「う゛ぇっほ、え゛っほっっ!! ダメだこれ回復する前に舌が死ぬやつじゃん!! 」
第666番開拓村。
中部コロニーから北へ半日ほど歩いた場所にあるその村は、口減らし政策の一環で作られた開拓村の一つで、北部方面に作られた開拓村の中で長らく生き残っている数少ない開拓村の一つだった。
大河のほとりにある高台から見下ろす形で築かれたその村は、遥か昔に建てられた城の跡地にあり、モンスターからの侵攻を防ぐ天然の要塞であった。
その防衛性能の高さから、人員の補充は定期的に行われているのだが、問題なのは損耗率の方。
ダンジョン出現の後、数百年に渡って人類が一歩たりとも踏み入ることができていない未踏の山脈地帯――“霊峰”から流れてくる強力なモンスターたちの襲来により、じりじりと人員は減り続けていた。
今回メグルが新米ながら配属されたのは、身も蓋もない表現をすれば、他に割ける人材がいなかったから。少なくとも配属先を決定するタイミングでは状況は安定していたため、主力となる人員が補充されるまでの繋ぎにでもなれば儲けもの、くらいの思惑で配属されている。
けれどいくら安定しているとはいえ、小型から中型のモンスターは変わらず生息している。採集のための安全確保など、開拓村を維持するには変わらず間引きが必要になる。開拓村としては、新人だろうと早く村に到着してもらい、一人で問題なくクエストをこなせる程度には習熟してもらいたい、という想いであった。
一方、そんな想いを向けられている当の本人はというと……。
「どっ……せいッ!!」
「シャァァッッ!!」
森の只中で、身の丈ほどある大トカゲを相手に大剣を振り回していた。
リカドクス。
焦げ茶色を基調とした迷彩色を持つトカゲ型の小型モンスターで、持ち前の迷彩色で土や落葉に紛れ、複数体で通り掛かった獲物を襲う習性を持つ。
特筆すべきは、口内に存在する毒腺。強力な顎の力で獲物に噛み付いた後、毒腺から分泌される麻痺毒を流し込み、獲物が動けなくなるまで噛み付き続けるのだ。そして四肢にも鋭い鈎爪を持っており、これで獲物にしがみ付いて振り落とされないようにしている。そうして毒が回って動けなくなった獲物を、悠々と捕食するのだ。
小型モンスターに分類されているものの、その体長は成人男性ほどあり、丸腰で挑めば手の打ちようがない危険なモンスターだ。開拓村での死因の内、少なくない割合を占めているのがこのモンスターだったりする。
「せぇ……のっ!!」
「ジャッ……ァァァ……」
メグルは飛び掛かってくるリカドクスに対して、大剣を横薙ぎに振るう。お目当ては口内にある毒腺。そこを傷つけないように、リカドクスの胴体を狙って大剣を当てに行く。
リカドクスは複数体で固まって行動しているが、この場に潜伏していた他の個体は既にメグルによって事切れている。後はこの1体のみだが、如何せん連戦によって肉片やら体液が付着した大剣の切れ味が落ちてしまっていた。
なので斬るのではなく、殴打する。内臓を破壊すれば、生物は大体死ぬ。そんな思考の下に繰り出された大剣は見事リカドクスの脇腹に直撃し、その体躯は木の幹に打ち据えられ、ズルズルと力なく滑り落ちていった。
「くっそぉ……意外と時間掛かったなぁ。支給品の大剣だと切れ味がすぐ落ちるのがネックだな」
大剣を背に戻しながら、メグルは一人ごちる。
とはいえ、小型モンスター4体を相手して生還するのは十分な戦果なのだが、評価する人間がこの場にいないのでメグルは自分がやっていることの自覚はない。当の本人はそんなことよりも、死体からの剥ぎ取りに興味が移ってしまっているのだから。
「毒腺は……確か下顎から喉にかけてあったよな。あぁ、と。爪も剝ぎ取っておいた方がいいか?」
貰った図鑑を横目に見ながら、メグルは剥ぎ取り用ナイフで手際よく素材を剝ぎ取っていく。
