第三十話アフターストーリー 後編
注意については前編参照
side リオネッラ
少年のまるで空間そのものをガラスのように叩き割る裏拳は虚空を打ち崩してそこから銀色の世界が展開してゆく。広がってゆくその空間はそこに入れられたもの全ての動きを奪い、封殺して時の流れを凍らせ、空間に入った兵は凍ったように動かなくなり動きを止まった兵の数を20、30とまるで津波のように空間は広がり増やして行く。
間違いなくそれは時間制御だ。ソフィア様の加速・時間とは空間の色も時間制御の構造も異なるが直感と性質からそれが紛れもなく時間制御であることは明白。
そこまで思考が至った所で私の体も銀色の空間に飲み込まれ、次に私の目に飛び込んできたのは少年の目の前を埋め尽くしていた兵が血の噴水を上げる光景だった。
「……なんで皆動かなかったんだ!?ちくしょう…あいつ仲間が動かないのをいいことにあんな殺し方しやがって……!」
「おい餓鬼!貴様何をやりやがった!!あの銀色の空間はなんなんだよ!!?」
「…ひぃっ!あ……あく……ま…!か…神よ!………皇帝陛下ぁ…我らを……たすけてぇぇぇ!!!」」
銀色の空間に飲み込まれなかった兵たちはどんな地獄を見たのだろうか、全員顔を青く染めて引きつった顔をしながら少年を怯えた眼で見つめてじりじりと後退している。
「くっそ…やっぱりまだ安定しねぇ…時間制御の仕組み自体は分かるんだが如何せん俺じゃ魔法はやっぱり向かないってか?………それにしても地域を尋ねただけでこんな餓鬼に大勢で襲い掛かるたぁ笑えるな。まぁ最初から駄目だろうなとは思ったからあの城の住人に聞こうと思ってたのに邪魔しやがって………こいつら白の国の奴らだっけか?風の国は割りと親切な人多かったけどこいつらは駄目だな、民度が低すぎる。つーか質問に答えないお前らもう用なしだからさっさと退けよ」
少年はやれやれと肩をすくめてたった今自分が起こした数十人規模の殺人をまるで何でもなかった、詮無いことのようにぶつくさ文句を語り白の国兵に興味を失ったのか未だ戦場真っ只中であるにも関わらず細身の湾頭を納刀。コートから"これでばっちり! 風の国観光ガイドブック"を取り出して鬱陶しそうにパラパラとページをめくり始める。
「つーか本当にここはどこだよ?場所的にはポペルの森のはずなんだが………指定した町のギルドにはあいついないし…それで各地を探し回っていたら変な戦争に巻き込まれるし…そんで五月蝿いから進行してきた奴ら皆殺しにしたら町から追い出されるし…そして何故かその町の長の娘に付きまとわれて『私と結婚してください』とか言われたし…あいつこんな殺人鬼と結婚なんて頭大丈夫か?まぁそれはともかくとして…辿り着いた町で変な教会の神官からは『神を滅ぼす邪神』とか言って襲われるし…それで逃げてたらいつの間にか変な樹海で迷うし、何かデカイ城が見えたから道尋ねようとしたら邪魔するようにこいつらがいるし……しかも最悪の仇の居所が分かった…のだけはラッキーだったな。
よし、バサゲラスを拷問して憂さを晴らそうそうしよう。まず目玉でも焼き潰してやってから指を一本一本切り落としてぐつぐつ弱火で煮込んで~」
等とベラベラと物騒な独り言を呟く少年にこれは幸いと思ったのか白の兵士達が少年から距離を取り伝令兵に指令を出し始める。
「奴が油断している今のうちだ!オークの部隊を再派遣しろ!まだ残存が数百程残っていただろう!?」
「了解!各員オークを拘束魔法から放て!」
指令と共に突然空間から黒い魔方陣が形成されてぬっと這うようにオークが次々と召還されてゆく。緑色の皮膚、屈強な体、そして狂気に染まった黄色の目。
これが…これのせいでジルドは…お父様は殺されたのだ。こいつらに―――
オークを視界に捕らえるたびに私の中にふつふつと憎しみの炎が燃え滾ってゆく。世界で一番の拠り所を…敬愛する人を無惨に無慈悲に殺した魔物。幼い頃に捨て子だった私を引き取ってたくさんの愛情をもって育ててくれたジルド。
