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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【夜の調査 一日目】

ようやく更新。ようやく調査。

ちょっとした戦闘もどきがありますが、あっさりです。

戦闘ものじゃないんで…はい。




 消灯時間を過ぎた夜十一時に私と禪は寮を後にした。




 各部屋の死角になっているドアから出て、万一にも見つからないよう雑木林のような裏道を通って校舎へ。


ほんの少し遠回りになるけれど、見つかって騒ぎになることを考えるとこの道を行かざるおえない。

 林や森独特の、土を踏む感覚に腐葉土の匂い、枯れ葉が乾いた音を立てて崩れる音。

それに噎せ返るような“夜”の濃密な空気と肌がピリピリするような緊張感。

月明かりと川蛍の明かりを頼りに校舎へ向かって足を進めながら、霊刀の柄を握り直した。

 あと一時間も経てば“彼ら”が動き始める、動きやすい時間帯に入るのだ。

私より一歩先を歩く禪君も同じように周囲を警戒しているのがわかる。




「参考までに聞くけど、夜の学校に入るのは初めて?」


「この時間に校舎内に入ることはまずない」


「だよね。好き好んでこんな時間に抜け出した上に学校に潜入する人間の気が知れないし。仕事じゃない限り俺もゴメンだよ…まぁ、仕事柄断れないんだけどさ」




 今回もそうだ。

何が出るのかわからないけれど、できるだけ怖いものがでなければいいと思うのは正し屋従業員として失格かもしれないな、なんて苦笑していると少しずつ校舎が見えてきた。



 校舎は、森を切り開いて建てられただけあって、まるで気に囲われているような閉鎖的な印象を受ける。


明るい内はそんな風に思わなかったのに、夜になっただけでガラッと印象が変わった。

闇に溶け込むように…でも、確かな存在感と威圧感を持って、学校は建っている。



 あるべきモノがなく、あってはならないモノが存在していそうな空間。



もはや異質以外のものでもない雰囲気をまとった学び舎を前に私は足を止めていた。





「――――…月が出ても変わらない、か」




漆黒の雲に隠れていた月が姿を現して大時計が十一時十一分を指した。


 夜、時計の音は止めてあるらしい。

だから、音はならないはずなのに…というか、十一時丁度じゃないので聞こえる筈がないのに、一度だけ時計の音があたりに響いた。


 禪も私も足を止めて校舎を眺める。


 点呼の後に各部屋を舎監の先生が回って最終の見回りをする決まりを利用し、部屋にやってきた須川さんは私たちの準備を見て数秒何かを考えた後に“これならば恐らく大丈夫でしょう”という評価を告げた。



「禪、校舎に入ったら時計回りで見て回るよ。絶対に後ろにいること。禪の背後にはシロを付けるし、傍には必ずアオイくんを付けて。不意打ちがないとも限らないから呪符はいつでも使えるようにして」


「わかった。御神水はどうする」



懐から取り出されたのは試験管のようなものに入った無色透明の液体。

 御神水は神様に捧げたお水なので、神力が込められている。

普通の霊や妖怪には影響がないか気分を落ち着ける程度のものだけれど、神様が嫌う“穢れ”や怨霊など禍々しいモノには猛毒や劇薬になる。



「スタンバイだけはしといて。御神水で退けられるのなら斬ったほうが早いから」


「…霊刀か。霊刀を扱うには相応の能力とセンスが必要だと聞いた。霊刀を武器にする者が少ないのはそういった理由が大きいと耳にしたが」


「みっちり嫌ってほどに訓練したし、小さい頃に少しだけ剣道齧ってたから基礎はできてたみたいだよ。まぁ、ただ必死に修行メニューこなしてただけだけどさ」



修行メニューの内容は思い出したくもない。

 うっかり遠い目をした私を不思議そうに禪が見ていた。



「何度か死にかけたことはあったけどさ、森に置き去りにされた時以上だったし、するもんじゃないよ修行なんて。いくら物覚えが宜しくないからってアレはないと思うんだ…死にかけると走馬灯を見るってあるけど、あれ事実みたいだよ。少なくとも俺は見たし」


