4-16 常闇の城塞都市
人を励ますのは得意じゃない。
そもそも、私は人とのコミュニケーションが得意じゃない。
人形会に依頼した女友達を見逃すというミエルサの裏切りのような行為。
そのこと以上にハイラムは、妻であるミエルサを理解して寄り添うことができずに、そこまでミエルサを追いつめてしまったことを気にして落ち込んでいる。
なにより、ハイラムはマルスト侯爵との関係を考えるとミエルサと離婚できないし、犯罪者としてミエルサを断罪することもできない。
切ることのできない打算的で政治的な結婚。
自分の結婚がどこまでも、実利的な政略結婚とハイラムは理解していたと思う。
けど、だからこそ、悲惨だ。
不和と不信を抱えても、破局できない関係。
もはや呪いだ。
しかも、これは不可避の事態じゃなかった。
ハイラムがミエルサとしっかりと向き合いコミュニケーションをとっていたら、回避できた可能性は十分にある。
だから、ハイラムは自責に駆られて自己嫌悪で落ち込む。
竜卵、炙ったトレントイーターの肉、クルールアの燻製の三色丼などで、もてなすけど効果はいまいちだ。
どうしたものかと悩んでいたら、ハイラムから提案された。
気晴らしがしたいと。
ようするに、お誘いだ。
それも王族からの誘い。
事実上断れない命令のようなものだろう。
でも、行き先がダンジョンということで、了承した。
未体験のダンジョンとか楽しみだ。
それに、私を誘うということは、私でも戦えるダンジョンの難易度ということだろう。
そして、竜血鋼の大斧がようやく完成した。
大斧の柄に使われている樫のアーストレントの芯材は、私が太さや長さなど徹底的にこだわって作った物だ。
完成した竜血鋼の大斧は、迷宮のラブリュスに比べると短くて細くて小さくて軽い。
正確にいうなら従来の竜血鋼とは違う。
竜血鋼にトレントイーターの角と、属性トレントの枝をいくつか、ベルセルク鋼を追加した合金で、仮称は破魔鋼。
深紫色の斧頭に毛細血管や葉脈のような赤い線がいくつもある。
金属の性能として、竜血鋼と破魔鋼の差は小さい。
使用した素材の価値を考えると残念な結果だといえるだろう。
けど、特殊能力が付与されている。
防御力低下と魔力暴食。
防御力低下はいい。
魔力暴食、これがなかなか面倒な能力だ。
フレイ鋼の鉈に付与されている魔力霧散に似ているけど違う。
ゲーム的に考えるなら、魔力に対する吸収するドレイン系の能力。
これだけ聞くとプラスしかない。
でも、魔力暴食にはデメリットもある。
魔力に対して正確に刃を立てられないと、魔力を上手く吸収できなくて、装備者のダメージになる可能性があるのだ。
つまり、魔法や魔力的な何かに対して攻撃が下手だと自分のダメージになる。
なかなかヒリつく能力だ。
どちらにしろ強力な能力なのは間違いない。
なら、あとは私が使いこなすだけだ。
さて、私、ハイラム、チャルネト、ハルルフェントの四人で挑むダンジョンは王家が管理する王都の近くにあるダンジョン、常闇の城塞都市。
入口付近はそうでもないけど、最深部の難易度は国内トップクラスのダンジョンらしい。
なにより、この常闇の城塞都市というダンジョンは広いし、不思議だ。
なぜなら、見上げれば空がある。
ダンジョンの中なのに、空が見えるのだ。
混乱しそうになる。
でも、ここは分類として、魔境じゃなくてダンジョンだ。
魔境とダンジョンの明確な違いは倒した魔物がどうなるか。
魔物の死体が魔力の粒子となって消えたらダンジョン。
それだけらしい。
屋内か、屋外かは魔境かダンジョンかに無関係。
とはいえ、ダンジョンらしい理不尽な光景が見える。
見えている空は真っ暗な夜。
ダンジョンに入るまでは、太陽が輝く透き通るような青空だったのに。
この夜空は実体があるのか?
