29話
森にはゴブリン達の咆哮と、機動要塞から放たれる弾幕の音が響き渡っていた。その姿を遠目から眺める3人組の人間がいた。
1人は斥候役を務める、深緑色の衣装に身を包み、目元以外は素肌を覗く事が出来ず性別も不明な小柄の人間。
1人は近接役を務める、黒鉄で作られたフルプレートアーマーにフルフェイスヘルムを装着し、その背には巨大な大剣を背負う大柄な人間。
1人は魔導役を務める、黒い布地に銀の刺繍を施されたローブを羽織るが、その顔は薄いベールに包まれ外からは伺う事は出来ない人間。
そして3人の胸元には共通して一本の剣に巻き付く蛇が描かれ、それを囲うように二匹の蛇が互いの尾に噛み付いているという変わったエンブレムを刻み付けていた。
この3人がウロによって派遣された闇ギルド毒蛇の暗殺部隊だ。彼等は任務の時、基本的に名前を名乗らない。万が一にも誰かに聞かれ、それを元に素性を知られる訳にはいかないからだ。故に共に任務をする相手も役柄で呼び合うだけだ。極稀に信頼関係の為に名乗る者や、恐怖を刻み込む為に名乗る者もいるが数は少ない。
「廃墟から足跡をつけて来たが、奴さんはゴブリンと喧嘩してるみたいだがどうするんだ?何やら見たこともない異形の化け物もいるみたいだぞ。」
フルフェイスの人間が問い掛ける。渋めの低い声から察するに男だと予想されるだろう。
「このまま共倒れを狙うのが最良だろう。」
深緑色の衣装に身を包んだ人間が答えるが、その声は中性的でやはり性別を判断するのは難しい。
「斥候役は臆病だからいけないね。標的もゴブリンもまとめて燃やし尽くせばそれで済むだろ?」
斥候役の案に異を唱えたのは黒いローブを纏った人間だ。甘い優しい声を発する優男だと予想される。
「結果が同じなら少ない労力で仕事を成すのがプロの戦いだ。」
「違うね!雄大に壮大に事を成すのがプロってもんさ!」
斥候役の意見を無視して魔導役が腰にさしていた短杖を取り出し、指揮者のように振るいながら魔法の詠唱を開始する。斥候役はその姿にため息を吐くと、近接役に魔法発動後に突撃し、全てを殲滅するように声をかける。近接役は不満が無く、静かに頷くのであった。
「…紅き燦々たる雨よ。其の業火なる雨は生きとし生ける命を灰塵と昇華させん。紅炎埋尽雨」
魔導役が魔法の詠唱を完成させると紅い魔法陣が自宅上空に展開され、自宅とゴブリン達に向かって大量の炎の矢が降り注ぐ。その姿は紅き豪雨の様であった。
そしてその雨が降り注ぎ始めた後に斥候役と近接役は自宅へと移動を開始する。
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闇ギルド毒蛇の魔導役が魔法を行使する少し前。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!
落とし穴にハマったことにより庭が地面に近くなっている。さすがに軽く飛び乗れる程ではないが、ボブゴブリンくらいの、成人男性くらいの身長であればジャングルジムの頂上に登るくらいの手軽さで到達できる高さまで低くなっている。
「アラクネは左側面!スライム君は右側面から敵を庭に入れない様に叩き落とせ!前後は可動式自動小銃で時間を稼げ!ルンバ君3機は一階の屋根から万が一自宅に到達した敵がいたら邪魔をしてくれ!カラス君達はいつでも飛び立てる様に待機!円盤、蜘蛛型戦隊は自宅内で待機!コハク、コテツ、リリス!今は危険だ!部屋から絶対に出るな!」
全員に指示を出し終わると俺は受話器を投げ捨てる様に、座席に戻す。そして再び落とし穴から脱出するべく操縦桿を操作する。
キュルルルル
キュルルルル
ダメだ。キャタピラが泥に足を取られ空回りするだけだった。唯一の救いがその動きにより、自宅へと登りにくくなるくらいだろう。
「ナビ、このままじゃ脱出は無理だ!ぶっつけ本番だがバーニアジャンプ発動後にブースト飛行を強行する!エネルギー充填はどれくらいかかる!?」
『現状のままですと、可動式自動小銃の操作、レーダー監視に思考を割きながらになるので、30分……いえ、早くても25分は必要です。』
ナビは思念体、つまりは実体のない人間なのだ。スーパーコンピューターとは違い、いくら優秀でも1人の人間が捌ける情報には限界がある。通常のまま全体に魔力エネルギーを供給させていた場合、バーニアとブーストはエネルギー必要量が多過ぎて充填が完了しない仕様になっている。そこで普段ブーストを使う際はナビが必要供給ラインや不必要な供給ラインを判別して優先的にブーストに供給させることによって即座に魔力エネルギー充填を完了させている仕組みだ。
しかし、現状は迎撃の為に各兵器も魔力エネルギーを必要としている。供給を切ってもある程度は戦い続ける事が可能だが、偵察用や攻撃用兵器と違い警備用のルンバ君3機や固定、可動式自動小銃はすぐにエネルギー切れを起こすために細心の注意が必要になってくる。加えて、少しでも妨害活動の為にもキャタピラの稼働も止める訳にはいかない。それを管理し、円滑に回すのは至難の技なのだ。