次々に召還されるオークと丁度少年の足元で悲惨な姿で横たわるジルドを目に入れるたび憎しみが増大し右手に握るサーベルに力が入っていく……でもオークの数はざっと数百以上はいる。そんな数を相手に出来るのは少なくとも自分には出来ない。
最強の剣士、稀代の錬魔術士と呼ばれたジルドでさえこの離宮を埋め尽くす数のオークを葬ったとはいえ召還術の反則的な物量でやられてしまったのだ。そんな中剣の腕でも錬魔術でもジルドに劣る私がのこのこと出て行けば間違いなくオークに打ち倒され捉えられ奴らの言葉を聞く限り慰みものとして悲惨な結末を迎えジルドの仇を討つどころかその糧とされるだろう。
たまらなく悔しかった。ジルドの仇であるオークに立ち向かうことすら出来ない、力の無い自分が――――
「いいねぇそういう物量戦、外道っぽくて実に良いぜ。やっぱり外道の相手は外道でなくちゃなぁくひゃははははは!」
オークの大群を前にまた少年は狂ったような笑い声を上げておどける様な仕草で近くに刺さっていた白の国兵の剣を蹴り飛ばし一回転させると小気味よい音と共に掴み取り剣先をオークに向けて格好をつける様に構える。
「はは!同人誌とか成年漫画とかだとオークの群れに囲まれた美少女剣士が陵辱されるのが定石だが……」
少年に巨大な拳で殴りかかるオークだったが少年は閃光のような斬撃を一閃、二閃、三閃と撃ち込みオークの拳をバラバラに解体し、続いて下から上へ剣を振り上げ―――オークを空中へ吹き飛ばした。
「対空燕返し(つばめがえし)!ふっ!はっ!はっ!せぃや!ミンチだぜぇぇぇぇぇ!!」
空中に打上げられたオークは身動きが出来ないまま切り刻まれ悲鳴を上げる間もなくバラバラの肉片となって地へと帰還する。
「そんな……!?あんな巨体のオークを打上げるなんて!」
あまりのことに私は自分が隠れていることも忘れて声を上げてしまう。あのオークは通常より半分ほどの大きさしかないがそれでも圧倒的に人間より大きくそして重量も相当なものであるにも関わらず軽々と打上げてあっさりと肉片とされてしまったのだ。正直今の自分が夢でも見ているのではないかと疑いたくなってくる。
「家伝緋燕突!だだだだだだだだだだだだだだだ!ぶっ飛べぇぇー!」
「ぷぎゃぁぁぁぁぁ!!!」「ぷぎぃぃぃぃぃぁぁぁぁ!!」「ぷぎゃっ………」
地へと降り立った少年はまるで『一体倒したからといって図に乗るな』といわんばかりに前方を埋め尽くすオークの群れに強烈な斬突で突っ込み、前方のオーク3体を巻き込んでの百烈突を叩き込みズタズタに…まるでオークが穴あきチーズのように風穴だらけになって行く。
そしてあることに…不思議なことに気が付いた。何故か百烈突に巻き込まれたオークだけでなくその後方にいる無数のオークまでもが突き斬られて風穴だらけの蜂の巣状態になっている。
そしてウ゛ン という不気味な風切り音のようなものが断続的に聞こえて、少年の振るう両手剣からまるで蜃気楼のような透明な何か…まるで風の魔法の刃のようなものが放出されてそれがオークたちを切り裂いていることに気がついた。
「乗ってきたぜー!いやっはー!!残念ながらお前等の相手は気が狂った殺人鬼の男。残念だったなぁーテメェらの結末は美少女との子作りエンドじゃなくて血の海で死体と戯れるイチャイチャエンドだぜ!…あれ?これ次回の新作で使えね?魔物にやられたエルフの少女がオークに孕まされて…でも異種族同士で交配って可能なのか?いや、でもこいつらだって雑種だし大丈夫か。そもそも空想の投影物である漫画にそんなもの関係ないか」
少年はなんだかあまり上品でない…エルフをオークが陵辱とか高貴な上位種であるエルフにたちして大変失礼な…怖さ知らずのようなことを呟いているがその独り言とは別に少年の前方を埋め尽くしていたオークの群れは文字通り全滅させられた。一体討伐ランクが少なくともSはあるだろうオークを数百体相手にたった少年一人に…それもものの数分で皆殺しにしたのだ。