「そんなに、か。正直、物腰の柔らかい須川先生がそういった修行を付けるようには思えないが」


「………見た目に騙されちゃダメなんだよ、禪」



不気味な校舎を前に軽口を叩き合ってみたものの、張り詰めたような空気は変わらない。

 口をつぐんで改めて校舎を霊視すると、澱んだ穢れのような靄が複数、それも随所に存在しているのが見て取れる。

 幸い、寮からは完全に校舎は見えないから寝不足に悩まされることはないだろうけど、それでもいい気分にはならない。

同じ敷地内でこんな危険スポットがある事自体がおかしいし。




「入るのは正面玄関からでいいんだよね?出口も同じ?」


「そうだ。正面玄関はこの鍵で開けてくれ。今夜は学校の警備も一時的に解除してある。電気は通っているが、目立つから使用禁止とされている」



禪から鍵を受け取って竦みそうになる足を動かす。

 強化ガラスでできた校舎の玄関からは中の様子がうっすらと伺えた。

 非常灯の緑と白のライトだけが煌々と輝く、人っけのないガランとした大きな建物はやっぱり、入るのを躊躇させる独特の雰囲気があった。

受け取った鍵で正面入口のドアを開けるけれど、ドアは締まらないようにきちんと開けっ放しにしておく。

万が一、逃走することになったら一々ドアを開ける時間すら惜しくなるだろうと思ったから。




「絶対に、はぐれないように。じゃあ、右の通路から順に進んでいくけど、各教室には入らない。いいよね?」


「わかっている」



感情は伺えないものの端的な返事からは力強さすら感じる。

まぁ、一人じゃないだけ気持ち的には十分すぎるほどに心強いのだけれど。




「行くよ」



一声かけてから校舎内へ足を一歩踏み入れる。



 その瞬間、感じたのはこの学校へ来た時の違和感と事故現場独特の鉄臭さ。


数秒に満たない僅かな時間だったにも関わらず、臭いは鼻奥にこびりついているようにいつまでも漂っているような気さえしてきた。




「やっぱり鉄臭いというか錆臭いというか…血が流れたところだけあって色々とアレだね。普通じゃない」


「臭いは感じられないが、気のせいではないのか」


「感じ方って個人差があるからね。俺の場合は感覚…特に嗅覚と触覚が鋭くなるみたいなんだよ。それに臭いがしたのは一瞬だったから今のところは大丈夫だと思う」




過信はできないけどね、と口にしながら視線を周囲へ巡らせる。

 霊刀は既に力を込めて刃の部分を霊力で作り出している。

視えない人間からすると日本刀の柄だけ持った怪しい人だけど、視える人間からするとビームソードみたいなのを持って歩く不審者だ。



「(裏雲仙岳とは違うんだ。一応死ってカタチは同じなんだけど生きてる人間が多い分、生々しさとか思念の強さが比べ物にならない)外靴で悪いけど、このまま進むよ」



返事を待たずに私は気配を探り、霊視を続けながら玄関からロビーへ。

 ロビーには相変わらず物がなく、それが余計に恐怖心を煽る。

ガランとした大きな箱の中にいるみたいだな、と再度思いつつ進行方向へ足をすすめた。

今のところ、変わったものや穢れなどは見当たらない。



「ちょっと前に、裏雲仙岳に放り込まれたことがあるんだ。流石に自殺の名所ってだけあって、そこに来る人は心のどこかで死を望んでたんだろうね…でも、あの場所は山神様が直接管理していたから、生々しいというかおどろおどろしい感じはなかったっけなぁ」


