【式神と】
専門用語っぽいもの炸裂の回です。
主人公の年齢相応な発言がある、珍しめの回でもあります。
ふわふわと浮かぶそれに視線を奪われてじぃっと見つめていると、禪が口を開く。
どうやら説明してくれる気になったらしい。
ぽわん、と柔らかな光を発する球体の一つが禪の掌に収まった。
光の色は黄緑色なんだけど…徐々に青緑色へ変化してそのまま落ち着いたようだった。
新種の蛍だろうか、なんて思いながら好奇心から人差し指を差し出してみる。
「何をしているんだ」
「いや、トンボみたいに止まってくれるかなーと思って」
呆れ切った相変わらず温度のない視線に耐え兼ねて苦笑しつつ指を引っ込めようとしたとき、禪の周りに浮かんでいた光がふよふよと私の方へ。
「止まった!かっこいい…!蛍マスターみたいだよ、なんか」
「なんだそれは」
「え。夜に指を天に掲げると蛍がとまってくれる人間懐中電灯!みたいな感じの人、かな。見たことないけど」
いそうじゃない?と笑いかけると米神を抑えてゆるりと禪は頭を振った。
「……それは俺が使役している川蛍という妖怪であって、昆虫の蛍とは違うモノだ」
「蛍みたいな妖怪っているの?」
妖怪だと言われて思わず指にとまった美しい光の主をまじまじと見つめる。
よく見ると…光っているのはわかるのに、蛍とは違って胴体が見えない。
本当に光だけが存在しているらしい。
触れている感覚はあるし、確かに光り方は蛍に似てるんだけど…虫の体が見えないことはもちろん、光の明るさも昆虫の蛍とは段違いに明るい。
電気のついた室内でも光っているのが分かることを踏まえても、やっぱり彼の言うとおりに普通の蛍ではないのだろう。
「なんか妖怪っぽくないね。光ってて綺麗だし」
「川蛍は怪火に部類される妖怪で陰火の質だ」
「怪火…あー、須川さんから聞いたことがあったかも。確か提灯火とか釣瓶火とかが有名だったっけ?」
怪火は確か、原因不明の火が現れる怪現象のことを指し示す言葉だった筈。
科学的に説明できるものもあるらしいけれど、そうでないものもある中で川蛍は後者だ。
ちなみに提灯火は鬼火の一種ね。
鬼と一緒に出てくることも多いんだって。
私は鬼を見たことないけど須川さんは見たことがあるらしい。
「狐火なんかも同じ系統だな」
「格好良く言えば『妖怪属 怪火目 鬼火種』って感じか。で、陰火って何?初めて聞いた単語なんだけど」
「怪火は二種類の性質を持つものに分けられている。陽火は物質を焼くことができるが、陰火は物質を焼くことはできない。陽火は水で消すことができ、陰火は水で消そうとすれば余計に燃え上がる性質がある」
「水で消せないってことはずっと燃え続けるってこと?対処法とかって…」
「対処法はある。一般的には灰や土をかけることだ。だが、使役されていたり式になっている場合は術者が命じるか死ぬ、使役を解かれるといった条件でも消すことができる」
中々具体的な対象法を教えてくれたので慌ててメモ帳にメモをしておく。
(妖怪ってあまり見ないんだけど、絶対に遭遇しないとは限らないから知っている、若しくは情報を得ておくだけで後々役に立つこともあるんだよね)
私にとって特に有益だったのは式になっていた場合の対処法についてだ。
妖怪を式にするのは珍しいことではないらしい。
まぁ、契約できる人間ってかなり少ないみたいなんだけども。
正し屋には色々な事情を抱えたお客様が多いし、その中でも担当するのはレアケースだったり対処できる人間がかなり限定されている場合が殆ど。
妖怪・獣付き・憑依・祟り・因果などなど何でもござれって感じです。
「川蛍が懐中電灯より凄いことだけは確実に理解した。チュンと組めば夜道の頼もしい味方ベスト3には余裕で食い込める」
いいこいいこ、と指に止まってくれた川蛍を撫でる。
触れた感覚は意外や意外、大福に非常に似ていた。
意思がないのかとも思ったけれど明確ではないにしろある程度反応は出来るらしく、撫でれば撫でる程嬉しそうに強弱をつけて光ってくれる。
顔もなんにもないけど、なんかとても可愛らしい。
「触り心地もいいし、いいなぁ…川蛍」
そうそう、妖怪っていうのは基本的に彼らの領域さえ侵さなければ害を及ぼすことはない。
ある程度の力を持っている妖怪は会話もできるし、共存だって可能だ。
「日本の妖怪ってひっそりこっそり、人と共存して暮らしてたのが多いからか気質が穏やかな感じの多いと思わない?」