だが白の国の兵士はその光景に半ば狂気に魅入られたように際限なくオークたちを新たに召還していく。
それを眺める少年は自らの剣とオークの再生した軍団を双方見やり肩をすくめる。
「あらら、懲りずにまた召還かよ?何体来ても同じだって気づかないもんなのかねぇ…?」
「そこまでだ!この悪魔め!!」
突如場を切り裂く糾弾。そしてオークの動きを止めて後方へと押しのけ現れる白の国兵士達。
そこには既に逃げれたと思っていた離宮のメイドたちが白の国兵に捕らえられていた。
――――私は自分の心臓が止まったかのような錯覚を受けた。
「貴様このメイドたちの仲間だな?仲間を殺して欲しくなければ大人しくしていろ!」
兵はメイドたちの喉元に刃を突きつけてメイドたちが少年の仲間と思っているのか人質にする。
何であの娘達は逃げなかった!?どうして戻ってきてしまったのだ!?あのまま逃げていれば無事にこの地獄から抜け出すことが出来たのに。
汚されることもなく、悲惨な末路を辿ることもなかったのに…なんで!
「放せ!お父様の仇!殺す…殺してやる!!」
「そこの君!私たちに構うことないから…こいつらを……お父様の仇を…ぅぅ…ぅぅぅぅぅ」
やっぱり…どの娘もジルド殺されたことに耐えられなくて飛び出したようだ。皆いつもの優しく美しい顔を憎しみで歪んだ顔へと変えて兵士を睨みつけて少年をけしかける。
「へへへへ…メイドはオークの餌になったと思っていたがまさか無事に生きていたとはなぁ…ラッキーだぜ。」
「オラァ黙れこの糞アマ共!ピーピー喚いてもお前らは俺たちに犯される運命なんだよ!」
暴言と共に兵達がメイドの衣服を乱暴に破り、白日の下に晒されるその白い肌。泣き叫ぶメイドたち。それを嘲笑う兵。
…もう私は耐えられなかった。
「やめなさい!!その娘達に手を出さないで!!」
「オィオィ!まだ一匹いやがったぞ!しかもかなりの上玉だぁ!!」
「今すぐその娘達を放しなさい!さもなくばこの私、リーシェライト離宮メイド長 リオネッラの刃が貴様達の喉元を貫くことになるぞ!」
サーベルを抜刀し兵達に構える。その数ざっと数千人。正直ジルドに何度か剣術の指南は受けたことがあるから何人かは対抗できるけど数千人規模となるととても勝てるとは思えない。
でも私はこのまま無様に隠れて自分だけが助かるなんて…耐えられない。
「オイオイ…まさか嬢ちゃん一人でこの大勢に勝てると思っているのか?」
「それ以前にお前も大人しくしていないとこいつら今すぐ犯しちまうぜ?クケケケケケ…」
―――な!?
…いや、何故それを考えなかった?奴らは兵とはいっても下種の部類に入る人間たち。清々堂々騎士らしく真剣勝負に応じる可能性のほうが低かったはず。あぁ…あの娘達を人質にされては私も…本当は見捨てて闘うのが正しいのだけれど……動けない。動こうとするたびにあの子達と過ごした日々が頭の中にフラッシュバックして脚の動きを止めてしまう…。
「………あのさぁ…お前ら俺を無視して何勝手に話を進めているわけ?」
そこでメイドが人質にされてからずっと黙っていた少年がようやく口を開いた。…というか両陣営、少年の存在を忘れていた。
「正直そこのメイドたちのことなんざ俺は知らねぇし別に白の国兵がそいつらを犯して奴隷にしようがどこか遠くで幸せに暮らそうが
どうでもいいんだけどよ、さっきの質問の答えをいうなら………NOだ!」
「なっ!?ちょっと君勝手なことは―――「それともう一つ…。」
私の抗議を遮るように言葉を続ける少年。
「俺はお前らみたいな無関係者とかいかにもな女とかを人質にする外道専門の殺人鬼でな………ぉお、あったあった。」
コートのポケットから何か黒い欠片?を取り出す少年。黒い欠片は服のボタンほどの大きさで何か緑色の光りを薄らと放っている。あれは蛍だろうか?
