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終末、推しを拝みに行く  作者: 豊平ののか


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04 推し活ですけど

 日向は特に美人だとも自認していない。


 他人から見ても平凡だということは、先ほど(ラン)が言ったとおりである。


 ただ、極限状態において、人は変わると聞く。


 男は女ならば誰でもよくなる、というのも聞いたことがあり――日向は大声を出した。


「この変態! イケメンだからって、触っていいと思わないで!」


 カバンの中身が飛び出さないように閉める。


 水や食料などが入った重たいそれを、勢いよく嵐の頭をめがけて殴り付けた。


 途端――閃光のように、一瞬だけ眩い光が弾ける。


「なっ……!?」


 完全に不意打ちだった。


 後ろからかなり重たいものをぶつけられ、目くらましも受けて、嵐は手を離してしまう。


(今の光、何?)


 考える余裕はなかった。


 僅かに力が緩んだ隙に、日向は暴れて手から滑り落ちていくのだが――よく考えたら、木の上にいたのだ。


 高さは約三メートル。


 死にはしないだろうが、頭から落ちてしまう。


「いやぁぁ! 何なのよ!」


 叫びながら落ちているが、地面にはぶつからなかった。


 旭が素早く駆け付け、彼女の細身の体を受け止めたからだ。


「説明していなかったな。奴らは八咫烏と言う……国家の秘密機関だ」


 そうして真顔でまたおかしなことを言うので、日向はつい苛立ってしまう。


「もう、その設定はいいですから……!」


「設定ではない。そうか、君は庶民として暮らしてきたから、実感がないんだな」


「はい……?」


 旭はようやく、日向の状況を理解した様子だ。


 けれども、またその思考を自分だけのものとし、詳しい説明はしなかった。


 というより、そんな暇もなかったのだ。


 木の上から嵐が飛び降りてきて、二人の前に立ち塞がるからだった。


「いてて……お前、本当にアマテラスか? (スサノオ)が暴れただけで、引き籠もったっていう?」


 まだ痛いのか、後頭部を押さえながら叫ぶ嵐。


 旭は日向を抱き上げたまま距離を取ったが、相手もそれ以上に詰めようとはしなかった。


(もしかして、これってこの人たちの妄想じゃなくて、本当なの……?)


 認識した途端に、青ざめてくる。


 旭も嵐も、冗談を言っている様子は全くない。


 ようやく違和感に気付き始めた日向は、その話が真実である可能性に目を泳がせる。


 ただ、あまりにも漫画みたいな話で――右から左に信じられるようなものでもなかった。


「嵐殿……悪いが、八咫烏は信用できない。この状態で国家が元に戻ることは、おそらくないだろう。君も分かっているはずだが」


 そっと日向を下ろしてやりながら、旭は静かに言った。


「分かるぜ。ただ、まだ世界秩序(・・・・)どもが残ってやがる。俺は呪いをかけられてな……本心とは別に、奴らに従わされてたんだ」


「いつからその状態なんだ?」


「ガキの頃からだよ。俺がスサノオの転生者だって、お前のばあちゃんが組織にバラした時からだぜ」


 また意味の分からない会話が、二人の間で繰り広げられる。


 日向は困惑しながらも、それを聞いていた。


「よく分かんないんですが、私たち急いでるので……帰ってもらっていいですか?」


 面倒になったので、日向はそう言って嵐を追い払おうとする。


「あぁ? こんな世界でどこに行くってんだ?」


「推し活ですけど」


「んなもんできるかよ」


「できるんです。まぁ、教えませんけどね」


 得意げになって、日向は胸を張る。


 嵐からすれば、その主張の方が非現実的で妄想のようなものなのだ。


 可哀想なものでも見るかのように、彼は憐れみの目を向けた。


「ん、そう言えば……いつもなら頭に奴らの命令が入ってくるんだが、アマテラスに殴られてから途切れたな」


 ボリボリとまだ痛い後頭部を掻きながら、嵐は不思議そうな顔をする。


 先ほど殴った時に、光ったのも気掛かりなのだ。


 それは日向も思うところがあった。


 中に入っていたライトが反応したとしても、あんな光は出ないはずだ。


「彼、そういう病気なんですか? ほら、妄想と現実の区別がつかない系の……」


 それでも、あまり考えないようにしていた。


 日向は別の方面で心配になってきて、旭に確認する。


 頭の中に命令が入ってくるなんて、そうとしか思えなかったからだ。


「違ぇよ! おい、旭。ガチでそいつに教えてねぇの?」


 すると旭が答えるよりも前に、嵐が大声で遮るように否定する。


「衛星写真を見せたが、あまり信じていないようだ。あまり現実を突き付けても可哀想なので、そのままにしている」


 旭は彼にとっての事実をそのまま述べた。


「そうか……推し活とか言ってるし、なんかこう、哀れだな」


 再び生暖かい目を向ける嵐。


 二対一のような状況で、日向は不利だった。


(私が逆に、頭おかしい扱いされてる!?)


