49話
冬の柔らかな陽光が注ぐ午後三時です。
パリを彷彿とさせるパリストンの大通りに面したお洒落なカフェテラスでは、銀色のコーヒーポットが陽の光を反射してキラキラと輝いていました。
その角の席にいるのは、クロエ、猫のあずさ、そしてシェフのディアヌです。
ランチのピークを終えたディアヌは、少し疲れの滲む、けれど充実感に満ちた溜息をついて、椅子に深く腰掛けました。
どこか気取った顔の店員がやって来て、ディアヌが注文した『スモークサーモンとクリームチーズのガレット』、そしてクロエが注文した、たっぷりのハチミツがかけられた『焼き林檎のクレープ』を持ってきました。
「はい、あずさにはこれ。他のお店で猫ちゃん用のご飯を作ってくれとは言えないからね。特製の白身魚のポワレだよ」
あずさはディアヌが用意したタッパーに顔を突っ込み、頬張り始めました。
「ありがとうございます」
「いいのいいの、余りものだからね」
美味しそうに食べているあずさを見て、ディアヌは満足そうな笑みを浮かべました。
「ふぅ……。それにしても、本当に信じられないわ。今やデザートワイン付きの特別コースは一年先まで予約でいっぱい。クロエ、本当にありがとう。おかげで借金の返済もかなり前倒しできそうよ」
ディアヌはコーヒーに角砂糖を二つ放り込みながら言いました。
「みんなで作ったものが評判になるのは、私もすごく嬉しい。どうしてみんながあんなに熱狂しているのか、正直まだピンときてないけど………」
「製作者なのに」
「不思議だよ」
「それはね、クロエ。このハチミツを見てごらんなさい」
ディアヌはプロの顔になって、クロエのクレープを指差しました。
「これはヴロバンス地方のラベンダーから採れた極上のものよ。単なる甘味ではなく、花の香りと微かな酸味がある。あなたのワインも同じよ。あの一滴には、既存のワインにはない複雑な味わいがあるの。あとは驚きもね」
「私がそれを理解するのは、時間が必要そう」
ディアヌは微笑みながら、ガレットに手を付け始めました。
「それよりディアヌさん、ちゃんと休めてますか? かなり忙しそうですけど……」
「全然大丈夫。私はお客さんが来ないとイライラしちゃって駄目なの。だから忙しいくらいの方が好き。……これも全部、あなたのワインのおかげよ」
その言葉の通り、ディアヌの表情からは充実感が感じられました。
「そんなことないですよ。ワインはただのきっかけで、ディアヌさんの料理がちゃんと美味しいから、みんな通ってくれるんだよ」
「そ、そんなことないからッ!」
顔を赤らめたディアヌの大声が、お洒落な店内に響き渡り、周囲の客たちが一斉に冷ややかな、あるいは驚愕の視線を向けました。
「……あっ」
ディアヌは一瞬で我に返ると、周囲に向かって頭を下げ、恥ずかしそうに体を丸めました。
「……急に褒めないでよ、びっくりするじゃない」
蚊の鳴くような声で毒づくディアヌを見て、クロエは気が付きました。
(この人、褒められるのが苦手なんだ………)
「ごめん」
「べ、別にいいけどさ………別にいいんだけどさ………褒めたのに謝るとか意味わかんないし………別に………」
明らかに混乱しているディアヌを見ながら、クロエは気付かれないように心の中で笑いました。
その後は和やかに談笑しながら食事が進み、あずさも魚を完食し、満足げに顔を洗います。
空からはまた、パラパラと小さな雪の花が舞い降りてきましたが、クロエの心は晴れやかでした。
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