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その日から私は毎日のように小屋に入って宝探しをした。端から一本一本中身が入っていないか、どんな色でどんな形か、丹念に確認する。
大抵はジュースの瓶とか、一升瓶に似た形のものが多い。でも中には口の部分が直角に曲がっていたり、捻ってあったり、クチが開いていない物もあった。蓋がついている、というわけではなくて、ガラスで塞がれているのだ。
祖父は私がいくら瓶に触っても持ち上げても何も言わなかったが、置いてあった場所をずらしたりするとすぐに気づいてため息をついた。
「かおり、場所を移さないと約束できないか?何回目だ。出来ないならもうここには入れないよ」
祖父の目を盗んでこっそり場所を入れ換えたのに、彼はすぐに気づいて険しい顔で言った。
そんなに場所が大事なの?入れ換えた方が色合いがキレイだからやったのに。
口を開きかけてやめた。横目で見た祖父が本気で起こっているのが見えたからだ。
「ごめんなさい」
もごもごいった言葉は祖父に届いたかどうかわからない。
「かおり、物にも人にもきまりがあるんだ。少しでもそれを破ったら何が起きるかわからない。これだけは覚えておきなさい」
何を大袈裟な。
ただの瓶を動かしただけでそんな大したことなんて起きないだろう。精々ドミノ倒しになって割れるとか、そのくらいのものだ。確かにガラスの破片でいっぱいになった床は危ないけど。
ある日私は、小屋の中の瓶が定期的に移動されていることに気づいた。
昨日まではこの瓶はあの作り付けの棚の下にあった。こっちの徳利みたいな形の物はあっちの棚の上。あの虹色の瓶も気づいたときにはこの前の場所にはなかった。
印象の強かった瓶しか覚えていないから、確信はなかった。でも何か意味があるような気がしてならない。
「おじいちゃん、これ・・・」
私は小屋の片隅で座り込んでいる祖父を振り返った。
彼はその時透き通った空色の瓶を自分の目線に掲げて、光に透かして楽しんでいた。まるで何かが入っているかのように中を覗きこんだり、傾けたり、色々な角度で眺めている。
「それが何か入っている瓶?」
私は思わず駆け寄った。あまりの勢いに目を白黒させて
「さあ、どうだろうね」
と彼は笑う。
「きれい・・・見せて、見たい!」
祖父が手に持っている瓶に手を伸ばした。彼は嫌な顔はしなかった。
たぶん。
瓶を私の手に差し出した。
私はそれをしっかりつかんだ。
と、思った。
しかし瓶は私の手を滑り落ち
あ!
と言う間に床に叩きつけられていた。
古いものだったのか、そんなに高い所から落としたわけではないのに、瓶は原型をとどめないほど粉々だ。
空が床に散っていた。それさえもきれいと感じてしまい、後ろめたい気持ちでいっぱいになる。
恐る恐る祖父を見た。
彼は愕然とするだろう。あんなに大事そうに持っていろんな角度から眺めていた。
彼はうつむいていた。
「お、おじいちゃん、ごめんなさい。あの、ちゃんとつかんだと思ったんだけど」
彼は私の言うことが理解できないのか、不思議そうに私を見上げ、そのままグラリと何度か揺れたかと思うと、
砕け散った空へ倒れ込んだ。
叩いても、ゆすっても、祖父は目をさまさなかった。
祖父の病室の扉をノックする。返事がないまま開けた。ベッドには青白い顔をした祖父が横たわっている。
「ああ、かおりだ。元気かい?」
リビングに真っ青な顔をして現れた私を見て、母は何も聞かずに小屋に駆け込んだ。救急車が来たときも私は怖くて外に出られなかった。
夜遅く帰ってきた母に祖父はずいぶん前に余命宣告を受けていたこと、その期間が過ぎていることを聞かされた。
祖父の枕元に座る。
「おじいちゃんがいないと元気じゃないよ」
「大丈夫だ、元気になれる」
「ごめんなさい」
祖父は急に謝った私を見て怪訝な顔をした。
「何が?」
「私があの瓶割らなかったらおじいちゃん倒れなかったでしょ。それだけショックだったんでしょ。私のせいだ」
