ふたつ目 ①
暁みなもが不機嫌となる理由を解決するための手伝いをすると約束した次の日の朝。
僕は学校へ行くために電車に乗っていた。昨日の帰り道、僕が先に電車を降りるまでの間、暁みなもと少し会話を交わした。といってもまだまだ彼女は人とのやり取りに慣れておらず、まともに話はできなかったけれど。
今日も朝一緒に登校しようと誘って、乗る時間と号車を打ち合わせたはずなのだが、暁みなもの姿が見えない。電車の中はそれほど混んでいるわけでもなく、暁みなもレベルの美少女がいたらすぐに見つかるはずなのだが…………
僕は車両の端から端まで歩いてみることにした。すると、
「なにしてるの………………暁さん」
車両の一番端っこ、車椅子や乳母車が入るために席がなく開けたスペースの隅に、サングラスにマスクをした女子高生がいた。
その綺麗な黒髪ロングのおかげでなんとか暁みなもだということがわかった。
「あ、あら、おはよう吉良くん。見つからないから約束すっぽかされたのかと思って不安になりそうになっちゃったじゃない」
「それより…………そのサングラスとマスクは何?」
「ふふふ、私も昨日家に帰ってから考えてみたの。イライラの原因をすべて解決していくのにはとても時間がかかると思うわ。だからそれまでどうやって不機嫌さを悟られないようにするのかが問題だと思ったの」
暁みなもは手を腰にあて、それなりに大きな胸を突きだして自信満々に、
「こうしてマスクとサングラスで覆っておけば不機嫌な顔を見られずにすむわ!どうどう完璧な作戦でしょ!?」
僕はマスクとサングラスを強引に剥ぎ取った。
「そういえば暁さんって部活やってないんだよね?」
「……………………」
電車に揺られながら、当たり障りのない話題をふってみるも返事は返ってこない。どうやら暁みなもの完璧な作戦とやらを踏みにじったことで不機嫌になってしまったらしい。
「機嫌直してよ。あんな状態で歩いてたら完全に不審者だし、かえって誰も近づかなくなっちゃうよ」
ましてやあの暁みなもだ。あんな格好で学校に行ったら、きっとクラスの皆は、暁みなもがあなたたちを見たくないし同じ空気も吸いたくないわ!みたいに思っているのではないのかと勘違いしてしまうだろう。
「だって…………ああすれば人とも普通に話せる気がしたし………………」
暁みなもは大分変わっているようだ。まあでも、悩み事に対して前向きに考えていこうとしているみたいだし、一応良い傾向だと言えるかな。
「さっきのやつは…………さすがに変だけど、何か良い方法を思い付いたら試してみるのが大事だよね。この調子で色々考えていこうよ」
「吉良くんって………………やっぱり変わってるわよね。面倒くさいとか思わないの?」
変わってるって、朝電車にサングラスにマスクつけて乗ってる人に言われたくないけどね!
「面倒くさいくはないかな。不機嫌な原因をひとつずつ解決していくって、なんだかゲームみたいで楽しそうだし」
「ふーん。やっぱ変な人」
そう言って暁みなもは小さく微笑んだ。本当はその笑顔を見るためっていう動機もあるんだけど。
そうこうしてるうちに電車が学校の最寄り駅に着く。学校は駅から徒歩5分かからない程度のところにある。
「何か困ったこと…………いや、不機嫌なことがあったら、言ってくれれば相談にのるから」
「わ、分かったわ。多分、大丈夫だと思うけどね」
そんな強気な暁みなもだったが、四限までが終わった現在、いつもと変わらない不機嫌オーラマックスでクラス中をビビらせていた。本人があれで大丈夫だと思っているのなら、相当な重症だな。
昼休みを終え、授業が始まっても暁みなもの眉間からシワがとれることはなかった。かといって何か行動を起こすわけでもなく、ただ不機嫌なだけだ。まあ、これがいつもの暁みなもだな。
最後の授業が終わり、生徒は帰宅するなり部活へ行くなり各々の目的にしたがって教室から去っていく。そんな中、暁みなもが僕の机の方へ向かってきた。
てっきり教室で僕と話すのは嫌なのかと思っていたから以外だ。おそらくクラス中の視線を集めて、後々色々質問攻めにあうだろから僕の方もクラスで話すのは正直気が引けるのだけれど、せっかくの暁みなもの勇気を無下にするのは忍びない。
一体どんな相談事がくるものかと身構えていた僕だったが、
「………………………………」
暁みなもは無言で僕の机を通りすぎ、そして教室の外へと消えていく。
ただ一枚の紙切れを残して。
僕は机の上へと誰にも気づかれないようそっとほうり投げられたその紙切れを手に取り広げてみる。
『校舎裏の桜の木でまつ』
これじゃあまるでラブレターじゃないか。告白するための呼び出しの丸っきりテンプレート。本人はまったく無自覚なのだろうが、こういうことをされると分かっていてもドキドキするのが男子というものだろう。
用事があるなら普通に帰り道でいいのに。
紙切れをポケットの中にしまい、僕は仕方なく指定された場所に向かう。今回の不機嫌の種は何だろうかと考えながら。
僕の学校の校舎裏には馬鹿でかい桜の木が植わっている。学校創立時に植えたものらしいからもう樹齢百年近くになる。なんて種類の桜だろうかとか、そもそもなんでこんなところに植えたんだとか疑問はさておき、メモ書きの通り暁みなもは桜の木の下にいた。