「裏雲仙岳か。父からあの場所はかなり力のある霊場だと聞いたがそんな所で修行をしていたのか。流石は正し屋、とでも言うべきなのか」


「…いや、好き好んで修行してたわけじゃないんだけどね。そもそもその頃はこんな力なかった訳だし」


「何故そんな話を」


「あー、さっきの臭いの話に戻るんだけど、変質したモノによって死者が出た場所だと鉄が錆びたような血の匂いがするんだ。交通事故があった場所、自殺者が多い場所、望まない死を遂げたものが多い場所…あ、戦争の跡地で供養が行き届いてない場所もそう。兎に角、まぁ…気をつけてってことだよ。しつこくて悪いんだけどさ」



明かりの見えない、まるで闇の中へ誘われているような廊下を進む。


 ほんわりと顔の横らへんで優しい光を発してくれている川蛍のお陰で通常の調査より随分と明るいけれど、それでも目を凝らし、神経を張り詰めていなければ色々と間違えそうだ。

 こんな状態でも歩けているのは須川さん考案の過酷すぎる訓練のお陰なんだろう。

激しく認めたくはないけれど、必要なことだって実感するのも随分早かったし。

 何せ、この仕事って夜に活動することが多いからね。

昼は事務仕事が主になるけど調査ってなるとやっぱり“出やすい”時間帯になるわけで。



(有難いんだか有り難くないんだか)



やれやれと緊張感のないことを考えながら、暗い廊下を進んでいく。



 静かな校舎内に響くのは二人分の足音だ。


学校独特のゴムに似た材質でできた廊下は靴裏のゴムと擦れ合って独特のキュッキュッという音を立てる。

 暗闇の中、淡々と一定の速度で反響する音はまるで暗示をかけられているようにも感じられて自然と口数が減っていく。




「―――…あ」



ぽつりと音が口をついて出る。

 丁度建物の突き当たり、階段と踊り場が見えるあたりに差し掛かった。

階段の踊り場に何か人影のようなものが見えた気がしたのだ。



「どうした」



短い問いかけに私は目を細めて、踊り場を凝視した。

 一歩、二歩、と慎重に距離を縮める私に禪も何かを察し、注意を踊り場へ向けたようだ。

いつの間にか頭の上に乗っていたチュンがチチチチッと警戒している時の鳴き声を発している。



「禪、呼ぶまでここにいて。一応、呪符を構えてアオイくんに指示を出せるように。シロは禪を頼んだよ――――上に移動したみたいだ」


「……わかった」


「大丈夫、今のは多分穢れの人型だよ。チュンの反応からすると上にいるのは大体人型の穢れか人が他になる前の霧状の穢れだけ。守りながら戦うっていうのやったことないから、安全の為にここにいて欲しいんだ」


「穢れ…ああ、なるほど。アレか」



どうやら禪も思い当たる節というか穢れを知っているらしい。

 説明の手間が省けて楽だと思いながら、私は禪を残して階段を上った。

極力音を立てないように注意を払いながら階段を上っていく。

踊り場を通り、気配を探りながら一段、一段足を進めて…いつでも刀を振り抜けるように構えて進む。


 最上段から見えた一階とほぼ変わらない構造の廊下には、霧状の靄が1つと人型が2体ゆらゆらと彷徨っていた。

一番近いのは先ほど見かけた人型のもので、真っ暗闇といても時折月明かりで照らされる廊下を左右に揺れながら前へ、前へと進んでいく。

 一番遠いのは霧状のモノでそれは私のいる場所からおおよそ50m程の廊下中央に浮いている。



(霧状のモノはまだ意思も何もないからあそこから動かないとしても、人型は動くし襲ってくるんだよね、厄介なことに)



うんざりしながら私はまず、手前10mほどにいる人型へ向かって走り出す。

 障害物がないのがとてもありがたい。

靴の底と廊下の床が擦れて甲高い悲鳴を上げたのを合図にしたように、私に背中を向けていたらしい人型2体はサッと振り返りこちらめがけて走り寄ってくる。

 手前のものは比較的新しいものだったらしくヨロヨロと覚束無い、様子でこちらに向かってくる。




「ッ…はぁ!!」




元々の距離が短かったのもあってか、あっという間に間合いに入ってきたソレを私は肩口から腰のあたりにかけて思い切り斜めに切り捨てる。

 低い苦悶と憎悪に満ちた絶叫の後に人型は溶けるように空気に溶けて消えていく。


 一体片付いたからといって力を抜くことはできなかった。


二体目がかなりの速さだったからだ。

恐らく五~六年はたっているのであろう古い人型は、大人が全力で走っているような速度でこちらへ向かってきていて、一体目を切り捨てた時には既に間合いに入るのは秒読み段階だった。