「こいつは小威力のプラスチック爆弾でな、こいつ一つでもこの掌に乗せて爆発させれば指を何本か吹き飛ばして掌も適当に抉るくらいの威力はあるわけなんだけど」
あんな小さい欠片で手を吹き飛ばす…?どうにも信じがたい。そして白の国兵も少年の話を聞いて同じ感想なのか馬鹿にしたような笑い声を上げながらメイドたちを突きつけて脅しをかける。
「そんなチンケな玩具で何しようってんだ?僕ちゃん。何だかんだ言ってテメェもリーシェライトの味方なんだろ?ほらぁこいつらが殺されたくなかったらさっさとその剣を――」
兵の脅しに動じることも気に留めることもせずに少年は話を続ける。
「はぁ…人の話は最後まで聞けっての。まぁ聞かなくても俺的にはどうでもいいんだけど……要するに…こういうわけ」
―――カチッ
変なギミック音の直後、鈍い破砕音と半液体の…まるで魚が落ちたような音が響き渡った。
「あぐおえぇぇぇぇぇ………」
そして、メイドの一人シルヴィアを人質にしていた兵が腹から大量の血と臓物を噴出させながら地に沈んでいた。
「「―――――――――!!??」」
「ひゃはははははは!!やっぱりこの殺し方は最高だね!本当はもう少し火力ある奴で俺が逃げ出した後に安心したところで爆発☆大騒ぎの展開の方が刺激があるんだがこれはこれでなかなか趣があるな」
一瞬にしてそこは兵たちに有利な状況から、正体不明の攻撃が迫る地獄へと変化した。
「な…なんだ!?なんなんだよこいつ!!何をしやがった!!?」
「うぇぇぇぇぇ……気持ちわりぃぃぃぃ」
うろたえる兵士達を見てまるで嘲笑うかの様に剣を片手で玩びながら先程の説明の続きを開始する。
「おいおい人がせっかく説明しようと思ったのに今になってそれかよ。まぁテメェらの恐怖に歪んだ顔を見たいから教えるけどよぉ…
さっき説明したこの爆弾さぁ…飲み込ませたんだよね~~白の国兵に♪」
「「!!!??」」
「…で、この俺が持っているスイッチのボタンを押すとお前等の腹の中にある爆弾がボンッとなるってわけ。まぁこんな小さい爆弾でも腹の中で直接爆発すれば内臓とかグチャグチャに出来るってわけなんだけど……その辺理解してるか?」
兵たちは少年の言葉に一斉に顔を青くし各々腹に手を当てたり、少年の話が本当なら飲み込んだであろうあの黒い欠片を吐き出そうと喉に手を突っ込むが誰一人として吐き出せた者はいなかった。
「くそっ!くそっ!そんなものいつの間に飲ませやがったこの餓鬼!!」
「うぇぇぇぇぇ!うぇぇぇぇぇぇぇ!!畜生……吐き出せねぇ………」
「いつの間に、か…そんなもん最初からに決まってんだろ?」
最初から……?最初からとはこの戦闘が起こる前からということだろうか?だが最初は少年を囲っていたのも兵士全員ではなかったはず。しかも今いるのは後に後衛からやってきた者たちが大半。
どうやって……
「お前らまさか俺の時間制御の範囲がたった数十メートルとか思っちゃったわけ?…つーかまさか時間制御の空間を見て『俺たちには関係ない』とか思ってんなら…甘い…甘めぇよ!くひゃはははははは!!」
まさか…それが本当ならあの時発動した少年の時間制御は白の国兵全員の動きを止めたのだとしたら少なくとも1kmは及んでいるはず……。
そんな広域に時間制御を使ったなんて…この少年……。
―――カチッ
「――――――」
再び響き渡る背筋の凍るような液体音と爆音。今度はメイドたちを捕らえていた兵士が一斉に爆散した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「いやだ!死にたくない!助けて!助けて!!」
「悪魔だ!悪魔だぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
―――カチッ
次の瞬間、千人ほどいた白の国の兵士は一人残らず腹を爆散されてあまりにも悲惨な最期を迎えた。
「ぷぎゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅ!!!」
「ぷぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「さてと…残りはこの糞豚…?共か……」
白の国の兵士がいなくなった今、制御するものが消え暴走寸前でこちらへ向かってくるオークたちを見据え、呟きながら少年は自身の剣に目を向ける。白の国兵から拝借したその刃はどんな使い方をしたらそうなるのかまるでクッキーのようにボロボロに砕けていた。そして少年の視線は剣から丁度足元に横たわるジルドの亡骸…正確にはその握られたサーベルに移る。
