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結一神




「これが、悪神……っ」


 それが顕現した瞬間、空が歪み、空気が穢れ、大地が死んでいく。そこにいるだけで世界を害し、穢す存在を目の当たりにした神無(かみな)は、悪神「慈喰」から放たれる圧倒的な瘴気の圧力に言葉を失う。


「……父さん」

 そして、ただ存在するだけでこの世界を狂わせる瘴気の化身たる悪神となり果てた自身の父の姿に、言い知れぬ悔しさと悲しみがこみあげてくる。


神無(かみな)様」

「あなた」

 互いに向かい合うそれぞれの伴侶――神無(かみな)と悪神・慈喰を見守る(みこと)と十和は、息子と父の再会に固唾を呑む。

 見上げなければ視線が合わず、この距離でも全身を視界に入れられない巨大な姿を見上げる神無(かみな)に、竜の姿をした悪神が口を開く。


「カミナ」


「……!」

 竜の口から紡がれたその声は、記憶の中にある父のそれと全く同じ。懐かしい記憶を呼び起こす父の声に、神無(かみな)は心揺らさずにはいられなかった。

「父さ――」

「油断しないで!」

 その時、(こん)と刃を交えていた静利が鋭い警告の声を上げる。

「っ!」

 その声に我に返った神無(かみな)は、死角から迫ってきていた竜の尾の一撃を、咄嗟に腕で庇うようにして受け止める。

「ぐ……っ」

 その巨躯から放たれた尾の一撃を受けた神無(かみな)は、骨の髄まで響く衝撃に歯を食いしばる。

 しかし、その抵抗も悪神の圧倒的なその膂力に抗うことはできず、その身体は宙を舞い庁舎の壁を突き破って外へと放り出される。


「ぐ、あっ、うっ」

 地面で何度も弾み、数十メートルもの距離を転がることになった神無(かみな)は、土埃の中で身体を起こす。

「契約する前の僕だったら、今のでバラバラになってたな……!」

 全身から響いてくる痛みに顔をしかめ、自身の霊器である矛で身体を支える神無(かみな)は、自分が飛び出してきた庁舎の壁を睨み付けて呟く。

 先ほどの一撃は、神無(かみな)の存在の根幹をなす結一神の力がその威力を殺してくれたおかげで大きな怪我には至らなかったが、悪神の力を知るには十分すぎるほどのものだった。


 そんな神無(かみな)が休む間もなく、庁舎が破壊され、その中から身の丈にも及ぶ巨大な翼を広げた悪神「慈喰」が飛翔する。

 その巨体はそれに見合った重量を有しているだろうが、翼を以って天を翔ける悪神竜は、そんなことを感じさせない軽やかさで空を舞う。


「やっぱり、あいつに神無(かみな)の父親の意識は残っていない。あいつにあるのは、自分を殺せる邪神を排除しようとする本能なんだわ」

 崩れ落ちる瓦礫を回避しながら、天へと舞い上がった悪神慈喰へ鋭い視線を向けた静利は、その表情を歪める。

「当然じゃろう。邪神は全ての神の天敵なのだからな」

 その時、悪神の瘴気に当てられた式たる妖狐(こん)が牙を剥いて襲い掛かり、接触した静利をその力で弾き飛ばす。

 その衝撃に怯みながらも、その背に生えた翼を羽ばたかせて空中で体勢を立て直した静利は、緋色の炎を纏いながら、青い空を黒く穢す悪神に、その身を震わせる。


(けど、この街の悪神が、まさかこれほどの神だったなんて予想外だわ。直接相対したら、私じゃすぐにでも押し潰されてしまう

 これではいくら邪神とその天巫(あめなぎ)でも――)

