9.モコモフ
「入ってくれ」
扉をノックをすると、オーファンの低い声が聞こえ、ロキは扉を開けた。
「失礼します」
そう言って部屋に入り、オーファンを見る。
オーファンは今朝見たときと同じように、ソファにだらしなくもたれていた。
しかし、その表情はニヤニヤと、抑えきれない笑みを浮かべている。
「……ユニークスキルの発動、成功したんだろ?」
心底嬉しそうに言われて、ロキはようやく確信した。
やはりこの人は、悪人などではない。
一見、不可能に思える、ワイバーンの討伐依頼の受注を勧めたのも、全て自分のために言ったことだったのだ。
「成功……したのだと思います。でも正直、スキルについて、まだよく分からなくて」
「何が分からねーんだよ。発動に成功したことだし、何でも教えてやるよ」
オーファンはそう言って、ソファから身体を起こした。
ロキも向かいの椅子に座る。
「うーん、聞きたいことばかりで、何からたずねていいのか……」
「森で何があったんだ? 順番に教えてくれ」
オーファンに尋ねられて、ロキはうなずいた。
「森にはワイバーンが3体いたんです。囲まれてじりじりと距離を詰められて、死を覚悟しました。正直言うと僕はそのとき、オーファンさんに騙されたんだと思って、絶望したんです。でもその瞬間、突然、僕の身体が光に包まれて……それで……」
「それで?」
「お、女の子になってました……!」
言うのが恥ずかしくて、声が震える。
しかしオーファンは笑わず、真剣な表情のまま、うなずいた。
「よし。見せてみろ」
「は?」
「お前の発動したユニークスキル、ここで見せてみろ。変身するんだよ」
当然のように言われて、ロキは戸惑った。
またあの少女の姿になれることを知らなかったし、やり方も分からなかったからだ。
「また、あの姿になることができるんですか? 一体どうやって?」
「お前、元の姿に戻ったとき、どうやって戻ったんだよ」
「えっと、二度と戻れないのかと思って焦って。戻れ戻れって念じたら戻りました」
「それと同じだよ。強く念じればいいだけだ」
鑑定スキルもSランクになると、使い方まで分かるらしい。
ロキは少し不安になりながらも、心の中で強く念じた。
すると、森の中ほどではない、軽い光が身体が包んで、二秒ほどでロキの身体はあの白い少女の姿に変わった。
その姿を見て、オーファンさんは立ち上がる。
「うっ、マジかよ……めちゃくちゃ可愛いじゃねーか……! これが男なんて何かショックだな……」
「本当にできた! あの、オーファンさん。僕、この姿をまだよく見てなくて。鏡で見てもいいですか?」
「ああ、部屋の角に全身鏡があるから、好きなだけ見ろ」
そう言われて、ロキは全身鏡の前に立つ。
鏡に映る少女の姿を見て、顔が熱くなった。
白い肌に、黒目がちの大きな瞳。ぽってりとした小さなくちびる、さらさらの白金髪。
年齢は13、14歳ほどに見える、少女の姿だ。ルーラのパーティメンバーにも引けを取らない、いやそれ以上の可憐さだった。
頭からは、なぜか耳のようなものが生えている。
ロキはまだ直接見たことはないが、ハーフエルフのようだと思った。
「オーファンさん。この姿になったとき、急にスキルがぐんとランクアップしたんです。錬金術のランクはBだったのに、Sになってるし、弓術はEだったのに、Cに上がっていました。そのおかげで、ワイバーンを倒すことができたんです」
「そう! それが、お前のユニークスキルの凄いところだよ!」
オーファンは、待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑った。
「その姿――『魔法少女』になったとき、所持スキルが2段階強化される。つまり、Cランクなら、A。Bなら、Sランクになるんだよ」
「そ、そうだったんですか! だから、僕、急に強くなったんですね!」
「凄いのはそれだけじゃねーぞ。魔法少女になると、さらにユニークスキルが付与される。お前のユニークスキルは『魔法少女誕生』――絶望している生き物を、お前と同じく魔法少女にすることができるスキルなんだ」
「他の生き物を、僕と同じ、魔法少女に、ですか……?」
それは、とてつもなくすごいことなのではないかと、ロキは思った。
ランクを一段階上げるだけでも血のにじむような努力が必要なのに、二段階も強化できるのだ。
しかし同時に、絶望している生き物など、簡単に見つけられない気がした。
「オーファンさん。僕はこれからどうしたらいいでしょうか? このスキルを、どうやって生かしていけばいいのか、うまく思い浮かばないんですけど」
「はぁ? んなの一つしかねーだろ! お前のそのスキルで、最強のパーティを作るんだよ! 絶賛絶望中の仲間を集めろ」
オーファンは当然のように、きっぱりと言った。
ロキは首をかしげる。