「おい、そこのメイド。同じ家紋の服着ているしこのジジイの仲間なんだろ?ジジイが持ってるこのサーベル、この俺が頂くぞ?」
「―――えっ!?……え…え……わたし?」
突然の声にびっくりした。紅眼の少年は私の方を向きながらサーベルを指差しながら気だるそうに聞いてくる。
「そう、お前だよ。つーかお前隠れていた時に髪が岩からはみ出てたし隠れる気あるの?大方あの城のメイドでお前ら守ろうとしたこのジジイの仇の白の国兵を討つ機会を伺ってそこに隠れてたってか?まぁそんなことはどーでもいいけどあのオーク達(カス共)ぶち殺そうと思ったんだがこの剣脆いのかもう壊れそうなんだよ。だからこのサーベル貰っても別にいいよな?この執事のジジイもあいつらと闘ってたみたいだし」
と了承を求めておきながら私の了承も得ず言うだけ言って、クッキーのような砕け方をした両手剣を放り捨てて少年はサーベルをジルドの掌から奪うように掠め取り、手になじませるように軽く振いながらその後不思議そうにサーベルの刀身を眺める。
「………これは…?造りは勿論だが内包されている殺気…いや、それ以外にも何か………読込み(キャプチャー)開始………仮想試験………学習反復………検索開始……………該当件数5……該当選別………」
「ちょ、ちょっと君!何やっているの!?奴らが向かってきてるわよ!!それと貴方達早く屋敷に退避しなさい!そんなところにいればオークに押しつぶされるわよ!」
サーベルを眺めながらブツブツと呟く少年に声をかけるが全く気づかない。メイドたちは私の声であの惨劇から我に返ったのか私のところまで駆けて来る。でもオークの進軍速度とメイドの走っている速さでは屋敷まで間に合わずこのままでは…逃げられない。
「………っジルド…ごめんなさい……せっかく貴方が守ろうとした私たちの命…無駄にしてしまうかもしれない………でも私にはあの子達を見捨てることも……仇であるあの魔物からオメオメと逃げ出すことなんて……出来ない!リーシェライト離宮メイド長 リオネッラ!参る!!死にたい不届き者からかかってきなさい!」
「…読込み(キャプチャー)完了。光斬刃――――――」
瞬間、私の真横から黄金の光りが放出された。――――いや、これは…ジルドが使っていたシャイニング・ハーケン!?位置的にそれを後ろの少年が放った
ようだけど何でこの少年がこの技を使えるのだろう?そんな疑問が真っ先に頭に浮かんだが、私の意識は黄金の光りに漂白されるように次第に薄れ消えていった。
side シルヴィア
リオネッラメイド長を寝室に運んだ私たちは現在大広間へと集合して立ち尽くしている。そして誰一人として動けないでいる。
別に今の状況は白の国の兵に囚われているとかそういうのではないのだが…その理由は目の前の少年。
あの後、この少年がお父様のシャイニング・ハーケンを放った後あの場にいた全てのオークは消滅した。そして私たちはとりあえず敵の残党の危険があるから調査を簡単に行ったけど結局生存者ゼロ。
そして安全が確保できたことが分かると気絶してしまったメイド長とお父様の亡骸を抱えていったん離宮に戻ることにした。
それで何でこの少年も離宮にいるかというと『助けてやったんだからお礼を渡すのが儀礼だよなぁ?』と悪魔のような笑顔でいうものだから誰も逆らえず結局離宮の中に招きとりあえず日も沈みかけていたから夕食を振舞うことにした。
「…もきゅもきゅ………………なかなかどーして…やっぱり城の飯なだけあって美味いな。」
少年は出された牛肉のステーキを綺麗に切り分けて美味しそうに頬張っている。こうして目を細めているところをみると14、5くらいの普通の男の子にしか見えなくて本当にあんな惨たらしい虐殺を犯した本人なのかと疑いたくなるが…まるで世界中全ての絶望を見てきたかのような濁りきった瞳が明らかにこの少年が普通でないことを示唆していた。
……でもよく見るとこの子…結構整った顔しているわね。ソフィア様のご子息のリオン様やジルドお父様も美形で容姿端麗だったけどこの子もあの一切の希望もないような死んだような眼さえなければ十分美形と呼べるような整った顔立ち。こんな目になるような人生さえ歩んでいなければ優しい爽やか系美形男子だったのかもしれないのに……
「…ふぅ…………ご馳走様。なかなか美味かったぜ。まぁそれはそれとして俺が言ったお礼についてなんだが……」
やっぱりこの夕食がお礼というのは虫が良すぎたか…さて、何を要求されるのだろうか?この城のお宝?それともこの城そのもの?
