第六章 ①
「……どーゆーこと?」
後ろで呆気に取られているセインに、俺は心の中で苦笑してしまう。
そりゃああれだけ憎まれていた人間相手に、笑顔で言葉を交わしているのだから無理もないか。
「……ザック、どう説明したらいいと思う?」
俺の問いかけに、ザックは心底面倒くさそうな表情をしていた。
「どう、って言われてもよぉ……相談する相手を間違えてねぇか?」
至極もっともな意見を言うザックに首をすくめると、俺は改めて周囲を見回す。
知らぬ間に派手にやらかしていたらしく、倉庫は損壊こそしていないものの、一面が雪に覆われていた。
――まぁ、ほとんどがザックの仕業だけど。
そして、俺とザック以外の人物は例外なく呆気に取られていた。
セインやシュガーはともかく、あの感情の起伏が少なそうなラナまでもがポカンと口を開けていたのは驚いた。
「……ザック?」
ようやく口にしたのは、そんな気の抜けた声だった。ザックは難しそうな顔をすると、座り込んでいるラナの手を引いて立ち上がらせる。
「説明は後だ。とりあえず、さっさと宿屋に戻ろうぜ」
ラナはまだ何か聞きたそうな顔をしていたが、一度首を振ると微笑を浮かべた。
「そういうことだ。それじゃセイン、シュガー、フェンリル、宿屋に戻ろう」
俺の声で我に返った二人と一匹は、明らかに不満そうな表情を浮かべていた。
しかし最終的には渋々頷き、倉庫の入り口へと歩き出す。
「……きちんと説明、してくれるよね?」
「それはお互い様だ。飯でも食いながらゆっくり話そう」
そんな話をしていると、現金な腹の虫が急に鳴り出した。
さっきまでは戦いに集中していて、空腹という感覚はほとんど消え去っていたようだ。
むしろ戦い以外の感覚を全て消失していたみたいで、今更ながら倉庫に充満する冷気で寒気を感じた。
「うぅ~……寒いわぁ。はよコタツにでも入りたいわぁ」
誰よりも早く倉庫から出たシュガーの呟きに、その場にいた全員が薄笑いを浮かべていた。
大体コタツって、季節外れにも程があるだろ……。
少し空気も温まったところで、俺たちは宿屋への道を歩き出した。
「おや、おかえり。あんたたちも疲れただろう?
今日の夕食は獲れたての鰻を贅沢に使ったうな重だけど……食べるかい?」
「う、うな重……」
おばさんの言葉に、セインが大口を開けて絶句している。
そりゃあこんなにファンタジー性皆無な食事が出てきては、セインは愕然とするしかないだろう。
「おっ、美味そうだな! もちろん食うぜっ!」
ザックが元気よく返すと、おばさんは笑顔になって頷き、スタスタと厨房へ向かった。
一階にあるロビーの隣がすぐ食堂らしく、ちらほらと宿泊客の人影が扉越しに見える。
今の時刻が八時半前なのに夕食を用意してもらえるとは、なかなか良いサービスをしている宿だ。
「ほら、行くぞ?」
しばらく固まっていたセインだったが、俺の声に力なく頷くとトボトボと歩き出した。別に美味ければ問題ないと思うけどなぁ……。
食堂に入ると、急に炭火の香ばしい香りが鼻腔をくすぐってきた。
六人がけのテーブルが四つ並んでいたので、俺たちはその内の一つに全員で腰掛ける。すると、息つく間もなく俺たちのテーブルにホカホカのうな重が運ばれてきた。
「うな重六丁、お待ちどおさまっ!」
六丁も運べるのか? と疑問に思っていると、おばさんの姿は見当たらない。
慌てて宙を見上げて、俺は思わず声を上げそうになった。
――うな重が、宙に浮いている……。
「どうしたんだよ、リュウ? 別に不思議でも何でもないだろ?」
表情に出ていたのか、ザックが不思議そうな顔で俺を見ていた。不思議でも何でもあるのだが、言ったら馬鹿にされそうだったので平静を装う。
