千年前の三人と終焉の約束
肺結核とは?
人は病を恐れる。
見えないものだから。
治せないと思い込んでしまうから。
千年前。
この世界でも「肺結核」は死の病と呼ばれていた。
長く続く咳。
血を吐くほどの激しい発作。
高熱。
痩せ細る身体。
そして、多くの者はこう言った。
「もう助からない」
「近づけばうつる」
「神の罰だ」
そうして患者たちは、人々から遠ざけられていった。
しかし、病そのものよりも恐ろしいのは、
「もう駄目だ」
と諦めてしまう心なのかもしれない。
白き賢医レオニス・ヴァレンハートは、誰も近寄らない患者の手を握り続けた。
「病人は罪人ではない」
「苦しんでいるなら救う」
「それが医師の務めだ」
そして現代日本で医師だった黒鯛拓真。
異世界で若き貴族医師となったタクト・フォン・レーヴェンもまた、同じ思いを抱いていた。
肺結核。
それは肺に感染する病。
咳や熱、血痰などの症状を引き起こし、放置すれば命に関わることもある。
しかし、治療法のある病でもある。
薬による治療。
安静。
そして、時には外科的な処置。
決して簡単ではない。
だが、希望を失う必要もない。
千年前に果たせなかった約束。
病に苦しむ忘れられた王女アイリス。
そして、友との誓い。
若き貴族医師タクト・フォン・レーヴェンは、再び「命を諦めない」という想いを胸に立ち上がる。
これは、病に立ち向かう者たちの物語。
そして――
千年を超えて受け継がれる、希望の物語である。
第十九話「千年前の三人と終焉の約束」
「また会えたな」
神を喰らう黒き王ネメシス。
その言葉に、タクトの胸は激しく痛んだ。
「君は……」
「誰なんだ?」
ネメシスは静かに笑った。
「酷いものだ」
「千年も経てば、友の顔も忘れるか」
大魔王ベルゼリオスが前へ出る。
「やめろ、ネメシス」
「今の彼はレオニスではない」
「タクト・フォン・レーヴェンとして生きている」
ネメシスは頷いた。
「分かっている」
「だから待った」
「千年もの間な」
◇◇◇
世界樹の中。
目覚めたアイリスは、静かに咳き込んだ。
「ゴホッ……」
リュミナリアが駆け寄る。
「アイリス様!」
「まだ、お身体が……」
タクトは驚いた。
「これは……」
長く続く咳。
呼吸の苦しさ。
胸の痛み。
「肺病……?」
ベルゼリオスは悲しそうに目を閉じる。
「千年前」
「友よ、レオニスも最後まで治療法を探していた」
「だが、あの時代では限界があった」
◇◇◇
タクトはアイリスの診察を始めた。
「レントゲンもない」
「CTもない」
「でも診れば分かる」
「肺の一部が壊死している……」
フィリアも顔を曇らせる。
「治るの?」
タクトは真剣な表情で答えた。
「薬だけでは難しい」
「場合によっては、病巣を取り除く手術が必要になる」
リリアが驚く。
「先生!」
「この世界にそんな技術は!」
「ない」
「でも作るんだ」
「医師だから」
◇◇◇
その言葉に、ネメシスは目を見開いた。
「変わらんな」
「レオニスも同じことを言った」
『治療法がないなら作ればいい』
『救う方法がないなら探せばいい』
『患者を諦める理由にはならない』
ベルゼリオスは涙を流した。
「友よ……」
「お前は千年経っても変わらぬ」
◇◇◇
その時。
タクトの脳裏に記憶が流れ込む。
白衣姿のレオニス。
若きベルゼリオス。
まだ人を憎んでいなかったネメシス。
三人で酒を酌み交わし、笑い合っている。
そして。
病に苦しむアイリス。
「レオニス様」
「私、怖いです」
「大丈夫」
「必ず治す」
「約束する」
しかし。
その約束は果たされなかった。
◇◇◇
「だから待っていた」
ネメシスが静かに語る。
「千年もな」
「友よ」
「今度こそ、アイリスを救え」
「それが俺たち三人の終焉の約束だった」
そして。
巨大な闇の奥から、何者かの声が響いた。
「くだらぬ」
「人間も魔族も、神々も」
「全て滅びればよい」
リュミナリアが青ざめる。
「そんな!」
「まさか……」
ネメシスが振り向く。
「来たか」
ベルゼリオスが鎖を引きちぎる。
「真の敵め!」
タクトも立ち上がる。
「まずはアイリスを救う!」
「それからだ!」
千年前。
白き賢医レオニス。
大魔王ベルゼリオス。
神を喰らう者ネメシス。
果たせなかった約束。
その続きを、今を生きるタクト・フォン・レーヴェンが受け継ぐ。
そして、
世界の終焉を望む「第四の存在」が、ついに目覚めようとしていた――。
第二十話「終焉を望む神と白き賢医の誓い」へ続く――。
登場人物
『転生しても貴族医師としてここを守る』第十九話までの主要人物です。
* タクト・フォン・レーヴェン
若き貴族医師。前世は日本の医師・黒鯛拓真。千年前の白き賢医レオニス・ヴァレンハートの魂を受け継ぐ。
* フィリア・フォン・レーヴェン
元フェルディア王国第一王女。タクトの妻。家族を深く愛する優しい女性。
* エマ・フォン・レーヴェン
タクトとフィリアの娘。明るく元気で、将来は医師を目指している。
* リリア・ノエル
タクトの弟子。元孤児。レーヴェン家の大切な家族。
* アリシア
黒月病を乗り越えた少女。古代の巫女リュミナリアの器となる存在。
* リュミナリア
千年前を知る古代の巫女。アイリス王女に仕えていた。
* アイリス・エル・フェルディア
千年前のフェルディア王国第二王女。肺病に苦しみながらも人々のために尽くした女性。
* レオニス・ヴァレンハート
「白き賢医」と呼ばれた伝説の医師。ベルゼリオスとネメシスの友。
* 魔王ヴァルゼノス
終焉の地グラ=ネヴァを治める魔王。ベルゼリオスの息子。
* 大魔王ベルゼリオス
ドレイゴーストの王。千年にわたり世界を支え続けた存在。
* ラグナ・ベルゼリオス
ヴァルゼノスの息子。ドレイゴーストを守護する青年。
* ネメシス
神を喰らう黒き王。かつてレオニスとベルゼリオスの友であった。
* バルディウス
聖光教会の大司教。過去の過ちを悔い、タクトたちに協力する。
* アリアンシア・エル=アルヴヘイム
エルフ女王。アイリス王女に恩義を持つ。
第十九話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回の物語では、「病」と「約束」が大きなテーマとなりました。
肺結核。
かつては多くの命を奪い、人々から「死の病」と恐れられた病。
そして千年前。
白き賢医レオニスは、苦しむアイリスに「必ず治す」と約束しました。
しかし、その願いは叶わず、時は流れます。
友を失った大魔王ベルゼリオス。
約束の続きを待ち続けたネメシス。
そして、その想いを知らぬまま受け継いだタクト・フォン・レーヴェン。
千年の時を越えて再び結ばれた三人の友情。
それは世界を救うための力となるのか。
そして、アイリスを救うという約束は果たされるのか。
次なる戦いの先に待つ「第四の存在」とは何者なのか。
若き貴族医師の物語は、まだ終わりません。
千年を越えた想いと共に、
希望の灯は、今もなお消えることなく輝き続けているのです。




