さらば浪人生活。(9浪目) 【完結編】
2024年2月-2024年3月
2月上旬
二次試験まで1ヶ月を切った。
俺は勉強の合間に行きつけのカッフェに行き、ウェイトレスと密談した。
しかし、今回現れたのは年増のBBAだったため気分は駄々下がりだった。
なぜ俺は金を払ってまでBBAとやらなければいけないのだろうか。不思議で仕方ない。
こちらでウェイトレスを選べないというのが悔しい。仕方なく、今回は体位の勉強に努めた。
カッフェを出た頃には空は暗くなり辺りは冬の寒さに覆われていた。
コンビニで缶珈琲を買い、オプション5をふかす。櫻子と11浪の先輩(通称ネズミ先輩)にウェイトレスのレビューを送る。
帰りにジムに寄り身を清める。その足で近くの書店に寄り、二次試験の面接本を読み漁る。
俺は面接が大の苦手だ。
特に自分について語る場合は尚更である。
9浪もしているのに自己PRなど不可能なのだ。事故PRになるのが目に見えている。
それでも対策をしなければ面接で点は取れない。だから仕方なくやる。しかし、俺はいつになったら面接が得意になるんだろうか。一生苦手なまま終わるなんてことも十分にあり得ることだが。
2月中旬
試験はいよいよ2週間と迫っている中、俺はいつもの悪癖であるセルフハンディキャップにより勉強に身が入らずにいた。
セルフハンディキャップは中学生だから成り立っていたものなのに、27歳にもなって続けているのって、ひょっとしてかなりまずいんじゃないか?人生の後半戦に入ろうとしている中で、未だに自分の実力に真っ向から対峙しないのって相当ヤバいんじゃないか?
多分こういうのって、18歳くらいにまでには経験しておくべきことのはずなのにな。
俺はやはりどこかおかしいんじゃないか。
そんなことを思うものの、やはりやる気が起きない。過去問で点が取れない現実に直面するのが怖い。大学受験なんて寧ろその現実に直面し続けて、それでもそれを肯定的に受け止めて自分を奮い立たせていく作業のはずなんだが、頭では判っているものの、心が追いつかない。俺の心は14歳で止まっているんだ。
中学のバスケ部でいじめを受けてから俺の人生ずっとこんな感じだ。俺の人生どこで間違えたんだろぅ…ォョォョ………。
完全に鬱の沼に嵌っている時、LINEのアラームが鳴る。
北野、館川、夕凪(小学時代の幼馴染)から館川が今度転勤するから、その前にみんなで集まって打ち上げをしようぜとのことだった。
俺は了承した。こんな時だ。昔の友人と話したら気が楽になるだろうと思った。
飲み会当日、その日は雨だった。
俺は約束の居酒屋に傘をさして向かった。
あいつら元気にしてるかなぁ…
待ち合わせの場所に着くとまだ誰も居なかった。
LINEを確認すると、北野が急な仕事が入って行けなくなって、館川が急な風邪で来れなくなって、夕凪も仕事が長引いて遅れるとのことだった。
なんだよ…
俺は色々と察して、コンビニで酒と焼き鳥を買い、近くの公園で独り晩餐会を開いた。
こういうことには慣れっこだった。
別に悲しくはなかった。
でもなんかなぁ…。
2月下旬
二次試験までいよいよ1週間を切った頃だった。
3浪目の時に親に買ってもらったiPhone7が壊れた。電源はつくがスクリーンが反応しなかった。先日の風呂場での使用がまずかったようだ。仕様上は防水となっていたが、もう7年も経っている。防水パッキンも機能しなくなったのだろう。
二次試験は県外まで遠征しないといけない。そうなると周辺地理に詳しくない俺は調べる手段がなくなってしまったわけだ。
本当なら大学に合格した後にでも新型のiPhoneを買い換えるつもりでいたが、データ輸送もできてない状態で、買い換えると面倒だから仕方なく修理してもらうことにした。
修理屋に持っていくと8,000円請求された。
手痛い出費だったが背に腹はかえられない。
俺は修理屋のオヤジに頼んだ。修理まで45分ほど掛かるようなので、俺は赤玉パンチを買い、近所の公園で呑むことにした。
外を出ると雨が降っていた。
傘もない状態で俺は公園の木の根元まで走りそこで酒と煙草を嗜んだ。
俺はこれからどうなっちゃうんだろうな。
テスト前なのにろくに勉強してない。
今度こそ落ちたら俺の人生はおしまいだ。
その後どうするんだろうか。また地下帝国で筆舌に尽くしがたい労働の日々を送るのか?
