23話
「じゃあ、そういうことで……」
「待ってくれ! 待ってください!」
ガリガリのオジサンが、クロエの行く手を遮りました。
「頼む、この絵を買ってくれ! 絵の具を買う金さえなくて、もう三日もキャンバスに向き合えていないんだ!」
「さっきも言ったけど、俺は絵に詳しいわけじゃないし、絵を買いに来たわけでもないんだ。というか、まずは家を見つけないといけないし……」
「わかった! それなら五万でいい!」
(会話が成立していない……)
「駄目駄目、また今度な」
「一万でいい! 一万ならどうだ?」
逃げようとするクロエを、ガリガリのオジサンは反復横跳びの要領で立ちふさがりました。
「頼む、私に絵を描かせてくれ……」
(目が本気すぎる………)
「おじさん、名前は?」
「ヴィンセントだ」
「わかったよ、ヴィンセントさん」
「え?!」
「あなたの熱意に免じて、一枚だけ買わせてもらうよ」
「ありがとう、ありがとう……本当にありがとう……!」
ヴィンセントは絵を抱えたまま両ひざをつき、震えていました。
「どうしたヴィンセント、何かあったのか?」
これでようやく解放されるぞと思っていたところに、ボロボロの服を着た男たちが歩み寄ってきました。
「……おい、みんな! 聞いてくれ! ついに俺の絵が売れたぞ!」
「何だって!? ヴィンセントの絵が!?」
「このご令嬢が、是非とも譲ってくれと俺に頼んできたんだ。新しい表現だ、将来絶対に大画家になると言ってな! とんでもない審美眼の持ち主だ。俺の絵が初めて売れた! この御方のお陰で、俺はついにプロの画家になったんだ!」
「まさかヴィンセントの絵を分かってくれる人がいるなんて……ってことは、俺の絵もいけるだろ!」
「貴婦人様! 私の絵も見てくれ!」
「僕のもだ!」
「絵なら沢山ある! 沢山あるから全部買ってくれ!」
「ちょっと待て! 俺は一枚だけって……」
止める間もなく、次々と絵が差し出されます。ひまわり、風景、自画像――。クロエはあっという間に絵画とオジサンに囲まれ、気づけば八枚ものキャンバスを抱えていました。
「ありがとうご令嬢!」
「気に入ってくれて嬉しいよ!」
「また買ってくれよな!」
満足そうに立ち去った画家たちは、「これでパンと絵の具が買える!」と手を取り合って喜んでいます。
「にゃあ……」
「お人好しにも程があるわよ」という、あずさの声が聞こえてくるようでした。
「無理だった……芸術家の熱意は凄まじい」
キャンバスを抱え、ようやく見つけた馬車で母の学生時代の知り合いの元へ走り出したころには、クロエはすっかり疲れていました。
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