養成校では小型モンスターの剥ぎ取りは必要な部位を1ヵ所のみ、という教え方をされるが、メグルはそんなことお構いなしに剥ぎ取れる部位を剥ぎ取っていく。小型モンスターは群れで行動することが多く、近くに仲間が居たり、血の臭いに惹かれて別のモンスターが寄ってきたりと、剥ぎ取り回数にはちゃんとした理由がある。あるのだが、生来の手際の良さと気配察知能力の高さから、安全と判断した場合は根こそぎ分捕っていくのがメグルのスタイルだった。死な安死な安とは本人の談。
「へっへっへ。大量大量。麻痺毒はこれから絶対重宝するからな~」
そう言ってホクホク顔で剥ぎ取りした素材を、茂みに隠していたリュックに詰め込んでいく。
このリカドクスの麻痺毒の使用用途は多岐に渡り、武器や罠に用いてモンスターを痺れさせたり、容量用法を守れば即席の鎮痛剤にもなり、できることには事欠かない。本人の中では、麻痺毒はかなり重要なアイテムという認識だった。
そしてお目当ての素材を手に入れたメグルは、地図を片手にその場を後にする。
ここは中部コロニーから森の中をやや北東に向かった森林地帯。湖畔の近くにある、湿った草木が多く生育している場所だ。ここから更に東に進めば湖があり、北に進めば開けた平原に出ることができる。
余談だが、開拓村はコロニーを出て北に真っすぐ進めば辿り着く場所にある。……言わずもがな、素材採集のために村への到着を後回しにしたのだ。後から説教されるのは確定事項であった。
「採集していくなら、回復薬の材料と砥石用の鉱石はマストだよなぁ。……状況確認もするなら、採集しながら左回りでぐるっと探索して行くか?」
回復薬の素になる薬草――イヤシザクラ。
成長すれば50cmほどの高さまで伸び、鮮やかな紫のパステルカラーの花を咲かせる植物だ。中でもこの植物の特異な点は、例え茎を根本から折られたとしても、根が無事であれば魔素を吸収して数日で再び花を咲かせてしまう生命力にある。加えて、寒冷地帯の雪山だろうと火山地帯の溶岩の傍だろうと発育する環境適応能力も持ち併せている。魔素さえあれば何処でも発育できる上に、その効能は冒険者にとってなくてはならないもの。そのため冒険者たちは探索の際にこの植物が生えている場所を覚えておき、回復薬の在庫が切れる前に補充しておくのだ。
「この辺だとイヤシザクラは……お、あそこか。でも量は少な目だなぁ」
場所によっては一度に回復薬3つ分の量を採れるのだが、今回は1つ分がせいぜいと言った量。環境適応能力があるといっても、根がやられてしまっては発育はできない。こと大型モンスターが通った場所では、根本から土を掘り返され、そのまま枯れてしまうなんてこともある。
いそいそと採集袋に花弁を詰めていくメグルだが、そこでふと頭にある考えが思い浮かんだ。
「……待てよ? 外界のイヤシザクラって味はどうなんだ?」
養成校での調薬実習の際、支給されたイヤシザクラの花弁をメグルは齧ったことがある。
味という味がなく、仄かに香りがする程度だったそれ。コロニー内にある栽培所で生産されたものだったのだが、果たしてそれは野生のものと差はあるのだろうか。好奇心に駆られたメグルは摘み取った花弁を一つ取り出し、口に含んでみると―――。
「う゛ぇっほ、え゛っほっっ!! ダメだこれ回復する前に舌が死ぬやつじゃん!! 」
口に含んだ瞬間に舌を刺激する強烈なえぐみに、鼻を過剰に突き抜ける優雅な花の香。体中から冷や汗に似た何かが吹き出してくるのを感じたメグルは、堪らずその場で花弁を吐き出した。
「これが水出しで飲めるようになるって本当かよ!? 飲めなかったら言い出した奴に文句言うからな!?」
レシピによれば、イヤシザクラを入れて30分水出しすれば完成とのこと。制作方法はやけに簡単だが、言われてみれば味に関して言及はされていなかった。初心者はこれを知らずに調合してみて、あまりのマズさに吐き出すのが恒例になっているのではなかろうかと、そんな邪推すら思い浮かべているメグル。だが、残念ながら村に付けば飲みやすい調合レシピを教えて貰うことはできるのだ。全ては好奇心に任せて採集に出たメグルに非があった。
