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19.第四章四話



 前回ゼノンルクスがレーヴに宿泊して十日ほど経っただろうか。新たにゼノンルクスの予約が入っていた。

 客室で出迎えたフィーネに、ゼノンルクスはまたお土産を渡してきた。中身は魔王城の料理人が作ったチョコレート菓子と、薬を作るのに必要な貴重な素材だった。

 お菓子だけではないけれど、餌づけされているような気がする。

 断っても無駄だということは前回でよく理解したので、ありがたく受け取った。お菓子も別のお土産も、本当に興味が引かれるものばかりだ。ジェイラスから色々と好みが流出しているのだろう。


「ヴァージルが世話になったそうだな」


 ソファーに座るなり、ゼノンルクスはそう訊ねた。

 やはり、ヴァージルがレーヴを訪れたことは耳に入っていたようだ。


「はい」


 フィーネは紅茶の用意を進めながら答える。


「何か不快な思いはしなかったか」

「とても紳士的でした」

「ならいい」


 確かに最初はヴァージルの訪問に憂鬱な気分で挑んだけれど、不快な思いをする要素はまったくなかった。


「陛下のことを、心から案じていらっしゃいました」

「そうか」


 ゼノンルクスらしい、淡々とした返答だ。何を話したのかと追及もしてこないのは、見当がついているからだろう。


「あくまで彼の予想ではありますが、陛下の不眠症の原因についてもご説明くださいました」


 そう告げても、ゼノンルクスは目立った反応を見せない。フィーネが紅茶を注いだカップを置くと、それを取って一口飲んだ。

 フィーネは正面に座り、ゼノンルクスのわずかな反応も見逃すまいと観察する。


 彼は詮索されることを望んでいない。

 けれど、その原因がフィリアーナにあるのなら、フィリアーナだったフィーネが放っておけるはずもない。恩あるひとを苦しめたままでいいはずがないのだ。


「聖女のことが、気にかかっているのですか?」

「所詮は奴の憶測だろう」

「陛下を身近で支えている者の、観察や情報に基づく推測です」


 根拠は明確。同情すべき点がある程度で聖女ごときを魔王が気にするはずがないと可能性を否定せず、ヴァージルはおそらく正解を導き出した。


「くだらないことだと陛下は仰いましたが、少なくとも宰相閣下は陛下にとって大きなきっかけだと認識していらっしゃるようでした」


 くだらなくなどない。周りの認識ではなく、ゼノンルクスがどう感じているかが重要なのだ。


「何が重いかはそれぞれ異なるものです」


 フィーネが誤魔化さないでくださいと目で訴えていると、ゼノンルクスはため息を吐いた。観念したように背もたれに体を預ける。

 そうして、口を開いた。


「――以前手にかけた聖女は二人とも、自身の役割として誇りを持ってその地位にいた。自分が魔族から他の種族を守るのだと」


 以前の聖女。フィリアーナの前とその前の代の二人。

 フィーネは他の聖女のことは知らない。フィリアーナが生まれるずっと前に生きていた者たちであり、生まれ育った国も違えば、同じく聖女という存在ではあっても身近には感じられないものだ。

 ただ、聖女というのは慈悲深く気高い存在だと言い伝えられている。その通りの者たちだったのだろう。


「魔族を統治し、聖女を殺して魔族を守るのは、魔王としての義務だ。だが俺は、この地位を望んでいたわけではない。魔剣に選ばれて、拒否権もなく魔王の座に座らされているにすぎない。強制され能力も与えられ、縛りつけられた。そこに俺の意思はない。誇りなど、感じたこともない」


 魔王は魔剣が選ぶ。けれど、ほとんど血筋で受け継がれるようなものだ。魔王の子供が次の魔王、ということがほとんどだった。

 ただ稀に、例外が存在した。それがゼノンルクスだ。

 魔人として転生して、魔族として生活したことで、フィーネはその事実を知った。


 ゼノンルクスは先代魔王の子供ではない。一応、血の繋がりはある。甥だ。先先代の魔王の孫であるから、力を受け継いでいても不思議はない。

 しかし、基本的には魔王の子に受け継がれていくのが魔王の力というもの。先代魔王には実子がいたのに、実子ではないゼノンルクスが選ばれた。そのことに反発はあったらしい。


 きっと彼も、苦労してきたのだろう。魔王という存在に苦しめられてきたのだろう。


「聖女も似たような存在のはずなのに、聖女は俺とは違う認識を持っていた。俺には理解できなかった」


 その気持ちが、フィーネには痛いほどわかった。


「――ただ、五百年前の彼女は、俺と似ていた」


 思い出しているのか、ゼノンルクスは目を伏せる。


「知ったのは殺した後だったが、彼女は『聖女』に縛られた者だった。俺と同じで」


 聖女と魔王。この苦しみは、きっとお互いしか理解できない。神のせいで選ばれた、この世界で特別な存在。

 特別と呼べば聞こえはいいけれど、一人には背負いきれないほどの義務を抱えさせられるだけの存在でしかない。フィーネの認識はそんなものだ。


「……陛下が手にかけたという、人間の滅亡を望んだ方のお話をしてくださいましたよね」

「ああ」

「聖女のこと、ですよね」

「そうだな」


 予想どおり、返ってきたのは肯定だった。


「後悔されているのですか? 聖女を殺したことを」

「……そうかもしれないな」


 前回は不眠症の原因については受け流されたのが嘘のように、ゼノンルクスは答えてくれる。


「彼女は俺に殺されることを望んでいたが、彼女の事情を知り、本当にそれでよかったのかと考え込むようになった」


 言葉を紡ぐゼノンルクスの表情は、相変わらず感情が読みづらい。けれど確かに、後悔に囚われているように見える。


「生かしたままこちらに引き入れれば、彼女は幸せを経験できたかもしれない。あの人生を恨むだけで命を終えることはなかったかもしれない」


 似た苦悩を味わっているからこそ、救えたかもしれないという思いが彼の中で渦巻いているのだろう。


「どうしてそれほど、聖女を気にかけていらっしゃるのですか? 同情と言うには少し物足りないように私には感じられます」


 同情や共感。それも充分な理由かもしれないけれど、フィーネにはそれだけに見えなかった。

 フィーネの疑問にゼノンルクスは考える素振りを見せる。


「……気に入ったから、だろうな」


 意外で、想定もしていなかった言葉に、フィーネは目を丸めた。


 最初から気になってはいたのだと、ゼノンルクスは言う。魔王軍に捕まり玉座の間に連れて来られた時、聖女は恐怖や絶望を感じているようには見えなかったと。その瞳も、表情も、凛としていたのだと。

 結局その首を魔剣で斬り落としたわけだけれど、直前のお礼の言葉を確かに耳にし、聖女の背景を調べ、魔法で記憶を追体験したことで、ただ興味を引いただけの存在から、徐々に気に入った存在になっていたという。


 ゼノンルクスが不意に顔を上げ、赤の双眸がフィーネを捉えた。


「どうしようもなく惹かれた。あの、強く美しい瞳に」

「っ」


 そんなことを真剣な顔で言われてしまえば、フィーネが息を呑んで顔を真っ赤にするのも仕方ないだろう。



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