今は5月のはじめで、桜の時期は少し過ぎてしまっているが、それでもわずかに残った花びらが舞い散る中、一人たたずむ美少女に僕は思わず見とれてしまった。
「あ……お、遅いじゃない!来てくれないのかって不安になりそうになっちゃったじゃない!」
「呼ばれれば行くよ。行くけど、別にわざわざこんなところで話さなくても、帰りの電車じゃだめなの?」
「今の時間、電車は生徒でいっぱいだわ。そんな中じゃ落ち着いて話ができないでしょ。少しは考えなさい」
いくら考えても暁みなもと同じ結論には達しはしないだろうけど、反論すると面倒なので黙って頷いておく。
「それで、今日も一日不機嫌だったみたいだけど何が原因なの?」
「それは…………」
暁みなもはちょっとの間もじもじしながら言うのを躊躇っていたが、やがておもむろに内ポケットから何かを取り出した。
「これは……………………消しゴム?」
暁みなもが手のひらに置いて見せてきたのは比較的新しい普通の消しゴムだった。この消しゴムが不機嫌な原因だというのか。もしかして、消しゴムの角を使いたくないけど、そうすると細かいところが消せないじゃない、とかいってイライラしてるんじゃないだろうな。
手助けするとこちらから提案した手前、一応どんな内容でも解決策を考えることにしようと決めていたが、いきなりこんなくだらない内容がくるとは…………
角がはじめからない消しゴムとか探せば売ってるかな………
「ちょっと、なんで少し引き気味なのよ。私まだ何も言ってないわよ」
「あ、いや、うん、それでその消しゴムがどうしたの?」
「実はこれ……………………私の消しゴムじゃないの」
「……………………盗ったってこと?」
「違うわよ!」
突然自首してきたのかと思ったらどうも違うらしい。暁みなもは言いづらそうに説明する。
「この消しゴム、隣の席の美崎さんのなのよ。今日の授業中に落としちゃったのを私が拾ったの」
「だったら返せばいいじゃないか」
「それができたら苦労しないわよ!!」
「え………………」
ここまでくればだいたい予想がつく。暁みなもが超のつくコミュ障であることを考えれば。
「や、やっぱり話しかけるなんて無理よ。レベル高すぎるわ。それに、あなたみたいに盗んだって思われるかもしれないし」
「そんなことはないと思うけど…………」
つまり今回の不機嫌の種は、落とし物を持ち主に渡すことができないってことか。
暁みなもの隣の席の美崎さんは、おとなしい感じの普通の女の子だ。変な疑いをかけてくるような性格をしているとは思えないけれど。
「これだけじゃないわ」
そう言って暁みなもはすべてのポケットからシャーペンやら定規やら色々な物を取り出しはじめた。
「これは野球部の石山くんの。これは生徒会書記の前嶋さんので、これは野上くんのだったかしら。それから…………」
「ちょ、ちょっと待って。なにこれ?」
「落とし物よ」
本当に盗んだわけじゃないよね。拾って届けないのもあれだが、こんなに落とす方も大概だぞ。皆もっと気を付けろよ。
「ん?………………これ、僕のシャーペンじゃないか!こんなところにあったのか!」
「ああ、そういえばあなたのも拾ってたわね。感謝しなさい。私に拾われていなければ今頃誰かの筆箱の中よ」
「あ、ありがとう」
このシャーペンはその辺の安物とは違う。都心の文房具店で買った高級な代物だ。当然書き心地も最高で、これをなくした時はそりゃもう落ち込んだものだった。よく戻ってきてくれた…………本当に。
「こういう風に返せばいいんじゃないの?」
「そ、それは!………………無理よ………………」
「でも暁さん、僕とは割りと普通に話せるよね?」
「そうね…………何でかしら。吉良くんからは何か同じ仲間の臭いを感じるのよ。不思議と緊張しないわ」
暁みなもと同じ臭いって、この場合はあんまり嬉しくないな。
僕は普通に人と会話できるぞ。何か勘違いしているんじゃないか?
「まあとにかく、この落とし物たちを返せなくてイライラしてるってわけだね」
「そうよ!付け加えるなら、この文具がないことで不便してるんじゃないかしら、とか考えたら申し訳なくなっちゃってさらにイライラしてるわ!どうしよう」
だから普通に返せば……って、暁みなもにはそれが出来ないのだからしょうがない。
しかし、ようは顔を合わせずに持ち主に返せばいいわけだから、解決策は簡単だ。
「今回も非常にシンプルな作戦でいこうか」
「何か思い付いたのね!?吉良君経由で返すとかかしら?」
「それはちょっとリスク高いかな……」
そんなことをすれば僕が泥棒扱いされる羽目になるだろう。暁みなもの不機嫌解消を手伝うとは言ったがそのために僕が犠牲になるのは勘弁だ。それにもっと良い方法があるのだから、それを使わない手はない。
僕はその方法を暁みなもに説明する。
「――――――――というのはどう?簡単でしょ?」
「確かに、簡単だわ。なんで思いつかなかったのかしら。」
「それじゃ、ここに長居するのもなんだし、そろそろ帰ろうか」
「え、ええ」
暁みなもの賛成も得られ、今回の件は無事解決できそうだ。この調子で解決していければいいんだけど。
「そういえば、暁さんってクラスの人の名前とか覚えてたんだね。」
「クラスメイトの顔と名前を覚えてるなんて普通でしょ?ほぼ毎日顔をあわせるんだから」
「そ、そうだね」
あなた顔あわせてないでしょ。いつも一人で不機嫌そうにしてるから、誰も暁みなもと顔を合わせ