「せい…っ!!」




振り被る時間が取れなさそうなので私はそのまま霊刀を首のあたりに突き刺した。

 そのまま横へ刀を薙げば、ぐらりと黒い頭が傾く。

一瞬動きが泊まったのをいいことに、今度はきちんと振りかぶって傾いたあたりの首からまっすぐ下へ刀を振り下ろせば二体目も絶叫を残し周囲の闇に四散していった。

続いて、廊下を走り霧状の穢れを真っ二つに斬れば人型と同じように消えていく。

この霧状のモノは声っぽいものをあげない分少し気が楽だった。



「―――…チュン、この階にまだ穢れはある?その他の気配は?」



刀を構えたまま閉ざされた教室のドアや窓を警戒する。

 不意打ち、というパターンが結構あるんだよね…実に心臓に悪いんだけど。

警戒を続けながら禪がいる場所へ戻る為に後退る。

私から少し離れたところにいたチュンは“指示”を受けて、廊下を一度端から端まで飛び、再び定位置の頭の上に戻ってきた。



「ちゅんっ」



大丈夫だよ!とでも言うような普段の可愛らしい鳴き声に漸く肩の力が抜ける。

ふぅっと息を吐いて、念の為に警戒は続けながら階段下にいる禪に声をかけた。



 その後、階段を上ってきた禪と合流し、残りの道順をやや急ぎ足で見て回った。

どこも暗く不気味なのは変わらないけれど穢れに遭遇することもなく無事に、私たちは寮へ戻ることができた。

 寮に帰るまでの道では私も禪も会話をする余裕などなく、ただただ無言で帰寮。




「っあぁああーもー、つっかれたぁああぁ」



一息ついたのは、寮のドアを開けて自分のベッドに座り込んでから。

 思わず霊刀を持ったままベッドに横たわると禪も疲れたのか何も言わず無言でベッドに腰を下ろしている。



「禪は大丈夫?警戒し続けるのってかなり精神力っていうか気力をすごく使うから、キツイなら軽く御神水シャワー室で浴びてからさっさと寝るといいよ」



調査に行った後は必ず自分にふりかけて穢れやそういったものの気配を祓うべきだと須川さんから教わったのだ。

 緊張のせいか青ざめて見える禪の整った顔を寝転がったまま一瞥すると視線が向けられる。



「優は」


「ん?ああ、こっちは平気。そりゃ疲れてるけど…まだ余裕はあるし、報告書を書かなきゃいけないから。ほら、さっさと行った!明日も学校なんだし、時間は有効に使わないと」


「そう、だな」



ふっと息を吐いて彼は音もなく立ち上がりタオルと御神水が入ったボトルを持ってシャワー室へ消えていった。

 その後ろ姿を見届けてから、私はのろのろと体を起こす。



「しょっぱなから穢れに遭遇するとか冗談じゃないよ…裏雲仙岳といい勝負じゃんか」



穢れの発生条件は、結構シビアだ。


 そのシビアな条件を満たしているという現実にゲンナリしながら机に向かって報告用の書類を引っ張り出し、愛用のボールペンで簡潔にあったことをまとめていく。

今のところかけることは少ないから十分もあれば書きあがった。




 戻ってきた禪と入れ違いにシャワー室に入って身を清めた私は、そのまま会話をする気力もなくベッドの中であっさり意識を手放した。



読んでくださってありがとうございました。

更新が遅くなってしまい、申し訳ないです。

次はプチ検証と平和回な予定。

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