平民校舎花壇爆破事件 1
「アレイヤは、貴族は嫌いかい?」
夏季休暇も残り三日となった暑い日に、馬車に揺られながら自国の王子にそんな質問を投げられた。
平民として生まれ、希少な光属性の魔力が判明したことで貴族入りしたアレイヤ・ノルマンドではあるが、決して順風満帆ではなかった。
「どうしてそんなことを聞くの?」
現在向かっている先のことを思えば憂鬱な気分になるのも無理はない。
王立スフォルト魔法学園平民校舎。
通う生徒すべてが平民で構成された、王立である以外はありふれた学び舎である。ただ、入学試験はなかなかに難しく魔力の認められた平民も通う見る者から見れば特殊な学び舎でもある。
貴族校舎と合わせて珍しい部分と言うのならば生徒会長が共通している点だろう。
校舎は二つに分かれていても学校は一つということでそういう制度が出来上がっている。副会長以下はそれぞれの校舎に配置されている。
現在の生徒会長であるレオニールは何度目か分からない溜息を吐く。
「いや……絶対平民校舎の生徒会の人たちは貴族が嫌いだろうからさ。アレイヤから事前に心構えをと思って」
「ああ、そういう……」
レオニールより前の生徒会長は在籍期間が短い人物が二人も続いた。
一人目は兄王子であるアルフォン。アレイヤをゼリニカに代わる婚約者にしようと躍起になっていたが、結果として王太子の権利を剥奪されてしまった。
二人目はサンドラ・トラント元侯爵令嬢。貴族至上主義を掲げアレイヤを魔力暴走と偽装して傷付けたことを暴かれた。副会長に降格されたがすぐにレオニールによって解任された。解任されたのは、レオニール以外の生徒会役員全員だった。
その後、書記として宰相子息のノーマン。ドルトロッソを起用してその後にゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢を勧誘も拒否。副会長にアレイヤを勧誘したがそれも拒否されたがどうにか役員の手伝いとしての起用をこぎつけるに至った。
「貴族……が嫌いかと言われると答えられませんね」
範囲が広すぎて一概には言えない。
貴族は一つではない。貴族至上主義の家だけではないこともすでに理解している。
「言えるのは、レオニールはちゃんと話を聞いて考えてくれる人だから問題ないってことだけだね」
「アレイヤ……」
「あ、ああ、アルフォン王子のことはもう全然平気だからね⁉ 今のはただ、これから会う平民校舎の生徒会の人にもレオニールは大丈夫だって言いたいってだけの話だからね⁉」
「…………ああ、そう」
見るからに不機嫌になったレオニールの事情は分からないが、平民校舎には貴族至上主義とは真逆の貴族を嫌悪した平民がいると危惧しているらしい。そうなると王族のレオニールが非難の的になることは想像に難くない。
当然、平民から魔力の種類だけで貴族入りしたアレイヤも。
光以外の属性だったなら平民校舎の生徒となっていてもおかしくはなかった。
だからこそ、一つだけ懸念がある。
生粋の貴族の生まれではないアレイヤにのみ存在する可能性。
貴族校舎に貴族至上主義者がいるように、存在していてもおかしくはない。
貴族に召し上げられた元平民を憎む人間が。
小さく零した溜息を、もう一人の同乗者――ノーマン・ドルトロッソが身を乗り出した。
「アレイヤ嬢、あと少しで到着しますが大丈夫ですか?」
「大丈夫です。問題ありません」
馬車移動で疲れたと思われたようだが、貴族校舎生徒会室に集合して平民校舎へ移動しているだけなので疲れるほどの時間揺られてはいない。
何事もなく終わればいいが、と声には出さないまま窓の外へ目を向ける。街中を通っているわけではなく、見える景色はずっと青々と葉を茂らせる木々ばかり。学園の敷地内であり、二つの校舎を隔てている林を走っていた。