「絶望している生き物を探して、魔法少女にするってことですか?」
「そうだ。強い仲間を集めて、新たな風をお前が起こせ。正体不明の少女集団。最高じゃねーか。その始祖はお前だ。お前が最初の一人なんだからな」
「僕が、始祖……?」
それはとてつもなく途方のない話で、頭がくらくらした。
始祖というのは、空想の域をでない、とてつもなく高尚な響きだったからだ。
高ランクのモンスターの一部には、始祖と呼ばれる存在がいる。
悪魔やヴァンパイア、鬼もそうだ。元はたった一人の始祖で、その始祖から数多く増やたと言い伝えられていた。
「でも僕、お金も残り銅貨1枚しかないし、このままじゃ暮らしていけないんです。なのでしばらくは、良質なポーションを作って、お金を貯めることにします」
「馬鹿、何言ってんだ! そんなくだらねーことに時間を費やすんじゃねえよ。金ならあるだろ? 達成報酬の金貨3枚がな」
そう言われて、ロキは目を丸くした。
「これはオーファンさんに支払うお金でしょう?」
「……そういや、そんな話だったな。んなのいらねーよ。お前の発動を促すためのブラフだから」
当然のように、オーファンが言って、ロキは目を見開いて驚く。
金貨3枚。カバンの中に入っているこの大金が、自分のもの。
身体がぶるりと震えてしまう。
「い、いいんですか? 本当に?」
「いらねーよ。別に俺は金に困ってねーしな。そんなことより、いいかロキ。絶望してる人間を仲間にするのは、簡単なことじゃねーだろう。通り魔やモンスターに殺される寸前、とかでなきゃマトモな奴はいねー。ワケありの奴が多い。だから、そいつらが暮らす拠点が必要なはずだ」
「拠点、ですか」
「ああ。だから、お前はその金でまず、拠点を作るべきだと俺は思うね。んで、いずれはギルドを建てろ」
なるほど、とロキは納得した。
魔法少女を集めるかどうかは置いておいて、住処は大事だ。
とりあえずこの金で住処を用意しようと、ロキは思った。
「そいやお前……その姿のときは、何て名乗るつもりだ?」
「えっ、名乗る? ロキ、じゃまずいんですか?」
「馬鹿! 正体が男――しかもあの冴えないBランク錬金術師のロキ・フェイズだって知られたら、人気が出ねーだろ? 名乗る名前は絶対に必要だって!」
どこか興奮したように身を乗り出して、オーファンさんは言った。
……人気はいらないが、たしかに女の子になってるとバレたら、ルーラたちにも馬鹿にされそうだ。
想像して、身体がぶるりと震える。
絶対にばれない名前を名乗るべきだと思った。
しばらく考えて、顔をあげる。
「うーん。あ、じゃあ、モコモフ、って名前にします」
「モコモフ? なんだそりゃ」
「なんかこの姿、モコっとしてるし、モフっとしてるんで」
「……適当だな、お前。まぁ、いいんじゃね。響きが可愛いじゃねーか!」
オーファンさんは楽しそうに、ニカッと笑った。
自分のこの状況を一番楽しんでいるのは、きっとオーファンだろう。
ロキは、そう思った。
それから変身を解き、オーファンに礼を言って、部屋を出る。
オーファンは「いつでも来いよ」と名残惜しそうに言って、見送ってくれた。
受付がある部屋に戻ると、ルーラと元パーティのメンバーは全員、まだその場にいた。
ロキの姿を見るなり、ルーラは楽しそうに嫌味な笑みを浮かべる。
ロキは少しうんざりして、ルーラから顔をそらした。
「ロキ。報酬の金貨3枚は、雇い主に取られてしまうんでしょう? あんたが膝をついてお願いするなら、もう一袋、銅貨を分けてやってもいいわよ」
「いらないよ」
「そうでしょうね、あんたにはこんなはした金すら貴重で……っていらない!?」
「いらない。じゃあね、ルーラ」
できるだけそっけなくそう言う。
まさか断られると思っていなかったのか、ルーラはきょとんとした表情をした後、ロキを強く睨んだ。
これ以上関わりたくない。
そう思ったロキは手を振って、慌ててギルドを出た。
世界に新しい風を起こせ。
オーファンさんは、そう言った。
しかし、ロキはそんな大層な存在になるつもりなどないし、なりたくもなかった。
ただ、ロキは冒険者として生きるのが好きなだけだ。
まだ見ぬ、薬草、鉱石、蟲、モンスター。
錬金術師としての性なのか、そういったものに出会うのが好きだった。
(だから、今度はちゃんとした仲間と、パーティを組めたらいいなぁ……)
今はまだ、ロキはぼんやりと、そんなことを考えていた。
<ステータス①>
魔法少女モコモフ / ロキ・フェイズ
性別:男
身長:153cm
体重:41kg
スキル
魔法少女誕生:U
■絶望している生き物を魔法少女にすることができる。
錬金術:S
鑑定 :A
剣術 :B
弓術 :B
体術 :C
一章終わりです。
次章から仲間探しがはじまります。
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