3
祖父のお葬式は滞りなくすんだ。
涙は出なかった。私は薄情だ。
あれから一度も入っていない小屋の前に立つ。私に託されたんだから、どうにかしなきゃという思いはもちろんある。でも祖父が倒れている姿が脳裏に焼き付いて離れない。
怖い。
「入れるようになったらでいいから、片付けてほしいな」
とは母の言葉だ。勝手に片付けないでくれることがありがたかった。
私は片付けてきれいさっぱり忘れたいの?違う。祖父を忘れたいんじゃない。
ただ、怖い。
祖父は私のせいじゃないなんて言ってたけど、きっかけを作ってしまったのは確実だ。私があんなことしなければ、彼はもっと長生きできたかもしれないのに。
そんな感じでこの一週間、彼が倒れてからなら1ヶ月近く同じところでぐるぐる考え込んでいる。そんな自分がすごく嫌だ。
この扉を開けたら祖父の幻に責められるんじゃないか、そんな気さえしてくる。
あ、なんだか足まで震えてきた。
「こんにちは!書留郵便です。ハンコかサインを!」
物思いに沈んでいたところを郵便屋さんに声をかけられ文字通りビクッとしてしまった。呆けている私を彼が怪訝な顔で見ている。
「あの・・・ハンコを」
「え、あ!すみません。えっとサインで」
もう一度声をかけられて私は駆け寄った。父宛の書留。たぶん仕事関係のものだ。
「ありがとうございます!で、これが普通郵便ね。どうもー」
「はい、ごくろうさまです」
彼は私の手に束になった封筒を押し付けるように渡して足早に去っていった。私の返事なんかたぶん聞いてもいない。
これは母宛、父、父、祖父。祖父が亡くなったことがまだ伝わってないんだな。誰宛か確認しながら家の中に運ぶ。
私宛??
郵便物の一番下から出てきたのは、私宛の封筒だった。白い封筒にタイプされている宛名はどう見ても私の名前だ。
私に郵便物が来るなんて滅多にない。
「お母さん、郵便」
「ありがとう、何それあんたあて?」
リビングのソファに座っていた母に私宛のもの以外を差し出し、彼女の横にどさっと腰を下ろす。
「うん、なんかのDMかな。誰からか書いてない」
そのまま封筒の口をビリビリ破いて中を開けた。
「もう、ハサミくらい使ったらどうなの」
呆れた顔の母を横目に、出てきた一枚のコピー用紙を読む。
田城かおり殿
拝啓、春暖の候ますますご清祥のこととお慶び申し上げます
突然このような不躾なお手紙を申し訳ございません。故田城幸次様の素晴らしいコレクションの数々、是非拝見したく筆をとりました。
ご都合はいかがでしょうか。まずは取り急ぎ用件まで
敬具
株式会社ストンリーク 代表クドー
「・・・何これ?」
送り主の名前を読む頃には、疑問でいっぱいの声になった。紙を裏返しても他には何も書いてない。ご都合いかが?って聞いてるくせに、あっちの連絡先何も書かないって意味がわからない。 ふと内容を聞いていた母を見ると眉間にシワをよせていた。
「え、何か知ってるの?」
「昔・・・」
ピンポーン
母が何か言いかけたその時、玄関のチャイムがなった。
母はハッとしてリビングの窓からそっと来訪者を確認する。つられて私もカーテンの隙間から顔を覗かせた。
黒い帽子、黒いスーツ、黒渕メガネをかけた50代くらいの男性が笑みを浮かべて立っていた。
「怪しい・・・」
全身黒ずくめなんてそうそう見かけない。思わず呟いてしまった。
「かおり、小屋の鍵、かかってる?」
「え、小屋?お母さんがかけてないならかかってないよ。あの日からそのまま」
「そう」
「何、知ってる人?」
母は私たちしかいないのに回りを確認して小声で言った。
「かおり、すぐに小屋の鍵をかけなさい。鍵、あるでしょ?その間お母さんがあの人を引き留めておくから」
「ええ?何、あの人なんなの?!」
「声が大きいわ。後で話すから、勝手口から出て。見られないように裏をまわって!早く!!」
ピンポーン、ピンポーン
急かされるのと同時にもう一度チャイムがなる。イライラしているようだ。
私は何がなんだかわからないまま勝手口から外に出て小屋の方へ駆け出した。ドアを閉める直前、母がインターホンで
「はい、どちらさまでしょうか?」
と話しているのが聞こえた。
なんなのもう!