 半神となった静利には、悪神「慈喰」の力が理解できないほどに強大であることが理解できる――否、できてしまう。


 恐らく自分ほどの力があっても、直視し続けていれば、その身からあふれ出す瘴気の力によって心を狂わされてしまうほどの瘴気。

 その敵意が自分に向けられていない今でも感じる絶望的なまでの力の差と恐怖。

 あまりに圧倒的な力に委縮する静利は、その瘴気に呑まれないように心を懸命に保とうと意識を奮い立たせた。


「カミナ」

 竜の姿をした悪神が父の声で神無(かみな)を呼び、鋼のような光沢を持つ皮膜に覆われた翼を羽ばたかせると、その力が雷を伴った嵐となって大地に叩き付けられる。

 その風はそこにあるものをことごとく粉砕し、雷が焼き払い灰燼へと帰す。瘴気の嵐に大地が砕け、抉れるそれは、天災をも凌駕した世界の終末の訪れを思わせるものだった。

「うわああっ」

 それを自身の力が具現化した矛で展開した結界でかろうじて防ぐ神無(かみな)だったが、その衝撃まで完全に無力化しきることが出来ず、そのまま吹き飛ばされて家屋に叩き付けられる。


神無(かみな)様!」


「っ」

 強化された身体と結界によって直接の衝撃はなかったが、悪神慈喰は息を吐かせる間も許さないとばかりに、口腔に収束した瘴気を閃光として放つ。


「っ」

 文字通り光の如き速さで迫ってきた瘴気の光撃を眼前に見た神無(かみな)は、半ば本能的に我武者羅に自身そのものである矛で迎撃する。

「く、う……っ」

 その一撃をかろうじて受け止めた神無(かみな)だったが、その圧倒的な破壊力が矛から放たれる神殺しの力越しに重圧となって襲い掛かる。

「う、ぉ……お、オオオオオオオッ!」

 まるで自身の何百倍もの質量を持つものを受け止めているかのような衝撃に歯を食いしばって耐えた神無(かみな)は、全身の力を振り絞って矛を振り抜く。

 悪神の力に共鳴するように昂ぶる神の力と共に神無(かみな)の矛が振り抜かれると、悪神の閃光がそれによって砕かれ、天に向かって吸いこまれていく。


 大半は空へと吸い込まれ、花枕の街を覆っていた暗雲を貫いて空に穴を穿つが、その内の一欠片は軌道を逸れて、街の外に佇む山へと命中し、その頂を消滅させて形を変える。

 地形を変えるほどの破壊力を持つ光を相殺した神無(かみな)は、その反動で全身から血を吹き出し、その場に膝をついてしまう。


神無(かみな)様! ――っ!」

 街中で行われている神の争いによる力の奔流を感じ取った(みこと)は霊力を集中しようとするが、十和がそれを阻むように双剣の斬撃でその細首を狙う。

「お義母様……っ」

「神臨は阻ませてもらいますよ。そうしなければ、あの子が幸せになれないのですから」

 焦燥に歪められながらも、全く翳ることのない絶世の美貌を持つ(みこと)に、十和は柔和な声で語りかける。


(いくら邪神としての器を手に入れたとはいえ、今の神無(かみな)はあくまで人間の神無(かみな)。神としての神無(かみな)を解放するには、天巫(あめなぎ)である彼女の祝詞の奏上による神臨の儀が欠かせない。

 邪神であろうと、常時こちらの世界に顕現していられない制約が同じである以上、当然あちらは、神臨を阻んでくるというわけね)

 (みこと)が祝詞を阻まれるのを視界の端で捉えた静利は、瘴気に染まった金色の狐の攻撃を緋色の炎で阻む。


 神がその力と姿を現すのは、天巫(あめなぎ)が祝詞と共に祈りを奉げ、この世界に召神した時のみ。

 邪神であり、人でありながら神の姿と力を持つ神無(かみな)であっても、神としての力を常時この世界で行使することはできないことを事前に聞いていた静利は、先に神の降臨を許してしまったことを悔やんで歯噛みする。


(それに、歪められていたとはいえ、あれほど見せていた神無(かみな)への愛情と執着も、悪神の意思の前では合理的に歪められてしまっている。

 ――悪神の天巫(あめなぎ)の典型的な症状だわ)


 現界させた天巫(あめなぎ)の願いに神が答えるのが通常の神臨だが、悪神の場合はその逆。

 現に、神無(かみな)を一途に愛し、その思いを歪められていた十和も、今は神無(かみな)を殺すことが神無(かみな)のためになるのだと思考を変質させられてしまっていた。


