「―――。俺は今日から―――と名乗ることにする」
初めまして。
時偶 寄道 と言います。
普段は読み専ですが、執筆意欲が高まったので熱に任せて筆を執らせて頂きました。
読みたい世界観の小説がね……見つからないのです。
ならば自分で書くしかないじゃない
鬱蒼と草木が生い茂る森の中を、一人の男が走っている。
耐久性と機動性をコンセプトにした革鎧に、必用最低限の道具を詰め込んだ軽量バッグを背負い、人に対しては過剰とも言える重厚なナイフをベルトに差した男は、周囲を警戒しながらも目的地に向かって直走っていた。
「あんのバカ野郎が。一体何処をほっつき歩いてやがるんだ」
男が気にしているのは、2日前に村を出発した友人のこと。
1年前に村に派遣された冒険者にして、男の飲み仲間にして、友人。
派遣されてきて日が浅いため、比較的難易度の低いクエストしか受注してこなかった友人が、2日前から村に戻って来ていなかった。
受けたクエストはいつもと変わらず、常設されている小型モンスターの討伐クエスト。問題がなければその日の内に、奥地に行ったとしても翌日には帰ってこれる距離。そんなクエストだと言うのに、2日も帰ってきていない。妙な胸騒ぎを覚えた男が、偵察を名目に村長から許可を勝ち取り、こうして捜索に当たっていた。
「あいつの討伐対象がいるのは川辺って聞いたが……。あの辺の魔素濃度はそこまで高くなかったよな?」
魔素
それは世界各地に存在するダンジョンから生成された物質。
かつての地球には存在せず、文明を一度滅ぼした一因。体内に少量ずつ取り込めば問題ないが、過剰摂取をすれば場合によっては死に至る代物。それは人も、動物も、植物も、平等に。けれどその代償を払う見返りに、魔素は取り込めば取り込むほどその宿主に変化を齎す。より強く、より強靭に、その生物を進化させていく。
魔素はダンジョンから生成された後、大気中に滞留する。そしてその魔素の濃度を調べれば、その場所が危険かどうか判断することができる。事前に聞いていた情報では、男の目的地周辺はそこまで魔素濃度は高くなかったはずだった。
ォ ォ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ オ ッ ッ ッ !!!
はず、だった。
捜索の傍らに聞こえてくる、モンスターの咆哮。
距離はまだあるはずなのに、聞いた男を恐怖で竦ませる程の圧を発していた。
「っ。ここらの魔素が薄いって話はとんだガセネタだな。帰ったら文句言ってやる」
魔素を取り込み、その外的要因によって進化を果たした生物。通称モンスターと呼ばれているそれらは、この魔素が滞留している外界において絶対的な強者として君臨している。小型から大型まで分類されている中、ここ近辺にいるはずなのはせいぜいが中型モンスターまで。けれど今の咆哮の主は、明らかに大型モンスターのそれだった。
事前情報との食い違い。これがあるだけで命に直結する。男は必ず上の人間に報告すると心に決めた。
「ッ!? おいおいこれは……」
身を屈ませて周辺の捜索をしていた男の視界の端に、何かが映りこんだ。
近づいて手に取ってみれば、それは紛れもなく友人が使っていた籠手だった。男が装備しているものよりも一段階グレードが上のもので、けれどその籠手は何かに引き千切られたような損壊痕があり、その一部には血痕がこびり付いていた。
「……っ、クソッ。クソクソクソッ!!」
男が拳を地面に打ち付ける。頭の中でチラついていた“最悪”が、ついに現実になってしまった。
その最悪を見たくなくて、こうして捜索を強行したというのに、現実はどこまでも残酷だった。
頭に過るのは、酒の席で語り合った何気ない日々。故郷をモンスターの追われたことも、これからやりたいことも、ジョッキを片手に上機嫌で話してくれた。そんな友人と、男はもう語り合うこともできない。
「…………」
こみ上げてくる想いを押し殺し、目元をひと拭いして男は来た道を引き返す。
片手に持った形見の籠手を、村長に見せなければ。そして、常駐できる冒険者を、新しく派遣してもらわなければならない。
