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夏休みの克服1

 水色のワンピースに白い付け襟を足したのはアレイヤのお願いだった。


 あまりにもデコルテを主張するデザインに初見で引いた。ドン引きした。

 だからレースでいいから襟を付けさせて欲しいとメイドたちに懇願し、肩を落としたメイドたちは渋々といった様子でワンピースを作った被服店に依頼に行き、目を丸くした状態で戻ってきた時は何事かと少しだけ慌てた。

 レースの付け襟なんてものはまだこの世界では発想すらもなかったらしい。

 そう言えば付け襟が流行ったのもファッションとしては新しい方だったっけとぼんやりとした記憶を掘り起こす。

 そういった経緯を思い返しながら門の前に行くと、すでにレオニールは馬車の前で待っていた。


「レオニール、お待たせ」

「ううん、それほど待っていないよ」


 デートかな?

 語れるほどの経験は前世から通じてないけれど、デートかな?


「アレイヤ、どうかした?」

「いや……ふふ」

「何? 気になるじゃないか」

「デートみたいだなって思って。面白くて笑っちゃった」


 一応堪えたつもりではいたのだが、素直に白状したことで笑ってしまうのを我慢できなくなったアレイヤはそれでも口元を手で隠して控え目になるように努める。肩が震えてしまうのはもう仕方なかった。

 目を丸くして呆然とするレオニールを見て、さらにおかしくなってしまう。

 一国の王子様は庶民のデートの定番なんて知らないだろうから、余計に。


「そっか……デートの待ち合わせとは、こういうものもあるのか」


 アルフォンがアレイヤにちょっかいを出して問題になるまで、レオニールにも婚約者がいた。

 他国の姫だと聞いていたが、国が離れていてもちゃんと会って親交を深めていたらしい。


「参考にしないでくださいね? 一応王子様なんですから。護衛の人が困ってしまいそう」

「一応じゃなくても王子様なんだけどな? 今のところそういう相手はいないから心配の必要はないよ?」

「まだ相手いないんですか? ああ、相手選びも大変そうですもんねえ」


 ちらりと周囲にいるレオニールの護衛のためにいる騎士たちの姿を見やれば、わずかに体を震わせている。護衛対象の王子が気安く話しているのがおかしいのだろう。会話相手の私が貴族令嬢らしくないのも一因か。

 どうせ笑うなら思いっきり笑ってほしいところだけれど、王子の前でそれは不敬になる。――しなさそうな状況だけど。


「先日よりもさらに仲が良くなっておりますね」


 停まっていた馬車の中から笑い声が聞こえたかと思えば、中から人が降りてきた。

 白髪の中年男性は、アレイヤの前に立つと恭しく頭を下げる。


「お久しぶりです、お嬢様」

「トーマスさん!」


 今日は二人だけではないと事前に聞いていたが、その人物はバー・パディグノ店長のトーマス・ロンドだった。

 ゼリニカやノーマンなら先にそう教えてくれているはずだったと後から納得する。それにトーマスはアレイヤが自作料理以外食べられなくなる原因となった事件現場の店長。気まずくなるのを避けたのか。


「この度は私に機会を与えてくださり、感謝いたします」

「機会?」


 何のことかと首を傾げるアレイヤにトーマスは苦笑しながら言った。


「あの件以降、出されたものを食べられなくなったと聞きました。申し訳ございません。私の店でまさかあのような……」

「いえっ、謝らないでください! 結局あの日私は何も口にしていませんし、ちょっと私の心が弱かっただけですから!」


 今にも土下座しそうな勢いのトーマスの頭を慌てて上げさせる。あの日狙われたのはレオニールであってアレイヤではない。二人の部屋に運ばれる前に問題の皿は偶然居合わせた貴族のプライドが高かった男によって食べられてしまって事なきを得た。

