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22話

 


「そろそろ行こうか」


 クロエの言葉に、猫のあずさは意外そうな顔をしました。


「お宝探しはもういいの?」


「一通り見たけど、あのカメオよりも価値がありそうなものは無かったからね」


「それじゃあ勝負は私の勝ちね!」


「悔しいけど、今日のところは負けにしておくよ。まずは家探しもしないといけないからね」


「たしかに、そろそろいい頃合いね。もし今日中に家が見つからなかったら、ホテルを探さないといけないし」


 人気の無いベンチから立ち上がったクロエが、歩きはじめます。


「どこかで馬車を探して、乗せてもらわないと……」


「だったら、向こうの方が良いんじゃない?」


「わかった。そっちに行ってみよう」


 十分ほど歩いたところで、クロエは足を止めました。十数メートルほど先で、言い争っている男たちの姿を見つけたからです。


 得意げな顔をしているのは、高そうな服を着た体格のいいスキンヘッドのオジサン。泣きそうな顔をしているのは、ボロボロの服を着て、ヤギのような髭を生やしたガリガリのオジサンでした。


「なんだか嫌な予感……」


 クロエはできるだけ遠回りしながら、その場をやり過ごそうとしましたが、ガリガリのオジサンと目が合ってしまいました。


「……ご令嬢! 貴方なら分かるはずだ!」


 オジサンはクロエの前に立ちはだかり、泣きそうな顔をしています。いえ、すでに泣いていました。


「なんですか?」


「あの男が! あの男が、私の絵を便所の壁紙よりもひどいって馬鹿にしてきたんだ!」


 鼻を鳴らす音がして、そちらを見ると、スキンヘッドのオジサンがやれやれという顔をしています。


「事実だから仕方がない。言っておくが、適当なことを言っているわけじゃないぞ。私は自分でも絵を描くし、画廊にもよく通っている。知識はプロと遜色ないと言っておこう」


「ふぅん……」


「待ってくれ、見てくれれば分かるから!」


「見せてもらっても、絵のことなんかさっぱり分からない」


「大丈夫だ。見てさえもらえれば、私の魂が伝わるはずだ!」


 息を切らしたガリガリのオジサンが持ってきた油絵を、クロエは見ましたが、言葉が出ませんでした。


「これは……?」


「糸杉だ」


(つまり杉の木か……緑色の炎みたいに見えるぞ)


「ほら、ご令嬢が困り果てているじゃないか」


 スキンヘッドのオジサンは、ますます得意げな顔になって解説を始めました。


「まず第一にだ。この絵は、何を描いているのかさっぱり分からん」


 男は手袋をはめた指で、空を指しました。


「絵画とは自然の模倣であり、真実を写す鏡であるべきだ。だがこれはどうだ? このキャンバスの前に立って、一体何を感じろと言うんだ」


 男はさらに一歩踏み込み、キャンバスの表面を凝視して鼻で笑いました。


「第二に、この筆致タッチだ。救いようがないほどに稚拙だ。筆の跡がそこかしこに丸見えじゃないか。一流の画家というものは、己の呼吸を殺し、筆の跡を消し、鏡面のように滑らかな画面を作り上げるものだ。それが常識だ。こんなもので金を得ようなどと、失笑ものだよ」


「思い出した……これは印象派だ」


 クロエの一言に、二人のオジサンはきょとんとした顔をしました。


「インショウハ? 何だそれは」


「別に、詳しいわけじゃないんだけど……」


「言ってくれ! 是非とも続きを言ってください、ご令嬢!」


 どうやら褒めてもらえそうだと察したガリガリのオジサンが、息がかかるほどの距離まで近づいてきて懇願します。


「筆の跡を残すのは、勢いを表すための表現方法なんだ。絵画でしかできないことを表現するために、あえてやっているはず」


「あえて筆致タッチを残すだと? そんな話は今までに聞いたことがない……」


 スキンヘッドのオジサンは、まだ鼻で笑っていましたが、先ほどよりも勢いがありませんでした。クロエが良い服を着ているからです。


 この世界では、服装で人を判断します。もしかしたらこの若い令嬢は、自分よりも高度な美術教育を受けてきたのかもしれない――そんな不安を感じていました。


「それは新しい表現方法だからです。いずれは評価される時代が来ると思いますよ」


 クロエは適当なことを言いましたが、ガリガリのオジサンは大喜びで、自分の絵を高々と天へ掲げました。


「その通り! 私の絵は新しい表現方法による絵なのだ! 古い手法にとらわれず、新たなスタイルを確立し、表現することこそ真の芸術家なのだ! 分かっている、この令嬢には本物を見極める目がある!」


「くそっ……」


 勢いに負けたスキンヘッドのオジサンは、舌打ちをしたあとで、どこかへ行ってしまいました。






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