第四話~犬耳少女と最古の神~
「chaos……?」
ユウの右手の甲に刻まれた文字を見てミアは呟いた。
いや、今はそれよりもユウさんを安全なところへ避難させなくては…そう思っていると、ふと袖が引っ張られる。さっきの犬耳少女がこちらを見ていた。
「ど、どうしたの?」
「おねーちゃん、私を助けて」
はてなマークが大量に頭に浮かんだミアだったが
「じゃ、じゃあおねーちゃんのお部屋に来る?」
不用心にもそんな事を言ってしまったのは、決しておねーちゃんという言葉が心をくすぐったからではない……そうではない…はずである。
そんなミアの言葉に少女はこくりと頷いた。
部屋に帰ってしばらくするとユウが目を覚ます。
「う、ウ〜ン…」
「ユウさん!?大丈夫ですか?!?」
「ミア……ずっといてくれたの…?」
「へ!?いや、そのぅ…そうですが」
いつもと違うウルウルとした瞳で見つめられ頬が紅潮するのが分かった。いきなり、
「おい!俺の体を乗っ取るな!」
とユウが叫んだ。すると、
「そんな事言うではない、良いではないか」
と言いながら突然少女がユウの身体から出てくる。
「へ!?誰?」
ミアは少女に向かってたずねた。
「儂か?儂はカオスじゃ!」
「は…?」
「要するに俺についた神だよ、本来男の神なんだけど女の子の姿が好きだからその姿でいるらしい」
とユウは付け加えた。ただの変態ではないか、というのは心の中にとどめておく。
「聞こえておるわ!」
肩をすくめてユウは見知らぬ少女に目を向け、
「それはそうと、その犬耳は誰なんだ?」
ミアは、簡単に片付けられる話ではないような気もしたが、取り敢えず紹介する。
「この子は奴隷として売られてて、でも神獣騒ぎの時に逃げてきたんだそうです。」
「その神獣とやらは、このフェンリルのことかの?」
とカオスと名乗った少女は一枚のカードを取り出した。」
「そ、そうです!!あの時ユウさんに何が起こったんです?!」
「説明すると長くなるのじゃがな…簡単に言うと儂の力で、この身体に封じ込めたのじゃ。」
「は、はあ…」
とりあえず頷くが全く理解出来ない。
「で、その子はどうするの」
唐突にユウが言った。
「そ、そうです!どうしましょう…取り敢えずここで面倒を見ようかと……」
「そうなると金の方は大丈夫なのか?」
「正直…厳しいです。」
「そうか…なら俺が金を稼いでこよう。」
「あてはあるのですか?」
「いや、全くないが…何か稼げる仕事はないのか?」
「神獣退治は証拠にカードを提示すれば莫大な報酬を受け取ることが出来ますが…」
「じゃあ行ってくるか、カオス行くぞ!」
「うむ。」
気絶している間に何があったのか、すっかり仲良くなっていた。引き止めようとしたミアをおいてけぼりにした。
「ところで、何処に行けば取り替えてもらえるんだ?」
「王宮じゃな」
「やっぱりお前連れてきて正解だったな、俺が行ったらミアは不審がられるって思って連れてってくれなかっただろうから」
そんな事を話しながら王宮にたどり着く。
カオスが即答できたのは、その神性に由来する。そもそもカオスは宇宙の根源的存在であり、全ての事象はカオスから生み出されたと言っても過言ではない。この島にたどり着いた時、自分の知らない知識がふと浮かんできたのはそういうわけである。
ただ文字通り渾沌なので答えを導き出すプロセスは全く分からないのが難点である。
「それにしても儂もフェンリルを飲み込んだくらいでは体を取り戻せんな。」
とつぶやく。カオスは本来、虚の穴であり万物の芽は存在していたが、最初は何も存在していなかった。 。だからそれ自体にチカラはないのだ。今はチカラを取り込むことによって実体化しているに過ぎない。
二人は王宮の中に歩いていく。途中で窓口があった。
「神獣退治の報酬ってここで貰えます?」
受付の人はポカンとした顔をしていたが、
「は、はい…できないことは無いですが…」
「良かった。これを提示すれば報酬が貰えるって聞いたから」
とカードを取り出していった。
「少々…お待ちください、本物かどうか鑑定しますので……」
と手をかざして読み取る。
「本物に間違いありません」
後ろでガサゴソして古い紙を取り出した。
「ええっと…フェンリルは…50万$ですね」
「はぁ…えーと通貨は$(ドル)なの?」
「はい、世界中から人が集まっていますので…今は統一されています。ただお支払いは金貨になってしまいますが…」
「構わないよ、今貰える?」
「はい、こちらになります。」
巨大な金貨の袋が差し出される。
「こりゃ持ち帰れないな」
「儂が飲み込んでやろうか?」
「すぐ取り出せる?」
「もちろんじゃ」
「ならお願い」
「なら少しあっちを向いてくれるかの?」
不思議に思いながらも受付の人と一緒にカオスに背を向ける。それから許しが出たので振り向くと、金貨の袋はなくなっていた。
受付の人は唖然としていたが、気にしないでくれ、と目で合図すると怯えたようにコクコクと頷いた。
それから城内にはユウとカオスの話題でもちきりになり果てには魔人族の王ディアボロスの耳に入ることになるのだが、それはまだまだ先の話である。
というのも、まだ辛うじて付いていた猫耳のカチューシャが情報を余計に混乱させたからだったのだが……