どこに続いているのか疑問はある。
けど、それは飛べないと解決は難しいだろう。
つまり、現状だと検証不可能。
みたいなことを考えて現実逃避をしたい。
でも、これは目をつぶって視界を閉ざしても拒絶できない現実。
それは、臭いだ。
跳躍火竜も臭かった。
けど、ここはそれ以上だ。
というか、気持ち悪い。
なにしろ、体が悪くなるようなカビ臭さが一番ましな臭いなのだ。
不快感を刺激するような焦げの臭いに、生理的な嫌悪感がわいてくる腐敗臭。
それらが混じり合い絶望的で強烈な悪臭となり、私のやる気と集中力を削っていく。
素直な気持ちをいうなら、私は今すぐこのダンジョンである常闇の城塞都市から帰りたい。
二日酔いでもないのに、常に吐き気がする。
仲間に視線を向ければ、チャルネトは普通の表情を保っているけど、垂れた尻尾と耳がチャルネトの内心を表現している。
ハルルフェントに関しては、すでに目を潤ませているから、同情してしまう。
もう一人のハイラムに関しては、兜で表情がわからない。
正直、今すぐにでも帰りたいけど、王族のハイラムから誘われてついてきたのだ。
ダンジョンが予想以上に臭いからという理由で帰るのは失礼すぎるだろう。
まあ、ハイラムとの関係を考えると、私が帰ってもハイラムは怒らない。
でも、だ。
現状、ハイラムは落ち込んでいる。
その気晴らしで、常闇の城塞都市に来ているのだ。
いつも、ハイラムのお世話になっている身としては、帰れないだろう。
帰るのは不義理すぎる。
………もしかしたら、ハイラムは落ち込みすぎて、常闇の城塞都市の物凄い絶望的な悪臭に関する注意ができなかったのかもしれない。
気を紛らわせるために、視線を周囲に向ける。
常闇の城塞都市の光景は、質実剛健な都市を内包した要塞という感じだ。
壊れたり、朽ちているという印象はない。
まあ、それでも不気味な雰囲気がする。
その不気味さの一因は住人だろう。
この常闇の城塞都市の住人は当然だけど、魔物だ。
それも不死なる魔物であるアンデッド。
アンデッドは魔物のなかでも、面倒な部類だ。
適切な対抗手段をもっていれば別だけど、対抗手段がないとかなり面倒になる。
強いというより、倒しきるのに特定の属性や魔法が必要になることが多いのだ。
下級のゾンビやスケルトンですら、物理のみで倒すのは面倒らしい。
皮がはがれて、肉や骨が露出した無数のゾンビが徘徊する光景は不気味だ。
脅威度的にそこまでじゃないけど、生理的な嫌悪感を刺激される。
私は破魔鋼の大斧を手にして、ゾンビに近づく。
顔の皮膚が半分ない若い女性のゾンビ。
集中しようとするけど、悪臭によって意識的に呼吸を整えられない。
そのせいで、まとわりつくように生温いのに、妙に寒気を感じる空気に集中力を削られる。
ダークバロメッツの革のジャケットにズボン、そしてフード付きの毛皮のマントを装備しているけど、なぜか寒気を感じてしまう。
装備がダークバロメッツ系なのは、属性バロメッツ製の装備のなかで一番魔法防御力が高くて、状態異常の耐性を高めてくれるからだ。
チャルネトとハルルフェントも、同じようなダークバロメッツの装備を身にまとっている。
ダークバロメッツの毛皮のマントの防寒性も悪くないのに、寒気を感じるのは気分の問題だろうか?