 食べるものにまで気を配らなければならない恐怖と面倒さから、調理過程が分からないものを食べられなくなりはしたけれど。

 滅多に起こることではないと分かってはいても、もしかして、を想像するとどうしても体が拒否してしまう。

 トーマスが悪いわけではなく、アレイヤが強く気にしてしまっているだけだと分かっている。

 これでもかなり改善されてきている方だ。ノルマンド家で出される食事は少しずつだけれど調理過程を見なくても食べられるようになっている。


「レオニール王子殿下からお嬢様の現状をお聞きし、私に何かできることはないかと相談させていただき、今日の機会をいただいた次第でございます」

「レオニールが? どうして?」


 頭を上げさせたが再び深く下げてしまったトーマスを横目にレオニールの方を向く。レオニールは肩を竦めた。


「気にするなと言われる方が心外だ。守るべき民であり唯一の友人が美味しいものを安全に食べられないなんて心苦しいことこの上ない」

「……チョコレートの件から、考えてたり?」


 学園に突然一学年分贈られてきた有名パティスリーのチョコレート。送り主はトーマスだとアレイヤが推理したが、その件がきっかけで無暗に口に入れられないことをレオニールに明かした。レオニールは毒見を経て口に入れたから問題はなかったが、アレイヤに専属の毒見係はいない。

 それを今まで気に留めていて、治す機会を用意したと?

 笑顔で返事にしたレオニールにそれ以上何も言わず、アレイヤはトーマスに向き直った。


「改めて今日はお世話になります」

「……お二人の邪魔にならないように努めます」


 含みのある笑顔で一歩下がるトーマスは絶対に勘違いしている。そう理解しつつも聞いてくれる雰囲気ではない。何言っても「はいはい」って微笑みながら流されてしまうと知っている。年上ってそういうところあるから。


「お話し中失礼します。馬車の確認が終わりました。いつでも出発できます」


 こちらも微笑まし気な顔。

 声を掛けてきたのは騎士の団服を身にまとった赤い髪の青年。


「ギルベルト様……」

「名前を覚えていただけて光栄です。光の姫君」


 胸に手を当てて頭を下げる騎士のギルベルト・フォースターは、柔らかな笑みで顔を上げた。

 さすが乙女ゲームの攻略対象の一人。輝いて見える。

 騎士なのに、本物の王子がいるのに、王子様のようだ。

 もう一人、知っている騎士がいるけれど、どちらも物語に登場するような王子様然とした所作をする。

 騎士団ではそういったことまで教えるのだろうか。

 余談である。


「ひ、光の姫君……?」


 ギルベルトが五体満足怪我無しの状態で目の前にいる事実にはいつだって感動してしまうが、それと同じくらい呼び名が気になった。

 光はともかく、姫と呼ばれるような人間とは思えない。

 自分のことを、そう思えていない。


「アレイヤにぴったりじゃないか。騎士たちの間ではアレイヤのことはそういう風に呼ばれているのか?」


 一度咳ばらいを挟んでからの言葉に、心にもないことを言っているのは明白だった。「アレイヤにぴったり」の辺りが該当箇所なのも簡単に予測できる。


 ――本当にレオニールは私のことを女と思っていないんだな。友人以上になる気がないと分かって楽ではあるけれど。


 女扱いをしてほしいとはまったく思っていない上に望んでもいないアレイヤにとって、レオニールは同性以上に安心できる。王子という肩書きがあるのは不本意だが。


「騎士の中でもまだ一部です。実際に会った者だけがそう呼んでいます」

「最初に言い始めた人に言っておいていただけますか? 普通に呼ぶように、と」

「……探しておきましょう」


 ギルベルトはそう言っているが、探す気なんてなさそうな楽しそうな笑顔を浮かべている。

 騎士たちの比較的アレイヤの存在を受け入れてもらえている様子に安堵はする。

 ルーフェンには助けられてばかりだし、ギルベルトにも助けてもらったので情けない小娘と思われても仕方ないと思っていたが、「光の姫君」とあだ名を付ける程度には親しまれているようだ。


「……あ」

「どうしました?」

「あ、いえ……」


 ルーフェンで思い出した。

 まだ交換したまま返していないリボンのことを。

 どうやら今回、ルーフェンの同行はないようで姿はない。ギルベルトと一緒にいるのは別の騎士だ。馬車の操作を担当するのか、馬を撫でて出発の時を待っている。


「今度、騎士団の方へお邪魔してもいいですか?」


 偶然を待っているといつまで経っても返せる気がしない。そう思って聞いてみれば不思議そうな顔でレオニールへと伺いを立てられた。騎士団は王宮と同じ敷地内にある。敷地と言っても想像を絶する広さだ。