セインとシュガーも同じような表情をしていて、俺の反応が間違っていないことを改めて再確認。ちょっと安心する。
全員分のうな重がテーブルに並ぶと、次は箸が飛んできて、さらにコップと水差しもひゅんひゅんと飛んできた。これなら人件費も抑えられるし便利だな……。
食べる準備も整ったところで、いつも通り〝いただきます〟と言おうとして手を合わせる。
しかし、ラナとザックは右手を胸の左側――すなわち心臓に当てた。
「「我らの想像力の糧として、恵みを授かることに感謝を捧げん」」
これは、俗に言う〝食前の祈り〟ってやつだろうか。
だとしたら、俺たちも文化は合わせた方がよさそうだ。郷に入っては郷に従え、ってのはこのことだな。
セインとシュガーに目配せをして小さく頷くと、二人に習って復唱する。
「「「我らの想像力の糧として、恵みを授かることに感謝を捧げん」」」
そうして短い祈りを捧げると、ラナとザックは箸を手に取って食べ始めた。
それを確認した俺たちも、よい香りを放つうな重を口に運ぶ。
「……こんなに美味いうな重、初めて食う気がする」
「おっ、美味し~い! 焼き具合といい、たれの甘みといい、絶妙だねぇ~」
「うーん……美味いんやけど、苦いお茶が欲しいなぁ」
各々のコメントを耳にしつつ、俺は夢中でうな重に食らいつく。
最初は不満そうだったセインも、流石にうな重の美味さには負けたらしい。
シュガーはというと、おばさんが飛ばしてきたお茶を一口啜ると、とても満足そうな表情をしていた。
「おばちゃん、ホンマえぇお茶やなぁ~……どんな茶葉使っとるん?」
「あぁ、それは飲む人の好みに合わせて味の変わる茶葉なんだよ。この地域じゃあまり飲めないけど、王都周辺なら結構出回っている有名な茶葉さ」
飲む人の好み、か。それならシュガーの味覚障害に近い苦党の舌にも合うわけだ。
妙に納得していると、対面に座るセインの真っ直ぐな視線を感じた。
逸らすわけにもいかず、俺もセインの目を真っ直ぐと見据える。
「……さて、じゃあどっちから話そうか?」
「そんな聞き方したら、レディーファーストを適用してセインが先になるぞ?」
「うっ……じゃあリュウから」
一本取られて悔しそうな表情をしているセインに、俺は笑いそうになるのを堪える。たまに子供っぽいというか、そういうところが少し可愛いのだ。
「そうだな。それじゃあザック、もし出来事が抜けていたら補完してくれ」
「えぇ~……仕方ねぇなぁ」
いつの間にか全員の視線が俺に集まっていて、少しだけ上がりそうになる。
まぁ相手は全員知り合いなわけだし、あまり気にしてもしょうがないだろう。
緊張感に包まれた食卓の中で、俺は少し長い話を始めることにした。
事の発端は小さな物音だった。木製の扉が開く、少し不快な音。
「……ん?」
俺はいつの間にか寝てしまっていたらしく、薄目を開けて窓を見ると、太陽は水平線に消え行く最中だった。
慌てて起きようとも思ったが、そのときは眠気が勝ったので、深いまどろみに意識を預けようとしていた。
――しゃりっ。
聞こえたのは、どうにも聞き覚えのある嫌な金属音。
どこで聞いたのかを思い出そうとしていると、扉の方向から何者かが近づいてくる足音がした。
スタ、スタ、スタ。
流石に尋常な出来事ではないと、俺は眠った風に装いながら、訪れる人物に対する警戒心を高めていた。
もしかしたら、デモリショナーの一員かもしれない。
「……お前さえ、倒せれば――」
そして、まだ少しあどけなさの残る少年の声が聞こえた。その声は憎悪に満ちていて、俺に対する敵意をむき出しにしている。
ここで俺は、この状況を説明するに足る、ある可能性に辿り着いた。
――ザック、あいつが目を覚ましたのか?