「ああ、面白いこと言うなあ。たまたまタイミングがあってしまっただけだよ。気にしないで良い」
明らかにしょげている私を見上げ、祖父は微笑んだ。
「でも、瓶割れちゃった」
「かおり、瓶はガラス製だ。劣化するなり、ヒビが入るなりしていつかは割れるものだよ。あの時僕は持っていた瓶がいつ割れるのか考えていた」
私を元気づける言葉を発した日を最後に、なぜか祖父はほとんど会話をしなくなった。お見舞いに行って話しかけてもほとんど話そうとしない。じっと天井を眺めている。たまに何か口にしているが、何を言っているのかはわからなかった。
怒っていないと言っていたけど、やっぱり怒っているのかもしれない。
私はどうしたら償える?新しく、彼の気に入りそうな瓶を探す?たぶん今小屋の鍵はかかっていない。だから、入ろうと思えば入れるだろう。小屋にある瓶を持ってきたら喜ぶ?いや、瓶を動かすことになるから、さらに怒るか。それに祖父は出掛けるときには決まって鍵がかかっていることを確認していた。だから何となく、祖父の立ち会いじゃないとなかに入る気がしない。
「おじいちゃん、私がわかる?私どうしたらいいのかな」
ある晴れた日のことだった。私は1週間以上何もできないまま祖父に話しかけていた。
「瓶、ホコリ被っちゃうよ」
「瓶・・・そうだなあ、かおり」
返事を求めたものではない呟きだったが、帰ってきたのがうれしかった。
「そうだよ」
彼と目があった。彼は微笑んでいた。それだけなのにすごく嬉しい。
「かおりは瓶が好きかい?熱心に見てたな」
「おじいちゃんが集めていたやつは、どれもきれいで好きだよ」
私も笑いかけた。
彼は視線を空中にさまよわせた。ああ、またいつもの状態に戻ってしまう。そう思ったとき、彼は布団の中から右腕を出し天井に向かって伸ばした。
何事かと思っていたら、虫を追い払おうとしているのか何度か腕を振った。
そういえば窓を開けていたっけ、閉めよう。空気も少し冷えてきた。窓を閉めて祖父の元へ戻るといつもの状態に戻っていた。私はひとつため息をつき、そのまま病室を後にした。
玄関の扉を開けると同時に両親が飛び出してきた。
「何、どうしたの?」
「病院!今電話で・・・ああもう、あんたも行くわよ!」
心臓がドクリとなる。
祖父に何かあったのか、さっきまで一緒にいたのに。
父の運転する車の中で、祖父の容態が急変したと連絡が来たと母が説明してくれた。
病室に駆け込むと、祖父から何本も管がのびていた。さっきよりもさらに青白い。これで、これでさいごなの?何もできてない。
震える足を動かして祖父の枕元にたどり着く。彼は意識があるのかないのかわからない状態だった。目を覚ましてはいるが視線が宙を泳いでいる。
「父さん」
父が祖父に話しかけるのがやけに遠く聞こえた。
祖父は父のことがよくわからないようで不思議そうな顔をした。
「俺だよ、あんたの息子だろ。わからないのか?」
父の声は震えていた。
「おじいちゃん、家族だよ。わかんないの?一緒に住んでるじゃん。私はかおり。おじいちゃんの孫だよ。こっちにいるのはお母さん。わかる?じぶんの名前言える?」
祖父は父から私へ視線をうつし、母までたどりつくと私をまた見た。
「かおりだよ。早く元気になってまた瓶を見せてね」
「ああ、そう。私は幸次だ」
深くうなずいて祖父はしっかりした声を出した。
「そうだよ父さん。大丈夫だ、元気じゃないか」
顔を歪めたまま父は祖父の手を握った。
祖父は心配するな。と父に微笑みかけ、母に迷惑をかけたなあと、照れ臭そうに詫びた。
そして最後に私の顔を見た。
「かおり、あの小屋と瓶が気に入ったか?」
数時間前に聞かれたことをもう一度聞かれる。
「うん、おじいちゃんが集めたやつはどれもきれいで好き」
悲しげに微笑んだ祖父にさっきと同じように答える。
「ああ、そう・・・。私は、あれをかおりに託そう。お前にも色々迷惑をかけて悪いなあ」
「ううんおじいちゃん。迷惑なんかじゃないよ。ありがとう、大切にする」
笑顔の私を見て、安堵したような顔をした彼はその半日後静かに息を引き取った。