今日の目的は両校舎の生徒会役員の顔合わせだ。新規の顔ぶれになったことはもちろん、これまでの生徒会長が平民校舎の生徒たちを蔑ろにしていた事実の謝罪と、今後会長として決裁しなければならない書類の確認。
普通ならば生徒会長のいる側に平民校舎の副会長が赴くものだが、貴族校舎にはアレイヤを侮蔑する貴族至上主義の生徒がいる。そんな場所に生徒会役員と言えど平民が足を踏み入れるのはどうかとなり、今回の移動に至る。
馬車の御者を務める騎士が到着を告げる。
王族であるレオニールと光属性のアレイヤがいるために護衛の騎士も冗談ではない人数配置されている。さすがに平民校舎に乗り込むには過剰というか仰々しい一行ではある。
王族の視察と言われても誰もが信じそうだ。
馬車が停まり、ノーマンが先に降りて次にレオニールが。最後にアレイヤが馬車から出ようとすると、左右から手が差し出されていた。
「さぁ、お手をどうぞ」
にっこりと満面の笑みのレオニールの差し出す手と、ノーマンが項垂れながら差し出している手。
王族のレオニールよりも上位のような扱いに顔が引き攣る。
わざとやっているレオニールと、当然だとばかりのノーマン。アレイヤは周囲を固める騎士たちの視線を集めていると知りながら、両方の手を取った。
「アレイヤは欲張りだね」
「無益な争いは勘弁願いたいだけですう」
唇を尖らせてみたものの、周囲の視線を気にしてすぐに表情を引き締める。
護衛をする騎士たちの奥に、初めて見かける人影が見えた。
深く頭を下げる青年が二人。貴族校舎の生徒と同じ制服を身にまとっているが、いつから下げていたのか顔は見えない。
「…………」
馬車の扉も閉められ、レオニールを中心に三人が並んでも頭を上げる気配がない。
ちらりとレオニールを横目に盗み見ると、若干引いていた。
「……レオニール様」
ノーマンが耳打ちをすれば、大きく息を吸ったレオニールは「頭を上げてくれ」と声をかけた。
平民校舎と貴族校舎の生徒ではない光景だとアレイヤは目を逸らした。平民は貴族に声を掛けてはならないという決まり事くらいは知っていた。けれど、王族を直視してはいけない決まり事もあったのだったかと曖昧な記憶を探す。
ゆっくりと時間をかけて頭を上げた二人の顔が露わになる。
一人は白に近い水色の長い髪を後ろにゆるく束ねていて、微笑を浮かべているのに感情がまったく窺えない人物。
もう一人は明らかに冷たい目をしている長身短髪の人物。背の高さは周囲を警護する騎士と同等もしくはそれより高い。
二人からは親しい雰囲気を感じない。突き放そうとする空気が前面に出ている。話し合いどころか話を聞いてくれるのかも怪しいが、それほどまでに貴族に対する印象が最悪なのだろう。
さらには先々代の生徒会長の実弟であるレオニールがいるのだ。いつ偶然を装って罵詈雑言を浴びせられるか分かったものではないので警戒はしておくに越したことはない。
「貴殿らがこちらの校舎の生徒会役員の方々とお見受けする。私はこの度生徒会長の任を受けたレオニール・ラ・リトアクームだ。名前を聞いても?」
貴族至上主義の人間が見れば卒倒するであろうレオニールの姿だとは思うが、本人はこの場にその手の人間がいないからやっている。ゼリニカがいれば視線の一つで窘めたのかもしれないが、レオニールを窘められる唯一の人間であるノーマンが涼しい顔をして頭を下げているのだから止められる人間なんていやしない。
「は。平民校舎で副会長の任をいただいております、ウィリアム・キルシュと申します。王国の小太陽であられる王子殿下へのお目通りが叶い、恐悦至極でございます。こちらは同じく生徒会の書記を務めるソレイユ・ダレンです。本日はよろしくお願いいたします」
この場が王城の謁見室等であれば正しいやりとりというか、平民にしてはしっかりしたやりとりだと思う。だが、ここは彼らのホームである平民校舎の敷地内だ。アレイヤからすればやりすぎなのではと感じてしまう。一応王族や貴族の反応を見てみるかと再度盗み見てみれば、やはりアレイヤ同様やりすぎだという疲れ切った横顔が見えた。