面倒だ…どうしてたかが大学受験如きに俺はこんなにも翻弄されてるんだ。意味がわからない。
俺はこんなにも頑張っているのに。ちなみにここでいう頑張っているとは勉強を頑張っているという意味ではなく、精神的苦痛に喘ぎながらも生きるのを頑張っているという意味であるがそんなことはこの際どうでもよい。
そんなことを考えていると45分経ったようなので、スマホを回収しにいく。
修理屋のオヤジ曰く、やはり内部に水滴があったらしく、それが故障の原因で間違いないとのことだった。
しかし、これで二次試験での遠征で道に迷って連絡手段もなく、試験を受けられなかったなんてことは阻止できることが判り安心した。
試験2日前になり、漸く焦り出した俺は過去問を開いた。
散々サボってきた脳みそはすぐには働いてくれなかった。それでも問題文と答えを読み込むことくらいはやった。
全く手をつけないよりかはマシだろう。
試験前日
俺は受験大学の近くのホテルまで電車とバスで向かった。
ホテルに着くと、さすがの俺もスイッチが入ったのか、ホテルのエレベーターの横の椅子(勉強にふさわしくない場所で勉強すると集中力が出るアレ)に座り真剣に過去問を眺める。
概要が理解できたら、部屋に戻り、机に向かい実際に紙に答案を書いていく。
前日からの勉強が功を奏したのか、特に手が止まることなく問題を捌いていける。
制限時間の半分で解き終わった。
他の年度をやってもやはり制限時間の半分を残して解き終わった。
…おっと?
案外いけるじゃん。
明日も早いことだし勉強はこれくらいに止めて寝ることにした。
明日の試験でバチっと決めて有終の美を飾ろうではないか。
翌日、試験当日。
幾重にも用意した目覚ましアラームにより目を覚ます。
スーツに着替え、入念に髭を剃り、ワックスで髪を整える。
よし。
ホテルからバスに乗り、大学へ向かう。
大学に着くと、同じく受験生が何人か校舎の前に集まっていた。
受験者の顔ぶれを観察した。
友人と雑談してるやつもいれば、真剣に参考書と睨めっこしてる子もいる。
この中から春を見るやつは何人いるのだろう。
校舎の入場時刻になり、そのまま試験室に入っていく。
試験室にはいくつか空席があった。
俺はそのまま空席が空席のままであることを祈った。
つまり遅刻で試験ギリギリになって入室してきて、そいつが俺の代わりに合格するなんてことが起きないことを願った。
俺は教室内の顔ぶれを注意深く観察した。
この中から4月から友人関係になるやつが出てくるわけか。
一応写真を撮っておくか。
俺は試験室の受験生に気づかれないよう、ひっそりとカメラのシャッターを押した。
さて、感傷に浸るのは程々にして過去問を解き直すとするか…
俺は残りの時間に集中して昨日解いた問題をさらに倍の速さで解き直した。
試験官がぞろぞろと教室に入ってきて、問題用紙を一枚一枚配っていく。
緊張が教室を支配した。
「それでは試験を始めてください」
バサッ…
一斉に紙をめくる音がする。
俺は一呼吸おいて、周りを見渡した後にゆっくりと問題を一つ一つ目を通していく。
全体の出題内容を把握し、満を持して解答に挑む。
ふむふむ、今年の問題の傾向は例年通りだな。
これなら高得点も狙えるかもしれない。
問題用紙に下書きをしながら解答を進めていく。
下書きしたものを解答に用紙に清書していく。
その作業を続けていき、残り一題となったときの残り時間は20分だった。
その20分をまずは下書きに費やす。
しかしここで大きなミスを犯す。
あまりに下書きに没頭していたため、時間配分を間違えてしまった。
気づけば15分が経過していたのだ。残りの5分で清書するという無茶振りを迫られた。
俺は多浪ということもあり面接には自信がなかった。
おそらくは現役生の半分も取れないだろうと考えていた。
だからこの問題を書き損ねるのは合格への死活問題だったのだ。
俺は頭が真っ白になった。文字が読めなくなるほど緊張し、心拍数は120をゆうに超し、過呼吸になり、手はガクガクに震えていた。
脳裏には自分の名前が書かれた墓石が浮かび上がった。
この大学に落ちたら俺は死ぬのかな。
俺は必死に震える手を抑え、下書きをそのまま書き写す清書マシーンと化した。
途中、手の振動によりミミズのような字になりもした。
泣きそうになった。
残り10秒くらいか…!?
