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24話

 



 バケツをひっくり返したような大雨が、パリストンの街外れを灰色に染め上げていました。


 視界を遮る雨幕の向こう、雷鳴とともに浮かび上がったのは、真っ黒な森に飲み込まれるようにして建つ一軒の豪邸でした。


「これ、もしよかったら使ってください。……お気をつけて」


 御者が同情混じりに差し出してくれた一本の傘。それを受け取ったクロエは、馬車を降りました。


 右手には傘、左手には絵画が収められた木箱。背中には大きなリュックを背負い、その場に立ち尽くしています。雷鳴が鳴り、およそ二秒後に雷光が走りました。どうやら雷は、ある程度近いようです。


 クロエにはそれが、ドラキュラの館のように見えました。


「帰ろう……」


「嘘でしょ?!」


 リュックサックの中にいる黒猫のあずさが、クロエの後頭部で叫びました。


「カトリーヌさんの屋敷はすぐそこじゃない! せっかくやって来たのに、どうして帰るのよ!」


「入ったら殺されるよ」


「そんなわけないじゃない! 相手は貴方のお母様の学生時代のお知り合いなのよ? 相手が喜んでくれるかどうかは分からないけど、殺されるわけないでしょ!」


「予感がするんだよ!」


「今は予感なんかよりも、この雨から逃げる方が大事よ」


「あずさは雨が嫌いすぎて、冷静な判断が出来ないんだよ。ここは俺の予感に従った方がいい。映画だと、大体そうなんだから」


「これは映画じゃないんだから大丈夫よ」


「でも……」


「何かお困りですか?」


 不意に、背後から理知的な男の声が響きました。


 クロエは心臓が止まるかと思うほど飛び上がり、反射的に傘を投げ捨てると、地面を蹴って数メートル後方へと飛び退きました。


 雨の暗幕が視界を塞ぐ中、純白のスーツを纏う大柄な男が、微笑みを携えて立っていました。


(……こいつ、強い)


 クロエの背筋に寒気が走ります。


 男はただそこに立っているだけでしたが、その佇まいには一切の隙がなく、静かな威圧感がありました。


「……もしや、クロエ様ではありませんか?」


 男の唇が、穏やかな笑みを形作ります。


「ソシエール様からは連絡を頂いております。そろそろいらっしゃる頃だと思い、お迎えにあがりました。どうぞ、屋敷の中へ。我が主人、カトリーヌも首を長くしてお待ちしております」


 幾度目かの雷鳴が鳴りました。きっとすぐに雷光も来るはずです。視界が遮られるその瞬間を狙って、飛び掛かって来る気がしていました。


「さあ、こちらへ」


 男は丁寧に会釈をして、雷光は訪れませんでした。




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