どうしたものかと二の足を踏むレオニールとノーマンを見て、アレイヤは仕方ないと一歩踏み出した。
「丁寧なご挨拶をありがとうございました。私はあちらの校舎で生徒会のお手伝いをさせていただいておりますアレイヤ・ノルマンドと申します。先輩方、会長方が驚いておりますのでどうぞ楽になさってください」
これは元平民の出る幕だとばかりに前に出るしかない。丁寧な礼はまだまだ慣れないが、そうも言っていられない。膝が震えているのはどうか見逃してくださいと祈りながら視線を引き付ける。
ソレイユと紹介された男子生徒の冷たい視線はさらに殺気を足してアレイヤに向けられはしたものの、言葉を発した副会長と名乗ったウィリアムはアレイヤを見て、目が見開いた。
目が合ったので好都合とばかりに「こちら、生徒会長のレオニール様と、書記のノーマン・ドルトロッソ様です」と改めて紹介をする。こういうことは立場が一番下の人間がするべきだろうとの前世での大人の判断である。合わせて王子と宰相子息の名乗りを奪われると自身の存在が希薄になりそうだったという疑念もあった。
「生徒会のお手伝いとは……貴女は役員ではないのですか?」
「私は少し……いえ、結構面倒な立場におりまして」
あはは、と笑ってごまかしてみたが、ウィリアムの困惑顔にもう少し説明すべきか悩みかけたが、レオニールとノーマンの気まずそうな顔も見えて悩むのを止めた。
「彼女は役員ではありませんが、非常に優秀な方です。では、生徒会室まで案内をお願いできますか?」
ノーマンが前に出たかと思えば、アレイヤを背に庇うような位置に立った。少し前に王城でも似たようなことがあったが、あれは厄介な大臣から隠されたからだった。今回はなぜだろうと周囲に目を動かしてみたが特に警戒しなければいけないような人物はいない。
強いて言えば、ずっと睨んだままのソレイルの視線から守ってくれているのか。
護衛の騎士たちもソレイルの視線には警戒していたようだが、あくまでも一人の学生だから表だってアレイヤを守る陣形を取れなかったのだろう。
ソレイルの視線の意味を誰も追及できないまま、一行は平民校舎の生徒会室へと向かった。
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改めてお互いに自己紹介を終える頃には初対面時の緊張感はほとんど消え失せ、会話も増えていた。
「レオニール王子殿下がこれほどまでに気さくな方だとは思いませんでした。本日は有意義な時間を過ごせて恐悦至極です」
「学園内では自由にさせてもらっているのでね。それに、こういう雰囲気を出していないとアレイヤがすぐに距離を取ろうとするのも理由の一つで……」
朗らかに会話を続けるレオニールとウィリアム。多少砕けそうになるとすぐに我に返って言葉が硬くなる部分にまだ緊張が残っている。レオニールが笑顔でアレイヤを見やれば厳しい視線が返ってきて「ほらね」とウィリアムと談笑を続けている。
アレイヤは馬車に乗せて持ってきた紅茶を淹れている最中で睨む以外のことはできない。
貴族校舎と平民校舎。通っている生徒に貴族と平民という階級の差はあるが、校舎自体は瓜二つの設計だった。
林を挟んでシンメトリーになっていると教えてくれたのはレオニールだが、シンメトリーになっているのは外観だけで内装は異なっていることが多いと説明したのはノーマンだった。
アレイヤを始め、ウィリアムも護衛の騎士たちも感嘆の声を漏らすだけ。この時だけはソレイルも鋭い目が和らいでいた。
再び平民校舎の生徒会の話に戻るとソレイルの目はまた鋭くなったが殺気は減った。
依然としてソレイルの視線の意味は分からないままだが、両校生徒会の擦り合わせはすぐに終わった。
