夏休みの克服3
前回から謎解き風の話をしていますが、事件でも推理風でもないのでサブタイに事件は付けていません。
飲みの席で個人的に投げかけられた謎。
考える時間も必要だろうからと、十分に酒と料理を堪能してから店を出た後にレオニールはアレイヤを騎士に任せた。
「殿下の仰せのままに」
送迎を買って出たのはギルベルトだ。レオニールに深く頭を下げている。
「頼んだよ。……アレイヤ、騎士団の視察の日程が決まったら連絡するよ」
「分かった」
護衛の騎士たちと馬車に入るのを見届ける。トーマスはまだ店に残るとのことなので、一緒に馬車が見えなくなるまで見送った。
手土産にパティスリーの名物お菓子と、トーマスがあらかじめ用意してくれていた高級そうなワイン――アレイヤが飲めるようにとフルーツワインだ――を貰おうと手を伸ばすと、横から伸びた手に先に取られた。
「お持ちいたしましょう」
赤髪の騎士、ギルベルトはアレイヤの荷物をすべて手に持ってしまった。
急遽手配してもらった馬車に乗り込む前にトーマスに向き直った。
「トーマスさんのおかげでとても美味しかったし、楽しかったです。ありがとうございました」
「お役に立ててなによりでございます。私の店にも、またいらしてくださいね」
「ぜひ」
必ず、と約束を交わして馬車に乗り込むと、目の前の人物にはた、と思い出す。
護衛を務める騎士。
乙女ゲームの攻略対象。
イコール、顔が良い。声が良い。ストーリーが良い。
イコール、二人きりは緊張する。
アレイヤは前世からさほど恋愛に興味がある方ではない。画面越しの方が素直に感情を出せるから、そちらの方が楽だと言える。
その画面越しに見ていた顔が、目の前にいる。街で芸能人に遭遇した感覚に近いのだろうか。
正直に言えば見た目の好みはノーマンで変わりない。声の好みは間違いなくクロードだ。
ギルベルトに対して持っている緊張は、起こるはずだったストーリーが脳内再生されて引き起こされている。
トラウマものの大怪我を負ってしまい、それによって大規模回復魔法を使えるようになるギルベルトルートのストーリー。
ギルベルトと恋愛したくないわけではないが、怪我をしなくてよかった。
「先ほどの、レオニール王子殿下のお話なのですが」
じっと見ていたせいか、わずかに顔が赤いギルベルトが膝の上に乗せた手を強く握った。
さっきの話と言われてもどれのことを指しているのか分からず「はい?」と聞き返す。
「お嬢様の前にいらした、光の方の話です」
「……慕う人が多かった理由の話ですか?」
「はい。騎士団の中にも慕う人間は多くいました。主に、護衛に就いたことのある騎士だったかと」
情報提供の一つかと思えば聞く姿勢も前のめりになる。
すでにアレイヤの中に仮説が一つだけある。その裏付けになるような内容であれば良し、そうでなくても有力な情報であればそれもそれで良し。
「護衛の女性相手に懸想する騎士も少なくありません。ですが、あれは……一種の宗教と言われても納得できる有様でした」
「ふむ……女性でそういった話を聞かれたことはありますか?」
「あったとしても常識の範囲内ですね。光魔法は癒しの魔法。憧れは憧れでも、恋愛感情にまで発展することはなかったかと」
「……なるほど」
であれば、アレイヤの仮説が最有力と考えてよさそうだ。
当人にとっては気の毒だが、あり得ない話ではない。
前世で生きた日本の文化は古く、昔は舞台に上がれるのは男性だけだった。
演目には当然女性の役柄もあったが、男性の役者が女役を務めることで歴史を積み上げていた。
そういった女性役を務める男性の役者は――女形と呼ばれる。
落語の世界でもそうだ。
噺家は舞台の上で一人、老若男女を演じる。有名な男性噺家の演じる女性はかなりの評価を得ていたことを前世のアレイヤも知っていた。
つまり、男性が女性を演じたなら、男性の好みになりやすい女性が出来上がるのではないだろうか。
一人納得するアレイヤにギルベルトはおずおずと尋ねる。