それともまさか…私たちの体―――
「5日分の食料と、この付近の地図、あとここがどこなのかの情報及び白の国の方角、最期にあのジジイが使ってたサーベルを頂くぜ」
…ではなかったようだ。正直あの白の国の暑苦しい男達に犯されるよりはこの少年の方が…その…一応顔は好みだし……って、そうじゃなくて!聞き逃せないのが一つ。
「お父様のサーベルだけは……諦めてくれませんか?それは私たちにとって一番大切な遺品なのです………だから…」
「知るか。そもそもお前らが持っていてもアレだけの名剣を腐らせるだけだろ。内包殺気量も相当なものだったようだし確かにあのジジイの執念とか実力は評価するがそれをただの遺品として処分したらあまりにも愚かしい。武器とは使ってこそ価値が出るものなんだよ。お分かり?」
…確かに、お父様も武器は使って成果を残してこそ価値が出ると言われていたけどだからといって『はいそうですか』と渡すわけには行かない。あれはお父様の亡骸と一緒にお墓にリーシェライトへ最期まで忠義を尽した証として残してあげたいから…
「……はぁ…つーかお前等のお父様…というかあのジジイこんなに娘がいんのかよ……は、いいとして多分あのジジイはむしろこのサーベルを俺に使ってもらえたほうが喜ぶと思うしお前等にとってもある意味このサーベルで仇討ち出来るんだからリーシェライトへの忠義としては最高のものになると思うんだがねぇ…」
「仇討ち………ってまさか貴方一人で白の国に戦争しかけるつもり!?やめなさい!相手は大国でしかも数十万人規模なのよ!いくら貴方が強いからといってもたった一人でなんて…」
何を考えているのだろうこの子は。確かにお父様のシャイニング・ハーケンを使えてあの数千もいたオークの軍団を倒した実力はあるけど白の国にはきっとあれの数倍…いや数十倍の軍勢がいるのにたった一人で勝てるわけがない。あのお父様でさえ数万の物量で押し切られてしまったというのに。
「あぁ…確かに数万を馬鹿みたいに正面から相手してたんじゃ俺も死ぬかもなぁ~。だがよぉ、例えば白の国の拠点の数箇所が同時に爆発してその混乱に乗じて幹部連中や統率者が"謎の変死"を遂げた…ってなったらどうなる?ほら簡単だろ」
数箇所を同時に爆撃…それはまさかあのプラスチック爆弾とやらを使って実行するのだろうか?それにいくら警備が手薄になっているからといって魔物を召還できる白の国に人間…それも属性魔法も持たないただの人が勝てるものなのだろうか?
しかも白の国には今魔王がいると噂になっている。
あの神話に登場するアルス様でさえ勇者や賢者に魔法の補助を受けてようやく勝てたといわれているのに時間制御が使えるだけで勝てると思っているのだろうか?