生徒会長の承認が必要な決裁待ちの書類が山ほど現れた時はレオニールの顔が引き攣り、ノーマンは「王城で殿下の決裁待ちの書類が確かこれくらいだったから……」と手の高さを上下させて考え込んでいたが、急ぎではないことを伝えると明らかに安堵した表情を見せた二人にウィリアムと目が合って同時に苦笑した。
なぜ目が合ったのかなど、アレイヤはまったく気にしていなかった。
一度貴族校舎の生徒会室に持ち帰って決裁した後に平民校舎へ戻すことを約束し、公務があるからと帰り支度をするレオニールとノーマンは、書類を持ち帰る役目を押し付けることになったアレイヤを呼んだ。
「一人にしてすまない、アレイヤ」
「騎士様を数人お借りするんだから一人じゃないけど」
「それは最低限の護衛という意味で……」
アレイヤに向けられたソレイルの視線には当然レオニールもノーマンも気付いているわけで、心配されるのも理解できる。
理由が分からない以上、疑い続けることもできないのでレオニールもノーマンも大人しく王城へ戻るしかない。
「最低限の護衛を置いてくれるというだけで安心できるから、大丈夫」
「アレイヤ……」
「この国で誰よりも心配される側のお方が臣下の心配をするものではありませんよ、殿下?」
わざとらしく「殿下」呼びすれば分かりやすく戸惑いを見せるレオニールをノーマンに任せて、持ち帰る分の書類をまとめるために生徒会室へと戻る。
「お待たせしてすみません」
ウィリアムとソレイルにアレイヤの紅茶を飲んでもらっていた。
「いえ、こちらこそ貴族令嬢のお茶をいただける栄誉をありがとうございました」
にこやかに空になったカップを持ち上げるウィリアムにホッと胸を撫で下ろす。
対照的にソレイルは一口も飲まなかったのか、カップには並々と残っているけれど。
「正直……貴族の方がこれほどお優しい方々だったとは、思いもしませんでした」
「以前の生徒会長の方々は……まぁ、優しくはなかったと思います」
アレイヤの知る先代までの生徒会長は二人だけだが、二人とも自身の利を最優先した行動を続けた結果、生徒会長の任を奪われた上に貴族として大切なものも手放してしまった。
たった一人の女子生徒を傷付けてまで起こしたというのに。
レオニールだって先々代の生徒会長のアルフォン王子がアレイヤを狙っていなければ、ウィリアムの言う「優しい貴族」になっていたか怪しい。
いや、アレイヤ自身が乙女ゲームの守られ系ヒロインではなかったから目を付けられた。
乙女ゲームのヒロインの動きをまったくしなかっただけでここまで世界観が変わるとは思わなかったが、代わりに命を脅かされるとも想像していなかった。
「失礼ながら質問をしても構いませんか?」
「私で答えられる内容であればいくらでもお答えしますよ」
「では……」
残っている護衛の騎士たちの様子を窺いながら、ウィリアムは咳払いを挟んで聞いた。
「王子殿下と、その……ノルマンド様は婚約関係におありで……?」
確か婚約を解消されたとの話があったような気が、とウィリアムが不安そうな顔で尋ねる。貴族間に流れる情報がリアルタイムで平民に流れるとは思っていないが、もしかするとそういう話が実はあるのではないかと疑ってしまう。いや、普通に距離の近いレオニールを見てそう思われただけだろうと息を長く吐いた。
レオニールはやけにアレイヤに対して距離を詰めてくる。まるで「逃げようとしたって無駄だ」とでも言うように。
平民に戻ろうとしても阻止されそうな気迫である。
「私は子爵家の、しかも養女です。絶対にありえません」
「ですが」
「レオニール様は私を対等の友人と見てくださっていて、私にもそれを強要なさっているのです。あの方に目を付けられると少々面倒なので、先輩方もお気を付けくださいね」
これはここだけのお話に、と周囲の騎士にも言い聞かせる。騎士たちが一斉に頷くのが見えたのか、ウィリアムもソレイルも小さく驚いていた。