 彼らの中の常識や現状の理解はさておき、哀れな扱いをされたニュアンスは何となく伝わる。


 日向はそんな二人に苛立ってくるが、さっさと推しに会いに行きたい気持ちの方が大きかった。


「はいはい、理解しなくていいですよ。ってことで、私はただの人間ですから。アマテラスやスサノオの方が妄想です! もう、一人で行きますから!」


 これまでは日向も付き合ってやっていたが、自分の大事な領域を汚されたような気がしてくる。


 ふつふつと怒りが湧いた。


 多少なら我慢できたが、推しを否定された気がして――彼らの言葉を否定してやり、離れることにしたのだ。


「待ってくれ。俺が悪かった……きちんと説明していなかったからな」


 旭が慌てて引き止める。


 彼は変わっているが、誠実なのは確かで、その際も無理に腕を掴むことはしない。


 日向はくるりと振り返った。


「有栖川さん、貴方は何者なんですか……?」


 口をついて出たのは、ずっと思っていた疑問。


 転生者だとか八咫烏だとか、厨二病のような言葉が飛び交うわりには、彼自身は精神的に大人だ。


 その不和と、非現実的な言葉の数々は、どうしても腑に落ちなかった。


「俺は……八咫烏と言われる、国家機密組織の一員だ。有栖川家という、強い異能を持つ一族の長男だな」


「そんなの、信じるとでも?」


「そうだな。百聞よりは一見か」


 堪忍したように、旭は目を伏せる。


 日向が納得して付いてきてくれているのだと、彼は思っていたのだ。


 それでも、ここに来て不信感を抱かせてしまった。


 本質を披露し、信用を得るしかなくなったのである。


 旭は刀を取り出すと、袖を捲くって自分の腕に刃を当てた。


「ちょっ、危な……」


 日向が止めようとするも間に合わず――豪快に切ってしまい、かなりの量の血がこぼれ落ちた。


 旭は表情一つ変えない。


 出血していることも、痛みにすらも、何も感じていないかのように。


 一瞬だけ、沈黙が流れた。


「やめてください! いくら何でも、責められたからって自傷行為だなんて……」


「これは実践だ。見ておいてくれ」


 日向は自分のせいで彼が自傷したのかと思ったが、本人は至って冷静だ。


 刀を置き、傷口にもう片方の手を翳す。


 そこからライトを当てているかのように、光が傷口に差し込んで――みるみるうちに、怪我は治っていくのだった。


「は!?」


 これには日向も二度見、三度見をして、何らかのマジックではないかと疑う。


 だが、切っているところはきちんと見ていたのだ。


 置かれた刀を触ってみても、細工がしてあるとは思えない。


 有り得ないはずなのに、確かに起こった出来事だ。


「これは有栖川家の能力の一端だ。落ちこぼれの方なんだがな」


 旭は淡々としており、傷が塞いだのを見せてから、捲っていた袖を元に戻した。


 静かに刀をしまい、何事もなかったかのように凛と立つ。


「そんなのって……いや、見たものは信じることにしますけど、有り得ない……」


 見たとしても、日向はまだ半信半疑だった。


 そんな魔法みたいな力があれば、誰も苦労なんかしないのだ。


「開花させりゃ、お前も使えると思うぜ。拷問まがいの訓練が必要だろうが、お前はアマテラスだしなぁ。才能はあるはずだ」


 スサノオの転生者だとされる嵐は、がさつに笑いながらそう言った。


「前世の記憶とかがなくても、ですか?」


「あぁ。俺も前世の記憶なんてそんなにねぇしな。伝承でお前を知ってるくらいだ」


「そう、ですか」


 しばし、放心状態になる日向。


 これまでの常識が覆される感覚に、頭がおかしくなりそうだ。


 彼らにまた背を向けると、カバンを開いてぬいぐるみを取り出し、それを抱きしめてブツブツと語った。


「シンシアちゃん……夢でも見てるのかな……変な男ばっかりだよ……」


 シンシアだけが拠り所で、縋るように逃避する日向。


 そんな彼女に、旭と嵐は顔を見合わせてため息をつく。


「ガチなんだってば。んで、俺は呪いで言うこと聞かされてるってわけで……」


 後ろから覗き込むようにして、嵐は日向特製のシンシアぬいぐるみを見る。


 すると日本人らしからぬバイオレットの瞳を見開き、しばらくそのぬいぐるみを見つめて手を伸ばした。


「それ……」


「何ですか? あげませんよ」


 日向は怪訝そうに距離を取り、ぬいぐるみをしっかり抱きしめる。


 そこで我に返った嵐は、伸ばしていた手を引っ込めた。


「いや、似てるだけだよな……」


 動揺したように目を泳がせると、彼は日向たちから距離を取って背中を向ける。


 旭は無言だったが、嵐が何を言いたいかを悟ったように目をそらした。