「一説によれば、光魔法には魅了の魔法も存在するとか……」
噂程度の話で恥ずかしい限りですが、と声を小さくされてもすぐに返答はできない。
噂程度でも知られているような魔法を、この前担当教師に披露したのだ。
「み、魅了とは少し違いますけれど……」
そう前置きして、アレイヤはあまり大事にならないように魔法名を口にした。
見せた担当教師から提案された、もう一つの方で。
「光魔法――かわいいポーズ」
なんて恥ずかしい魔法名なんだ、と元になったギャグマンガは悪くないことを前提に心の中で文句を言った。
淡い光がアレイヤを包む。
両方の頬に両手の人差し指をそれぞれ当てる。腕を交差させると某お笑い芸人みたいになるが、魔法名に相応しい笑顔を意識する。
結果は、担当教師であるクロードと同じ。指の先すらも動かせないほどアレイヤに視線を奪われている。
あまりにも恥ずかしすぎてすぐに魔法の発動を終了した。
「私が使える魅了系の魔法はこれですが、元々魔力量が少ない方が魅了魔法を使い続けるのは、現実的ではないかと思います。……あの、魔法はもう使っていないので動けると思うのですが……?」
魔法を使う前と後で一切動きが見られないギルベルトを覗き込むように声をかけた。
クロードもそうだったが、魔法発動中は相手の動きを完全に止めてしまうのが光魔法カッコイイポーズ/かわいいポーズだ。
魅了、というか強制的に惹きつけるだけの魔法である。
「ギルベルト様?」
「……あ」
魔法の余韻なのか反応がなかったギルベルトとやっと目が合ったと思えば、髪色と同じ――それ以上に顔が赤くなった。
ぼんっと音がした気がするほど瞬間的に茹だったギルベルトは、途端に慌ててアレイヤと距離を取ろうとした。
馬車の中で向かい合って座っているので、取れる距離にも限界はある。
「し、失礼いたしました! そういった効果の魔法は初めて受けました。私が騎士でなければ危うく飲まれてかけてしまうところだったかと。ちなみに……今の魔法は他にどなたかにお見せになっていますか?」
「ええ、学園で魔法を見てもらっているクロード先生に最初に披露しています」
「教師……ですか。そうですか」
「何か問題でもありましたか?」
「いいえ、ありません」
にこっと笑ってはいるが、絶対何か意味が含まれている。何も見なかったことにして、アレイヤは馬車の外の景色に一度逃亡を試みる。それでも沈黙には耐えられそうにない。
簡単に魔法を人に見せるものではないな、と反省しつつ、改めて対面のギルベルトに向かい直した。
「ギルベルト様、今日はありがとうございました。毒見なんて危険な役目をしていただいて……。おかげで少し食べられるものが増えそうです」
レオニールから誘われて、どうせ怖くて食べられないんだと半ば諦めていたのが本音だ。それでも食べられなかったことを忘れるほど堪能できたのはギルベルトのおかげだった。
もちろん、機会をくれたレオニールのおかげが一番なのだろうけれど。
「お役に立てて何よりです。殿下より依頼が騎士団に来た時に手を挙げてよかった」
「立候補……されたんですか? 毒見を?」
危険と分かっていて毒見役に立候補する人がいるなんて、と驚いていると、小さく頷かれた。
「ただ、貴女にもう一度会いたかったから……」
「え?」
「と言えば、信じていただけますか?」
「……ええと」
「では、次は騎士団でお待ちしています」
今日一番甘い言葉に、アレイヤは何も返せなかった。
乙女ゲームの世界に生まれて初めて、乙女ゲームみたいな台詞と遭遇した。
ノルマンド子爵邸に到着して、ギルベルトの手を借りて馬車を降りる。
出迎えてくれている使用人たちが一様に頭を下げる中、子爵夫人が「おかえりなさい」と現れた。
そう言えばまた騎士に送られて帰って来てしまった、と気付けば、夫人がニヤニヤ寸前の笑みを浮かべているのを見た。
どうして毎日寒い冬の時期に夏休みの話を書いているんだろうか……