夏休みの克服2
なるほど、実際に来てみれば持ち帰り専門だということがよく分かる。
ショーウィンドウに並べられた商品の中には、教室で騒ぎになった例の箱があった。
一瞥して店内でのイートインスペースは見当たらず、案内されたのは三階。二階にも特別な部屋はあるそうだが、主に商談用の応接室と簡単な給湯室があるだけ。三階には本当に特別な許可を得なければ入れない部屋があった。
伝手がなければ入れない、そういった類の特別な部屋。
そういった部屋があるからこそ「高級」を名乗れるとトーマスは言う。
ちなみにパディグノで個室が使えるのは店長であるトーマスと知り合いかどうかなのだそうだ。
「お待ちしておりました。レオニール王子殿下、アレイヤ・ノルマンド様」
部屋にはすでに騎士の団服を身にまとった騎士が五人待機していた。王族が行くのだから先に来て安全の確認をしていたと説明があったのはアレイヤが仰々しさに驚いたからだろう。
五人の中の一人が一歩前に出る。
その隣にギルベルトが並んだ。
「本日、お二人の毒見を担当させていただきます」
「ああ、アレイヤのためにもしっかりと頼むよ」
テーブルに三人が座り、毒見の二人が別のテーブルに着こうとしたのをアレイヤは引き留める。
「そういう、仰々しいのは、精神的に、辛いものが、あります」
「ははっ」
なぜレオニールに笑われたのかは分からないが、アレイヤの訴えは受理されて五人がテーブルを囲んだ。
一番の上座――前世で言うところのお誕生日席――にレオニールが座り、その隣にコールマンと名乗る毒見役の騎士が並んだ。レオニールに近い方をアレイヤが座り、その隣にギルベルトが。アレイヤの対面にトーマスが座った。
「まずは乾杯といきましょう。アレイヤ様はどういったものがよろしいですか?」
すでにいくつもの酒瓶が用意されていて、一つ一つトーマスが説明してくれる中でレオニールが「やっぱりこれじゃないかな」と選んでくれた。
ピンク色のシャンパン。
髪色から連想したのだろうが、度数も高くなくて丁度良さそうだった。
毒見の二人が先に口にして問題ないと渡されたグラスと掲げる。
「アレイヤ、改めてアルコールデビューおめでとう」
「どうもありがとう」
乾杯、とグラス同士を合わせると鈴のような軽い音が鳴った。
そこからはパティスリー自慢のデザートが次々とやってきては騎士二人が毒見をしていく。
毒見って要するに間接キスなのでは? と思ったりもしたが、ナイフとフォークを使われてそういった心配もなく食べられた。
なんとなく甘すぎると感じたものを避けていると、ギルベルトが運んでくる店員にさりげなく声をかけていた。
そういうところが好感度上がる要因だよな、などと考えていると、レオニールにも気付かれていた。
「アレイヤ、甘い物は苦手?」
「甘すぎるのは得意じゃないかな。森で果物を取って食べたりしていたから、砂糖の甘味はちょっと……」
「森って……聖域の森?」
「私が壊しちゃったけどね」
勢いで多めの一口分のアルコールを流し込む。
度数が低いから酔いが回るわけではないが、酔った勢いという印象は付けられたはずだ。
アレイヤが光属性の魔力を覚醒させて貴族に養子入りした以上、経緯を知っている人は多い。
聖域の森はその名の通り聖域だ。国が認知していて当然の場所で起きた事件を王族と騎士が知らないはずがない。
「学園が休みの間に帰ろうとしないのかい?」
「今の私はノルマンド子爵家の一員だもの。気は遣う」
「禁止されているわけではないのだろう? 実の両親に会うことを」
「…………」
話しながらも飲み食いする手を止めない。
あくまでも食事中の雑談扱いらしい。
レオニールがトーマスに度数の高いアルコールを選んでもらい、ギルベルトに渡す。毒見を済ませたグラスが空になったグラスと交換される。
躊躇いなく、グラスを手に取り、一気に呷った。
およそ淑女のする行為ではないと自覚しつつも、レオニールの厚意を無駄にはしない。
アレイヤも、誰かに愚痴を零したかった本音もある。
「受け入れてもらえる気がしない。今思えば村長が私を王都に連れて来るのがとても速かった。それって……私を追い出すために急いだってことでしょ?」
ノルマンド子爵夫妻がアレイヤに優しくしてくれるのは直前に息子を亡くしたからだけではないのではないかと考えたのは、何度も墓参りを繰り返している最中だった。
生まれ故郷を追い出された少女を憐れんで、優しくしているのではないか。
だって夫妻は、一度たりとも一緒に墓参りに行こうと言ってくれていないのだ。
父や母と呼んでほしいと言われても、どうしても距離を感じて仕方ない。
「聖域の森……確か、四番隊が事実確認に行ってなかったかな?」
思考が深く深く暗い場所へと落ちそうになる中、レオニールの言葉で急浮上すると隣に座る赤髪の騎士に顔を向けた。
彼は騎士団の四番隊の隊長だ。
「はい。陣頭指揮を執りましたので、よく覚えています」
ギルベルトは目の前に次の毒見の品が置かれているが、騎士以外の三人の視線を集めていると分かって手を止める。
アレイヤが聞きたいけれど聞きたくない、と視線を彷徨わせるのを見て、ふ、と小さく笑った。
