4-17 アンデッドの花園
凄い。
素直にそう思える。
相手はアンデッドの魔物デュラハン。
それでも感動すら覚える。
強さでいえば私はデュラハンよりも上だ。
負けることはないだろう。
だからこそ凄いのだ。
赤い毛細血管のような模様のある深紫色の破魔鋼の大斧の一撃を、このアンデッドの首のない黒騎士は戦斧で綺麗にさばく。
手抜きなしの一撃を五回やってすべてさばかれた。
倒すだけなら、五パターン以上思いつく。
けど、それはつまらない。
というかもったいない気がする。
破魔鋼の大斧を収納袋にしまい、腰の左右に帯びた深緑色のフレイ鋼の鉈の一つを抜いて右手に構えた。
これは自己満足でしかない。
脱力しながら、斧スキルを起動して集中力を高める。
でも、悪臭で自由な呼吸が阻害されるから、微妙に集中しきれないような気がしてしまう。
「いくぞ、デュラハン」
全身を素早く反応させて、踏み込みから、重心移動、軸の回転、しなって螺旋のような力の伝達がフレイ鋼を振るうという一つの動きに昇華される。
油断なく、遅滞なく振るわれた一撃。
しかし、私の振るったフレイ鋼の鉈はデュラハンを捉えることができなかった。
デュラハンは半歩身を引きながら、戦斧で綺麗にフレイ鋼の鉈の一撃をさばいてみせたのだ。
「マジか」
まさしく感動。
戦斧の角度とタイミングがわずかでもズレていたら、戦斧は私のフレイ鋼の鉈で両断されていた。
自然と口角が上がる。
だから、思う。
デュラハンよ、もっと見せてくれ。
そして、想定以上であれ、と。
デュラハンが、凄いのはわかる。
けど、それだけ。
その根幹がわからない。
だから、知りたい。
私が斧を極める糧となれと、切に渇望する。
私は止まることなく、フレイ鋼の鉈を連続で振るう。
牽制やフェイント、高速ステップによるかく乱は使用していないけど、手加減は一切ない、本気だ。
私の方がデュラハンより、一撃の威力と速度で上回っている。
なのに、デュラハンは私の一撃をさばき続けた。
デュラハンにさばかれた回数が二十を超えたとき、少しみえた気がする。
なにが?
デュラハンの上手さの理由。
それは下半身の使い方だ。
といっても、蹴りとかそういう意味じゃない。
格上の一撃をさばく技術だから斧の扱う上半身が重要と思いそうだけど、下半身と踏み込みやステップと上半身の動きの連動が見事なんだ。
私もやっていはいる。
でも、デュラハンのものに比べると、私のはつたない児戯に思えてしまう。
だから、学ぶ。
全身全霊でデュラハンの動きを分析して、自分の動きに組み込んでみせる。
「アハハハ」
右手に握ったフレイ鋼の鉈を振るいながら、デュラハンの動きを観察する。
一撃ごとに分析して、反映して、修正していく。
踏み込み、ステップ、軸と重心、上半身の動きの遅滞なく、淀みのない連動。
強くなったというより、無駄を削ぎ落して、より動きが洗練されていくような気がする。
だから、感謝の意味を込めてフレイ鋼の鉈を鞘にしまい、収納袋から破魔鋼の大斧を取り出して装備した。
破魔鋼の大斧を横に振るう。
デュラハンは黒い戦斧でさばこうとするけど、デュラハンの下半身を見てタイミングを合わせて、大斧の振りをさらに加速させる。
タイミングのズレはコンマレベル。
けど、致命的で決定的だ。
黒い片刃の戦斧ごとデュラハンを輪切りにする。
デュラハンが魔力の粒子になり、黒い闇属性の魔石だけが残っていた。
デュラハンの足さばきを学んで、一撃の威力が上昇したというよりも、隙や無駄がなくなり、体への反動も減ったようだ。
地味なようで、なかなか有用な技術だろう。
しかし、それはそれとして、思うことがある。
ここまで倒した魔物のドロップアイテムがほぼ魔石。
魔石には需要が常にあるから、用途の限られている物がドロップするよりも、利益にはなる。