「あまり妖怪自体を見かけないから何とも言い難いが、攻撃よりも防御に長けたモノが多いのは同意できる」
「見えないから好き勝手できる人間が多いのは、やっぱり妖怪にとっちゃいい迷惑だろうなぁ…主に自然破壊系」
人を脅かしたりする悪戯好きの妖怪もいるけれど、命に関わるようなことができる妖怪はかなり少ないだろう。
そういったことができるのは大体“ヒト”から転じたモノばかりだ。
一般的に式になるのも、元が“ヒト”であった妖怪が多い。
能力者の資質次第で『神』に類するものとも契約を結べるらしいんだけど、その難易度は数百倍に跳ね上がる上に失敗の代償はかなりのものだと聞く。
(まぁ、我が上司様はどーやら神様クラス何人かと契約結んでるっぽいけど)
こっちの世界のことが少しだけ分かり始めた私からすると、やっぱり須川さんは規格外過ぎて同じ人間だとは到底思えないんだよね。
そもそも、比べること自体が間違いなんだろうけども。
「この川蛍は少し特殊だ。声を相手に伝えることができる上に、声は一定以上の力を持つ者にしか聞こえない。優と須川先生にも一匹ずつ貸し出すことになっているが緊急用だ」
「ん、わかった。そうだ、こっちの式神も紹介しておくよ」
静かな室内で私は小さく息を吐いて力を込めて式を喚び出す為に名を呼んだ。
久しぶりに喚ぶなぁ、と思いながらも対象の式神―――…チュンとシロの姿を思い浮かべ、小さく名を呼べばどこからともなく彼らは応えてくれる。
ふっと木漏れ日が指す森の中にいるような空気が頬を、壁を、天井を撫でていく。
集中を解いて目を開けると私の目の前に二匹の式がちょこんと行儀よく待機している。
「俺の式は二匹。夜泣き雀のチュンに狗神のシロ。チュンは…まぁ、知ってると思うけど索敵担当でシロは攻撃担当かな。基本的に霊刀と式でどうにか鎮めるってパターンが殆どなんだ。まぁ、霊刀は基本的に穢れを祓う為に使うことが多いから今回もそうなると思う」
「呪符は使わないのか」
「あー…うん、まぁ使う時は使うけど、あんまり得意じゃないんだよね防御系。ついでにヒト系は全般的に苦手な部類。どうにも取り憑かれやすいというか引っ張られやすいらしくってさ。それに防御するならサクッと霊刀で斬っちゃう方が早いんだよ」
あはは、と誤魔化すように笑いながら喚んだシロとチュンを撫でる。
久しぶりということもあってかシロの尻尾は千切れんばかりに振られているし、チュンは気持ちよさそうに囀りながら小さな体を必死に擦り付けてくるという愛らしさを存分に発揮している。
「あ。そうそう、チュンもシロも禪の川蛍は食べちゃダメだよ。…食べ、ないよね?チュン、さっきからじっと見てるけど」
「その点は大丈夫だろう。川蛍に実態はないようなものだからな」
「実態がないなら食べようにも食べられないか。そういえば禪の式は川蛍以外にもいるの?あと、浄霊とか除霊はできる?協力してもらう手前、どんなことができるのかは事前に把握しておきたいんだけど」
じっと感情の読みにくいルームメイトの顔を見ていると彼は観念したように小さく息を吐いて、緩く頭を振った。
「―――…他に水虎と小雨坊がいるが、小雨坊は実家の寺から離れることができない。実質、僕が連れて歩けるのは水虎と川蛍だけだ」
「水虎って、確か水の神様じゃなかったっけ?そんな凄いの式にしてるの!?その歳で?!」
「その歳、とは妙なことを言うな。君も同じくらいの年だろう――…水虎は神というよりも化身に近い。僕が契約しているのは、そこにいる犬神と同じように一人前として認められたばかりだからな」
うっかり自分の歳をバラしそうになったけど禪は一瞬訝しげな視線と言葉を投げかけただけで終わる。
危ない危ない。女だってバレるのも気まずいけど歳がバレるのは更に気まずいもんね。
「喚んだ方がいいなら喚ぶが」
「是非お願いします。猫系もふもふ前から見たかったん…じゃなくてやっぱり実際に見ておかないとわからないこともあるし!ぱぱっと喚んじゃって」
心の声がまたしてもうっかり零れ落ちるけれど、彼は気にした風もなく式神を喚んだ。
長い指が複雑な印を結んで、程よい低音の声が空気を震わせる。
本来の略式ではない喚び方に感心する。
私の呼び出し方は略式なんだよね…印を結ぶのも苦手だから、つい横着しちゃう。
森の気配に満ちていた室内に、新しい気配が加わった。
それは、禪が纏う清廉な滝に近い濃密な水の気配。
