人間と杖と 2
「おい、あれ…」
「あれ?ラッキーレイスじゃないか。どうしてこんなとこに?」
二人の男が路端に倒れているレイスに甲冑をガチャガチャいわせながら千鳥足で歩み寄っていく。
「おーい、起きろよレイスー」
男の一人がレイスを足で突くが、レイスはぴくりともしない。
もう一人の男が倒れているレイスの脇にしゃがみ込み、肩を揺するがそれでもレイスからは何の反応もない。
「息…してる?」
「して…る」
しゃがみ込んだ男はレイスの顔に自分の耳を近づけて呼吸を確認すると立ち上がった。
「あれ?」
レイスを小突いた男はレイスが持つ見覚えのない杖が気付き、しゃがみ込むと徐ろにレイスが腰に着けたそれを取り外した。
男は取り外したそれをまじまじと見つめると、そのまま自分の腰ベルトに差し込んだ。
「おい、それレイスのじゃないのか?」
「いいんだよ、そもそもこいつは魔法なんか使えないだろ?どこかで拾ったもんだろうが、魔法の使えないこいつがこんなもの持っているなんて明らかに不自然だ。それにこれ、ラッキーレイスが拾ったもんだぞ?」
「何か幸運があるかもってか?」
そう言うと男は片手に持つ酒瓶を飲み干した。
細く聞こえる二人の遠ざかる足音を無意識に聴きながら、レイスは夢を見ていた。
向き合って立つ四人の人影。
何か話をしている様子だが、それは友好的ではないように見える。
並んで立つ大柄な二人組をその正面に立つ者が指差している。
突き出した腕を上下に振り回して地団駄を踏んでいる姿から、何か抗議している様子だ。
それに大柄な二人組の一人が大きな手振りで応えている。
一頻り問答のような行為が続くと、大きな手振りで答えていた者が何かを取り出した。
そして、彼の者は取り出した物を正面の二人に向けて振りかざす。
途端、彼の者は光に包まれ、次の瞬間異形の巨体に姿を変えた。
そこで夢は途絶え、レイスが目を覚ますと辺りはもう薄明るくなっていた。
上半身を起こし、壁にもたれてレイスは昨晩のことを思い返していた。
グリフォン討伐に乱入してきた金髪の女戦士、呆気無く彼女との戦闘に敗れこの路地で林檎酒を浴びたこと、そして巨大なオウムと杖。
レイスは、はっとして腰の辺りを探るがそこに杖はない。
「くそっ…」
杖は親衛隊の誰かに奪われた。
レイスはゆっくりと立ち上がると、体の異常を確かめるように首を振り、両手をかざして握ったり開いたりした。
「なんだったというのだ…」
ボルドラに飲み込まれた後、悪臭の篭もる口の中でレイスがもがいていると、彼の視界は急に緑色の光に包まれた。その眩しさに目をつぶると、何かを無理やり体の中にねじ込まれるような強烈な圧迫感を感じ、その勢いでレイスは気を失ってしまったのだった。
レイスは道に放りっぱなしになっている愛剣を拾い上げると、腰の鞘に収め大通りへ向かって歩き出した。
レイスが大通りに出ると、そこは閑散としていた。
本来ならば大勢の者々や馬車などが行き交う活気に満ちたメインストリートの一つであるが、今は朝が早いこともあり野良犬がほっつき歩いている以外には特に誰がいる様子もない。
入隊時以来ずっとレイスが護衛しているのは、ペイズ家の四女ルルディ・ペイズである。
ルルディは賢いがおてんばの過ぎる娘で、執事共が手を焼いているのをレイスは見ていた。
しかしレイスは、そんなルルディが影で執事たちに『ベーゴマ女』と呼ばれているのをよく思っていない。
彼は忠義心に厚く、自分の主である者が馬鹿にされているのが悲しいのだ。
「主である者がどんな者であるかなぞ関係ない、それを護ると任を受けた瞬間から絶対的に主の味方たれ」というのは、朝食のスープが気に入らないルルディにそれを引っ掛けられた執事が「一人じゃ何も出来ないくせに一度動き出せば手がつけられないベーゴマ女だ」と愚痴をこぼしていた際にレイスが言った言葉である。
