無能だから追放された俺、実は何もしてないのに世界を救っていたらしい
――悪いが、お前はもういらない。
酒場でそう言われたとき、俺は「そうか」とだけ返した。
驚きはなかった。
むしろ、やっと来たか、という感じだった。
俺はこのパーティで、一度も目立ったことがない。
剣も振るわなければ、派手な魔法も使わない。
前に出ることもなければ、決定的な一撃を放つこともない。
だから「何もしていない」と思われるのは、まあ当然だろう。
「足手まといはいらねえんだよ」
リーダーのガイルが言う。
周囲の反応も似たようなものだった。
剣士のレオは露骨にため息をつき、弓使いのミナは笑っている。
魔術師のカレンだけが、少しだけ目を伏せていた。
「いいよ」
俺はあっさり頷いた。
「抜ける」
「……あっさりだな」
「引き止めてほしかったのか?」
「別に」
それで終わりだ。
揉める理由もない。
俺にとっても、彼らにとっても、これが自然な流れだった。
俺は席を立ち、そのまま酒場を出た。
翌朝、町を出た。
特に行き先は決めていない。
とりあえず、適当に歩いていればどこかに着くだろう。
「まあ、なんとかなるだろ」
今までもそうだったし、これからもそうだ。
俺はそう思って、歩き出した。
昼過ぎには、小さな町に着いた。
特に特徴のない、どこにでもある町だ。
宿を取り、飯を食い、ギルドに顔を出す。
やることはそれだけだ。
「最近、この辺は平和なんだってな」
飯屋の店主が言った。
「ああ。魔物も減ったし、商売もしやすい」
「へえ」
「前はもう少し荒れてたんだがな。急に落ち着いた」
「急に?」
「理由は知らん。だがまあ、いいことだ」
確かに、その通りだ。
平和なら、それでいい。
一方その頃――
「おかしいだろ、これ!」
森の中で、レオが叫んでいた。
「魔物の数、多すぎるって!」
「たまたまだ!」
ガイルが言い返す。
だが、その声には余裕がなかった。
すでに三度目の戦闘だ。
本来なら、一日で一度あるかどうかの頻度なのに。
「来るぞ!」
カレンが叫ぶ。
次の魔物が飛び出してくる。
レオが剣を振るう――が、わずかに遅れた。
「なっ――」
かすっただけの一撃。
その隙を突かれ、肩に傷を負う。
「レオ!」
ミナが援護するが、動きが噛み合わない。
ほんの少しずつ、すべてがズレている。
「なんだよ、これ……!」
誰も答えられなかった。
俺はギルドの掲示板を眺めていた。
簡単な依頼ばかりだ。
「とりあえずこれでいいか」
薬草採取の依頼を一つ選ぶ。
難しくもなんともない。
森に入って、指定された場所で採ってくるだけだ。
それだけ。
森に入ると、妙に静かだった。
「……あれ?」
違和感はあったが、深くは考えない。
魔物の気配が少ないのは、むしろありがたい。
そのまま歩き、目的の場所に向かう。
途中、何度か足を止めた。
地面の痕跡を見て、ルートを少しだけ変える。
倒れた木を見て、別の道を選ぶ。
風の向きを見て、立ち位置を変える。
――特に理由はない。
ただ、なんとなくだ。
その方が楽だと思っただけ。
「はあ……はあ……」
その頃、元パーティは疲弊していた。
「数が減らねえ……!」
「なんでこんなに……!」
魔物の群れは、異常だった。
そして何より――
「連携が……合わねえ……!」
レオが歯を食いしばる。
今までなら、自然に噛み合っていた動きが、まるで別物のようにズレる。
タイミングが合わない。
位置取りが狂う。
判断が遅れる。
「一旦引くぞ!」
ガイルが叫ぶ。
だが、その判断も遅かった。
背後から、別の気配が迫る。
「後ろ!」
振り向いた瞬間、爪が振り下ろされた。
ガイルの脇腹が裂ける。
「がっ……!」
血が飛ぶ。
その瞬間、全員の動きが止まった。
ほんの一瞬。
だが、それが致命的だった。
俺は薬草を採り終えて、町に戻っていた。
特に問題はなかった。
魔物にも会わなかったし、道にも迷わなかった。
「楽だったな」
依頼を終えて報告すると、受付の女性が少し驚いた顔をした。
「もう終わったんですか?」
「ああ」
「この辺、最近は危険なんですけど……」
「そうなのか?」
「はい。急に魔物が増えてて……」
「へえ」
特に実感はない。
俺が見た限りでは、むしろ少なかった。
「運が良かったんですね」
「多分な」
そういうことにしておく。
数日後。
町に、噂が流れ始めた。
ある冒険者パーティが壊滅した、という話だ。
「聞いたか? あの有名なパーティ」
「知ってる。結構強かったはずだろ?」
「それが全滅寸前らしい」
酒場で、そんな会話が交わされる。
俺は特に興味もなく、聞き流していた。
さらに数日後。
町の外れで、見覚えのある顔を見た。
「……お前」
ガイルだった。
怪我だらけで、やつれている。
「久しぶりだな」
俺は軽く手を挙げた。
「……なんで」
ガイルの声が震える。
「なんでお前、平気なんだよ……」
「平気って?」
「この辺、魔物が……」
「ああ、なんか増えてるらしいな」
「らしいな、じゃねえよ!」
ガイルが叫ぶ。
「あんなの、普通じゃねえ……! 前と全然違う……!」
「そうなのか」
本当に、よく分からない。
俺にとっては、特に変わったことはなかった。
「……なあ」
ガイルが、縋るように言う。
「戻ってきてくれ」
「は?」
「お前がいなくなってから、おかしいんだよ……!」
その言葉で、ようやく少しだけ理解した。
「ああ」
なるほど。
「……偶然じゃないか?」
「そんなわけあるか!」
「でも、俺は何もしてないぞ」
事実だ。
俺はただ、普通に生活しているだけだ。
「ふざけるな……!」
ガイルの目が揺れる。
怒りと、恐怖と、焦りが混ざっている。
「お前、何かやってただろ……!」
「別に」
俺は首を振る。
「何もしてない」
ただ――
なんとなく危なそうな場所を避けて、
なんとなくタイミングを見て、
なんとなく全体を見ていただけだ。
それだけ。
「……そうか」
ガイルは力なく笑った。
「そうだよな……」
何かを諦めたように。
「俺たちが……勘違いしてただけか」
それ以上、何も言わなかった。
ふらふらと歩いていく。
止める理由もない。
その後、俺は普通に生活を続けた。
依頼を受けて、こなして、飯を食って、寝る。
それだけだ。
だが、不思議なことに――
「最近、この辺やけに安全になったよな」
「確かに。魔物が減ってる気がする」
そんな声を、よく聞くようになった。
理由は分からない。
ただ、まあ。
「平和ならいいか」
俺はそう思って、空を見上げた。
特に何もしていない。
本当に、何も。
ただ――
そこにいるだけで、少しだけ世界がうまく回っているらしい。
それがどういうことなのかは、よく分からないけど。
まあ、別に困ってないし、いいだろう。
今日も、依頼を一つこなすだけだ。
それだけの、普通の一日だった。