(けれど、それをしなければならないほど、あの悪神は邪神を恐れている。なら、私がするべきことは――)

 自身の中で思考を巡らせ、即座に判断を下した静利は、真紅の翼を羽ばたかせて飛翔すると、牙を剥いて襲い掛かってくる狐の精霊を振り切る。

「ぬ!?」

 空中で軌道を変え、背後から迫ってくる(こん)の気配を感じながらも後ろを振り返ることなく飛翔する静利は、(みこと)と戦っている十和へ横から突撃する。

「させるか!」

 自身に背を向けた静利の目的を察した(こん)は、自らの霊力によって生み出した剣を尾の一薙ぎによって放つ。

「はあああッ!」

「……!」

「静利さん」

 背に金の攻撃を受け、苦悶の表情を浮かべながらも、静利は半神と化した自身の炎を解き放ち、十和へ向けてそれを解き放つ。

 自身へと迫る鮮やかな緋色の炎を視認した十和は、双剣を床に突き立てて発生させた氷と水流によって阻む。


「今よ!」


 一瞬の隙を作り出した静利の声に、(みこと)はその花貌を引き締めると、二度の柏手を打って霊力の神殿を作り上げる。


「天神地祇の在らせられます高き原、いと尊き御座にまします我が神に願い奉る。天の(みぎり)より、星の(きざはし)(くだ)りて、神籬(ひもろぎ)にあもり賜う

 我が声は神霊()と人を繋ぐ導。我が言の葉は(うつつ)(かくり)を結ぶ扉。(くしび)の縁を辿りて、現臨し祀らん」


 神格化された天巫(あめなぎ)の霊力が神域を形成し、この世界に神を顕現させる依り代となる世界を形作る。


「――神無(かみな)


 奏上される神言が祈りとなって神に届くと、神無(かみな)(みこと)の祝詞に答えるように、神としての存在と力を覚醒させる。


「オオオオオッ!」

 人としての神無(かみな)から、人々が邪神と呼ぶ神へと昇華した神無(かみな)は、世界を塗り潰す力の波動と共にその姿を変容させていた。

 万物の根幹を成す霊力が格の限界を超えて高まり、神霊力へと昇華すると共に、その存在を人を超越したものとして世界に顕現させる。


 神無(かみな)としての外見はそのままに、その身に纏う衣は純白の装飾と漆黒のエネルギー状態のものが一体化したものとなっている。

 形あるものと形なきものが混然一体となり、秩序を以って無秩序を体現するその姿は、この世界にある万物が生まれ出でる前の原初を体現しているかのようだった。


「あれが邪神……思ったほど、人から離れた姿をしていないのね」


(――けど、見れば分かる。あれはとても言い表せないほど強大な力を持っている)

 変容というほどの変化を遂げていない神無(かみな)の姿を横目で見る静利は、「邪神」と呼ばれる神殺しの神に息を呑む。


 確かに、姿は神無(かみな)そのもの。だが、その存在――肉体、魂の全てが神霊力で構築されたその存在感はその底を知ることができない神淵そのものだった。


「当然です」


 まるで見ているだけで自らの魂を呑み込まれてしまいそうな結一神・神無(かみな)の姿に誰もが畏怖の眼差しを向ける中、ただ一人畏敬の念を向ける(みこと)は、たおやかな声で告げる。

 勝利を確信しているかのようなその声は静利の言葉を受けたものではあるが、十和や(こん)、そして悪神である慈喰にも向けられたものだった。


「あなた方が邪神と呼ぶ結一神様は、姿や形はおろか、神としての名すら持たぬ神。神無(かみな)様となって神誕された今、神無(かみな)様こそが、結一神たる〝ムスビの神〟なのです」