そして、私は呼吸で意識を切り換えるから、自由に息が吸えないのは地味にきつい。
まあ、深呼吸しても状態異常にはならない。
あくまでも臭いだけ。
でも、自由な呼吸が阻害される。
斧スキルを起動。
大斧をどう振るうべきかは悩むまでもない。
けど、妙な感覚がある。
手にした破魔鋼の大斧から、ミスったらわかるなというようなプレッシャーを感じた気がした。
ゆっくりと歩きながら、重心も軸もブレないで、自然と破魔鋼の大斧を横に振るう。
ゾンビの頭部が輪切りになる。
それと同時に、魔力が私に流れ込んできた。
不思議な手ごたえだ。
ゾンビの体じゃなくて、頭部のなかにあるコアを切ったときに、その魔力を破壊しながら乱暴に食らう感覚がした。
ゲーム的にいえばドレイン効果のある武器。
でも、その私の体に流れ込んでくる魔力の感覚はあまりにも強制的で優しくない。
不快というほどじゃないけど、楽しい感覚じゃないのは確かだ。
倒したゾンビが魔力の粒子となって消えて、その場には闇属性の小さな魔石だけ。
綺麗な石畳と石造りの家が続く街並み。
けど、視界のなかで動くのは無数のアンデッド。
ゾンビ、スケルトン、ゴースト。
魔物の強さとしては、ゴブリンと同じくらいか少し強い程度。
このなかだとスケルトンが一番楽。
ゾンビはスケルトンより遅いから戦いやすいけど、漂わせている腐敗臭が凄い。
ゴーストは、実体がないから、魔法や破魔鋼のように魔力に干渉できる武器がないと倒すことは不可能だ。
ある意味で魔力の塊のようなゴーストを破魔鋼の大斧で倒すとより大量の魔力が流れ込んでくる。
私は試しに、ゴーストに対して破魔鋼の大斧を斧スキルに反して雑な動きをした。
それでもゴーストは問題なく倒せたけど、
「痛い!」
破魔鋼の大斧を握った手から魔力が流れ込み、強めの静電気のような痛みを感じた。
ダメージというほどじゃない。
けど、これが戦闘中に発生するとかなり面倒かもしれない。
だけど、それ以上に、
「アハハハ!」
自然と口から笑い声が出てくる。
楽しくてしょうがない。
なにが、そんなに楽しいのか?
破魔鋼の大斧を振るうのが、とにかく楽しい。
迷宮のラブリュスに比べて、この破魔鋼の大斧は軽くて細くて短くて小さいのに、頼りなさは皆無。
まさしく自分の手の延長のように違和感なく扱える。
自由自在。
立ちふさがるアンデッドの群れを、破魔鋼の大斧を振るい蹂躙していく。
腐敗して損傷したような見た目のゾンビたちを倒すと、腐敗した生臭さが加わったような血の臭いがするけど気にもならない。
大斧のような重量のある武器を振るうときは、自身の重心や軸がブレないように意識をするけど、破魔鋼の大斧だと意識する必要もなく実行できてしまう。
一キロほどの距離をアンデッドたちを相手に破魔の大斧で試し切りしていると、いつの間にか下級のアンデッドたちがいなくなった。
そして、一人の……いや、一体の黒騎士が立ちふさがる。
黒い片刃の戦斧を装備をした黒騎士。
全身を不気味な黒い鎧で覆っている。
表情はわからない。
なにしろ、目の前の黒騎士には首から上がなかった。
代わりに、黒騎士は左手に兜を被った頭部を持っている。
そう、目の前の黒騎士はデュラハン。
「前世だとデュラハンって、確かアンデッドじゃなくて妖精寄りの存在って語られていた気がするんだけどな」
前世の知識を思い出しながら、慎重にデュラハンとの間合いを詰める。
黒騎士デュラハンは、首のない状態でも二メートル以上の身長。
強さでいうとデュラハンは、ハイオーガ以上ベルセルク以下。
ただ、この世界のデュラハンの分類はアンデッドなので、魔法か、魔力を帯びた攻撃、もしくは魔力に干渉できる攻撃じゃないとダメージが通りにくい。
まあ、私の破魔鋼の大斧は魔力暴食の能力が付与されているから大丈夫。
しかし、ハイラムの気晴らしのはずなのに、私がずっと戦っていいのだろうか?
でも、デュラハンとの手合わせは、ハイラムにすすめられた。
一度は体験したほうがいいと。
意味がわからない。
ハイオーガより少し強いだけのアンデッド。
それがデュラハン。
ハイラムには悪いけど、わざわざ戦う意味があるのか疑問だ。
けど、油断はしない。
斧スキルを起動して、慎重に破魔鋼の大斧を振るった。
デュラハンの見た目は金属の鎧を装備した騎士だから、硬い手ごたえか、アンデッドだからゴーストのような独特な手ごたえを予想してたのだ。
でも、予想を裏切られることになる。
私の一撃が、デュラハンの戦斧によってさばかれたのだ。
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