表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

番外編 間違い探し



【香織視点】


ガチャガチャ、ガチャン。


ドアを開けると、見覚えのあるショートブーツが揃えてあった。


黒のレザー。

低めのヒール。


職場で何度も見たことがある。


私は玄関で立ち止まった。


……え?


一瞬だけ思考が止まる。


「ただいま。誰か来てるの?」


そう言いながらリビングへ向かう。


襖を開けた瞬間、思わず声が出た。


「あれ?唯さん!」


職場で何度も顔を合わせている。


看護師の唯さんだった。


「え?香織ちゃん?」


唯さんも驚いた顔をしている。


「お前達、知り合いなの?」


拓也さんが二人を交互に見る。


……なんだろう。


拓也さんの声が、いつもと少し違う。


驚いているような。


焦っているような。


そんな声だった。


「拓也さんの言ってた幼馴染の“唯ちゃん”って、もしかして唯さんのことだったの?」


「あ……うん」


返事は短かった。


「香織ちゃんの旦那さんが、まさか拓也だなんて思わなかった!」


唯さんが笑う。


「すごい偶然!」


そう言っているのに、


なぜか二人とも少しだけぎこちない。


コタツ。


二つのコーヒーカップ。


冷めた空気。


私が来る前まで、


何か大事な話をしていたような気がした。


 


「香織もコーヒー飲むだろ?」


拓也さんがそう言った。


「コーヒーって今からお湯沸かすの?」


「お湯、沸いてるだろ?」


私は思わず首を傾げた。


「ううん。めっちゃ冷たい。水!」


沈黙。


ほんの一瞬だけ。


でも確かに二人の動きが止まった。


……変だな。


二人分のカップはテーブルに置かれている。


飲みかけのコーヒーもある。


なのに、お湯は冷たい。


この二人、


いつからここで話をしてたんだろう。


コーヒーを飲むのも忘れるくらい。


そんな話って、何だろう。


 


唯さんと拓也さん。


幼馴染。


私は二人を見比べる。


なんとなく似ている気がした。


会話のテンポとか。


沈黙のタイミングとか。


言葉にしなくても通じているような空気とか。


私の知らない時間。


長い年月を一緒に過ごしてきた人たち。


コーヒーカップを手に取る。


冷たい。


私は少しだけ笑った。


……考えすぎかな。


 


「私、そろそろ帰るね。香織ちゃん、急にお邪魔してごめんね」


唯さんが立ち上がる。


「唯さん、もっとゆっくりしてけば良いのに」


本心だった。


職場で話すことはあっても、


こうしてゆっくり話す機会なんてあまりない。


唯さんは少しだけ笑った。


「ゆっくりしてたいけど、私も家の事しなきゃいけないし。ありがとね」


そう言いながらバッグを肩に掛ける。


……あれ?


ほんの一瞬だけ違和感を覚えた。


何だろう。


急いでいるわけじゃない。


でも、


早く帰りたいようにも見える。


というより――


この場から離れたいような。


そんな感じ。


「拓也、墓所の駐車場まで送って!」


唯さんが振り返る。


「あ、そうだった。車置いてきてたんだ」


拓也さんが立ち上がる。


二人の視線が一瞬だけ重なった。


その意味は分からない。


でも、何かを確認したように見えた。


……気のせいかな。


 


二人が出て行ったあと、


家の中は急に静かになった。


さっきまで誰かがいたはずなのに、


妙に広く感じる。


私はコーヒーカップを片付けながら、


小さく息を吐いた。


なんだろう。


おかしくない。


何もおかしくない。


職場の同僚が偶然、旦那の幼馴染だった。


それだけ。


それだけのはずなのに。


何かが引っ掛かる。


説明できない。


小さな違和感。


私はなんとなく部屋を見回した。


畳の部屋。


古いコタツ。


窓の枠。


そこに置かれたペン立てが目に入る。


「あれ?」


思わず声が漏れた。


黄色いシャープペン。


いつもそこにあるはずなのに、


見当たらない。


私は少し首を傾げた。


「拓也さん、どこかに片付けたのかな」


それ以上は考えなかった。


ペンなんて、


探せばどこかにある。


そういうものだ。


私はカップを洗い、


窓の外を見る。


冬の空は薄い青だった。


私は少しだけ首を傾げる。


――考えすぎかな。


 


近くにいる人は、当たり前に“そこ”にいるわけじゃありません。

 

普通でいられることは、本当はとても難しくて、とても普通ではないのだと思います。

 

本編の二人も、何も起きなかった世界線の二人も、結ばれることはありませんでした。

 

けれど、それぞれの世界線に、それぞれの優しさと痛みがありました。

 

もしあなたの隣に“普通にそこにいる人”がいるなら、どうか大切にしてください。

 

その普通は、奇跡に近いものだから。 

 

 

 

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。 

 

 

 

作者

藤原やーまん

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