思えば、最初の金属音は刀を鞘から抜くときに発する、鯉口を切る音だった。そしてザックは、確か小刀を持っていたはずだ。
それに先ほどの声、そして〝お前さえ、倒せれば〟という言葉。それこそ、さっきラナから聞いた話そのものじゃないか。
ザックはまだ、俺を殺してデモリショナーに認められようとしているに違いない。
間違いは、正してやらねばならない。まだ、後戻り出来るんだ。
「お前が悪いわけじゃない……運が悪かっただけだ」
呟きと共に、段々と足音が近づいてくる。三歩進んだところで、足音は唐突に止んだ。
「寝込みを襲うなんて、俺らしくねぇ。けど、生きるためには仕方ねぇんだよ」
相手に悟られないよう、薄目を開けて状況を把握する。立っていたのは予想通りザックで、悲しそうな表情を浮かべながら小刀を振り上げていた。
「……すまない」
言葉と共に頬を伝う一筋の涙。震える手を力強く握ると、思い切り振り下ろし――
――パシッ。
「勝手に話を進めるな、大馬鹿野郎が」
「っ! なんで……」
白羽取り、というと少し語弊があるだろうか。何せ心臓目掛けて突き出された小刀を、体に刺さるすれすれの位置で捕らえたのだから。
幻界だからこそ出来たのであって、普段の俺なら確実に刺さっていただろう。
動揺を隠せないザックを一瞥すると、俺は体を起こしながら小刀を引き抜く。力なく握られていた小刀は、いとも簡単にザックの手から奪い取れた。
「……事情は色々あるだろうが、まずは話そうぜ?
前々から言っているが、俺はお前と敵対したいわけじゃない。むしろ助けたいんだ」
「な、何を……」
腰の鞘に小刀を戻してやると、俺はベッドの横を勧める。
ザックは少し迷っていたが、観念したようで力なくベッドの端に腰掛けた。
さて、何から話したらいいだろうか。俺はこういう説得みたいなものが苦手で、いつも言葉に詰まってしまう。
伝えたい気持ちを伝えられないというのは、何とも歯がゆいものだ。
「あのさ……一応ラナから事情は聞いたんだ。
孤児院のこととか、デモリショナーのこととか、色々と」
「……だからどうした。同情でもしようってのか?」
対するザックは、俺に対する警戒心で少し身構えている節がある。
まるで反抗期の子供みたいで、どうにも扱いづらい。機嫌を損ねないよう、気を遣わないといけないな……。
「そんなんじゃないが……俺はただ、この世界にいる全ての住民に幸せになって欲しい、ただそれだけだ。深い意味は無い」
「はぁ? 何トチ狂ったこと言ってんだよ? ……そんなこと出来るわけねぇだろ」
半ばキレ気味で言い放つザックに、俺は強い視線を送った。一瞬たじろいだザックに対し、少し表情を和らげて諭すように話す。
「やってみなくちゃ、分からないだろ? 出来ないって決め付けたら、出来ることも出来なくなる。
だから俺は、最初から諦めるつもりは毛頭ない」
「……出来るもんか。誰かが幸せになるには、その影で誰かが必ず不幸になる。
孤児院を幸せにするために身を売った俺なら、そのことは充分に分かっているつもりだ」
その表情には、悲愴と諦めの色が混ざって見えていた。それはまるで、デーテがこの世界に望んだ〝恐怖と絶望〟を体現しているかのような。
「……実を言うとな、この世界に少しでも不幸が蔓延しているのは、俺の所為なんだ」
俺の言葉に、ザックは理解しがたいという表情をしていた。
いきなりこんなぶっ飛んだ話をされては、無理もないだろうが。
「どう、いうことだよ」
ようやく口にしたのは、俺に対する問いかけだった。問われる間でもなく答えるつもりだったので、俺は目を閉じて静かに口を開く。
「俺は……俺とセインは、この世界を創った張本人なんだ」
そこからは、この世界に来て何度目かの同じ説明をした。
簡潔に説明したものの、ザックはにわかに信じられないというのを顕にしていた。
「嘘付けよ! お前なんかがこの広い世界を創っただと?
