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第十一話 優しいバカ



【何も起きなかった世界線】


【拓也視点】

 

冬の空気は、耳が痛くなるほど冷たかった。

 

早く帰りたい。

 

俺は家路を急いでいた。

 

乾いた空気の中、バイクの音だけが妙に響く。

 

コンビニ前の自動販売機。

 

温かいコーヒーを買おうとして、ボタンを押した。

 

ガコン。

 

当たり。

 

「うお、マジか」

 

焦ってもう一本押す。

 

ガコン。

 

……おしるこだった。

 

まあいいか。

 

温かいうちに帰ろう。

 

俺は少しだけアクセルを強く回した。

 

エンジンを切る。

 

静かだ。

 

玄関で靴を脱ぎ捨て、俺は四畳半の襖の前に立った。

 

何も聞こえない。

 

意を決して襖を開ける。

 

目の前に、唯が立っていた。

 

「うわっ!びっくりした」

 

「お前、いつからそこに居たんだよ?」

 

「拓也のバイクの音が聞こえてからずっと」

 

「バカかおまえ」

 

唯はケラケラ笑った。

 

白い息がまだ少し残っている。

 

「で、どうしたの拓也、そんな急いで?」

 

「なぁ、聞けよ。自動販売機で当たり出た!焦っておしるこ押した。飲むだろ?」

 

缶を突き出す。

 

「ほら!」

 

「ありがとう!」

 

唯は缶を両手で受け取った。

 

「あったかー……」

 

一口飲む。

 

「……ぬるっ!」

 

「すまん。バイク飛ばして帰ったから、外気で冷めたのかも」

 

「それでそんなに急いでたの?」

 

「……わるいかよ?ぬるくなると美味しくないだろ?」

 

唯は少しだけ目を丸して、それから笑った。

 

「さむー!」

 

「コタツ出てるじゃん」

 

「唯もコタツ入れよ」

 

「うん!そうする」

 

唯が勢いよくコタツに潜り込む。

 

「うわぁ、あったかい!」

 

「拓也、頭まで入ったら駄目!」

 

「だって寒いんだもん。鼻真っ赤だろ?唯!俺の顔みろよ!」

 

俺もそのままコタツに頭を突っ込む。

 

すぐ後から、唯も頭を入れてきた。

 

赤いヒーターの光が、コタツの中をぼんやり照らしている。

 

「コタツの中全体が赤いからわかんない!」

 

二人で吹き出した。

 

「とにかく、頭入れるのは良くないよ。出よ!」

 

「だな!」

 

コタツから顔を出した瞬間、俺はふと思ったことを口にした。

 

「なぁ、唯。パンツ見えてたぞ」

 

「うわ、キモっ!」

 

唯がクッションを投げてくる。

 

「何色だった?」

 

「ん?薄い青!」

 

「ほんとに見てんじゃん!」

 

また笑い声が響く。

 

ヤカンが小さく鳴り始めていた。

 

コタツは暖かかった。

 

四畳半は少し狭かった。

 

端に置かれた黄色いシャープペンが、コタツの赤に照らされている。

 

でもその狭さが、なぜか心地よかった。

 

冬の匂いのする部屋で、俺たちはただ、笑っていた。 

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