「予定を調整して、騎士団長に伝えておこう。その際は私と宰相子息のノーマン・ドルトロッソも一緒だと思うから、先に話しておいてくれるだろうか?」

「かしこまりました」

「ルーフェン様にお返ししなければならないものがあるので、ルーフェン様の予定も調整しておいていただけると助かります」

「では、そのように」


 頭を下げて了承したギルベルトはそのまま馬車の中に全員を案内する。

 見るからに高級そうなソファはふわふわで、詰めれば十人は乗れそうだが四人乗りが基本だとトーマスが教えてくれた。

 そのトーマスが先に乗り込み、次にレオニールが乗り込んだかと思えば振り返った。


「アレイヤ」


 手を差し出して待つ姿は苦々しいほど王子様だった。


「ありがとう。王子様みたいだね」

「本物の王子様だよ」


 差し出された手を取ってアレイヤも馬車に乗り込んだ。思ったよりも高さのある足台に驚いたのは、手を引いて上げてもらった瞬間だった。

 王子をネタにしたこととアレイヤが驚いた二つの理由から、二人は同時に笑い出した。


「殿下が楽しそうに笑っていらっしゃるのを、なんだか久しぶりに見た気がいたします」


 レオニールの隣にアレイヤが座り、レオニールの前にトーマスが座る。アレイヤの目の前にギルベルトが乗り込むと馬車の扉は閉められた。

 ゆっくりと動き出す馬車はそれでも揺れる。ダメージが少ないのはソファが柔らかく頑丈だからだ。シートベルトが欲しくなるほど広くて余裕のある車内。揺れると体が左右に倒れそうになった。

 それもしばらく走るとなだらかな道なのか揺れは小さくなる。


「これから向かう店は、以前菓子をお贈りさせていただいたパティスリーでございます。アレイヤお嬢様はアルコールデビューの機会をも逃されているとのことでしたので、そちらもご用意させていただいております」

「お酒……飲めるんですか?」


 この世界では社交界デビューをすると自動的にアルコールが認められる。アレイヤの社交界デビューは学園の筆記試験後のパーティだったが、薬物混入があったためにデビューできていなかった。

 前世では成人してからよく飲んでいた。

 夜食を作りながら飲むのがお気に入りで、朝起きてから夜食の記憶を失くすのは日常茶飯事。


「本来は提供がないので、当店から持ち込ませていただいております。たくさん種類を用意しましたので、お好みのものをお探しください」


 そもそも持ち帰りが専門の高級パティスリーであって店内での飲食も特別なのだと聞かされて、改めて一国の王子が手を回す意味に背筋が冷える。そんな気の利く王子はアレイヤの隣で上辺だけの笑みを浮かべている。


「酔いつぶれても馬車で送るから気にしないで」

「初めて飲む人に酔いつぶれるまで勧めないで?」


 通常、女性を酔わせるのは夜の匂いを含ませる。なのに、なぜかレオニールの言葉からは飲み会で潰れた人間を介抱する同僚の雰囲気しか感じられない。


「トーマスさん、ギルベルト様、レオニールが私を酔いつぶして笑おうとしていたら羽交い締めにしてでも止めてくださいね?」

「アレイヤお嬢様はレオニール殿下と懇意になさっておいでなのでは……?」


 はて、と首を傾げるトーマスの隣で、ギルベルトもわずかに目を丸くしている。


「お友達です。未来永劫、一生のお友達です」

「そうだね。アレイヤと結婚するのは最終手段かな」


 男女二人が仲良くしていたら、将来を誓い合うような間柄を邪推されるのも無理はない。とは言え、距離を置こうとするとレオニールの方から距離を詰められるので仕方なく王子という肩書きを無視させてもらっている。本人もそれが嬉しいみたいだから誰も止めないし、止められたからといって止めさせてくれる相手でもなかった。


 そう考えると、随分面倒な相手に目を付けられてしまっている。


「アンタ何様のつもりよ、身分を弁えて王子から離れなさい!」と上位の貴族令嬢に詰め寄られる方がよほど楽かもしれない。

 命さえ、狙われなければ。


「結婚しちゃったら、友達じゃなくなるからね」


 窓の外を見ながら、レオニールはそう言った。



急激にたくさんの方に読まれていて驚いています。

日間のランキングにも助けて悪役令嬢の短編ごとランクインされていたりなんかして……ありがたさを極めています。


正直嬉しいです。

ありがとうございます!

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