「俺もこの状態がいつまで続くか分かんねぇ。どうも、奴らはツクヨミの力を手に入れようとしてるんだ。この辺りに目星をつけてて、総出で探してるみたいだぜ」


 今は一時的に自由になったのだと、嵐は言っていた。


 設定なのか本当なのかは定かでないが、少なくとも今の彼に敵意はない。


「やはり……実は、色々と心当たりがある。俺はそれを確認しに行く」


「場所は?」


「言わない。君がまた組織に従うことになるなら、リスクでしかない」


「ま、賢明だな」


 探るように問いかけながらも、嵐は深追いせずに後ろ手で手を振った。


 それから倒れている四人を、両手で二人ずつ持ち上げる。


「じゃあな。俺はお前らを取り逃がしたことにする。こいつらの記憶も消しとくわ」


 そう言うと、嵐は人間離れした跳躍力で舞い上がった。


 それから木々を伝い、日向たちとの進行方向とは逆の方へと消えていくのだった。



 残された日向と旭は、少し気まずくなる。


「あの……ごめんなさい。有栖川さんはずっと訴えてたのに、妄想だって決めつけてました」


 ぬいぐるみをカバンの中に丁寧にしまい込むと、日向はばつが悪そうに頭を下げる。


 どういうことか腑に落ちないが、少なくとも旭が常識を超えた人だということは分かったのだ。


 とはいえ、まだ自分事と処理しきれていない面もあるのだが。


「いや、仕方ない。市井では異能もただのオカルトだろうからな。それを理解していながら、説明を省略した俺に非がある」


 恐る恐る顔を上げると、いつもの無表情な旭の顔があった。


 怒っている様子もなく、日向はただ安堵する。


「でも、アマテラスの転生者とか……まだ信じられません。それって、神様ってことじゃないですか」


 頭ではおおよその事情は整理できた。


 それを自分事として捉えるのは、まだ日向にはできなかったのだ。


「そうだな、根拠はない。俺も嵐殿も、ただ何となく感じるだけだからな」


「でしょう? それに、神様って美形だと思うんです。あの荒木さんという人も言ってましたけど、私って平凡な顔ですし」


「そうか? 綺麗な顔立ちだと思うが」


 特に深く考えず、旭は日向をじっと見て言った。


 彼に悪気も下心もなさそうなのに、そうされると嫌でも意識してしまうものだ。


 男性にそんなことを言われたのも初めてで、顔が熱くなってくる。


「はいはい、お世辞はいいですから! さっさと行きましょう。貴方のバイクがもし無事でしたら、かなり時短できそうですしね!」


 この話題を続けるのも不毛だし、あまり意味のないことだ。


 根掘り葉掘り聞いてもいいが、実のところ日向はあまり世界に興味がない。


 ただ、推しに会いたいという目的を果たすのみで――深い事情は探ろうとしなかった。


(アマテラスとか言われても、私は私だもん……人がたくさん死んでるのは分かるのに、特に感じてないし。こんなの、神様なんかじゃないよ)


 避難所でのことだってそうだ。


 周りは悲しんでいたり、不安がっていたのに、日向はどこか別世界の出来事のように感じている。


 今ですらそうで、推しに会うことしか考えていないのだ。


 そんな自分を客観的に見た時に、カバンを握る手が震えた。


「そうだな。もう少しで市街地の辺りまで降りられる。ホテルはそう遠くはない。バイクがあれば、今日中には神社に着くかもな」


 旭は日向のことを全く意識していないようだ。


 話題が変わると共に、それに適応して地図を広げる。


 猫寺からかなり歩いたものの、まだ荻市から出られていない。


 歩いて西京市の月読神社まで向かうには、最低でも六時間はかかりそうだ。


 しかもこの暑さになると、ノンストップで歩き続けるのは非現実的だった。


 道は険しいかも知れないが、バイクならば多少の小回りは効く。


 途中で休み休み押して走れば、何とか到着しそうな見込みだった。


「バイクが無事であることを、祈るのみですね……」


「大丈夫かと。ホテルは少し高台にあったしな。津波には呑み込まれていないと思われる」


「そうなんですね。それなら安心です」


 思えば、日向は人生の中でバイクに乗ったことは一度もない。


(バイクって、有栖川さんに密着しないと乗れないんですかね……)


 旭のことは嫌いではないのだが、昨日出会ったばかりの変な他人だ。


 少し変な気がしたが、意識しないように蓋をした。



 森の中を歩いていると、急に旭は立ち止まる。


「しまった……バイクだが、大事なことを忘れていた」


 何やら神妙そうな面持ちでそう言い出したのだ。


(うわ、嫌な予感……)


 鍵がないのか、燃料がないのか――日向は色々と考えて、身構えるのだった。

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