「もう昼食の時間ですよね? 残った作業は昼食の後にしませんか?」
両手を打って話題を変える。後は書類を持ち帰るだけだが、持ち帰る前に簡単に説明を受けたり精査しておくべきだろう。そのためにも腹ごしらえは必要な時間だ。
アレイヤの提案にウィリアムとソレイルは顔を見合わせる。
「申し訳ありません。ここにはノルマンド様のお気に召していただけるような食事は……」
ソレイルから再び睨まれてしまったが、その目から警戒が感じられた。
貴族令嬢だからワガママなことを言われるのではと思われたらしい。
「私は持参したものがありますのでご心配は無用です。ですが、先輩方がもしこちらの学生食堂へ行かれるのなら、付いて行っても構いませんか?」
「それは……構いませんが。失礼ですが、無理に「先輩」などと呼んでいただかなくても結構です。貴族が平民に敬称を付けるなど……」
「学年だけで言えば先輩で間違いありませんよね? それとも、キルシュ様とお呼びすればいいのですか?」
「そ、そんな畏れ多い呼称ではなく、呼び捨てていただくのが当然かと」
「目上の方を呼び捨てる方が私は気後れしてしまいます。なのでやはり、先輩と呼ばせてくださいませんか?」
ソレイルの方が高いとは言ってもウィリアムもアレイヤから見れば長身だ。そのためどうしても上目遣いのようになってしまう。
下から覗き込むような姿勢にウィリアムの顔が勢いよく逸らされ、派手に噎せた後に赤くなった顔で「お好きなようにどうぞ」と了承を得た。
「ダレン先輩も構いませんか?」
大体無表情か仏頂面にも見えるソレイルにも確認を取る。
「はい。ご自由にお呼びください」
言外に「どうせすぐに会わなくなるのだから」と滲ませる物言いに苦笑してしまう。
礼を言って護衛の騎士たちに学食へ向かうことを告げるとすぐに二人ほど生徒会室を飛び出した。
安全が確保されたと騎士が一人戻ってくると三人は平民校舎の学生食堂へと赴いた。
貴族校舎とシンメトリーの配置になっているからか、アレイヤも案内はされているが行くべき方向は分かる。今朝も貴族校舎の学生食堂へ立ち寄ったのだからなおさら。
中には帰省を終えて一足先に寮へと戻ってきているらしき学生の姿がちらほらと見える。
「休暇が明けるともっと活気のある場になるので、ご覧になるのなら今で丁度よかったかもしれません」
「そうなのですね。見てみたかった気もしますが、私のような者がいてはお邪魔になりますね」
「そのようなことは……」
「キルシュ先輩はお優しいですね。普段から生徒たちのことにも目を向けておられるのでしょうか?」
数少ない学生たちの視線を集めている自覚があるだけに言葉遣いや所作に気を遣う。
ゼリニカ様ならこうする、という意識を強めて笑顔を保つ。普段こうした貴族らしいことをしないからか、表情筋がすでに悲鳴をあげている。
夜会などのイベントに出席しないから鍛えられていないことが明白だった。
令嬢と騎士はほぼ同等の鍛錬を積んでいると言っても間違いではない気がする。
ウィリアムがアレイヤから目を背けて何も言えずにいる中、ソレイルが口を開いた。
「ウィル……副会長は生徒会長が目を向けていない時間も生徒たちに気を配っておいででした。貴女には知りもしないことでしょうが」
刺々しい物言いに騎士たちがアレイヤを守ろうと動き出したが、アレイヤは騎士たちを制した。
ソレイルの警戒や殺気など敵意を見せる真意が見えたからだ。
彼はずっと、副会長として貴族たちと対面しなければならない状況で騎士的な立場を取っていたのだ。
言い返す言葉も持っていない。
アレイヤは平民の生まれで、光属性の魔力が発現して子爵家に入った鳴り物入りのなんちゃって貴族令嬢だとずっと思い込んでいたのだ。貴族至上主義を相手にする時は「自分は平民生まれだから」と思っていられたが、いざ現役の平民を前にするとそんな些末な事実は関係なくアレイヤは「アレイヤ・ノルマンド子爵令嬢」なのだと実感できた。