「神名が無い?」

 形ある純白と、形のない黒、そして輝く神霊力で淡く輝く身体を見る神無(かみな)を視界に収めながら、静利は(みこと)の言葉に眉を顰める。


 この世に存在する神には、全て「名」がある。

 霊器にも誰につけられずとも名があるように、存在を霊力神霊力のみで構築された精霊や神は、自らの名を楔として世界に打ち込んでその存在を固定している。


 ここに来る前に戦った花枕の土地神には、「宿儺曼荼羅」という名が。

 そしてこの街を閉ざしていた悪神には、「慈喰」という名がある。


 だが、人々が邪神と呼ぶ結一神には、神としての名がない。

 「神無(かみな)」こそが今の結一神の名前だ。


「そうです」

 通常ではありえない、名を持たない神に疑念を抱く静利に、(みこと)は淑やかな声音で厳かない応じる。


「結一神様が司る〝ムスビ〟とは、『産び』であり、『結び』であり、『終び』。――あらゆるものを生み出すと共に、終わらせることができます

 故にその力を持つ神無(かみな)様のお力は、陰陽五行森羅万象の全てを司ります。即ちそれこそが結一神様――」


 結一神の力を、一言一言に深い敬意を奉げながら告げた(みこと)は、慈愛に満ちた眼差しを神無(かみな)へと向ける。


「『神を生み、神を殺す神』なのです」


 その言葉が聞えていたわけではないだろうが、神としての力をその身で感じた神無(かみな)は、一拍の呼吸を置いて自らの神霊力へ呼びかける。

 それに答えた神無(かみな)の神霊力は、自らの魂そのものを投影して、純白の柄に純黒の刃を持つ矛となって顕現する。


「――終わりにしよう、父さん」

 自らの神霊力が形となった矛を携えた神無(かみな)が声を紡ぐと、悪神慈喰は天を震わせるほどの咆哮を上げる。


(悪神が怯えている。神を殺す邪神に、怖れを成しているんだわ)

 その声が結一神たる神無(かみな)に対する恐怖によるものであることを、半神と化した静利は身をもって感じることが出来た。

 今の神無(かみな)の力は隔絶している。まるで天敵を恐れるように、神としての力が決して抗うことのできない力への恐怖を、本能よりも深い、もっと根源的な部分から発していた。


 もはや、静利はもちろん、十和と(こん)すらもその力に当てられて身を竦めるしかない中、悪神はその矜持を見せつけるように、瘴気の力を振りまく。

 迸った瘴気が暗雲に閉ざされた天空に吸い込まれ、そして半瞬もしない内に極大の質量体となって落下してくる。


「――っ」

 その一つ一つが、花枕の街を丸ごと消し飛ばしてしまえるであろう程の力を持つ瘴気の隕石群に、静利は戦慄を覚える。

 巨大な質量によって捻じ曲げられた大気がうねり、花枕の街に突風のような気圧の流れとなって注ぎ込む。


 それを見た神無(かみな)は、その霊器たる矛を持っていない手を、降り注ぐ隕石群に向けて掲げる。

 次の瞬間、圧倒的な質量を持つ巨大な隕石群は、まるで蝋燭で吹き消されたかのようにその形を失い、跡形もなく消滅していた。


「な……っ!?」

「土属性の陰〝滅亡〟ですね」

 その規格外の力に静利が息を呑む傍ら、御神が何をしたのかを正しく把握している(みこと)は感嘆めいた声で言う。


(これが、邪神の力……)


 先日(みこと)から聞かされた属性の持つ土の性質を無意識に使うことができた神無(かみな)は、滅亡を振りまいた拳を握り締めて、竜の如き姿をした悪神の巨躯を見上げる。

 身長差でいえば神無(かみな)の方が圧倒的に小さいのだが、その強大な結一神たる邪神の力に慄く悪神は、その巨大さが失われてしまったのではないかと思えるほどに小さく感じられた。


「――まさか、邪神は五行属性の陰陽まで操れるというの……!?」

 その言葉を聞いた静利は、天を一掃した神無(かみな)の姿に思わず声を漏らし、そしてそれが意味するところを正しく理解する。


(通常一人に一つの属性しか持てない霊質を五行全て使えるのだとしたら、もう無敵じゃない! あんなものに勝つなんて、不可能だわ……)

