21.エピローグ
ゼノンルクスの不眠症は確実によくなってきている。魔法を使わなくとも数時間は眠れるようになり、その時間が増えつつあった。
その事実に、ジェイラスは驚いていた。こんなにも短期間で劇的に改善するとはさすがに予想していなかったようだ。
「まだ商品を出すようになって三年ほどのフィーネにゼノンルクスの治療を頼むのは、正直どうかなって思ってたんだ」
フィーネと食事をしているジェイラスがそう吐露する。
「力不足だと見なしていたんじゃなくて、単純にプレッシャーが強すぎると思ってね。魔王の治療を任されて、もし結果が残せなかったら……最悪、故意でなくとも症状が悪化したり、何か副作用で別の症状が出たりしたら、ただでは済まない」
「そうですね」
「それに何より、ゼノンルクスが初対面の相手に心を許すのは時間がかかりすぎるから、時期を見て……と考えていたのに、ヴェルディ殿の強行姿勢が功を奏した形になったね。こんなことならもっと早くお菓子だけでも無理矢理食べさせるべきだった」
「下手をしたら首が飛びかねない役割ですし、慎重になるのは当然のことだと思います」
万が一、ということもある。魔王相手だと緊張して、思うように力を発揮できない可能性も高い。実際、そういった事例があったと耳にした。
だから、ジェイラスの判断が間違っていたとは思えない。
「ゼノンルクスは自分のことには関心が低いから、こんなにあれこれ受け入れてくれるのは意外だったなぁ」
そういえば、最初に大人しくレーヴに来るのもあっさり承諾してくれて予想外だったと言っていた。
「今日も予約が入っていたね。やっぱり気に入られてるね、フィーネ」
「魔力の相性がいいみたいですから」
「どうかな。それだけじゃないと思うけど」
魔力の相性だけでゼノンルクスに興味を持たれているわけではないことは確かだろう。フィーネも察しはついているので、ジェイラスの意味ありげな視線に耐えられなくて目を逸らす。
「そのうち、君自身で気づくか、ゼノンルクスから動きでもあるだろうね。ゼノンルクスも自覚があるのかよくわからないけど」
何やら楽しそうに笑みを浮かべるジェイラスの言葉からして、なんとなくフィーネの認識とは結びつかず、フィーネは首を傾げるのだった。
客室でゼノンルクスを迎えたフィーネは、挨拶ののち、またも差し入れを受け取った。もう恒例と化している。
そして、恒例化したやりとりがもう一つ。
「ちゃんと寝てるか?」
「はい」
こうして、なぜかフィーネの方が体調を心配されてしまうのだ。
ちゃんと寝ているか、食べているか、調子は悪くないか、困ったことはないか、体調に限らずあれこれと確認される。
「不調なのは陛下の方ですよ」
「最近は良くなっているだろう」
「確かにそうですが、油断は大敵です。私は陛下をしっかり休ませるようにといろんな人に言いつけられているので」
もちろん、フィーネも彼にはしっかり身も心も休めてほしいと思っている。
「それに、私の魔法は値段も高額ですし、早く完治していただかないと」
彼に会えるのはもちろん嬉しいけれど、高額の料金を払い続けてもらうのは気が引ける。それに、体調は当然、万全になった方がいいに決まっているのだ。
そう思ったからこその発言だったけれど、ゼノンルクスはわずかに眉根を寄せた。
「治っても、俺はここに通うつもりだが」
「えっ」
フィーネが思わず声を上げると、ゼノンルクスの眉間のしわが増える。
「ヴェルディも常連なんだろう。俺はだめなのか?」
「そういうわけでは……」
機嫌を損ねてしまったようで、フィーネは戸惑った。
(というかこれは、拗ねてる……?)
怒っている、とは違うように見える。
そんなことを考えていると。
「お前が作る菓子は美味い」
「……ありがとうございます」
ゼノンルクスから向けられた言葉に、フィーネは気恥ずかしくなって少し俯いた。
ジェイラスの見解のとおり、フィーネはかなり気に入られているようだ。いや、この場合はお菓子や魔力だろうか。
「お菓子なら、陛下でしたらお代をいただかずともお贈りさせていただきたいくらいです」
魔女のやすらぎの利益を出すことは、後見人であるジェイラスへの恩返しとして必要だ。ゼノンルクスに対しては今は注文分とは別で少しおまけをしている状態だけれど、菓子程度であれば料金は一切取らないことを、ジェイラスも許してくれそうではある。
他にも、個人的にできることはあるだろう。魔女のやすらぎの魔女としてではなく、一国民として。
「いや、対価は払う」
「ですが、料金以外でも色々といただいていますし……」
「話し相手は本来、お前の仕事には含まれていないのだろう。その礼として考えておけ」
フィーネの頬に大きな手が触れて、軽く撫でられる。
「フィーネ」
触れられることをフィーネが嫌がらないと知ってから、ゼノンルクスはよくこれくらいのスキンシップをとる。まるで愛でるように繊細な手つきはフィーネの心を振り回す。
「できる限り、なんでもしてくれるんだろう」
「……はい」
「お前に与えることは俺の楽しみの一つだ。それを奪ってくれるな」
声はどこまでも柔らかく、フィーネの耳に染みる。
やはり、フィーネ自身がずいぶん気に入られているようである。
「……はい」
そわそわするし、ふわふわする。
(このひと、距離感がおかしい)
嫌ではないけれど、決して嫌なはずがないけれど、とにかく恥ずかしい。
ちらりとゼノンルクスを見上げると、相変わらずの穏やかな赤がこちらを見つめていた。目が合うとその優しさが増して、ますます面映ゆい。
熱を持った頬が冷めるには、かなりの時間が必要そうだった。
それからひと月も経たないうちに、魔王に恋人ができたのではないかという噂が広がり始めた。城内で時折、女性に贈り物をするには何がいいかと、魔王が古株の使用人や旧知の貴族にアドバイスを求める姿が目撃されたためである。
噂という火種にここぞとばかりに空気を送り油を注いだのは、とある老人だ。『あの娘はわしが孫の嫁にと狙っていたのじゃが、陛下が相手ではどうしようもあるまい』と、あえて周囲の誤解を増長させる情報を流したその老人は、とても楽しそうに笑っていたという。
ゼノンはわりと素で自然にぐいぐいいくタイプです。