話に聞いた、友人の故郷の話。自分の村が同じ状況になるのは、まっぴらごめんだった。
◇◆◇◇
「おら、324番!! お前の配属先に着いたぞ!!」
鉄錆交じりの無機質な車内に、音量調整もできていない野太い男の声がこだまする。
遥か昔に量産されていたらしい、トラックという機械を改修して生き永らえさせ、荷台に座席をとってつけた搬送車には、男女合わせて10名程が腰かけていた。その爆音に顔を顰める者もいれば、それすら気にならないほどに焦燥し切った者もチラホラと。ガタガタと凹凸の激しい道を共に揺られて過ごした彼ら彼女らの間に、悲しきかな友情らしき友情は見当たらなかった。
青年らは、今年養成校を卒業し、冒険者ギルドからライセンスを発行されたばかりの新人たち。
冒険者ギルドはダンジョン内、または外界で活動する冒険者の統括組織であり、クエストやライセンスの発行を一手に引き受けている。彼ら彼女らは、これから配属される村でクエストをこなし、村の発展に寄与するとともにランクを上げ、一攫千金を目指して命を掛けた狩猟生活に身を投じることになる。
「ん、やっと俺の番がきたか」
そんな彼らの中から、一人の青年が立ち上がった。
黒髪を逆立たせ、体格の良い身体に年季の入った頑丈な革鎧を纏った青年は、一つ伸びをすると、これまた年季の入った大き目のリュックと無骨な大剣を背負って、最後尾の扉を開け放った。
視界に広がるのは、晴れ渡る青空と、生い茂る草原。けれどそれに反して、どんよりとした重い空気。遥か遠くに見える大都市らしき影は、昨日まで青年が居た場所で、そしてそれが今日、見納めになる可能性がある場所だった。
「何ボサっと突っ立ってやがる。こっちは予定が詰まってるんだ。早くしろ!」
そんな名残惜しさに水を差すガミガミ声に、内心嘆息をつきながら青年は振り返る。
運転席から降りてきたつなぎ姿の男は、イライラした様子を隠す気もなく、バインダーを片手にせかせかと324番と呼ばれた男に近づいていく。
「堅いこと言うなよ。仮にも故郷だった街が見納めになるかもしれないんだぞ? 多少は気遣ってくれてもいいんじゃないか?」
「卒業したばっかのぺーぺーが偉そうなこと言ってんな。そんで伸ばしに伸ばした結果、最後のやつが真夜中にほっぽり出されるハメになるんだぞ」
「……なんだか前例がありそうな話だな?」
「そういう前例があるから急かすようにしてるんだぞこっちは」
「そいつは失敬」
なんともはや、世知辛い。マニュアルは血でできているとはこういうことらしい。
この先に初期装備で真夜中に放り出された先人には哀悼の意を示すほかない。
「お前の配属先はこの森を抜けた先の第666番開拓村だ。周辺地図と状況はそこの監視塔の奴から聞いておけ」
「りょーかいした。後はこちらで何とかするさ」
「その呑気な台詞を吐けるのも今のうちだぞ。どうせ外界に出たら泣きべそかく羽目になるんだからな」
そう言ってバインダーに挟まれた用紙にチェックをつけた男は、踵を返して車に乗り込んでいった。
トラックの中にはまだ10人ほど居た。彼らを次の配属先に送り届ける仕事が、まだ残っているのだろう。
「長続きしない、ねぇ。開拓村で長続きするやつはそうそう居ないだろうに」
「それは否定しない。が、最初から諦めていては1日も持たないぞ」
遠ざかっていくトラックを見てボヤいていた青年の背中から、別の男が声を掛けた。
制服のボタンを全てキッチリ止めている生真面目そうなメガネを掛けた男。
その男は青年の前にやってくると、柔和な顔で語り掛けた。
「初めましてだな。私はここの監視塔に努めている、監視長の一宮・ハルヒトだ」
「養成校上がりの卒業生に、監視長が直々に挨拶とは。……中部支部第九養成校第88期卒業生、所属番号324番です。……で、いいですかね?」
「そう畏まらなくてもいい。ここには私と君しかいな。咎める者は誰もいないさ」
「まぁ、居たとしても外を向いてるんでしょうけど」
「違いない」