あと答えさえ書けば…
ああ……終わらないでくれぇ…
「そこまで」
あ、やばい。
試験官の試験終了の宣言の後、俺は3秒ほど最終の答えを書いていた。
これくらいは目を瞑ってくれ…
なんとか書き終えた。
過去問では半分も時間を余していたからすっかり時間配分を油断していた。
あんまり下書きに時間を掛けるもんじゃないな。
なんか去年の入試でもこんなことあったな。
まぁでもこれで首皮一枚繋がった。
しかし、物理的な刺激は何一つないのに、試験時間という精神的な刺激だけでここまで緊張するもんなんだな。
人間の精神ってのは実に不思議だ。
その後は面接試験があった。
やはり、緊張した。
年齢に相応しい受け答えをしようとすると尚更緊張して、しどろもどろな受け答えしかできなくなった。
思考力は失われ、それでも何か答えなければいけないから、普段から考えている物騒な発想法に縋るしかなく、おそらくは面接で言うべきじゃないことを口走ることになる。
喋っている最中も、自分は何を言っているんだとセルフツッコミを入れながら自分に呆れる始末。
早く終わってくれェ……
全ての試験が終わり教室を出た。
近くにさっきまで面接をしていた受験生がいたので話しかけ、傷を舐め合った。
今話してるこいつも4月になれば同じ学舎で勉強する同期になるのだろうか。
仮に受かっているとすると、これがファーストコンタクトになるわけで、変な第一印象を与えるのは良くないなと思いながらも、積もりに積もった不安を初対面の男にぶちまけた。
ふぅ……。
やることはやった。
まぁ受かるか落ちるかは五分五分といったところだろう。
バスに乗りホテルへと向かう。
途中、スーパーでビールとパック寿司を買う。
ホテルに着くと俺は親に連絡した。
「ああ、もしもし。うん。うん。ああ、終わったよ。え?ああ、まぁぼちぼちかな。うん。」
テストの手応えは五分五分であることを伝えた。
続いて、同じ志を持つ11浪の大先輩(通称:ネズミ先輩)にも連絡を取った。
ネズミ先輩とはここ2ヶ月、毎日連絡を取り合い、励まし合ってきた仲だ。
ネズミ先輩は二次試験では7割ちょっと取れたらしく、希望はあるようだった。
2人一緒に合格してぇなぁ。
それにしてもいざ試験が終わってみると肩の荷が降りた感じがするな。
もう勉強しなくていいってことなんだよな。
まぁ前期で受かればの話だが。
それでも精神的な負担はかなり減った。
そうだ、帰ったら行きつけの喫茶店に行こう。
給仕のりんちゃんに会いにいくか。
翌日、ホテル周辺をしばらく観光した後、バスで帰った。
家に着くと家族がご馳走を用意してくれていて、受験の労をねぎらってくれた。
翌日は昼まで寝た。とにかく一日中ダラダラした。
Amazon Prime Videoで葬送のフリーレンや薬屋のひとりごとや僕の心のヤバい奴やダンジョン飯を観たり、ピッコマでカイジを読んだり、酒を呑んだり。
その翌日になって行動に出た。
ここ数日、勉強尽くしだったので精神が枯渇していた。
だから漫画喫茶で好きな漫画を読み耽ることにした。
俺はピッコマで途中まで見たゾンビモノの漫画とカイジとこのすばを何冊か本棚から取ってきて読み込んでいった。
カイジの鉄骨渡りのシーンは今の自分の現状と重なり染みるものがあった。
もし前期試験に落ちたら俺は鉄骨渡りリタイア者同様、奈落の底へ堕ちることになるのだろうか。
嫌な冷や汗が流れた。
3月上旬
ネズミ先輩と前期試験の自信について語り合った。
俺は落ちてるけどお前は受かってるとか、一緒に落ちたら一緒にタヒぬかとか、12浪はもう懲り懲りだとか。取り留めのないことを言い合った。
それが精神安定へと繋がっていくのだ。
