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「メルレメイア、あなた以前俺に短気は治した方が良いとか言ってませんでしたっけ」
「ひどい!何で殴るの、痛いよ!」
「ああ、言った言った。でもなあ、ほらそれとこれとは別物だろ」
「どれとどれですか・・・」
物の見事に二人はイリヤラを無視して話した。
アルトは殴った手が痛いのか、手を撫でながら呆れたような声を出している。
「そんなことどうだっていいだろ?私はその時に感じた通りに行動する」
いやあなたも結構ひどいですね。
「今私はイリヤラをとてもうるさいと感じた。その結果がこれだ。後悔は全くしてないよ」
そう高々と宣言した彼女は半分涙目になっていたイリヤラを指差した。
「メルレメイアひどい」
「えるさいねえ、いつものことじゃないか。いいかげん学習しな。それにお前は色落ちしたがっているようだけど、あんなもの不運としか言いようがないよ。色落ちした奴等が幸せそうに見えるかい。私にゃそうは見えないけどね」
「だけど・・・」
「だけどもへったくれもないよ。さっさと行きな、お前がいたんじゃ話せるものも話せん」
明らかに肩を落としてシュンと項垂れてしまったイリヤラに、彼女はシッシッと手を振って部屋から追い出した。
この人すごい。
彼が話す間を開けずに追い出したことに素直に感心した。その前に大分攻撃をくらっていたいたのは明白だけど。
「さて、悪かったね、コージの孫カオリ。遠くからよく来てくれた、私はメルレメイアだよ」
そう言って彼女は節くれだった右手をそっと差し出してきたので、同じようにそっと握り返した。
「かおりです」
おずおずと彼女と視線を合わせると、緩く微笑んでくれた。
「カオリ、さっき言ったばあさんだ」
「なんだいアルト、誰がばあさんだって?!確かにしわくちゃだけどね、わたしゃまだまだいけるよ!」
しわくちゃなのは認めちゃうんだ。
思わずぷっと吹き出した私に気付いた彼女はじとっとした目を向けてきた。
「なんだい、何が面白いんだ。悪かったね、しわしわのばあさんで」
見るからに口を尖らせて、ぷんぷんと怒っている彼女はなんだかとてもかわいらしい。
確かに本人が言った通り、メルレメイアはシワだらけのおばあちゃん、というのが第一印象にあげられる。でも、着ている服に細かで手の込んだ刺繍がされているせいか、それはすぐに霧散して高位の人に対する厳かな気持ちを持たされる。
服の作りは私が着ている物とさして変わりはないように見えるのに不思議。
右手には金属らしき素材で出来たブレスレットを何連にもつけていて、左手の人差し指には大きな石のついた指輪をしている。
薄暗いせいでよくわからないけど、髪は多分一色だ。
「いえ、すみません。あの、楽しい方だなあと思って」
「おやまあそう思うかい?ありがたいねえ」
今にもぷいっとそっぽを向きそうだった顔は途端に明るく笑んだ。
表情がコロコロ変わる方だなあ。
「カオリ、あんまり言うと調子に乗るからやめてくれ」
「うるさいね、アルトは黙ってな。カオリ、ここは暗いから明るいところで話そうね。おいで」
そう言うと彼女は私たちが入ってきた扉と反対側にあった扉に向かった。
彼女に従ってついて行って良いのかわからなくて、一瞬アルトの方を向いた私に、アルトは複雑そうな顔をしながら頷いた。
「メルレメイアが全部話す。長くなるぞ」
「何やってんだい、早くしな。わたしゃ気が短いんだよ」
開いた扉の隙間から、明るい光が差し込んだ。光を背負っていて顔は見えないけど、彼女がイライラしているのは本当みたいだ。
私はアルトに頷き返してからメルレメイアについて扉へ歩き出した。
扉は外へと繋がっていた。
出てみると私たちが最初に入った部屋が大きな建物の極一部だったことに嫌でも気づかされた。
建物は中庭を囲むように口の字型をしていてる。外側の建物は2階建てで、1階の4隅にある石造りの階段で上階へ上がれるようになっているようだ。
中庭に面した2階は等間隔に扉が並び、ぐるりとテラスのような通路も設けられている。
ちらほらと行き交う人がすれ違い様に道を譲っていたりするから、通路自体はそんなに広くなさそう。
対照的に1階には今私たちが出てきた物を除けば扉は1つしかない。もしかしたら建物の中で廊下が繋がっているのかもしれない。
「こっちだよ」
サッカー場1つすっぽり入りそうな中庭をあっけにとられて見回していた私に、前を歩いていたメルレメイアが声をかけた。
中庭の中心には大きな木が1本生えていて、青々とした葉をつけている。
木の根本ギリギリまで石畳で舗装されているせいか、石畳の上に木が乗っているみたいでなんだか不思議な姿だ。
メルレメイアはその木の下にいくつかあるベンチに向かっていた。あれをベンチと言って良いのかは甚だ疑問だけど。
それはどちらかと言うと、大きなベッドだった。木製のフレームにマットレスではなくて、絨毯を何枚も重ねて更にクッションをいくつも置き、居心地良くした、という感じだ。寝転んだら気持ち良さそう。
私たちは木漏れ日が降り注ぐ大きなベンチ(?)に靴を脱いで上がった。
抱き枕みたいだけど、ずっしりして長くて大きなクッションに凭れて座る。
ああ、いいな。このままお昼寝したい気分。
日差しが暖かく降り注ぐ。色々話を聞かなきゃいけない用事がなければ、ここでお茶でも飲んでまったりしたい。
「おばあさま」
「ああ、リオ。悪いねえ、忙しそうだったのに」
「いえ、大丈夫です。ララはもう帰るところだったので」
そうかい、とメルレメイアはお茶を運んできたリオの頭を撫でた。
細かな紋様が描かれている茶碗に並々とお茶を注ぎながら、リオははにかんだ。
かわいい。
「カオリさん、お茶をどうぞ。熱いので気を付けてください」
「ありがとう。ねえ、敬語使わなくていいよ。祖父のことも名前で呼んでたでしょ。私そんな気を使われるような大した人じゃないし」
「え・・・」
木製のソーサーに乗せられた茶碗を受け取りながらお願いしてみる。こんなに小さな子に敬語を使われるなんて居心地が悪すぎる。まるで私が強要してるみたいだ。
戸惑い気味にメルレメイアをちらと確認したリオは笑顔で頷かれて、恥ずかしそうにコクンと頷いた。くるくるフワフワの髪が揺れる。
かわいい。
「リオもここにいな。昔話をしてほしいんだよ、知ってるだろ?この国が雨に濡れている訳をさ。カオリ、この国がこの国である由縁の話をまずはしようかね」
ありがとうございました




