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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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5-5 決着?

 ユグドラシルの魔境の一角に突如現れた妙に威圧感のある杉の森で、ドラゴンのような顔に牛の角とライオンの鬣を備えた七メートルの緑色の巨人フンババと交戦している。


 フンババのまとう七層の光輝メラムは、自動で修復される厄介なバリア。


 けど、その一番外側のメラムはなんとか破壊できた。


 私は心から全力で、歓喜の叫びを口にしたいところだけど、それはできない。


 なにしろ、目障りで忌々しいメラムは、あと六層もあるのだ。


 道半ばというより、まだ序盤だろう。


 ……一気に、どんよりと冷たい鉛を飲み込んだかのように気持ちが重くなる。


 それに、攻撃の手を止めるわけにはいかない。


 メラムには回復能力がある。


 つまり、かなりの確率で、フンババに時間を与えれば、せっかく破壊したメラムが回復する可能性があるということだ。


 さっきのようなことをあと六回繰り返せばフンババのメラムをすべて破壊できる。


 ……まあ、それでも、破壊できるのはメラムだけで、無傷のフンババが残るんだけど……少しだけうんざりとした気持ちになった。


 生身のフンババ自身が、メラムより頑丈だったどうしよう?


 ……下らない杞憂だな。


 まずは、メラムをすべて破壊してから悩むべきだ。


 とはいえ、さっきの相打ちを何度も成功させる必要があると考えると、眼前にいくつもの高い壁が立ちはだかり、心臓を凍える手でつかまれたような気分になる。


 ……ダメだ。


 一度、素早く深呼吸をして、弱気を吐き出せたと思い込む。


 成功させるしかないのなら、成功させるだけだ。


 失敗の可能性なんて失敗してから、考えればいい。


 自分で自分を鼓舞するように全力で走り出し、左右の手に構えた双剣スタイルの破魔鋼の大鉈を連続で振るう。


 時々、ブリュンヒルデたちに前衛を押し付けたりしながら、相打ちを狙うタイミングを見定めていたときに、なんとなく違和感を覚えた。


 すぐには、分からず、私は少しだけフンババから距離を取り観察する。


 そして、気が付いたのだ。


 フンババが弱体化している。


 もちろん、弱体化といっても、わずかな能力の低下だ。


 ……威力と速度が少し弱くなっている。


 それでも、フンババの一撃には即死級の攻撃力があるのは事実だ。


 けど、コンマレベルの弱体化でもありがたい。


 気づきを確信にするために、私はさらにフンババに攻撃を加えた。


「殿下、フンババのメラムは単純なバリアじゃなくて、バフ効果があるようです」


 私はこの場にいる全員に聞こえるように声を張る。


「ほう、なら、メラムを破壊するほど、我々は有利になるのか」


 言いながら白銀の鎧を装備したハイラムが、青い大剣をフンババに振るう。


「確かに、フンババの反応がワンテンポ遅い……か?」


 ハイラムの声からは微妙に迷いを感じる。


 分からなくもない。


 フンババは弱体化しているけど、誤差のレベルともいえるのだ。


「闇の腕よ!」


 チャルネトが杖の先端を地面に突き立て、フンババの影から闇属性の魔法の黒い腕が伸びて拘束する。


 属性トレントの弓で火をまとわせた矢をハルルフェントが、機関砲のように連続で放つ。


「グガアアアアアァァァーーー!」


 フンババが叫び、黒い魔法の腕を引き千切り跳躍する。


「確かに、弱体化しています。ですが、過度に相手を侮らないように」


 チャルネトが、次の闇属性の魔法を構築しながら言った。


 ただ、フンババが弱体化した分、メラムの動きを集中して観察できる……ような気がする。


 着地直後のフンババのメラムを極限まで見据えた。


 自身の動きと相打ちを成立させるための力の伝達。


 一瞬を切り分け、検討。


 噛み合う一瞬を思考して、思考して、思考して、予測。


 導き出された解をなぞるように動く。


 破魔鋼の大鉈が左右からフンババの足首を捉えた。


 フンババのメラムが、苦痛にのたうち回るように激しく揺れる。


 けど、メラムは消えない。


 相打ちは成功したけど、メラムを破壊するのには届かなかった。


 でも、その直後のブリュンヒルデたちの連携攻撃の連続で、フンババのメラムが砕けた。


 フンババのメラムはあと五。


 だけど、すぐに私たちはフンババを攻められない。


 ……フンババに変化があったから。


 それも、先ほどまでのような、微妙な弱体化よりも分かりやすい変化だ。


 なにしろ、二つ目のメラムを破壊されたフンババの体の大きさが明らかに縮んだから。


「……フンババが小さくなった? ハイラム殿下、ギルガメシュ叙事詩に出てくるフンババは小さくなるのですか?」


 私の言葉に、ハイラムが戸惑うような声で応じる。


「いや、そんなことはないはずだ」


「これは、単純な弱体化? あるいは第二形態?」


「わからん。だから、油断するなよ」


 そんなハイラムの警句は、ブリュンヒルデたちにとって無意味だろう。


 実際、フンババが小さく、遅く、弱くなったのなら、こちらにも余裕が生まれる。


 ただし、それは油断と表裏一体だ。


 ヴァルキリーの一体が、深く踏み込みすぎて回避のタイミングを間違えて、頭をかじられて死亡した。


 フンババが小さくなったことで射程が短くなり、攻撃の威力が下がり、動きが遅くなったけど、それはフンババが私よりも格下のザコになったというわけじゃない。


 現状でも格上の強敵だ。


 先ほどまでよりも、フンババが相対的に弱くなっただけ。


 ただ、それ以外にも、気づいたことがある。


 どうにもメラムが弱くなっている気がするのだ。


 といっても、時間経過でフンババを覆うメラムが弱体化しているわけじゃない。


 フンババの七層のメラムは外側のものが一番強いのかもしれない。


 それなら、メラムはより壊しやすくなり、メラムを壊すほどフンババは弱体化される。


 まあ、相対的な話であって、フンババは強いし、メラムが頑丈だ。


 それでも、油断しない程度に、前向きになるのは悪くない……だろう。


 私たちは、フンババが予想外のなにかをしないか警戒しながらも、攻撃していき順調にメラムを破壊していく。


 そして、一時間後にフンババがまとうメラムは一層だけになった。


 ただ、被害もゼロじゃない。


 ……いや、厳密にはゼロか?


 ブリュンヒルデたちの仲間のヴァルキリーの多くが死に、ブリュンヒルデ以外に生き残っているヴァルキリーは一体のみ。


 戦力ダウンだけど、本音を言えば少しだけありがたい。


 今はフンババを倒すために共闘してるけど、ブリュンヒルデたちは魔物であり、フンババが倒れれば私たちと交戦することになるだろう。


 ブリュンヒルデたちに負けるとは思わないけど、打算によって共闘した相手であっても、一度は命を任せた相手を殺したくはないものだ。


 油断?