俺がそこが出来れば良いがはっきり言って知識がインストールされているからといってぶっつけでは無理だ。かと言って自宅艦の操縦をしつつ、可動式自動小銃の操作、レーダーの監視など手も目も足りない。はっきりと言って、猫の手も借りたい状況だ。
…?猫の手も?猫……!?いるじゃないかネコ科の人材が2人も!彼奴らはきっと俺を裏切らない。
「ナビ!下段の操縦席とかは使えるのか!?」
『使用可能です。』
「なら、双子の転移魔法陣のセキュリティを解除して発動させてくれ!ここに双子を呼ぶ!」
『かしこまりました。すぐに転移可能です。』
俺は先ほどの指示から前言撤回が早いがすぐさま受話器を取り、双子の部屋へと連絡をする。僅かのコール音の後に、コテツが受話器を取った様だ。最初は初めての受話器越しの会話に驚いていだが、緊急招集の意思を伝え、ウォークインクローゼットの転移魔法陣の隠蔽機能、セキュリティを解除した旨を伝えた。
僅かの間で司令室へと繋がる扉が開くとコテツとコハクが司令室へと入ってくる。余裕がある時ならば、驚きの声をあげていたであろうが今は緊急事態なのを把握して、緊張した面持ちで俺の下まで駆け寄ってきた。
「急にすまない。一刻を争う事態に人手が必要だったんだ。」
「「いえ、ご主人様のお役に立てるのなら何時でも大丈夫です(なのです)!!」」
「そうか、助かるよ。ナビ、3分だけ操縦をもたせてくれ。その間にこの2人に簡単な操縦とレーダーの見方を教える」
『かしこまりました。3分もたせてみせます。』
俺は艦長席から立ち上がると、先ずはコハクに任せる下段のオペレーター席へと進む。
ここで1つ大きな問題が発生した。インカムとヘッドフォンが人耳用でケモミミだと使う事が出来ないのだ。そんな訳で砲撃手の席にスライド移動。難しい事を言っても理解して慣れるまでの時間がないからハンドル1つで可動式自動小銃4機が移動してスイッチ1つで4機がロックサイトに合わせて攻撃するように設定した。
目標をセンターに入れてスイッチ。
この感じだ。何も難しい事はない。コハクは元気よく返事をして席に座り、すぐさまゴブリンに対して魔弾を放つ。魔弾は真っ直ぐとゴブリンに飛んでいき、見事にヒットして一体吹っ飛んでいった。問題なしと判断した俺はコテツを操縦席に案内し、左右に艦体を振る方法と定期的にバックで脱出する操縦方法を伝授した。簡単に言うとアクセルを踏んでハンドルを左右に揺らす。シフトレバーをバックに入れてアクセル、そして再度ハンドルを揺らす。これを時間をランダムに繰り返す事を頼むと、コテツも元気よく返事をし、すぐに操縦を始める。
これで空いているレーダー監視とオペレーターを俺がやって、その間に魔力の供給をナビに専念してもらおう。目処が立った俺は徐ろにレーダーを覗くのとほぼ同時にアラートが鳴り響いた。レーダーには自宅上空に強力な魔法陣出現の警告が表示されている。
慌ててオペレーター席のインカムを使い、兵器全機へと緊急通信を流した。
「全機、自宅の屋根下に避難しろ!何かくるぞ!」
そして、すぐにインカムを投げ捨てナビに指示を飛ばした。
「ナビ、結界を魔法陣にぶつけるように噴出しろ!」
『なんて無茶な指示を…!?やってやりますけど。』
半円形結界とは名ばかりのただの魔力の波が魔法陣にぶつかるように自宅の中心点から噴出したが、そんな即席が通じる訳も無く、自宅に突き刺さる炎の雨を多少逸らした程度であった。
「ナビ!現状ぉぉ、は俺が調べる!出来るだけ早くバーニアとブーストのエネルギー充填を頼む!」
『かしこまりました。貴方も頑張って!』
「おうさ!」
俺は急いで艦長席に戻り、操縦桿から操作盤に換装をする。被害状況を確認すると炎の雨は見た目としては恐怖そのものだったが、基本鋼鉄の自宅艦には大きなダメージは無く、庭の木々や自宅の屋根が焦げて、そこそこ燃えている程度だった。稼働に問題はない。
外で戦っていたアラクネとスライム君も俺の通信でギリギリ屋根下に逃れる事ができたので直撃は無かったようだ。
不幸中の幸いなことにゴブリンが巻き込まれ、黒く焦げたり、焼かれている最中の者がいたりとこちらより生身の奴らの方が被害が甚大だ。
だが次の瞬間、今まで動いていなかった追跡者の3つの反応の内2つが高速で移動を開始し、瞬く間に接近すると、跳躍と共に自宅の庭へと降り立ったのがモニターに映し出される。
それは見るからに強者の風貌をした黒いフルフェイスフルアーマーの巨漢と、如何にも妖しい深緑色した忍者のような風貌をした人だった。
泣きっ面に蜂とはこの事を言うんだろう。
俺はどんどん悪化する現状に、思考を放棄して逃げ出したい気持ちになってしまった。