試験結果は3/6あたりに出るのだが、俺は結果を見るのが怖かったので3/10まで見ないことにしていた。
そしてネズミ先輩とも互いに合否を言い合うのは3/10まで待つことにした。
因みにネズミ先輩はそれまでに滑り止めの大学に合格していたらしく12浪は回避したとのことだった。
俺は内心焦った。
俺だけ落ちて10浪なんてした日には鬱になってしまう。
その後も俺は不安を紛らすために漫画喫茶に通い詰めた。
カイジ24億脱出編を読み終えたときには3/10なっていた。
俺は恐る恐る大学の合格発表ページに飛んだ。
心臓の鼓動が早くなる。
正直怖かった。
こんなに勉強して落ちてたらどうしよう。
これから俺はまた浪人するのか?それともコンプレックスを抱えたまま社会に出るのか?何れにせよ暗い未来しか見えなかった。
ゆっくりと自分の番号があるところまで画面をスライドしていく。
おそらく次のスライドで俺の人生が決まる。
深呼吸した後に次の番号を見る。
「……あった」
「え、うそ……あった!あったあったあった!!あったぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!!!」
やった。この9年の苦労が遂に報われた。
嬉しい。
自分の力で勝ち取った合格というのはこんなにも嬉しいものなのか。
早速両親に報告した。
ネズミ先輩にも連絡した。
どうやらネズミ先輩も合格していたらしい。
数日前から様子がおかしかったから、もしやと思っていたが、やはり合格していたようだった。
とりあえず2人で合格の喜びを分かち合った。
今後どうするかを話し合うと、俺は大学ではTwitterはやらないことを言った。
この腐れきったゴミの掃き溜めのようなTwitterを大学に入ってまでやりたくなかったからだ。
そう言うとネズミ先輩も賛同したらしく、ネズミ先輩はすぐにアカウントを削除した。
は?
おい。
何あっさり消しとんねん。
大学ではやらないって言ったけど誰が今消していいって言った。
つかもっと余韻に浸らせろや。
何自分だけリアルの生活を充実させようとしてんだよ。
俺を…俺を置いていくなよ……。
両親が帰宅すると俺の合格祝賀会を開いてくれた。
焼肉食い放題飲み放題の店でたらふく食べた。
「よく頑張ったな。おつかれさま。」
高3からの10年間の出来事が走馬灯となって涙が出た。
この日の夕食は少ししょっぱく感じた。
翌日から入学の手続きが始まった。
郵便局で入学金を振り込み、その足で母校に卒業証明書を取りに行った。
すると俺が現役の頃からいた先生と会った。
俺は感極まった。
「先生!覚えてますか!!?中村です!!」
「え、嘘…!?中村くん!?」
「先生…僕のことを覚えてくれていたんですね」
「中村君は私が初めて担任を持った時の生徒だから当然よ」
9年ぶりに見る先生は歳のせいか小皺ができて、当時よりも落ち着いた感じになっていた。
時の流れを感じた。
今日までのこととこれからのことを一通り打ち明けた後、先生は俺の背中を押してくれた。
ああ、やっぱり神様はいるんだな。
もう二度と会えないと思っていた恩師にこういう形で逢えるなんてな。
帰り道、幼稚園の頃によく足を運んでいた神社に寄った。
ああ、懐かしいな。
昔はよくここで遊んだっけな。
境内を見渡すと幼稚園時代の自分が遊んでいる姿が重なった。
時の流れは残酷だ。
どんなに昔を恋しく願っても決してその時間が遡ることはない。
時間は不可逆的に同一方向へと進んでいく。
それを肯定的に受け入れられることが大人になるってことなのだろう。
3月中旬