確かに単体ではマズくて飲めたものではないのだが、その地域で採れる果物などを入れることで飲み易くすることができるのだ。もっとも、地域ごとに採取できる果物は異なるため、実は回復薬と言って地域毎で味が異なっている。この飲み易い回復薬の調合を村でクエスト形式で熟してから外界のクエストに出るのが、所謂チュートリアルと呼ばれている。
口元をゆすいでも未だにえぐみの残滓に苦しめられているメグルだが、ふわりとその横を一匹の蝶が横切った。
タマムシアゲハ――通称 魔素蝶。生息域の花の蜜を摂取し、その魔素の量に応じて羽根の色を変える特徴を持つ蝶の一種。または例外的に高濃度の魔素を浴びることでも、その色を変化させると言われている。
冒険者たちはクエストの際に、この蝶を見ることで、近くに目的となるモンスターなどがいないか、予定外の乱入が起きないかを事前に察知している。
メグルはすぐに図鑑を開き、魔素蝶の色彩に関する文章に目を通した。
魔素濃度レベル1:色彩・緑
→平時での魔素濃度。中型・大型モンスターの分布域からは外れている。
魔素濃度レベル2:色彩・青
→中型モンスターの分布域。近辺を通過した痕跡がある。
魔素濃度レベル3:色彩・黄
→中型モンスターの生息域。頻繁に徘徊しているため、遭遇する可能性が高い。
魔素濃度レベル4:色彩・橙
→中型・大型モンスターの生息域。中型モンスターが複数体近くにいる可能性が高い。
また、大型モンスターのと遭遇する可能性に十分注意が必要。
魔素濃度レベル5:色彩:赤
→大型モンスターの生息域。遭遇する可能性が極めて高い。十分に注意が必要。
そしてメグルはもう一度視線を魔素蝶に送る。その色彩は―――赤。
「ッッッッ!!?」
メグルは息をする間もなく、咄嗟に近くの茂みに身を隠した。
生存本能に身を任せての、反射に近い動きだ。口元を片手で覆って息を殺し、メグルは周囲の気配を探る。
(……大型モンスターの気配は感じ取れない、か。さっきのリカドクスは、あんまり殺気立ってる様子もなかったし、鳥の囀りも聞こえてる。……突発的にこの辺りを通ったのか?)
疑問は尽きないが、しかし大型モンスターが居た事実は変わらない。
近くにあるリカドクスの血の臭いに釣られてやってくる可能性もある。なるべく音を立てないように、メグルは茂みの中を移動していく。
移動の傍らに観察するのは、大型モンスターの痕跡。木の幹に付けられた爪痕や、地面に残っている足跡。痕跡を見つけられれば、モンスターを推定することもできる。肉食か草食かの違いが分かれば、それだけでも危険度はグッと変わる。
(さぁて、どうなるか……っと……)
そうしてメグルが痕跡を探りながら進んでいると、森の中に開かれた場所があるのが目についた。
鬱蒼と生い茂った森の中に、平野まで抜けるように一直線に伸びる不自然な痕。森の切れ目から降り注ぐ陽の光と、その周囲に舞う赤い魔素蝶の群れ。幻想的でありながら、どこか不気味な光景に警戒心を抱きながら、メグルはその場に足を踏み入れる。
一番開けた場所は、直径50mほどの円形。そこから平野に伸びるように、一直線に20mほどの道ができている。……否。正確には斬り開かれている。
周辺には斬り倒された木々が積み重なり、外的要因によって強制的に開けた場所にされていた。不自然なまでに均等な高さに斬られてできた切り株があちこちに存在し、何者かに薙ぎ倒されたように、根を外に曝け出していた。
明らかに、人の仕業ではない。それこそ物理的ではない、何かしら能力を持った大型モンスターの可能性が非常に高かった。
「こりぁあ、かなりマズい奴がいるみたいだな」
そうしてメグルは、足元に目を向けた。
そこにはおよそ50cmほどもある、肉食獣を思わせる巨大な足跡が、くっきりと刻み込まれていた。