「とにかくこのサーベルは頂いていくぜ。誰も文句はいえねぇよな~お前らがこうしてあいつ等に性奴隷とされずに無事ここにいるのは俺のおかげだし、そもそもサーベル(こいつ)でバラゲラス殺すのもリーシェライトへの仇討ち……と、これは余計だったな。まぁ四の五の言わず従え」
「「………ぐっ…」」
「待ちなさい。私達が忠義を尽すのはあくまでリーシェライト様であっていくら助けてもらったからといって何でも譲歩出来るわけじゃない」
グウの声も出ない私たちを叱咤するように少年の言を遮った声の主は寝室で寝かせたはずだったリオネッラメイド長だった。
「「メイド長!お体は大丈夫なのですか!?」」
「ええ、あなた達の応急処置のおかげで完全とまではいかないけど概ね良好よ。さて……」
「ぁあ?急に再登場してなんなんですかぁテメェは?つーかテメェが一番この中でうざそうだから正直出てきて欲しくなかったんだけど」
話が急に登場したメイド長によって中断され、且つ少年にとって鬱陶しい話が再会されたためか先程までの少々暴言の色は見えるがだいぶ落ち着いた声色から白の国と相対した時のような刺々しいものに豹変。
それと同時に少年からまるで霧のように噴出される殺気にメイド全員が金縛りに遭ったかのように動けなくなり背中から冷汗が噴出してくる。
「此度はあの蛮族から我らリーシェライトを救って下さりお礼を申し上げます。ところで貴方にはいくつか聞きたいことがあります」
すごいメイド長……こんな濃厚な殺気の中ででも少年の目から視線を全く逸らさずに見つめることが出来るなんて……
「貴方は何者ですか?」
「質問の意味が分からねぇんですけぇど?なに、私は人間のニッポンジンの男性です~とでも言えばいいのか?んなもん見りゃ分かるだろ頭大丈夫?」
ものすごく投げやりな口調ではやし立てるように答える少年。それとニッポンとはなんなのだろうか?
「話をはぐらかさないで。私が聞いているのは貴方はリーシェライトの味方?それとも敵?」
「ぁあ……敵だったらどうするんだぁ?俺をこの場でぶち殺すってか?ひゃはははははは!!」
少年はまるで舐める…というよりどちらかというと無力な虫けらを嘲笑いながら見ているかのような目で私たちを見据えて椅子の後ろに立てかけてある執事長のサーベルとは別の、少年の所有物であろう片腕程の短い長さの木の柄と鞘の刃物を掴み親指で抜刀しようとする。
―――メイド全員に緊張が走った。
「それは無いわね。貴方はあの時"俺の目の前でリーシェライトを捕らえるとか言ってくれたな。まぁおかげで何の躊躇いもなく全員ぶっ殺せるからいいんだけどさ"と言いましたね?だから私が聞きたいのは貴方はリーシェライトとどんな関わりがあるのかしら?」
「ふん……………………言う気は無いね。…まぁ………一言でいうなら贖罪対象って奴だな」
驚いた。まさか人を笑いながら惨殺するようなこの少年が贖罪などというとは―――
「ぁあ゛?なんか意見があるのかぁそこのメイドぉ?」
「ひぃ……」
少年から私に収縮して向かってくる殺気に思考が途切れて冷や汗が噴出し膝がガクガク震える。
「…次の質問です。どうして貴方がジルドのシャイニング・ハーケンを使うことが出来たの?あれはジルドが修行に修行を重ねてようやく辿り着いた
錬魔術の極地である無属性・光性質の魔法。それをジルドと同じサーベルを使っただけで発動できるのは何故?そして何故時間制御を使えたの?貴方はもしかして遥か昔に分岐したリーフィン様の末裔?」
「―――リーフィン?誰だそれは。どっかの貴族かぁ?シャイニングなんとかを撃てたのは体質が原因だよ。以上」
詮無いとでも言うように食後の紅茶を嗜みながら締めくくる少年。だが少年の言葉に私達が欲しい答えはない。時間制御が使えるということは必ずリーフィン様の、リーシェライトの血を継いでいなければ使えないはず…にも関わらず少年は時間制御を確かに発動させていたしシャイニング・ハーケンにしても仮にジルドが放つところを見たとしてもたった一目で模倣できるとは思えない。
