表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/6

 チャイムの鐘の音が授業の終了を知らせる。

 ハリのある声で、『起立、礼』と室長が号令をかけたのをきっかけに、教室の生徒は散り散りになる。

 部活に行く人や帰宅する人、友達と駄弁る人。

 青春だ。


「さゆり、さゆり!」

「えっ……?」

「もーさっきから呼んでるのに」


 ぼーっとしていたらしい私は彼女の声に気づかなかったみたいだった。

 呼び主の方向を向いてみれば、そこには腰に手を当てて頬を膨らませた友達、なんちゃんの姿があった。

 軽く謝罪すると、彼女はいつものように不満そうな顔をしつつも、「うむ」と声に出してうなづく。


「まあ、それはいいとして。さゆり、初めての彼氏は放ったらかしでいいの?」


 言われた言葉に私はハッとする。

 昨日、生まれて初めてできた彼氏、小林くんと一緒に帰る約束をしていたのに。


「まったくどうして、彼氏なんて作っておいてそんな忘れたりできるのかねぇ……」

「え、なに?」

「いやぁ、なんでもありやせんて、さゆり殿」


 何か聞こえた気がして、急に口調が変わった友人に気になって聞いみるも、「早く行ってあげなよ」と促された私は教室を出るしかなかった。



〇〇〇〇



 昨日の昼休みのことだった。


「さゆりさんのこと、僕、好きなんだ!」


 学校の屋上に呼び出された私は、小林くんから告白されたのだ。

 突然のことでとても驚いたけど、人から面と向かって好意を示されたのは初めてで、嬉しい気持ちになったのを覚えている。


「でも、小林くんって水井さんと付き合ってるんじゃないの?」


 問題なのは彼が幼馴染と付き合っているのではないかという話があったことだった。

 彼とその幼馴染の仲がいいというのを、学校で知らない人はいない。

 けれど、小林くんはその心配は杞憂だと熱弁した。

 曰く、その子は体が弱いから、幼馴染である自分は流れでそういうポジションに収まってしまったのだそうだ。

 そうやって世話を焼いているうちに付き合っているのではないかという噂が生まれたらしかった。

 でも、そうだとしても、申し訳ないけど私は小林くんが好きではない。それに、この学校をトップで卒業し終えるのはもちろん、国一番の大学に入学しなければならない私が彼に付き合ってあげる暇は、きっとない。


「私、小林くんのこと、別に好きじゃないから、だから……」


 その言葉の先で、断ろうとした私に彼は言ったのだ。


「僕は、君のことが好きだ! 君に好かれるためにはなんだってする! 忙しいことはわかってるけど、でも、お願いだ。もう少し考えて欲しい!」


 完全に予想の斜め上を彼は突き進んできたのだ。

 なんでもするとまで言い切った小林くん。

 そんな彼に私は、熱烈な告白されたのがよほど嬉しかったのかもしれないーーー彼の申し入れを受け入れていたのだった。



〇〇〇〇



 そんなわけで付き合い始めた私達は帰宅する。

 ほとんど話したことがなかったのだから当然かもしれないけど、少し話した後、すぐに話すことがなくなった。

 数秒の沈黙が流れた後、小林くんは話題にするほどでもない天候について呟いた。


「……いい天気だね」

「そう?」


 空は雲に覆われている。


「いや、なんとなくだよ!」


 必死に弁明する彼。

 私といるだけで、彼の心の天気は晴れになるのだろうか。ちょっとおかしい。


「ふふっ」

「え、さゆりさん?」

「あ、ごめんね。ちょっとおかしくて」


 天気のことを話題にあげるなんて、気まずいけど沈黙が嫌だから、というような理由で話す事柄と思っていたけど、この人に限っていうと、違うのかもしれない。

 私達はどちらからともなく顔をほころばせた。彼の顔はちょっと照れ臭そうだ。


「そうださゆりさん。来週の日曜日、一緒に遊園地に行こうよ!」


 唐突に小林くんがそう切り出した。

 日曜日はなにも予定が入っていない。

 付き合ってすぐに遊園地だなんて、とは思った。それに、一日中勉強ができなくなるのは私にとって前代未聞だ。

 どうしようか迷っていると、真剣に、期待に満ちた彼の瞳が私の顔を覗き込んでいるのが目に入る。

 自然と思い浮かんだのは、ついさっきのやりとりと彼の照れ臭そうな笑顔だ。

 一日くらいであれば、父さんも母さんもどうせ気づかないはずだし、いいかな……?


「わかった。また連絡して」


 顔を明るくした彼は、強くうなづいた。



〇〇〇〇



 彼と別れた後、天気予報では曇りのはずだった空から、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。傘を持ってきていなかった私は、すべからく家に駆け込んだ。

 音のしない家の玄関で息を落ち着かせ、風邪をひかないように着替えた私は自分の部屋に入った。

 カバンを投げ出して、ベットへうつ伏せ倒れ込む。

 体に入っていた息が、フッと抜ける。

 壁にかけられたカレンダーには赤文字で記述された、『テスト』の三文字が見えた。


「私、どうして遊園地オッケーしたのかな」


 告白も、遊びに行く約束も。

 なんでこんなに軽々しく了承してしまったのか、よくわからない。

 今までこんなことなかったから、浮かれているんだろうか。

 けれど、母さんと父さんの思っている大学への道が揺らぐようなことを、いっときの感情で選んでしまったとは、思いたくない。


「なにはともあれ、勉強しないと」


 一ヶ月後にはテストがある。そこで学年一位を維持するのは当然として、受験勉強もしなくてはならない。

 父さんも母さんも、私はがっかりさせたくないから。

 どうして軽々しく小林君の告白にオッケーしたのか、なぜ付き合ってばかりなのにいきなり遊園地に行くことにしたのか。

 考えたいことはたくさんあったけど、とりあえず頭の片隅にそれを追いやった。今日は教材p145ページからp183まで進めなくてはならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