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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第五章 強く、もっと強く
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第五章 ⑥

「無事だったみたいだな。近くで原因不明の爆発があったから、少し心配していたんだ」

「そ、そうなんですかぁ……あはは」


 アズポートの門に戻ると、門番の一人がスタスタと駆け寄ってきての第一声がこれだった。

 流石に自分の想創が原因とは言えないので、軽く笑って誤魔化しておく。まぁ、もしもあたしがやったと言っても、到底信じてもらえそうには無いけれど。


「最近は物騒だからな……ここだけの話、デモリショナーの活動が盛んになってきて、ニュートピアでは各地で紛争が始まっているらしい。

 こちらに飛び火する前に、グランドヴェースの王都軍が鎮めてくれれば良いのだが」


 この世界の世間話は、正直なところどう返事をすればいいのか分からない。

 あたしたちが創り上げた世界なのに、その世界の情報をほとんど知らないとは何とも皮肉なものだ。


「……そうですね。王都ミスティナの精鋭軍は頼れますし、特に――」


 そんな時に、ラナの存在が本当にありがたく思える。見た目はあたしよりも幼いけれど、妖精なだけあって知識が豊富だ。

 もしかしたら、実年齢はあたしの何倍もあるかもしれない。

 しばらく世間話をしていたラナと門番だったけど、ふと思い出したかのように門番が話を切り出してきた。


「そうだ、王都軍と言えば……今日メルクリウス十世がこの街を訪れたのだが、君たちは見たかい?

 何でも、明日行われる雑種の死刑を担当することになったそうだ。処刑くらいでわざわざご足労願うとは、この街もある意味幸運かもしれないな」

「……メルクリウス十世、ですか。私たちも街を出る際にすれ違いました」


 話についていけないあたしとシュガーは、お互いに視線を交わして会話を傍聴する。

 街を出る際にすれ違った……そういえば、青いドレスの金髪女性と取り巻きの騎士団とはすれ違った気がする。あれが王都軍の正体なのだろうか。


「そうか。普段はこの周辺地域に来られない方なだけに、お目にかかれてラッキーだったな。

 いい思い出になったじゃないか、お嬢ちゃん」

「……お嬢ちゃんなんてよして下さい。もう子供じゃありませんから」


 そんな和やかな空気の中で二人が話し続けていると、門番は何かを思い出したように小さく飛び跳ねた。

 慌てて詰所に目を向けると、焦ったような表情でこちらを向く。


「いけねぇ。当直が俺だけだから、詰所がガラ空きだ。

 もう少し話をしていたいところだが、時間も遅いから君たちも早く帰りな」


 それだけ言い残すと、門番の男は詰所に駆け込んでいった。

 呆気に取られていると、鈍い音を立てて大きな門が半分ほど開く。


「……行くぞ」


 仔犬の姿をとっているフェンリルの言葉を受けて、全員が歩き始める。

 暗い街並みは上空の満月が明るく照らしていて、街灯の類は一切必要ないみたいだ。よくよく考えてみれば、まともに幻界の月を見るのは初めてな気がする。

 何せ初日は、木々の生い茂った常闇の街にいたのだ。

 多少の木漏れ月光(当てはまる言葉がこれくらいしか見つからない)は目にしたけど、月自体はまるで見えなかった。


「何ていうか、すごく大きく見えるなぁ~」

「せやなぁ……理科の教科書にある写真が、目の前にあるみたいやね」


 シュガーの言うとおり、幻界の月は拡大写真で見る月そのものなのだ。細かなクレーターと思われるものまではっきり見えて、空から落ちてこないか心配になるほど近い。

 太陽もかなりの大きさだったけれど、それと比べても遜色の無い大きさだ。


「月だけじゃない……他の星もすごく大きい」


 あまりの大きさに月ばかり目が行っていたけど、傍には土星らしき環のある星やら、月光に負けず遠くで輝く星やら、様々な星が確認出来る。

 この世界の星空を眺めてしまったら、もうプラネタリウムの星空など見たいと思わないだろう。

 のんびりと天体観測をしながら歩き、あたしたちは宿屋への道を行く。行きはあんなに混雑していた大通りも、今ではかなり静まり返っていた。


「……へくちゅっ!」


 不意に、シュガーから可愛らしいくしゃみが聞こえる。

 最初は何でもない、ただのくしゃみだと思っていた。


「なぁ、なんかえらく寒くないか?」


 ずるずると鼻を啜りながら、妙に鼻声で尋ねてくる。

 一応今は春の下旬だけど、今まで夜に肌寒さを感じることはあまり無かった。幻界での昨日はデーテとの死闘だったので、肌寒さを感じる暇もなかった、というのが正論なのだが。