 余裕だ。


 フンババの変化が大きい。


 大きさが四メートルまで縮み、初期状態のフンババに比べて攻撃力や速度も三割以上低下している。


 そして、メラムというバリアのような力場への相打ちに慣れてきた。


 ただ、不思議なことに、フンババに残された一番最後のメラムが厄介だったりする。


 これまでの流れに逆らうように、弱くなるどころか、最後に残されたメラムは一番頑丈なのだ。


 具体的には、短い間隔で相打ちを連続で成功させないと最後のメラムの破壊は難しいだろう。


 もちろん、通常攻撃を積み重ねてメラムを破壊する手もあるけど、その手数はかなり膨大になり、あまり現実的じゃない。


 それに、最後のメラムは回復能力も一番高いから、攻撃の間隔をあけられない。


 ヴァルキリーの数が減ったのも地味に痛かったりする。


 攻撃の手数だけじゃなくて、フンババのヘイトを引き受けてくれるヴァルキリーたちの存在はありがたかった。


 フンババが弱体化して対処しやすいのに、攻撃を狙うのが少し難しい。


 けど、その程度だ。


 大鉈二刀流というスタイルにも慣れてきて、色々とかみ合ってきている。


 ある意味で私の大鉈二刀流は、強化された身体能力でしている力任せな部分があるけど、それでいいのだろう。


 細かい制御や駆け引きを混ぜるようなスタイルじゃない。


 猛き暴風のごとく力に逆らうことのなく左右の大鉈を振るうのが正解。


 攻撃を加えて距離を取ろうとしたブリュンヒルデに、拳を振り下ろそうとするフンババの足首を狙い左右の破魔鋼の大鉈を挟むように振るう。


 私の相打ちが成功し、フンババのメラムが大きく揺らぐ。


 下がる私に合わせて、飛び出すハイラム、ハルルフェントとチャルネトの遠距離攻撃がさらにメラムを削る。


 私は少し離れたところで呼吸を整え、フンババのメラムを観察しながら、次にくる一瞬に反応するために、静かに脱力していく。


 周囲の状況、フンババの動き、メラムの揺らぎ、すべてを脳裏に浮かべて、集中して、集中して、集中する。


 その瞬間、脳が理解するよりも速く私の体は動き出した。


 好機を逃さぬために。


 フンババの意識はハイラムに向いていて、私に注意すら向けていない。


 それでも、油断なく警戒しながら、突進して左右の大鉈をフンババの足首に振るう。


 かなり弱まり乱れながらも、一瞬だけメラムの揺らぎが穏やかになった。


 そのタイミングで一人相打ちを成功させたのだ。


 フンババを覆う最後のメラムが消えた。


 ……けど、その瞬間、私の魂の奥底まで貫くような悪寒が走る。


 訳も分からず全身から冷汗が流れて気持ち悪い。


 そして、フンババの姿が見えたと思った次の刹那には、フンババの一撃で生き残っていた最後のヴァルキリーの上半身が粉々に吹き飛び鎧と血肉の欠片を周囲に撒き散らす。


 憤怒の表情を浮かべて攻撃を加えたブリュンヒルデは、即座にフンババの反撃の手刀で左腕を切り飛ばされた。


 フンババが強すぎる。


 七層のメラムをすべて失ったフンババは三メートルほどの大きさになったけど、弱体化どころか攻撃力と速度は現状が一番強い。


 これが、ドラゴンの顔に牛の角を生やしてライオンのような鬣の三メートルの緑色の巨人フンババの真の姿。


 斧スキルと伐採スキルからの感覚からして、現状のフンババの防御力はメラムほど理不尽じゃなさそうだ。


 破魔鋼の大鉈を当てればダメージは通るだろう。


 ……まあ、当てられればだけど。


 それに、どうにも、フンババの動きが洗練されているような気がするのだ。


 そう、今までの力任せの適当に手足を振り回すような攻撃じゃない。