昼過ぎにベッドからのっそりと起き上がりネズミ先輩とくだらない話をしようとTwitterを開くが、彼はもういない。
医学部に合格した彼は、輝かしい新生活に向けて、これまでの腐れ切った世界との縁を切るためにアカウントを削除したのだ。
ネズミ先輩はもういないじゃない……。
俺は急に虚しくなった。
なんで急にいなくなっちゃうんだよ…
せめて入学式まで居てくれてもよかったじゃない…
しばらくネズミ先輩ロスにより精神が不安定になった。
失ってから初めて気づく友の大切さ。
9浪という浮世離れした経歴のため俺は孤独感に苛まれていた。
そこに11浪という俺の経歴を凌駕する彼がいてくれたから、今日まで頑張って来れたんじゃないか。
俺はそこに確かにシンパシーを感じ、友情を感じていたのではないか。
ああ、ネズミ先輩…戻ってきてくれ………。
出会いがあるということは、必ず別れがある。
でもこんな別れ方はあんまりじゃないか。
なんの余韻もなく居なくなってしまうなんてあんまりだ。
失意の中、俺は例の喫茶店に行くことにした。
りんちゃんにこの気持ちを慰めてもらうか。
「りんちゃんをお願いします」
「あー、すいません。りんちゃんは今日は急に来れなくなったらしくてー」
は?ざけんな。これで何回目だよ。
なんで俺が来る時だけいつも不在なんだよ。
流石にキレそう。
もうええわ糞リンとかほんまどうでもええ。
「あー、じゃあリカちゃんでお願いします」
「かしこまりました。」
リカと戯れること45分。
うん、まぁまぁだな。
とりあえず櫻子に女の子のレビューを書いて送った。
さて、これからどうしたものか。
俺は早朝の街中を行く当てもなくぶらぶらと歩いた。
数日後、引っ越しに伴い行きつけのトレーニングジムを解約した。一応今月末まで使えるとのことだ。
それにしてもなんとも手応えのない日々だ。
ネズミ先輩は俺の数少ない同志だった。
この時点で俺は純粋多浪という絶滅危惧種の先輩無しでは生きられない身体になっていた。
そんなときだった。
TwitterのDMに新しいメッセージが届いた。
「中村、俺だ。ネズミだ」
!?
「実は恥ずかしくも医学部に落ちていて12浪
することになった。一応滑り止めの大学には進学って感じだ。何故か見栄をはり医学部受かったと言ってしまった。12浪目仮面浪人編がはじまる」
!!!!!!!!!
ネズミ先輩が帰ってきた!!
いや医学部落ちてたんかい!笑
でも嬉しいな…また彼と話が出来るのは。
正直俺は彼が医学部に受かってしまったことで、彼がどこか遠い存在になってしまった気がしていた。
でも、そうじゃなかった。
やはり神は俺を見捨ててなかったようだ。
気分は『帰ってきたドラえもん』ののび太だった。
ネズミ先輩が失踪してから1週間が経過していたわけだが、事もあろうにネズミ先輩は元のアカウントを消したその翌日に現在のアカウントを作っていたのである。
抜け目のない奴だ。
灰色だった世界の色が鮮やかになっていくのを感じた。
翌日、新生活に向けてすね毛と腕毛と胸毛と腹毛を剃った。
毛を掻き集めると手のひらサイズの毛玉と化した。
なぜ体毛はこれほどあるのに髪の毛は薄いんだろうな。
そして、この前購入した家庭用光脱毛器を照射していった。
大学に行ったら18.19歳の奴と肩を並べるわけだから若作りしないとな。
剛毛な体毛は一発で年長者だとバレるからな。
3月下旬
精神科に薬をもらいに行く。
いつもと違う医者だった。
春から大学生になることを言ったら快く応援してくれた。
3ヶ月分の薬の処方箋をもらった。
薬局でTwitterを眺めていると、1月以降、音信不通だった宿守からDMが届いていた。
「娑婆はええなぁ」
!?