でも、ワクワクがない。
どんなアイテムがドロップするかとか、楽しんだりできないでいる。
一応、デュラハンを倒すと武器をドロップすこともあるらしいけど、性能的にはベルセルク鋼以下で魔石以下の価値しかない。
まあ、アイテム収集が目的じゃないからいいんだけど。
そう、目的はハイラムの息抜きだ。
だから、ハイラムが前に出て戦うようになった。
全身を隙間なく白銀の金属の鎧で身を包んだハイラムは、四方八方から襲い掛かってくるデュラハンたちを青い刀身の大剣で切り伏せていく。
どうやら、常闇の城塞都市のなかでもデュラハンが出現するエリアのようで、武器が剣、槍、斧のどれかを装備していて、徒歩か、首無しウマに騎乗しているか、二頭の首無しウマが引く戦車に乗っているかの違うパターンのデュラハンが出現する。
けど、デュラハンは例外なくハイラムの一撃で魔力の粒子に変わってしまう。
ハイラムが強いのは知っていた。
でも、予想以上だ。
正直、最近、忙しかったハイラムとの実力差は縮まっていると考えていた。
現実は逆だ。
差が開いている。
この差が単純なレベル差なら、そこまで驚かない。
けど、それだけじゃない。
ハイラムの実力は、レベルやスキルレベル以外の部分でも強くなっている。
動きがより洗練されたものになっていた。
簡単にいうなら、デュラハンの動きの上位互換。
ただ、現状だとハイラムの動きは洗練されすぎて、私がすぐに模倣するのは難しいだろう。
それに、ハイラムは有能で努力家かもしれないけど、物凄い忙しいはずのハイラムが強くなっている。
つまり、それだけハイラムが本気で邪神の使徒を警戒して対処しようとしているのだ。
私もハイラムの言葉を疑っていたわけじゃないけど、危機感が少し足りていないのかもしれない。
斧を極めるにしても、世界が存在していることが前提なのだ。
世界が滅びたら、そもそも斧を極めるなど不可能。
もう少し危機感を持ったほうが良いのかもしれない。
そんなことを考えてると、目の前に黒い大きな城門が見えていた。
城門の前には、身長三メートルほどの黒い騎士。
この黒騎士は、デュラハンと違い首がついている。
ハイラムによれば、こいつはデスナイトという魔物らしい。
強さ的にデスナイトはヴァルキリーと同じくらいなのだそうだ。
ハイラムとデスナイトのハイレベルな戦いを見れると思ったのに、
「では、こっちだ」
と言ってあっさりとハイラムは、城門の前にいるデスナイトを無視して、別の道に進む。
デュラハンを倒しながら進むと都市部から、花園へと変化する。
城塞都市なのに、広大な花園が存在して、頭が混乱してしまう。
そもそも、なぜか、花園に踏み入れると都市部から常に見えていた城壁が見えなくなってしまった。
都市部と花園で、同じダンジョンだけど別の空間扱いなのかもしれない。
まあ、理解不能なダンジョンの理不尽現象はこれが初めてじゃない。
納得できないけど、流すように受け入れる。
しかし、それよりも重要なことがあって、少し臭いが楽になったのだ。
カビや腐敗臭のような最悪の悪臭が減って、花の匂いが濃くなる。
視界には同じ花が無数に咲いていて、美しいのにわけもわからず不安になってしまう。
咲いているのは、鮮やか赤い彼岸花。
綺麗なんだけど、夜の闇夜でも赤く輝く彼岸花は、不気味だと思ってしまう。
そんな彼岸花が視界一杯に広がっていると、不安を覚えるほどの威圧感すらある。
変化はそれだけじゃない。
都市部で出現していたデュラハンがいなくなる。
その代わりに出現するのはボロボロの貫頭衣を着た生気を感じさせない土気色の肌の人型の魔物。
身長は私と同じくらい……だと思う。
断言が難しいのには理由がある。
この人型の魔物には人の頭がないのだ。
けど、デュラハンと違って、頭部がないわけじゃない。
…………いや、あれは頭部だろうか?