 ……もしかして、メラムと巨体はフンババにとって足枷や拘束だった?


 ……曖昧な妄想だな。


 今は現実に対処すべきだ。


 差し当っては、死にかけているブリュンヒルデをどうするべきか?


 片腕となり戦闘能力を大きく低下させたブリュンヒルデのために、フンババに攻撃する?


 繰り返すけど、人型で女性のような外見だけどブリュンヒルデは魔物だ。


 フンババを倒した後に、ブリュンヒルデが生き残っていたら、結局殺すことになる。


 戦力としての価値なし。


 助ける意味もない。


 …………そのはず、なんだけど、ね。


 気づいたときには、恐怖の鎖を引き千切って全速力で駆けだし、フンババの首に左右の大鉈を挟むように振るっていた。


 愚行だ。


 それでも、見捨てるのは嫌だった。


 だって、それはあまりにもダサいから。


 ここでブリュンヒルデを見捨てるような存在にはなりたくない。


 だから、フンババの首を切り飛ばすつもりで、相打ちを狙った。


 そして、伐採スキルが告げている。


 命中すればフンババの首が飛ぶと。


 フンババの真後ろから、完璧なタイミングで左右の破魔鋼の大鉈を振るった……はずだった。


 破魔鋼の大鉈の刃がフンババの首を捉える直前で、フンババは振り返り、裏拳を跳ね上げるような軌道で放つ。


 不快な金属音と共に、二つの破魔鋼の大鉈が私の手から吹き飛ばされる。


 破壊された?


 ただ、手から離れただけ?


 不明。


 それよりも、現状に対処を。


 左右の腰からフレイ鋼の鉈を抜き構える。


 フレイ鋼は破魔鋼以上の合金だけど、大鉈よりも一撃の威力を出せない鉈という形状で、フンババに通用するのか?


 というか、フレイ鋼の鉈を抜いたのはいいけど、私の心身は安定していない。


 防御、回避、反撃、どれも実行できる体勢じゃない。


 …………詰んでる。


 重く不快な感覚にだけ包まれて、全身の気持ち悪い生温かい汗だけはしっかりと感じてしまう。


 覚悟をした。


 ……でも、フンババの私への追撃はなかった。


 満身創痍の片腕のブリュンヒルデが、フンババを背後から奇襲して、反撃の一撃を受けて肉片となり散ってしまったのだ。


 ……魔物のブリュンヒルデが私をかばった?


 なぜ?


 けど、状況は悪いまま。


 攻撃をしかけるハイラムに合わせるように、私もフンババに攻撃をしかけ、ハルルフェントとチャルネトの援護も飛んでくるけど、軽々とフンババに対処されてしまう。


 相打ち?


 狙う余裕がない。


 一秒の生存に自身の全リソースを注ぐ必要がある。


 呼吸のタイミングですら厳しい。


 というか、身体強化を覚えたハイラムが、片手間に追いつめられていることに、心が絶望色に染まりそうになる。


 でも、この均衡は後一分も維持できないだろう。


 なにか、手段は?


 自分にできること、ハイラム、ハルルフェント、チャルネトの能力と装備を思い浮かべる。


 ……ない、思いつかない。


 穏やかな諦めの足音が、私の心を舐める。


 ……けど、死にたくない。


 私の願いを誰かが聞いたのかもしれない。


「よう、下等生物、オレに力を貸せ」


 上空から爆音と共に、墜落するように飛来した黒い影が、フンババの頭を粉砕した。


 その影は、発情ドラゴンとバカにしていた、フレースヴェルグに負け続けている黒いドラゴンだった。 

次回の投稿は10月9日金曜日1時を予定しております。

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