「そうかな? 別に言うほど……ひゃっ!」


 そんな時、通りの奥から異常なまでに冷たい向かい風が、あたしの肌をさっと撫でた。

 一瞬強まった冷気は、次第にひんやりとしたそよ風になって威力を弱めていく。

 しかしもうすぐ夏だというのに、この風はどう考えてもおかしい。


「ほらな? ウチ寒いの苦手やねん。はよ風止まんかなぁ……」


 シュガーは目をきつく閉じながら、腕を組んで体を震わせていた。そんなシュガーを見ていると、あたしも急に肌寒さを覚え始める。

 夜の海沿いは潮風で寒くなると噂に聞くが、これはあたしの想像を遥かに上回るものだった。


「潮風って、こんなに寒いんだねぇ~。風邪引いちゃいそうだよ……」

「……違う、潮風じゃない。あまりに潮の香りが薄すぎる」


 後ろを歩くラナは、あたしの意見を否定してしばし考え込む。

 熟考している間にも、冷たい風は未だに吹き続けていた。

 強く、弱く、強く――。


「……っ! まさか!」


 ラナにしては珍しく焦りの色を見せ、あたしたちを置いて疾風の如く駆け出した。

 状況が理解出来ないまま、あたしたちもラナを追って走り出す。

 大通りの突き当たりに出ると、冷気はより一層強まった。左手には〝カモメの巣〟があるが、ラナはそれを通り過ぎて港の奥へと走っていく。

 ラナを残して宿に戻るわけにもいかず、結局あたしたちは更に後を追うことになった。


「はぁ、はぁ……どこまで、行くんだろ?」

「ウチにも、分からん、わぁ……」


 息切れを起こしつつも走り続け、辿り着いたのは古い倉庫の前だった。

 元は何らかの資材を置く場所だったのだろうか、ところどころに木箱が散らばっている。あたしたちの世界で言えば、不良の溜まっていそうな嫌な雰囲気を醸し出していた。

 そんな倉庫の中に、ラナは何の躊躇いも無く入っていった。

 大きな入り口からはキラキラと輝く結晶が冷気と共に吹き出ていて、ただ事でないことは一目瞭然だ。


「……どうする? ウチらも行かんとアカンかなぁ?」

「あ、当たり前でしょ!」


 寒いのがイヤなのか、シュガーは大いに躊躇った。我が儘を言う子供のような表情に呆れたあたしは、無理矢理にでも連れて行こうと腕を引っ張る。

 足をずるずる引きずられながら移動するシュガーは少し面白かったけど、今は笑っている場合ではない。

 引きずりながら倉庫の入り口に着くと、あたしは激しい冷気と氷雪に表情を歪める。


「想創! 〝迅雷(じんらい)〟!」

 そして聞き覚えのある声。目を凝らして見ると、三人の人物が猛吹雪の中で立っていた。

 一人は先ほど入ったばかりのラナ。

 もう一人は想創の発声から察するにリュウ。

 だとしたら、もう一人は――


「危ない、下がって!」


 ハッと我に返ると、焦りを更に強めたラナがあたしたちに向かって飛び込んできた。あまりに急だったので、避けられずに強烈なタックルをもろに受けてしまう。

 その衝撃で、強制的に倉庫の外に押し出された。

 刹那――。



 ズシャアォッ!



「ぐあっ!」


 耳を裂くような雷鳴と、直後に聞こえた少年の小さな悲鳴。

 それと同時に、倉庫内から吹く冷気も段々と威力を弱めていく。


「ザック!」


 あたしたちを押し倒した状態のラナは、即座に立ち上がると倉庫の中へと駆けて行く。

 何が起きたのか分からないまま、あたしとシュガーもゆっくり立ち上がった。


「はぁ……一体どないやっちゅーねん!」


 突然の出来事に少し憤慨気味のシュガーだったが、そんなことはこの際気にしない。

 大事なのは、この場で一体何が起きたのかということだ。現時点で分かることは、この場にリュウとザックがいて、おそらく戦っていたということ。

 ――理由は分からないけど、本人に直接聞いたほうがよさそうだ。

 そう思ったあたしは、雪の積もる倉庫へと侵入した。

 サクサクと音を立てながら歩き続け、少し奥に立っていたリュウの目前へと近寄る。当のリュウ本人は、左手に握られている木刀に視線を落とし、少しバツの悪そうな顔をして頭を掻いていた。


「よ、よぉ。今まで何処に行ってたんだ?」

「ふーん……この状況で、あたしたちのことを先に聞くんだぁ~?

 正直なリュウなら、先にここで何が起きたかを説明してくれるって、思ったんだけどなぁ~……」


 うっ、と焦るリュウを横目に見つつ、ちらりと床に倒れているザックを見る。

 ラナがザックの体を揺さぶるが、一切の反応が無い。


「……想創。〝トリート・オブ・ウィンド〟」


 目を閉じたラナが小さく呟くと、倒れているザックの周りに想創光が集まる。それが消えると、以前も感じた優しいそよ風がザックを包み込み、倉庫の外へと流れていった。


「んっ……この風、ラナか?」


 意外にも早く、ザックは意識を取り戻した。そよ風が止むと同時に、少し唸ってから自身の体を起こし立ち上がる。

 ラナは心配そうな表情をしているが、ザックはそんな彼女に見向きもせず、あたしとリュウに近づいてきた。


「……リュウ、大丈夫?」


 思わず身構えてしまったあたしは、ザックから視線を離さず問いかける。するとリュウは、右手であたしを制して自分からザックに近づいて行った。

 お互いに武器を持っているし、このままでは切り結ぶこともあり得る。

 これから起こる惨劇を見ないよう、あたしは咄嗟に両手で顔を覆い隠した。

 指の隙間から覗き込むと、二人は徐々に距離を詰め、手の届く位置まで近づき――。


「……リュウ、お前やっぱ強いわ。これなら幹部クラスの奴だって倒せるかもなぁ」

「そういうザックこそ、結構やるじゃないか。正直凍え死ぬかと思った」


 なんとお互いに笑顔で言葉を交わし、あろうことか互いの拳をコツンとぶつけ合った。


「……どーゆーこと?」


 この状況、全く以って訳が分からなかった。

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