 自身の力を軽々と無効化された慈喰は、その危険性を理解して咆哮を上げ、口腔内に収束した瘴気を破壊の砲撃として打ち出す。

 衝撃だけで辺り一帯を死の大地に変えてしまうほどの力を持つ悪神慈喰の瘴気が収束されたその砲撃も、神無(かみな)がその身に纏う衣の漆黒を翻らせ、そこからあふれ出した不定形の闇の中に吸い込んで消失させるだけで、その威を示すことはできなかった。


「結一神としての力を解放された今の神無(かみな)様は、全ての神の天敵です」


 手にした白柄黒刃の矛の霊器を一薙ぎし、竜姿の悪神の翼を消し飛ばした神無(かみな)へ崇敬の眼差しを向けながら(みこと)は言葉を紡ぐ。


「神の、天敵……?」


 それが自分に対して向けられたものであることを理解している静利は、恐慌のあまりに咆哮を上げる悪神と、それに静かに相対する神無(かみな)を見比べながら、(みこと)の巫女言に耳と意識を傾ける。


「あなた方が邪神と呼んで恐れる結一神様のお力は、神を殺す力ではありません。むしろ、〝その逆〟なのです」

 自らに迫る終焉を退けようと、大地を隆起させ、嵐を巻き起こし、紅蓮の炎を放つ慈喰だが、神無(かみな)の力はそのことごとくを無力化し、その身体に傷一つつけることもできない。


「そも、全ての神は人によって生み出されます」


 神と神の戦いたる〝神闘〟にして、結一神による悪神の討伐たる〝神討〟の様を見ながら、(みこと)はこの世の真理を言葉にする。


「霊力とは、〝想いを形にする〟力。それは即ち、世界にある理を否定し、自らが思い描く世界をその上に上書きするということ。

 突き詰めて言えば、霊力による現象は全て想像の召喚、具現化に集約されます。

 自らの魂を武器として召喚、具現化した霊器がその最たる例であり、その先にある現神顕臨も、自らの魂を神として〝召喚〟したものといえます」

 (みこと)の口から紡がれる言葉に息を呑む静利の視線の先では、頑強な鱗に覆われた竜尾を振った悪神が神無(かみな)を叩きすえていた。


 瘴気を介した力のことごとくを無力化されたため肉弾戦に移った慈喰だったが、その尾の一撃も神無(かみな)の拳によって逆にその肉体を破壊される結末に終わっていた。


「結一神たる神無(かみな)様を除き、今この世界にいる神と悪神は、すべて『想像神』とよばれるもの」


 霊力の本質を語り、それが持つ力を語る(みこと)は、その目をわずかに険しく細め、神無(かみな)と戦う悪神たる竜を射抜く。


「人がこの世に神を見出し、数多の人の想像と願望が長い年月を経て、世界に満ちる霊力によって具現化したものが、あなた達が知る〝神〟

 人に『かくあるべし』と望まれて生まれたものなのです」


「――っ!」


 人は、神話を描き、神を思い描く。理解の及ばないもの、超常に神格を見出し、それを崇め、恐れてきた。

 この世にある神は、そんな人の願いが世界に満ちる霊力によって紡がれ、人格と力、姿形をもって顕現したもの。

 そのため、神は人が望んだとおりの力を持ち、その力を持つ。天変地異を操る神も、天災を巻き起こす神も、それは人が望んだからこそ、その神格と力を与えられているのだ。


「故に人が神と崇めるもの、悪神と恐れるものも等しく同じもの。悪神が人に災いをもたらすのは、人は時に自らをも含めて人の滅びを願わずにはいられないからなのです」


 実は神も悪神も同じ。ただ、その存在を形作る人々の思念や願いの指向性の違いがその性質を分けている。

 悪神とは特に世界に絶望した者、世界を拒絶し、呪った者、黙示録をはじめとする終末論――人々が当たり前のように思い描く破滅願望を礎に生まれる神に過ぎない。


「ですが、唯一、結一神様だけは違います」


 再生することさえもできず、翼と尾を失った悪神が瘴気を纏わせた爪の一撃を振るうも、神無(かみな)が放った破壊の火がそれを焼滅させる。


「結一神たる神無(かみな)様は、言うなれば世界を構築する陰陽五行の力そのもの。世界の根源にして原初たる力そのものです」


 花枕の街全ての人間を操り、世界を掌握するほどに強大な力を持つ悪神の力を、まるで虫を払うように悉く退ける神無(かみな)の姿と、その神としての神話を語る(みこと)の厳かな現に、静利は息を呑む。