「大規模爆発が起きたと連絡があり、我々が到着したのは次の日の朝でした。その前に副隊長が騎士と衛兵を引き連れて先行しました。副隊長の報告を受けて森に入り、最初に目にしたのは確かに破壊の限りを尽くしたような惨状でした」
レオニールがいる手前、嘘を言うことが憚られた。見るからに「聞かなければよかった」とばかりに顔色を青くするアレイヤを見ていられない。
言わなかったが、賊の男たちらしい形だけが残ったものの発見が一番衝撃的だった。
火に焼けた感じでもなく、雷の直撃にあったような風でもなかったのが不思議で騎士団長へ報告した際も何を言っているのか自分でも分からなかった。
それが光魔法の攻撃の特徴なのだろう。
ギルベルトの脳裏に当時の光景が浮かぶ。
魔法発動者が敵でも味方でも恐ろしいと思えるほど破壊された場所なのに、動物の気配はあるし新しく芽吹いている草花の存在に理由の分からない身震いまで甦った。
「魔法の種類が光だったからでしょう、森の再生も早いかと思われます。……ああ、そう言えば」
任務の詳細を思い出していたからか、ギルベルトは今の今まで忘れていた内容まで思い出した。
あれほどの惨状だったのに動物が無事だったのも、今思えば不思議なことの一つだったというのに。
「小さなリスが黒い実をくわえて走り回っていましたね。我々騎士たちに近付いたり、肩まで登ったりしましたが、首を傾げてすぐに下りてしまって……。小さくて可愛らしい姿に騎士たちが呆けていたのを思い出しました」
「聖域の森で見たのであれば、私の……友達です」
くわえていた黒い実というのは、動物たちが持ってきてくれるとても甘いものだとアレイヤは言う。
騎士たちに近寄ったり登ったりしたのはアレイヤが戻ってきたと思ったから。首を傾げてすぐに下りたのは、アレイヤではないと気付いたからか。
「聖域の森近くの村……私の生まれ育った村で私は、唯一の子どもでした。なので一人でよく聖域の森に入って、動物たちと遊んでいたんです」
遊び相手と言えばもっぱら小動物たちだった。
大きな動物と言えば馬や鹿ばかりで、熊はいない。家畜も村にはいるが森にはいなかった。
そして、光る鹿。
「ああ、だからアレイヤは学園で友達がいなくても平気だったのか」
「めちゃくちゃ失礼なこと言ってる自覚はある? 人間の友達が欲しくて仕方なかったのに孤立したの、あなたのお兄さんが原因なんだけど?」
森の友達が無事でよかったと安堵したのも束の間、どうしてもレオニールは和やかな空気を壊したいらしい。
「おかげでゼリニカ様とお知り合いになれたから良かったけど」
「本当にゼリニカ嬢を慕っているよね。他のご令嬢は兄上や俺を慕っていると言ってくるのに」
あはは、と笑う相手にツッコむ気も失せてしまい、アレイヤはギルベルトと目を合わせて苦笑した。陽気に笑っていたかと思えばすぐに冷静になったレオニールはグラスを傾けながら言う。
「しかし、魔物が入らないから聖域の森と呼ばれているのに魔の心を持った賊が入ったとは災難だったな。賊の狙いも分からずじまいだし」
取り調べも何もなく消してしまった張本人のアレイヤは視線を逸らす。
「魔力覚醒前だからアレイヤ自身が狙われたというのも考えにくいし」
「殿下、このような場でそのような話は……」
アルコールが入っているからか情緒が忙しないレオニールにトーマスが苦言を呈した。この場で窘められるのはトーマスで違いなかった。
「そうだな。……まぁ、光の魔法を使う人間の扱いは難しい。その存在だけで国に平和をもたらすと言われている。実際はどうか知らないが、希少性だけを見れば無碍な扱いはどの国だってしないだろうね。王族と婚姻させて国から出さないようにするのが一般的だ」
咳払いで切り替えたつもりのようだが、アレイヤは苦い記憶を掘り返されて薄く笑いそうになるのをグラスに口を付けることで誤魔化す。
「……アルフォン様がしようとしてたね」
「うん。だけど、平民生まれだった場合は王族と簡単に婚姻はできない。まずは養子に入れて貴族籍を取得させる。けれど、平民が簡単に高位の貴族と接触はできない。だからまずは下位の貴族に養子入りさせ、折を見て高位の貴族にさらに養子に渡すことになるだろう」
グラスの中のアルコールをゆらゆらと揺らしながら話すレオニールの物憂げな顔に、アレイヤはハッとした。
レオニールは以前、何と言っていた?
友人関係を続けるために、自力で爵位を上げろと言っていなかったか?
釣り合うだけの爵位を、周囲に認められるだけの爵位を。
どこかに養子に入る方が圧倒的に簡単なのに。
「まぁ、王族と結婚するならそういう手法があるというだけの話だよ」
にこ、と笑うと、アレイヤがしたように一気に呷った。
「以前いた光の彼女は、魔力量がとても少なかった。だから王族との婚姻は諦めた。代わりに魔力量の多いクロード・ランドシュニー卿と婚約させて二人をこの国に縛ったんだ。年齢も近かったしね。ただ……」
「ただ?」
一度言葉を切ったレオニールは、毒見役の騎士から新しいグラスを受け取って半分ほど飲んだ。
「彼女を慕う人があまりにも多かった。多すぎたと思う。婚約発表後に軽い暴動が起きたくらいに。……俺は今でもその謎を解明できずにいるんだ」
謎。
はっきりと、分かりやすく、レオニールがアレイヤを見た。
「機会があれば、解明してくれないかな? 俺の探偵さん」