そう言った彼らの視線の先には、30mは優に越える監視塔が聳え立っている。そしてそこから広がるように立ち並ぶ、高さ10mはある巨大な壁。物言わぬ壁ではあるが、その堅牢な造りは、一歩たりとも中には通さぬという、造り手の意思を雄弁に物語っていた。
ここは人類安全圏――通称コロニーの最端部。
かつて日本と呼ばれていた国の中で、余力のあった大都市が外界とを隔てる壁を建造し、ダンジョンから溢れ出たモンスターの侵入を防いだ。そこから100年余、その中でも運良く生き残れたここ中部コロニーは、内部の人口増加と他の陥落したコロニーからの避難民受け入れによる人口爆発を恐れ、開拓村開発計画という、体の良い口減らし政策に出た。
かく言う青年も、例に漏れずその口減らしに派遣される立場だった。彼の故郷はとうの昔にモンスターの侵攻によって陥落し、ここ中部コロニーに身を寄せていた。それでも、ここのコロニーはマシな方で、自立できる年齢までは最低限の教育を享受することができたし、冒険者になるための養成校に入学することもできた。他のコロニーでは、養成校なしの簡易講習だけで冒険者になれる所もあるという。
青年がこのコロニーに避難できたのは、幸運と言う外ない。
「さて、君もこれから壁の向こう――外界に行く訳だが、これが開拓村までの簡易地図。そして生息が確認されている生物図鑑と植物図鑑になる。くれぐれも、なくさないように」
そういって、監視長から手渡されたのは、A4サイズの紙に書き記された地図と、手帳サイズの図鑑。
航空写真を基にして編集が重ねられた、森林や草原、川や岩場といった場所が、一目でわかるように色分けされている非常に見やすい地図。製作者の丁寧さが窺える一品だった。そして図鑑に関してはギルド監修の記載がされている公式のもの。生息条件や特徴が事細かに載っており、手帳サイズなのもあってどこにでも持ち運べる優れもの。
「……この図鑑はもしかして、監視長が?」
「ああ。こう見えて、地図製作士の資格も持っていてね。外界の監視内容の報告の傍ら、地図の編纂もしている」
「それはそれは。仕事熱心な事で」
「そうでもないさ。……ここだけの話、この資格があれば給料も上がるのでね」
「あぁ……。所謂、資格手当とかいう」
「そういうことだ」
監視塔勤務の人間にも、そういう制度はあるらしい。
「さて、歩きながら状況説明と行こう。ここ近辺の状況についてだが……良いニュースと悪いニュース。どちらから聞きたい?」
「……それ、どっちにしろ問題は起きてるってことでは?」
「そうとも言うな」
監視長は笑顔で言っているが、全くもって笑いごとではない。
そんな状況でも、新米の冒険者を送り出さなければならない程に逼迫しているということ。
少なくとも、のんびりとはしていられなさそうだった。
「じゃ、悪いニュースからで」
「つい先日の事になるが、事前に観測されているモンスターとは別に、未確認のモンスターが出現したという情報が入った。詳細は不明。観測班も上空から観測を試みているが、未だ発見には至っていない」
「それすんごい問題では??」
「その通り。すんごい問題だ」
あ、意外とこの人ノリが良いな。と喉元まで出た言葉を青年は呑み込んだ。
モンスターの生息地域、魔素の濃度分布などは、具にギルドに報告され、地図の編纂に適用される。
その情報から新たなダンジョンの発生や、強力なモンスターの出現予測を予測し、調査クエストの発行が行われたりするのだ。
そして観測班が動いているということは、確実に調査クエストも発行されているはず。そんな場所に、右も左もわからない新人の冒険者が派遣される。傍から見ても、問題しかない現状だった。
「じゃあ逆に、良いニュースの方は?」
「未確認モンスターがいる現状を鑑みて、状況が落ち着くまでの間は全てのクエスト報酬金が増額される。また、クエスト受注中に周辺地域の状況を報告してもらえれば、更に増額」
「それは滅茶苦茶いいっすね!!?」
棚から牡丹餅。望外の金策の匂いに、青年は食いついた。
クエスト報酬金。