アレイヤは今、貴族の一人なのである。
「ソレイル先輩。私がするべきことではないのは重々承知の上で申し上げます。先代までの生徒会長が大変なご迷惑をおかけしました。レオニール現会長は王族でありますが故に簡単に頭を下げることは許されておりません。副会長の座も空席ですし、書記のノーマン・ドルトロッソ様も宰相の補佐の末端を担っておられますのでおいそれと頭を下げることを許されない身の上でしょう。なので、私が頭を下げます。家は子爵の位を賜る、貴族としては下位ですがお許しください」
ついでに生徒会の役員でもないのだが、これほどの長い台詞を言った後なのだから許されたい。
深く頭を下げたからか、ウィリアムとソレイルだけでなく学食内にいる学生――だけでもなく厨房にいる人たちの動きも止まった。
貴族が平民に頭を下げるなんて、と思われていることだろう。
そんなことを気にしている場合ではない。
これまで生徒会長が仕事をしなかったせいでどれほどの企画が潰れたのかを考えるとやるせない。
だってアレイヤは王城で開催された魔法実技試験後のパーティにドレスを着て出席し、ダンスをして国王陛下と王妃殿下の前で魔法を披露までしたのだ。
あり余る光栄を得ている自分がその影で蔑ろにされた人々に頭を下げない理由がどこにあるのか。
「ノルマンド様! お止めください!」
慌てるウィリアムに止められて頭を上げる。ソレイルもまさか頭を下げると思わなかったのか目を見開いて言葉を失っていた。
「先輩方を困らせると分かっていましたが、頭を下げずにはいられませんでした。……私も、被害を受けた側ですし」
「……え」
「すみません。私、少し外を見てきます。花壇の配置は貴族校舎と同じですが、植えられている花は違っているようですし」
生徒会役員でもない自分が頭を下げてどうにかなる問題ではないし、勝手なことをしたとレオニール……よりもノーマンからお叱りがあるかもしれない。だけど、後悔はない。
彼らから見ればアレイヤだって同じ貴族。ならば貴族として誰かが謝らなければならないのなら自分でいいじゃないかと考えた。
平民だからと誹られる気持ちは痛いほどよく知っている。
彼らが怪我を負うような何かがなくて本当によかった。
「光の姫様、よろしかったのですか?」
アレイヤの護衛として残ってくれている騎士の一人が見るに見かねたようで声を掛けてくれる。見覚えはあるが名前までは覚えていない騎士の人だ。
「いいんですよ。レオニール殿下とノーマン様が頭を下げる姿なんて、見せられないでしょう? だったら私が下げた方がいいんです」
「しかし、貴女様はこの国唯一の光の……」
「いいんです。というか、その「姫様」っていうの止めてくださいませんか? どこをどう見ても姫って感じじゃないでしょう、私?」
どこまで広がっているんだろう「光の姫君」の呼称――少なくとも今残ってくれている騎士はアレイヤ肯定派の人であることは分かる。いや、否定派の存在があるのかどうかは知らないのだけれど。
普通、貴族令嬢であればそれなりの所作を取るので前世基準で言えば「姫様」扱いも分かるのだが、貴族令嬢らしい所作なんて最近していただろうか。夏休みの期間中はあまりしていなかった気がする。それこそ魔法実技試験の後の王城のパーティが最後だった気がする。ゼリニカ主催のティーパーティですらほとんど無記名の手紙の送り主探しで貴族令嬢の付き合いなんてできなかった。その直後も知っている人たちでも肝試しだったしで令嬢の振舞いも必要なかった。
これも無茶ぶりなのだろうと知りつつもお願いしているアレイヤは自身を計算できる女だと評価しようとしたが、女としても未熟なままだろうがと戒める。
「ノルマンド様!」
なるべくガサツな部分は出さないように気を付けようと内心で誓っていると、学食からウィリアムが走ってやって来た。
