20話
「そうか。わかった。先にハウゲンと妹さんを自宅まで連れて来てくれ。物資はその後でも構わないから。頼んだ。」
アラクネとの通信を切り、俺は深い溜息を吐く。
『後悔されてるのですか?』
「後悔?する訳ないだろ。誘拐されてから既に3日経ってるんだ。俺たちがどう急いだ所で手遅れだった事には変わりない。ただ…世界は違えど同じ人間の男として胸糞悪くなっただけだ。」
後悔なんてするはずがなかった。今も昔も変わらず、モニター越しから見る婦女暴行のニュースを見てるのと同じだからだ。
ニュースを見ていても、その行為に胸糞悪くなることはあってもそれ以上の感情はない。
本当の辛さや悲しさは当事者じゃないと抱けないもので、他人の俺にはどうしようもない部分なのだから。
人間として冷たいとか、酷いとか言われた事もあるが、その言葉を吐いた人間が何をした?ただニュースを見て可哀想だの言って同情の安売りをしているだけだった。本質は何も変わらない。ただ、自分の中で美しくないからその本性を認めたくないだけじゃないか。
「…クソッ。昔を思い出した。」
俺は再度深い溜息を吐く。そして気持ちを切り替える為に、次の行動に移す。
操作盤から操縦桿に換装し、自宅を洞窟の入口近くまで進める。多少木を薙ぎ倒しても、あの2人を少しでもマシな場所に早く案内してやりたかったからだ。これも同情の安売りと変わらないのに。
「やらない善よりやる偽善って事で許してくれ。」
『許すも何も、どんな事を成そうとも貴方の行動を支えるのが私ですよ。私はいつでも貴方の味方です。』
悔しい。ナビはいつも欲しい言葉を俺にぶつけてくる。勝て気がしない。
洞窟の入口まで進み、階段を用意すること数分、洞窟に侵入していた皆んなが帰還した。一応、無事にハウゲンの妹の救出は成功した形だ。
しかし、連れられて来た妹はハウゲンの手を必死で振りほどこうと暴れ、嫌だと叫び続けている。モニター越しに妹と俺の目が合った。俺は知っている。あの目を。鏡越しで見たあの目と同じだ。死の救いを求め、生の恐怖に狂い、そして死の恐怖に怯え、生の救いを探している。壊れた人間の目だ。
あれは昔の俺だ。俺が助けを求めてる。俺が俺は俺を助けなきゃ!俺が俺を殺す前に!
俺は衝動的に受話器を取り、アラクネに命令を下していた。
「アラクネ。ハウゲンから妹を奪え。」
『御意。』
アラクネが目にも止まらぬ速さで、ハウゲンの手から妹を奪い取る。
次は双子に命令を下す。
「コテツ!コハク!掛け布団とタオルを持って、庭に出ろ!アラクネからエルフの女を受け取ったら、布団とタオルを被せてすぐに自宅内に入れろ!」
「「…!?了解しました!!」」
コテツがリビングの隅に畳まれた布団を掴み、コハクは正に畳んでいる最中だったタオルを手に庭へと駆けて行く。
そして再びアラクネに通信を切り替える。
「アラクネ、コテツとコハクが向かったら妹を2人に渡せ!そしてハウゲンと他のエルフ達をこの自宅内に入れるな!」
『御意』
突然の俺の行いにハウゲンの怒声が自宅内に響く。だが例えどんなに誰が喚き、叫ぼうとも、俺の兵器と双子は命令を忠実に実行する。そして命令せずとも俺の信頼する兵器達は俺の意思を守ろうと玄関の前に集結していた。
「貴様ら何をする!?折角助けた我が妹を私から奪って、どうするつもりだ!?」
『何ヨリモ優先サレルノハ、マスターノ意思。タダ、ソレダケデス。』
ハウゲンは腰に下げていたショートソードを抜き、左手には魔法を使うため魔力を纏わせた。
「コハク、浴室のシャワーで妹さんを洗ってやれ。温まれば少しは和らぐ可能性もある。コテツは風呂上がりに妹さんがすぐに横になれるように布団を敷いててやれ。あと、果物を絞ってジュースも作っててくれ。」
「「了解しました!」」
一触即発の空気の中、俺はハウゲンに受話器越しに話し掛けた。
「ハウゲンさん。剣をしまってください。」
「ならば我が妹を返せ!!!!何故奪った!?」
「このままだと貴方達の存在が妹を殺すからですよ」
「何をほざいている!?私が、仲間達が、エルフ達が我が妹を殺す訳がないだろ!」
「それは物理的に殺さないだけです。」
「何を訳のわからんことを!?」
「このままだと貴方の妹は、確実に死にます。自分で自分を殺すか、社会に殺されるかのどちらかしかありません。」
「貴様に妹の何がわかる!?」
「俺と同じ目をしているからです。」
「戯言を!ならばその目とやらを証明してみろ!」
「………わかりました。」
俺は受話器を置き、ハウゲンに会うべく司令室を出る。
『兵器達よ。その命散らそうとも、私達のマコトを守りなさい。』
俺は玄関の戸を開け、兵器達に道を開くように命令する。兵器達は左右に分かれ、道を開けた。俺はその道を進みハウゲンの前へと歩む。ハウゲンは眉間に皺を寄せ、怒りに震えながら剣先を俺に向けてきている。そして俺を睨み付ける。
騒ぎを聞き付け、地下室にいたエルフ達も庭へと上ってきたようだが、その光景を見てその場に固まり、どうすれば良いのかわからなくなっているようだった。
俺は、ハウゲンは、お互いは目線を逸らすことなく時間が過ぎていった。
「……貴様は一度も私と視線を合わせなかった。」
ポツリとハウゲンが言葉を漏らす。
「その瞳には何故光がない…?」
ハウゲンの目元がぐしゃりと歪む。
「妹の光を宿した瞳は何処にいった?」
ハウゲンの頬を涙が伝っていく。
「何故、あの時の…妹と……同じ瞳をしている…?」
「…怖いからです。」
「怖い…だと?」
「生きる事も、死ぬ事も、優しい目も、非情な目も、無関心も、親愛も、全てが怖いからです。自分の殻に閉じこもって、世界のすべてから隠れ、許せる何かを見つけるまでは、全てに怯えることになります。だから俺は彼女に逃げ道と殻を与えます。殺させない為に。」
ハウゲンは手で顔を覆うと天を仰いだ。涙は次々と地面へと溢れていく。
そして手にしていたショートソードを、縛り上げていた奴隷商の1人に投げ付け、突き殺した。もう1人の奴隷商の元まで歩んでいくと、もう1人を何度も何度も殴りつけ、奴隷商を殴り殺した。
「貴様…もう一度名を聞かせろ…」
「マコト。志藤誠です。」
「マコトか…。暫しの間、妹を預ける…。他の者をエルフの里に届け次第、私は復讐の旅に出る。全ての奴隷商、盗賊を殺し後に再び訪ねて来よう。それまで妹を殺させるなよ。」
「わかりました。」
ハウゲンはそう告げると、その場に座り込む。俺は兵器達を連れて自宅内へと戻っていき、閉まっていく扉の隙間からエルフの3人がハウゲンの元に歩み寄り、優しく寄り添っているのが見えた。
俺は俺の心を助けるために彼女の状況を利用した。無理矢理理屈をつけて利用した。
それとも、これが傍観者から当事者になったからなのか……俺にはわからなかった。