家の北側にある勝手口から半時計回りに西側にある小屋の方へ走る。玄関は南東方向にあるから、小屋の場所は死角になっていて見えない。
祖父が亡くなってからずっと持ち歩いている鍵を取り出す。無くさないようにチェーンに通して、ネックレスみたいに首から下げていた。入り口の鍵をかけ、続いて窓に近寄る。窓は外から南京錠だ。
二ヶ所、間違いなく閉めた。開かないかもう一度確認する。
大丈夫、開かない。
ホッとしてまた勝手口に戻ろうと、体の向きを北側に向けた。
家の裏、つまり北側は1メートルほどの通路をはさみ、高さ4メートルぐらいの土手になっていて、それを支えるように栗とかビワの木が鬱蒼と生えている。
土手の上は祖父の知人の庭兼畑だ。祖父は生前その土手になだらかな小道を作って、上に上がれるようにした。
私は挨拶ぐらいしかしたことはないけど、祖父は上の人と仲が良かったようで気づくと上で話し込んでいる、なんてことがよくあった。
その小道が、私が体を向けたことによってよく見えた。その上も。
庭兼畑は上ってすぐの所ではなく、畦道がある。2メートルは奥だ。だから、意図してこっちを見下ろそうと端まで寄らなければこちらからも見えない。私は彼がそんなことをしているのを見たことがなかった。
でも確かに目があった。記憶よりずいぶん若い。彼は木々の間からこちらをじっと見下ろしていた。
確か上の人は60代だったはず。でも見下ろしている彼は40代・・・いや、30代くらいかもしれない。別人?でも畑の向こうは家がある。彼が立っている場所はそこからまる見えな位置だ。
「ああ、かおり!ここにいたのね、探したのよ!」
彼から目が離せなくなっていた私は後ろから声をかけられて。、体をビクリと震わせた。振り返ると母とさっきの黒スーツの男性が歩いてくるところだった。
「かおりにお客様よ。おじいちゃんのコレクションを見たいって仰ってるの。大したことないですよって言ってるんだけどね、どうしてもって言うのよ。でもかおりがおじいちゃんから貰ったものだから、私には決められないでしょう。どうする?」
「え、あ、さっきの手紙の人?!」
私は大声をあげて指差した。
「あ、ごめんなさい」
失礼なことをしたと気づいてすぐに腕を下ろす。
「ははは、若いのに中々しっかりしたお嬢さんのようですね。あ、これはこれは名乗りもせずに失礼しました」
母の後ろについてきた黒スーツの男性は一歩前に出て私に握手を求めた。
思わず手を握るとブンブンと力強く振られる。少し痛い。
「ストンリークのクドーと申します。お見知りおきを。幸次様にこんなにお若くてきれいなお孫さんがいるなど、存じ上げませんでした。手紙もご覧いただけたようで嬉しい限りです。いきなり押し掛けてしまいまして申し訳ございません」
そう捲し立てたクドーさんはニカッと笑った。真っ白な歯が黒ずくめの服装に浮いている。
「お手紙にも書きましたが、幸次様から託された空瓶コレクションを拝見できればと思いまして。いかがでしょう」
せっかくここまで来てくれたんだし、見せるくらい別に良いかな。
そんなことを考えながら母をチラリと見ると、目があった母は微かに首を横に振った。
「あ、あれはただの瓶です。何故見たいのか教えていただけませんか」
「ははは、いや若いのに本当にしっかりしてらっしゃる!」
彼はまた歯を見せて笑ったが、それがさっきと全く同じ顔で、まるでお面をつけているように見えてしまい、この顔嫌だなあと心の中で呟いた。
もちろん顔には出さないけど。
「かおり様はご存じないかもしれませんが、幸次様は業界では割りと名の知れた方でして。彼のコレクションは一見の価値ありと評判なのでございますよ。中にはかなりレアな物もあるようで。なので是非拝見したく、お伺い致しました」
彼の言葉に負けじと私は声を張り上げた。
「そうですか、亡き祖父もたくさんの方々に評価していただいて、さぞ喜んでいることでしょう。ただ祖父は鍵をかけたまま亡くなりまして、その鍵がどこにあるのかわからない状況です。お見せしたくてもできません。せっかく来ていただいたのに申し訳ありません」
言いながら小屋の鍵を指し示す。ばれないかと緊張で心臓がドキドキと耳を打つ。冷や汗まで出てきた。
「ほうほうほう、ああ、本当だガッチリ閉められてしまっている。しょうがない、出直しましょう」
切り抜けた?
「本当にすみません」
動揺を悟られないように、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「いやいや、急に伺ったこちらも悪いのです。お気になさらず、どうぞ鍵が見つかった暁にはこちらまでご連絡をお願い致します」
彼は1枚の名刺らしきものを懐から出して私の手に押し付け、
「ああ、良いネックレスですね!では失礼いたします」
とニカッと笑って踵を返した。
より一層ドキドキするのを感じながら、彼の姿が見えなくなるまで見送る。という言うか、動けなくなっている。
鍵を無くしてなんかいないことを彼は気づいていたのだろう。 おさまらない胸を押さえ、ふと土手の方を見ると未だそこにいた彼は微笑んで、1度だけ頷き家の方へ去っていった。
ありがとうございました