「お久しぶりっすね。何してたんすか?」
「察にパクられてたw」
ええええええええええええ……
元理3 B判定の北大総理だった彼の人生はどこで間違えたのだろうか。
しかし話を聞く限り何やかんやで楽しんでいたようだ。
どういうわけか、以前と比べてしがらみが無くなって今が自由で生きやすいとのことだ。
地頭が良いせいか僕ら凡人が思いつかないことに喜びを感じるのだろう。
この人はどちらかというと芸術家タイプの人間なんだろう。
まぁ何にせよ、またこうして連絡が取れてよかった。
ネズミ先輩といい、宿守といい、ここ数日、僕の元から去っていったと思った人間が帰って来て嬉しい。
翌日、入学式のスーツの下に着るシャツを父親に買ってもらった。
スーツなんて成人式と毎年のセンター試験前の証明写真を撮る時くらいしか着たことがなく、今持ってるシャツも何故か花柄の変なものしかなかったからだ。
何故当時、無難な白シャツを選ばなかったのか不思議だ。
その足で、スマホショップに向かい、iPhone7をiPhone14に切り替えて来た。
2017年の3月、俺がFラン私立大に入学する前に買ってもらったiPhone7は、内部の機器の劣化が進みバッテリーの減りも激しく、動作も遅くなっていた。
また、それまで月々のスマホ代金は親に出してもらっていた。
20歳を過ぎた大の大人が親に携帯代金を払ってもらっていることに後ろめたさを感じていたのだ。
帝国重工で働いた俺は貯金もできていたので、自分の名義で契約することにした。
契約プランは最も安いものにした。
docomoのirumoというプランは、月々0.5GBで550円だというので、それにした。
通信制限下でもLINEやTwitterや簡単なネット検索は出来るらしいので、それも決め手の一つだった。
翌日
櫻子とサイゼリアでエンカした。
櫻子とは実に1年ぶりに会ったことになる。
お互いの近況を話し、部落見学をして、その後は夜の繁華街へと繰り出した。
なかなか刺激的な1日だった。
翌日
トレーニングジムで水泳を嗜み、半年間世話になったジムとサヨナラした。
翌日
漫画喫茶でアイアムアヒーロー(ゾンビモノ)を読み耽る。
その後、地元でのやり納めということで例の喫茶店に繰り出した。
本日のお相手はツバメちゃん。
後ろで髪を結った姿がチャーミング。
魅力的なひと時を過ごした。
数日後
引っ越しまで片手で数えるほどとなった。
新生活を迎える上で、容姿を人並みにする必要があったので、俺は人生初の眉毛サロンと染髪に挑戦した。
なるほど、高い金払ってやってもらうだけの価値はある。
これまで眉毛はT字の髭剃りで処理していたが、このクォリティはプロにやってもらわないと無理だな。
茶髪にしたのも正解だった。
宿守に聞いた大学デビューの心得の、雰囲気イケメンになるというのを実現できたのではないだろうか。
自己肯定感が上がった。
続いて、GUで3万円ほど服を買い足した。
大学に行くまで服装には無頓着でほとんど買い物をしたことがなかったので、服選びがこんなに楽しいことだとは気づかなかった。
その晩、家族が送別会を開いてくれた。
2021年の5月に実家に帰ってから3年弱が経過していた。
おそらくこれが人生で親元で長く暮らす最後の機会になるだろう。
これからは長期休暇にたまに帰ってきて顔を合わすだけになるだろうから。
これまでの生活はこれからの長い人生から見ても、特別な日々だったんだろうな。
お袋の味も当分食べることはできないのか。
家族にはたくさん迷惑をかけたな、、、
俺、向こうでも頑張るよ。
その晩、引越しの準備をした。
というのも、引っ越しは明後日なのだ。
今日中にやっておかないと流石にまずいのだ。
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引越し当日の朝
さ、て、と、、、
一通り、準備もできた。
いよいよ新天地に行くわけだ。
これからどんな未来が待ってるのだろう。
ちょっぴり不安はあるけれど、楽しみの方がそれを上回る。
じゃあ行こっか!
ぼくはおろしたての靴をつっかけて、ドアを開いた。
晴れやかな風が家のなかに吹き抜ける。
そうして、新しい一日が始まる ーーー
こんにちは、中村和馬です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
当小説は、昨年の私が受験に失敗し、失意の日々に明け暮れていた時に、やり場のない気持ちを発散するために思いつきで書いたのが始まりでした。
一度書き始めると、あれこれ書きたいことが多くなって、結局現在に至るまで書いていくことになりました。
今は第一志望の大学に合格し、新しい人生を謳歌しています。
2月の投稿以来、更新が途絶えていて、4月の入学後に書こうと思っていましたが、新生活に入るにあたり、日々の生活に忙殺されて、創作意欲が抜けてきてこともあり書けずにいました。
それでもやはり最後まで書いて完結させたい気持ちもあり、気を振り絞り6月の休日を使って最後まで書き終えることができました。
一応、この小説は完結したことになりますが、私の人生はまだまだ続きます。
今後は別のアカウントで全く異なるジャンルの小説にも挑戦していきたいと思っております。
どうか陰ながら応援していただけると幸いです。
この物語が、これから受験を控える皆さんの心の支えとなりますように。筆を置かせていただきます。