難易度や重要度に応じて設定されるこの金額は、実は額面通り貰える訳ではない。
特に養成校から冒険者になった者では、奨学金の返済をギルドに建て替えて貰った者が大半で、その報酬金から2割をギルドに納める必要がある。また、それとは別に支給品の申請やクエスト一時撤退など、事前申告なしに完遂が延びる場合では、報酬金が減額されてしまうのだ。なかなかどうして、懐が寂しい冒険者にはこれが痛い。
けれど報酬金が増えれば、生活に余裕が生まれる。食費や装備の費用を削って、難易度が低いクエストで足元を掬われる。また、余裕があれば装備の更新もできる。いいこと尽くめだ。
「今だけの特権だ、存分に使うと言い。……さ、後は外界に出るだけだが、最後に一つ、決めなければならないことがある」
「それは?」
外界に繋がる門の前で、二人は足を止める。
地図や図鑑といった支給品の他に、近隣の状況についても説明は受けた。後は外界に行くばかりだろうと思っていた青年に、監視長は相好を崩して話す。
「冒険者登録で使用する、名前だ。324番、では示しがつかないだろう? 番号ではない、君の名前を登録するんだ」
他コロニーからの避難民などではよくあることなのだが、避難元となるコロニーでの戸籍を含めた個人情報が纏めて消失していることが多く、戸籍を持たない者が多数存在する。無論後から発行することも可能なのだが、発行費用が高い上に継続的な収入源の有無といった審査もあるため、取得を躊躇う者も多い。
よって戸籍がない場合に名乗っていてもそれはあくまで自称であり、公的な文章に登録された正式な名前ではないのだ。青年の卒業した養成校でも、ほとんどの生徒は番号で呼ばれていた。
「名前、ですか……」
「そうだ。そしてこれはギルドで管理する正式な名前になる。……外界に行く者には、自由と、自分だけの名前を手にして行ってもらうことになっている」
外界の開拓村に行く者の多くは、コロニー内部で職に就けなかった者や、親の借金の所為でまともな生活を送れなかったものなど、理由は様々だ。そしてその多くは戸籍申請すらできない貧困層で、公的な名前がない者たちばかりだ。
生き残れる可能性は、コロニー内より少ないかもしれない。けれど、コロニー内よりも自由に生活することができる。これはそうした者たちに贈られる、ギルドからの少しばかりの計らいだった。
「名前。名前……かぁ。今更名乗るにしても。うぅむ……」
「はっはっは。存分に悩むといい。自分の名前だ、後悔の内容に決めなさい」
あーでもないこうでもないと悩んでいる青年を、監視長は微笑ましいものを見るように眺めている。
名前とは本来、親から子へ贈られるもの。こうあって欲しい、こういう子供になって欲しい。名前とは、そういった願いを込められて贈られる。それを自分自身に付けるのだ。親でさえ悩むもの、当人なら尚の事時間が掛かるのは仕方のない事だった。
「…………あぁ、いや。良い名前があったな。うん。そうしよう」
「ほぅ。決まったか。それで、どんな名前にするんだ?」
青年は得心した表情で、よし、と頷いた。
監視長の問いに、青年は屈託のない笑みを浮かべて答える。
「メグル。俺は今日からメグルと名乗ることにする」
「……メグル、か。良い名前だ。自分で手にした名前だ、大事にしなさい」
「もちろん」
そう言って二人は握手を交わし、青年――メグルは、門に向かって歩き出す。
ゴゴゴゴッ……と重厚な音を立て、監視塔から外界に繋がる重厚な門が開かれる。
ここから先は未知の領域。不安と高揚に胸を膨らませながら、メグルは冒険者としての一歩を踏み出した。
そんな彼が、外界に出て最初にやることは決まっていた。
「んじゃ取り合えず、毒の材料を探すか」
地図はある。行き方もわかる。
ならばその前に、フィールド探索と素材採集を。
巡り巡って何とかなる。
そんな行き当たりばったりな信条を胸に、ハクスラの民が外界に解き放たれた、
拙作を読んで頂きありがとうございます。
隙間時間の暇つぶしにでもなれば幸いです。
次回更新は気長にお待ちください。