心地のいい空気に感心する間もなく、視界にシロとは違う色が飛び込んできた。
禪の式は、水虎。
名の通り、立派な体躯を持つ大型の猛獣―――虎が禪を護る様に現れた。
座っているのにも関わらず背の高い禪と並んでも見劣りしない存在感と威圧感。
動物園で見る虎に近い大きさで澄んだ青の目が警戒心剥きだしてシロを睨みつけていた。
…シロも気づけば臨戦態勢で、普段の愛らしい中型犬ほどの大きさから本来の姿に近い狼型へ変化している。
「禪、やっぱ仲良くなるには生肉からかな」
「式に食事は必要ないのを知っていての発言か」
「知ってはいるけど、あげれば食べるよ。割となんでも食べるけどシロは肉、チュンはお米好きだし」
「僕の式に食事は不要だ―――…アオイ、落ち着け。彼らは今後行動を共にする“仲間”だ。いいな」
私たちが話している間中、値踏みでもするように私たちを睨みつけていた水虎の頭を禪の手が撫でる。
すると、グルルと不満げな唸り声をあげたものの警戒心はかなり薄れたらしくシロからプイッと顔を背けて禪の足元で伏せた。
どうやらきちんと信頼関係は構築されているらしい。
「シロも今回の依頼者だから傷つけたり喧嘩するのはダメだよ。そりゃ、犬系と猫系で相性はあまりよくないかもだけど」
「水虎はアオイ、川蛍はケイと呼んでいる。無論、真名は別にあるが現時点で教える必要はないだろう」
互いの式をお披露目したところで私たちはとりあえずベッドに腰掛けた。
仕事に行くにはまだ少し時間があるし、何より確認の途中だからね。
「真名を聞くのはあまりいいことじゃないし、構わないよ。えーと、じゃあ禪はどの程度のことができるのか改めて聞いても?」
「基本的に僕が使えるのは経と呪符で攻撃はあまり得意ではない。手持ちの呪符は須川先生に貰ったものと実家から持ってきたものが数枚あるだけだ」
「呪符なら須川さんほどの効果はないけど自作したものがあるから何枚か渡すとして…自衛の手段はある?もし自衛できるとしてもどのくらいまでなら平気なのか教えてくれるかな。もし、相手が強かった場合に被ったり引き摺られるのは避けたいから」
被るっていうのは、霊障や呪い・祟りなんかのタチの悪いものの影響を受けてしまうこと。
引き摺られるっていうのは、相手に取り込まれる若しくは相手の想いや思想に共感もしくは感化されてあの世へ連れて行かれる、行かれそうになることを指す。
「攻撃手段は呪符のみだが、防御の面で言えば神仏クラスでなければ早々被ったり、引き摺られることはないだろう。アオイも攻撃より防御に優れているからな」
「わかった。でも極力手は出さないで欲しい。俺は仕事できてるんだし、本来なら禪は護衛対象だから万が一にも怪我はさせたくないんだ」
「―――…善処しよう」
「善処じゃなくって、ちゃんと従ってくれないと困るんだよ。禪に怪我させたら須川さんにお仕置きされかねないし」
軽く釘を刺してみたものの、実際現場ではどうなるのかはわからない。
何事も不測の事態ってあるし、気が動転してってことも…まぁ、考えられなくはないから。
(禪は慣れているみたいだけどやっぱり、ね)
『正し屋本舗』という会社で働いている私や須川さんとは違って、なんの訓練も経験もないであろう未成年を危険に晒すのは大人としてやっぱり避けたいし、避けなきゃいけない。
協力者はあくまで協力者で、同業者ではないのだから。
同業者なら、依頼を受けると同時に命のやり取りを覚悟してるってことと同じことだから、多少危険でも死にかけても自業自得、自己責任になる。
「早く解決したいのはわかってるつもりだけど、俺には生徒や先生たちを守る義務と責任があるんだ。万が一、不測の事態に陥ったときは俺の指示に従ってもらう。それは例え俺が死にかけていたとしても、逃げろって指示を出されたらきちんと逃げること―――…漫画やドラマと違って都合よく新しい力が目覚める、なんてケースは殆どないんだからさ」
死にたくないでしょ?と真っ直ぐに紫青色の瞳を見据える。
私の口からきちんとした警告を出されるとは思っていなかったのか、一瞬だけ、彼の表情に動揺と戸惑いが浮かんだのを、私は確かに確認した。
少しでも、私の警告は彼の心に届いただろうか。
嗚呼、夜の調査が始まる時間が近づいてくる…―――――
ここまで読んでくださってありがとうございました!
次はいよいよ夜の学校へ潜入です。
……まだ、学校潜入一日目なんですよね…怖い。




