プロローグ
大学祭で展示したものです。
泣いても泣いても、涙は怒涛のように頬を濡らした。
本棚に囲まれた薄暗い勉強部屋の中で、私はしゃくりあげ、それでも目の前で開かれた一冊の本に向かう。
書かれている数式を見る。
わからない。何度読み返そうともその意味は理解できなかった。
本の題名は『数学II』。
およそ小学六年生になるばかりの私が手をつけるべき代物では決してないとは思う。
けれど、私はその内容を理解しないといけなかった。
理由は、ーーー父さんと母さんに見限られないようにするため。
後ろには腕組みした父さんが控えている。弱音なんて、口が滑っても吐くわけにはいかなかった
けれど、網膜に映る文字はちっとも意味としてまとまらないままで。
なにもわからないままに時間が過ぎていくのを、私はただただ待つしかなかった。
これは、もう無理だ。できない。理解不能だ。
心が諦めに溺れ始める。
だめ、それは、だめだ。
助けを求めれば失望される確信があったから、必死に思考に縋り付いた。けれど、そんなことは無意味だった。私はとっくに諦念に沈んでいたのかもしれない。
私は、父の顔を見てしまった。
振り返ってから、後ろなんて見なければよかったと後悔してしまうほどの、一瞬で軽蔑に染まった、その顔。
「情けないなぁお前は。そんな泣き顔で父さんのことを見れば助けてくれるとでも思ったか? まったく。父さんも母さんも頭が良かったんだ。その頭のいい父さんと母さんの子供であるお前は、そんなたかだか高校生の問題でつまづいてたらダメなんだって、わかるよな?」
いらだたしげな父の言葉に、首は自然に肯定を示した。
もし、「わからない」とでも言ってしまえば、ただそれだけの言葉を口にするだけで、きっと私はこの家にいられなくなる。
本気でそう信じていたからこそ、私は無様なほどに教科書を雫で濡らし続けるしかなかった。