しかし少年はこれ以上答える気がないのか今度は一番年少のメイドにミルフィーユを頼んで舌鼓を打っている。…本当にこうして穏かに食べている姿だけをみれば保護したくなるような男の子なのだが…。
「ん~~…なんとまぁ……外はさっくり…しかし生クリームの味が濃厚で美味い。」
「ほ、本当ですか!?………やった!……」
年少のメイドは少年に褒められたからなのか顔を紅くしながら小さくガッツポーズをした。何だかんだで隅に置けないわねこの子。
「………最後の質問です。貴方の目的はなに?」
どうやら少年の様子からこれ以上質問が出来そうにない。だから今現在私達が知らなければならないこの少年の目的についてメイド長は問うた。
なにが目的でリーシェライトを助けたのか?本当に何らかの贖罪なのか?この先ソフィア様の障害となりうるのか?……
「最後ってことはこのサーベルを俺が持っていくことについては異論はないのか?」
そういえばメイド長は結局終始サーベルを持っていくことについては聞いていなかった。最初はてっきりお父様の形見を持っていくことに異論があるから質問し出したのかと思ったのだけれど。
「………ええ。ただしそのサーベルを持っていくなら二つのことを誓ってください。貴方の目的にリーシェライトへの危害を加えないこと。そして………お父様の仇を必ず討つこと。」
メイド長が静かに肯定し二つの条件を提示すると少年は鞘に入ったままのサーベルを振るい投げ上げてどんな神業なのか背中に綺麗に納め、
不敵な笑みで答えた。
「楽、勝。俺の目的は元々バラゲラスの殺害だ。その殺しの邪魔さえしなければ……その条件飲んだぜ」
side リオネッラ
翌日、私たちは少年が要求してきた食料と地図、付近の情報を用意し日が山から大分出た早朝に見送ることにした。
「ではこちらが食料と地図になります。貴方が言われていた村の場所はここから風の国王都方面へ向かったところにあるので西へひたすら進めば良いと思います。それと白の国は地図で方位と場所を示したので活用してください。」
「あぁ、世話になったな。それにしてもあの城壁の壊れ方やべぇな。修復可能なのか?あれ」
「しばらくは掛かると思いますが……一応森の結界は修復が完了したので心配しなくとも大丈夫ですよ」
「……そうかい」
何だかんだでこの少年は冷たい印象が強かったが私たちを心配してくれているようだ。他にも昨晩の後の会話や仕草での私の自己判断だがこの少年は普通…家族や友人に囲まれ普通の子供として育っていたならば間違いなく思いやり、勇気のある好青年に育っていただろう。
それがどんな経験をしてきたのか想像したくないが少年の優しい人間としての本質が阻害されてまるで殺人鬼や悪人のような人格になっている様な気がする。
所謂"環境が生み出した悪人"……というものだろうか。考えたくないけどもしジルドお父様が拾ってくれなかったら私もこの少年の様になっていたのかもしれない。
「そういえばまだ貴方の名前をお聞きしていなかったですね。是非聞かせていただきたいのですが……?」
ふと、視界にひとひらの白が見えた。それはどうやら少年のコートから落ちたもののようで紙、のようだ。少年は気がついていないようだから拾って渡そうとしたとき、チラリとその紙の内容が見えた。
「―――――――――――――え?」
「ん?ぁあ拾ってくれたのか、悪いな。それと俺の名前は……まぁもう会うこともないと思うからいいか…鷹宮徹磨だ。まぁもしまた遭難したらよろしく頼む――じゃぁな」
簡単に別れの挨拶を言うと少年はそのまま立ち去っていった……
「それにしても不思議な男の子でしたねメイド長。………メイド長?どうしました?」
シルヴィアが声を掛けるが私は反応できないでいる。その理由は先程見た紙。まるで精巧な絵画のようなリアルなそれにも驚いたがさらに驚いた…もとい言葉を失ったのはその描かれていた内容だった。
あの少年の幼少期の頃の姿であろう人物と金糸の様な髪を流したエルフの女の子。そして…セシリア様そっくりの蒼銀髪の女性と……
銀髪に………深緑の瞳のつい昨日ここを発った女性がそこには描かれていた。
最近設定変更とか改変が多くてすみません。