41話
「実はすでに、いくつか候補をリストアップしております」
ラピエルが事もなげに告げたその言葉に、カトリーヌとクロエの二人は同時に目を見開きました。
「……一体、どうして?」
困惑したのはクロエでした。
魔法でワインを作ることは、彼には一言も相談していません。それなのに、なぜそれを知り、さらにその後に命じられる仕事の内容まで予期したというのでしょうか。
ラピエルは、マジックの種明かしをする手品師のように、わずかに口角を上げました。
「クロエ様のお部屋をお掃除させていただいた際、ラベルのないボトルと、グラスに残ったワインを大量に発見いたしました。そこから推察しましたところ、クロエ様が独自にワインを醸造されていると、判断させていただきました」
当然のことのように、淡々と語ります。
「カトリーヌ様とのお約束の件は、私も承知しておりましたゆえ、近いうちに何らかのアクションを起こされるであろうことも。……魔法で酒を造るなど常識では考えられぬことですが、名高きあの一族の御方であれば、創作物の中の神にしか成し得ぬ御業を再現されたとしても、不思議ではございません」
「怖い……」
クロエが一歩距離を取ったのを見て、ラピエルは微かな笑みを深めました。
「怖いのは、貴方様の方だと指摘させていただきます」
カトリーヌは、ラピエルのこの「先読み」には慣れっこなのか、すぐに気を取り直して言いました。
「貴方の推理の通りよ。というわけで、早速その醸造所の買収に取り掛かってちょうだい。条件はフレンチ国に認可されつつ、余計な口出しをされない規模の小さな醸造所。密造酒に正式な家名を与えるには、それしかないわ」
「承知いたしました。……ところで」
完璧な仮面のようなラピエルの表情に、珍しく言い淀むような陰が差しました。
「机の上にあるそのワイン。もしよろしければ……私に頂けないでしょうか?」
「え?」
クロエが首を傾げると、巨躯の執事は、あまりにも滑らかに言葉を発しました。
「実のところ、私はワインが趣味でございまして。魔法で造られたワインというものが一体いかなる境地にあるのか、興味津々だったのです。リストアップの作業をこれほど迅速に行いましたのも、それを評価していただければ、返礼としてワインを賜れるのではないかと期待してのことでございます。どうかご検討ください」
なんだか妙な迫力を感じ、「これは言う通りにした方が良さそうだぞ」と考えたクロエは、カトリーヌの机の上に置いたボトルに手を伸ばしました。
「――これは、私のものよ」
ぴくりとも動かないワイン瓶の先には、いつの間にかカトリーヌの手がありました。彼女は獲物を狙う鷹のような手つきで、がっちりとボトルを掴んでいます。
「しかしカトリーヌ様、魔法でワインを造るなど前代未聞。万が一ということもございます。主が毒見も済まぬ液体を口にされるのは、危険と言わざるを得ません」
ラピエルは主人に対し、堂々と言い放ちました。普通に考えれば主人の身を案じる素晴らしい執事の言い分でしたが、その目はどう見ても「自分が飲みたい」という執念に燃えていました。
「危険かどうかは、飲んでみればわかるわ! 心配はありがたいけれど、前代未聞のワインだからこそ、私は小説家として勇気を持って挑まなければならないのよ」
「ですが、体調を崩されては執筆どころではありません。やはり、そのワインは私が頂いた方がよろしいかと進言申し上げます」
「進言は結構。早く仕事に戻りなさい!」
「しかし……」
「『しかし』なんて言葉はいりません!」
「ですが……」
「『ですが』もいりません!」
「だけど……」
「貴方、ふざけているのですか!?」
パリストンの優雅な貴婦人と、明らかに何かがおかしい執事が繰り広げる、あまりにも不毛な押し問答です。
「分かりました、それじゃあ………」
呆れ果てたクロエは、二人に二本ずつデザートワインを贈ることを約束し、ようやくその場は収まりました。
クロエは、人間がワインに向ける狂気じみた情熱の方に、少しばかりの畏怖を感じ始めていました。
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