言い忘れか何かでもあったかと待っていると、「女性をお一人にするなど男としてあるまじき……」などと息も絶え絶えに口にする。
学食から今いる花壇は目の前だ。息が切れるような距離ではない。
「先輩? どうしました?」
「いえ、お客様をお一人にするなど人として非道な行為と思いまして、ソレイルに注文を任せて戻ってきました」
「騎士の方もいますから、気にしなくてもよかったんですよ?」
「それでも、です」
頑なな意志を感じさせる真っ直ぐな目に、アレイヤはウィリアムが生徒会副会長を任されている理由をわずかながらに理解した。
気遣いができて貴族に対しても臆することなく発言し、意志の強さもある。
前世なら上司にしたい人と言われそうだなぁ、などと内心で感想を呟く。
「それに、ここの花壇に腰掛けて昼食を摂る生徒もいるというお話もさせていただきたくて……!」
必死に言い訳じみたことを話すウィリアムに思わず笑ってしまい、目が合ってさらに笑ってしまった。
「それは素敵ですね。あちらの校舎ではできないことなので」
花壇に腰掛けるなど、貴族校舎ですると何が降ってくるか分かったものではない。中庭を歩いているだけで植木鉢が降ってくるような場所だ。油断はできない。
貴族の格や歴史で人間性を見定められる殺伐とした世界と比べて、平民校舎は平和そのもの。過ごしやすくて羨ましささえある。
ただ、魔力を持つ平民は数が少ないために魔法の勉強がしたいなら貴族校舎の方に軍配が上がってしまうのだけれど。
ウィリアムがハンカチを強いてアレイヤの座る場所を用意すると、ソレイルが戻って来る。紳士的な振る舞いを続けるウィリアムを信じられないという目で見ていた。
「明日、学食の中をゆっくりと見学できるように手配しておきましょう」
「え?」
「……ウィル?」
学食でソレイルが選んだものが気になるアレイヤにウィリアムが決定事項だとばかりに告げる。
「書類の移動は今日だけでは厳しいと思われます。この後の作業次第と言えばそれまでですが、もしもノルマンド様がよろしければ明日もいらっしゃいませんか?」
「ウィル、お前何を言って」
「ソレイルは黙っていてください」
「おい」
「貴族でもお優しい方もいると説明できるいい機会なんだ。固まった概念は軋轢を生む。そうだろ?」
ウィリアムの説得にソレイルがたじろぐ。貴族への偏見の払拭のためにアレイヤとの時間を増やしたいウィリアムと、まだ疑いが晴れていないソレイル。
同性同士の恋愛に大きな興味を持ってはいないが、平民校舎では生徒会副会長と書記二人の距離の近さを楽しみに学園生活を送っている女子生徒もいるかもしれない。
貴族の令嬢令息の中に前世のオタクっぽい人は見かけなかったが、平民の中には熱烈なオタクがいてもおかしくない。娯楽の少ない世界でどのように心の栄養を得ているのか教えてほしい。
護衛の騎士がアレイヤに近寄り、戻り次第騎士団長に明日の護衛について伝えておくと耳打ちされた。
アレイヤが断るという選択肢を持たない前提の提案ではあるが、せっかくの機会だからと依頼した。
「私も戻ったらレオニールとノーマン様に報告しないと」
平民校舎の学食ではどんなメニューがあるんだろう。
騎士が乗り気ということは毒見もする気があると考えていいだろう。であればアレイヤも食べられる。
「明日が楽しみです」
期待から笑顔がこぼれる。
だが、次の日の同じ時間、アレイヤは強烈な光と爆風に襲われることになる。
ご無沙汰になってしまいました。
今年はやる気出すぞ!と意気込んだのですが、あれよあれよと悲しい話が続々やってきて気力を奪われておりました。
まだ完全回復とはいきませんので、ゆっくり頑張ります。
今年中に完結まで持っていきたかったのに多分無理だな……多分。
常に寝不足状態のコンディションで炎天下を移動するとすぐに熱中症になります。お気を付けください。
経験者からのお知らせでした。