優しい両親にたっぷりの尊敬と愛情を受けて育ったレイスには、理不尽というものを真に受けることができない。どんな者でも必ず温かさがあると信じているのだ。
レイスが人気のないメインストリートをルルディの居るペイズ家の別荘に向かって歩いていると、彼の視線のずっと先で何かが天上の灯を反射して光るのを見た。
それが気になったレイスは光の見えた方へ進む。
しばらく進むと、そこには銀色の甲冑を身に着けた二人の大柄な男の背中があった。
「っんだと貴様!おれらが誰だかわかって言ってんのか!?」
二本の角の生えた、ミノタウロスの頭部を模したであろう兜を被った男が憤慨したように怒鳴っている。憤慨した男が腰の剣に手を掛けると、それをなだめるように隣に立つ一本角の兜の男が二本角の男の肩を抱く。
「まあ、落ち着けよ。そんなに怒るな。なあ、あんたたち、これはウチの隊員から借りたものなんだ。だからあんたたちの言うグリフォン・イーターには落ちていなかったんだよ」
一本角の男が向こう側にいる誰かを諭すように落ち着いた声で言っている。
「あ、そう。グリフォン・イーターには落ちていなくてもそれはわたしので間違いないんだから返してよ!」
向こう側にいる、長身で金髪の長い髪の女が二本角の男を指差して地団駄を踏むのが見える。
「この光景はどこかで…」
レイスは何か思い出そうとするが、上手く思い出すことができない。
「あのなあ、あんたの見間違いってこともあるだろ?なんでそんなに騒ぐんだよ。あんたの言う杖ってのは世界に一本しかないってわけでもないだろう?」
一本角の男の一言に金髪の女が苛ついているのがわかる。女は頭を掻きむしってまた地面を踏みつけると隣に立つ青年に声を掛けた。
「主様っ!主様もなんとか言ってやってくださいよ!やっと見つけたのにあいつら全然渡す気ないじゃないですか!!」
「落ち着けミカエラ、失くしたお前が悪いってこともあるんだ。それに向こうさんは対話で解決してくれようとしてるじゃないか。そうだよね?君たち」
二本角の男が両手を大きく広げ、苛ついたように話す。
「だーかーら、言ってんだろ?こ・れ・はウチの隊員から借りたもんだっつーの!言いがかりも大概にしねえとぶっ飛ばすぞ!?」
二本角の男は腰ベルトから一本の杖を抜き出すとそれを振り回して威嚇している。
すると、向こう側の女が我慢ならないといった様子で隣の青年に怒鳴る。
「主様!わたしもう我慢できません!無理矢理取り返してもいいですか!?」
女の抗議に隣の青年は腕を組んだままうなだれてしまった。
「なあ、君たち。本当に返してくれる気はないのかい?」
「あのなあ、いい加減にしろって言っただろ。これはウチの隊員のもんだ、お前らなんかに渡すかよ!このボケナスっ!!」
二本角の男はそう言い放つと手に持った杖を振りかざして呪文を唱えた。
「ウィンドーーーヴァン!」
男が呪文を唱えた途端、男諸共杖が発光し強烈な閃光を放つ。
光は徐々に膨張していき、あっという間に見上げるほどの大きさに達した。
辺りに耳を劈くような高音が鳴り響く。
「こ、この光景は…!!夢だ!夢で見た光景と同じ…!!」
高音による頭痛に頭を抱えながらレイスは呟いた。
高音が少しの間続いた後、巨大な風船が割れるような軽快な破裂音が響いた。
すると、光がその中心に吸い込まれるようにして収束していく。
また少しすると、光は完全にその中心に吸い込まれ、最後には消えて見えなくなった。
完全に光が収まった後その場所にいたのは、巨大な飛膜状の翼を背に持ち、ずんぐりとした体型の無数の刺が並ぶ見るからに凶暴な太い腕を体の脇から四本生やした異様な怪物だった。




