
その言葉を聞いて、私は思わず弾かれたようにクロの方へ首を向けた。
(……悪党を、狩る?)
化け物にいつ殺されるか分からない不安と恐怖に押しつぶされそうだった私の心に、唐突に別の感情が湧き上がった。
私の両親は、この巨大都市に巣食う悪党の連中に殺された。その憎き悪党ども、両親殺害の元凶を排除するために――この圧倒的な力を持つ化け物たちを『利用』することができるのではないか?
「……分かりました」
恐怖と、将来への期待。
相反するどす黒い感情が入り混じり、私の鼓動は少しだけ早くなった。
巨大都市に到着し、私たちはギルドへと向かった。
私はクロに言われた通り、彼女たちが全滅させたあの山賊の討伐を『私が一人で達成した』という設定にして報告を済ませた。
その間、クロとラメは目立たないように深くフードを被り、ギルドの隅から内部を観察していた。ラメはクロの隣にピタリとくっついている。
と、そこへ、ガタイのいい男が二人に話しかけてきた。
「おい、お嬢ちゃんたち。依頼しに来たのか? 案内してやろうか?」
親切を装っている……いや、本当に親切心から声を掛けている感じだな、あれは。よく見たら私の顔見知りの冒険者だ。
しかし受付中だった私は、双子はどうするのかと少し様子見をした。
クロは無難に「大丈夫です」とだけ短く返した。
だが男は、本気で心配しているようで、なかなか引き下がらなかった。
「いや、でもこんな所に小さい子が二人だけで……」
マズい。
これ以上絡まれれば、クロが何をだすか(彼をどう処理するか)分からない。
私は報告のカウンターから小走りで駆け寄り、二人の前に勢いよく立ち塞がった。
「私が面倒を見ている子たちです! 大丈夫ですから!!」
思わず、意図していたよりも遥かに大きな声で、男を威圧するように怒鳴ってしまった。
ギルド中の視線が集まる。だが、常連であり『エリート候補の魔法剣士』として通っている私の影響力は強かった。男は少しバツが悪そうに引き下がり、それ以降、私が傍にいなくても、彼女たちに不用意に声をかけてくる者はいなくなった。
化け物たちに強制された、案内と家の紹介。
理不尽で最悪な関係だが、私の中の『悪を排除する』という目的の火は、静かに、しかし確実に燃え上がり始めていた。