そもそも、この世界のことなんかこれっぽっちも分かっちゃあいない……だ、ろ」
「そういうこと。俺たちは幻界を創って間もないから、知らないことだらけだ。最初は想創の方法さえ分からなかったからな」
ようやく話を信じる気になってくれたらしく、ザックも少しだけ落ち着いた。
それを見計らって、俺は話を続ける。
「世界を創ったまではいい。けど、色々な出来事が重なった結果、この世界に〝悪〟の存在を野放しにしてしまった。
……その負い目もあるんだろうな、俺がこの世界の住民を幸せにしたいと思っているのは」
『……何を言う。悪いのは全部、我の不注意だ』
重い空気の中、更に重々しい空気を纏ってミカドが現れる。
突然のことにザックは驚いていたが、俺は気にせずミカドを一度ポンと叩く。
「そんなことないさ。俺がもっと強ければ、デーテの好きにはさせなかったはずだ」
『リュウ、お主……』
「それに、まだ全てが終わったわけじゃない。
今からでも諸悪の根源を完膚なきまで叩き潰せば、この世界にもっと笑顔が増えるはずだ」
俺が笑顔と共に言い放つと、傍で見ていたザックは少し難しそうな表情をする。急に話題が変わった所為で、反応に困り戸惑っているのだろう。
「……なんつーか、お前も色々背負ってんだな」
それだけ言うと、思い切り俯いてしまった。〝お前も〟ということは、ザックにも背負うものはあるのだろう。ラナとか、孤児院とか。
ザックの肩にそっと手を置くと、ビクッと跳ねてこちらを見た。
その目にはまだ警戒心が残っていて、信用されていないのは明らかだ。
大事なのは、気持ちを伝えること。
つい最近学んだ教訓を生かして、ザックに心を開いてもらわないと。
「話が脱線しすぎたな……俺が言いたいのはつまり、お前に道を誤ってほしくないって事だ。
デモリショナーに加担すれば、いつかきっと後悔する。もしもお前が奴らに追われるようなら、俺たちが全力を尽くして守ってやる。だから――」
一気にそこまで言うと、大きく息を吸い、そして気持ちをぶつける。
「――俺たちを、信じてくれ!」
「……って言ったんだ。そしたら――」
「待て、リュウ。その先言ったら本気で殺すぞ」
箸を逆手に持って、今にも襲い掛かろうとしているザックに少し恐怖を覚え、咳払いをして続きを誤魔化す。
こいつは本気で殺しかねないからな……。
「えぇ~! すっごく気になるんだけど……」
「せやせや! ザックは気にせんでえぇで、続きをはよ教えてぇや?」
「……私も、気になります」
しかし聴衆は無慈悲で、ものすごい眼力で俺を見てくる。
言えばザックに身体的ダメージを与えられるし、言わなければ泣き落としで女子三人に精神的ダメージを与えられるだろう。
完全に逃げ道を失ったな……悪い、ザック。
「エホン、まぁザックは今まで堪えていた涙を――」
「想創! 〝氷雨(ひさめ)〟ッ!」
観念して言おうとした矢先、ザックの鋭い声が食堂に響き渡る。
まさかあの想創を、この狭い室内でしようってのか?
食堂の天井に想創光が充満し、照明よりもさらに眩く輝く。少し経って光が消えると、鋭く尖った氷柱が何本も宙に浮いていた。
「死ねぇぇぇぇ!」
ザックの言葉に反応して、氷柱が俺目掛けて一直線に飛んできた。
この場で氷柱を防げるものは一切なく、逃げてもこの宿を傷つけてしまう。だったら、たまには痛い目に遭うのもやむなしだろう。
「全く……暴れるんじゃないよ!」
覚悟を決めて氷柱に刺さろうと目を閉じたとき、おばさんの怒声が食堂に響き渡った。
次の瞬間、氷柱の勢いが急激に弱まり、最終的には宙に浮いたまま止まってしまった。
おばさんの迫力にその場の全員が黙り込み、食堂を緊張感のある静寂が包み込む。すると、何とも形容し難い気まずそうな表情を浮かべ、小さな手を振って次々と空いた食器を片付けていく。
その様子をじっと見守っている間に、うな重の器やコップは全て片付いていた。
最後に浮いたままの氷柱も片付けると、口元に手を当て一言。
「……あらやだ。そんなつもりじゃなかったのよ、オホホ」
何が〝そんなつもり〟なのかは全く謎だったが、焦った表情のおばさんに追求するのもなんだか気が引けた。ここはスルーすべき場面だろう、うん。
「とりあえず、部屋に戻るか。続きはそれからだ」
「チッ……後で覚えてろよ?」
ザックの悪態は聞かなかったことにして、俺は椅子から立ち上がった。
時間も夜の九時半と遅いし、何よりこれからの話題にはシュン奪還作戦も含まれてくる。迂闊に人前で話せる内容ではないのだ。
「そうだねぇ~。それじゃ、皆行こっか?」
セインの一声に、俺以外の皆が立ち上がる。
おばさんには会釈だけしておくと、俺たちは三階にある自分たちの部屋へと向かうのだった。