首から一凛の大きな赤く輝くの彼岸花が咲いているのだ。
この魔物の見た目は、かなり不気味で、心の底からどうにも不安を増幅させるような生理的嫌悪感を覚えてしまう。
足は素足で、貫頭衣だけ着て、手には剣や槍などの武器を装備している。
この頭が彼岸花な人型の魔物は死花兵。
アンデッドでありながら、植物系の魔物でもある。
その証拠に、伐採スキルが反応するのだ。
ハイラムによれば死花兵の強さは、ベルセルク以上ヴァルキリー以下らしい。
ハイラムが剣を装備した死花兵と戦っていると、もう一体の槍を装備した死花兵が迫っていたから、私が破魔鋼の大斧を手に間合いを詰める。
死花兵と十合ほどやり合うと、違和感を覚えた。
見た目は、頭が彼岸花というだけの粗末な格好の魔物だけど、ベルセルク以上の力とウールヴヘジン以上の速さをしている。
でも、それ以上に死花兵の装備してる武器が普通じゃない。
似たような感覚に覚えがある。
おそらく、翠美鋼に類似した重量軽減と空気抵抗の軽減を備えた性能の武器。
けど、死花兵の武器は翠美鋼と違って、破魔鋼の大斧と切り結んで壊れない性能をしている。
とはいえ、死花兵の動きは、デュラハンと違って直線的で単調、速くて重いだけ。
……ああ、死花兵の動きの単調さは、トレントの枝の対処しているときと同じ気分になる。
植物系の魔物は動きが単調になるのだろうか?
……いや、そうでもないか。
バロメッツは結構小賢しいことをしてくる。
でも、だからこそ、対処は容易。
油断なく、冷静に、リズムと呼吸を整えていく。
臭くないのが物凄いありがたい。
自然に呼吸するだけで、何倍も戦いやすくなる。
死花兵の人型というのも、私にとっては有利だ。
相手の体の動きから、次の動きを読みやすい。
当然、そうなると、相手のリズムを外して、起点となる動きを阻害して崩していける。
アンデッドだからなのか、追いつめられても死花兵は焦らないけど、予想外の行動をしないから私にとってメリットでしかない。
「ギョエエエェェェ!」
破魔鋼の大斧で縦に両断した死花兵が、頭が彼岸花で口も声帯もありそうにないのに、生理的な嫌悪感を刺激する悍ましい叫び声を上げる。
確かに、死花兵を両断した手ごたえは独特で、ゾンビと樹木を切ったときの感触を合わせたような微妙な感覚だった。
しかし、ここから普通じゃない。
両断した死花兵の体は崩れて彼岸花の花園のなかに消えてしまった。
ダンジョンで倒した魔物は、魔力の粒子となって消えるはずなのに。
しかも、丁寧に彼岸花の花園をかき分けて探すけど、ドロップアイテムが見つからない。
そんな私に、
「死花兵は倒してもドロップアイテムはないぞ」
とすでにもう一体の死花兵を倒しているハイラムが言った。
「ドロップアイテムがない?」
不思議に思い首を傾げる私に、ハイラムが応じる。
「ああ、死花兵は、あくまでも死霊樹という魔物の子機のようなものだからな」
「子機ですか?」
「ああ、トレントにとっての枝のようなものだ。どれだけ切り落としても、魔物を倒したことにはならない」
ハイラムの言葉を自分なりに咀嚼する。
つまり、死花兵は単独の魔物じゃなくて、死霊樹という魔物の部位でしかないから、倒しても崩れてアイテムをドロップしないということだろう。
「それで、死霊樹とは?」
「あれだ」
ハイラムが青い大剣の切先で指し示す方に視線を向けると、桜が咲いていた。
………桜か?
一応、咲いている花だけを見れば桜、それもしだれ桜。
ただ、花の色が濃すぎてピンクというよりも淡い赤に近い。
……うん、花は桜っぽい。
でも、死霊樹の脈動する赤い毛細血管のような無数の線が浮かび上がった夜よりも黒い幹が、異常で不気味で冒涜的だ。
所々に、苦悶の表情を浮かべた人の顔がいくつもあり、口や目から枝が伸びていて、吐き気を覚えるような生理的な嫌悪感が心のなかに広がっていく。
そして、死霊樹の周囲には、頭が彼岸花の死花兵が十体以上いる。
次回の投稿は5月8日金曜日1時を予定しています。