「神をはじめとしてこの世にある全ての源。この世界において、真の意味において『神』と呼ぶべきお方といっても過言ではありません」

 唯一神――神無(かみな)の力を言葉にして綴る(みこと)の声に耳を傾けていた静利の視線の先では、飛翔によって逃走を図る悪神に瞬時に追いつき、一撃を以って庁舎に叩き落していた。


「……っ」


(彼女の言葉を信じるなら、邪神は神の力や霊力を無力化する神ではない。この世界を作る全てとなる根源。

 だから、その力の前にこの世にある全てのものが還っていくだけ)


 「彼女の言葉を信じるならば」と自身で前置きをして目の前で起きている事実を分析把握する静利だが、(みこと)のその言葉を自分が疑っていないことに気付いていた。

 半神と化したその身に視線を落とし、悪神を圧倒する神無(かみな)を映す静利の双眸には、隠しきれない複雑な感情が宿っていた。


「――これで終わりだ」


 純白の形ある鎧と、漆黒の形なき衣をなびかせて物憂げに告げた神無(かみな)は、自身の魂が形となった白柄黒刃の矛に自身の力を注ぎ込む。

 そこに宿るのは、霊力でも瘴気でもない力。――陰陽五行全ての力を持ちながら、そのいずれにも属することのない原初にして根源たる混沌。


 そこに込められる神殺しの力を感じ取って慄く悪神慈喰がその渾身の力を収束し、破壊の砲撃を以って神無(かみな)を滅ぼさんとする。

 それを前にした神無(かみな)は、矛の切っ先を向けて進路を切り拓く導とし、自らその瘴気の破壊砲へと飛び込む。


 天災にも等しく、その一撃によって甚大な被害をもたらすことが出来る瘴気の力と神無(かみな)がぶつかり合い、悪神と邪神の力が溢れて天地を覆いつくす。

 その拮抗は一瞬。神を殺す神たる神無(かみな)の黒刃が瘴気の波動を貫き、消滅させながら一直線にその中を竜の姿をした悪神へ向かって進んでいく。


「オオオオオオッ!」

 瘴気の波動を矛の切っ先で割り砕き、その懐へ飛び込んだ神無(かみな)は、そのまま悪神の身体を貫く断末魔の叫びが上がる。

 矛の黒刃に貫かれた悪神「慈喰」に、原初の暗黒を表すような神を殺す結一神の力が流れ込む。


 神無(かみな)から注がれるその力によって、人々の破滅の願いから生まれた悪神が、その産土となった原初の力へと還っていく。


「ありがとう、父さん」

 悪神となった父へ引導を渡す神無(かみな)は、その存在を構築する瘴気に溶けた魂に呼びかけるように感謝の言葉を呟くと、そのまま矛を力の限りに押し込んで、原初の暗黒を解き放つ。

 そのまま誘われるように視線を向けると、花枕の庁舎から戦いの成り行きを見守っていた母――「十和」の身体が崩壊をはじめていた。


 悪神と(みこと)を一つにする天巫(あめなぎ)であるが母、そしてその使い魔である霊狐「(こん)」の表情は驚くほどに和やかで、まるで長年の呪縛から解き放たれることを喜んでいるかのよう。

 だが、それを見る神無(かみな)(みこと)、静利にはその微笑みに、愛しい息子であり家族である神無(かみな)への祝福が込められているように感じられた。


 もしかしたら、悪神と共にその力と呪縛が弱まったことで、一時的に十和達の本来の心が表に出てきていたのかもしれない。

 いずれにしろ、それを確かめる術も時間もなく、竜の姿をした悪神の身体が、その存在の根幹をなす瘴気と共に消えていくと同時に、十和達もその姿形を失う。


「さよなら」


 悪神慈喰の巨大な身体が原初に還り、完全に消失するのを見届けた神無(かみな)は、小さな声で独白すると同時に、軽く天を仰いだのだった。



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