主と召使と人間と特級モンスターと
「主様っ!」
「おいおい、なんだこれは…」
大きさは巨人時のミカエラと同じかそれよりも大きい。
背に生えた飛膜状の翼はドラゴンのそれによく似ているが、あの太った巨体に対して足が短すぎるし、何より両脇から伸びる四本の腕が異常に太い。
一見直立歩行をするようにも見えるが、あの短い足では無理だろう。
となると、あの足は直立時に態勢を保つためだけにあるとでもいうのだろうか。
ならばあの太い腕は一体何だ。数いるモンスターの中であれ程に太い腕や脚部を持つモンスターはオーガスやアルボガースのような巨人類の中でも更に大きな超巨人類に属するものぐらいだ。
それらの中でもあれだけ太い腕のものとなると希少の個体のものといわざるを得ない。
「本来は四足歩行なのか?…だとしても骨格が向きじゃないな。肋の位置が低すぎる。それに、手の指が長すぎるな、あれじゃ四足で歩行するのに駆けることができないぞ…。待てよ、翼でホバリングすることを前提として飛び跳ねながら移動するタイプってことか?…だとすれば肩から肘までと肘から手首までバランスがおかしいな。内蔵の位置も不自然だ…。あれだけ出っ張っているとなると半端じゃない大きさの魔力袋でも入っているのか?…となると、内臓は結構小規模ってことか。いや、あれだけの巨体を維持するのにそんなに小さな内臓じゃ賄えるわけがないな…。」
「主様ってば!!」
「ミカエラっ!こいつはおかしいよ!こんなのはモンスター生態学的にも進化論的にも辻褄が合わない!明らかに不自然だな!!」
僕が突如出現した巨大なモンスターを指差すと、ミカエラが怒ったような目をしながら口をあんぐり開けて小刻みに震えていた。
「馬鹿者っ!!」
出し抜けに後頭部を引っ叩かれた。
「そんなことわかってます!!」
ミカエラを一瞥してから再び目の前の巨体に視線を戻すと、巨体はごろごろと喉を鳴らしながら器用に四本の腕を操り掌や甲を眺めたり、湾曲した二本の角を生やす牛に似た不細工な頭を傾けて体を見下ろしてみたりしている。
それはまるで自分自身の状況を観察しているようにも見えた。
「こいつ、話せるかな…」
僕は、巨体が不自然な体を器用に操る姿になんだか愛着めいたものが湧いてきて、それと会話してみたい気持ちになっていた。
「おーい、そこのお前。言葉がわかるかー?」
巨体に二歩、三歩と近づき、彼を見上げながら問いかける。
「こ・と・ば。わかるかー?こ・ん・に・ち・わー」
挨拶したところで巨体が僕の姿に気付いたようだ。大きな目玉をギョロつかせながら僕を見下ろしている。
「おーい!」
巨体は、両手を振って見上げる僕を見下ろしながら首を捻っている。
今出現したばかりなのだ、自分のようなもの以外の生き物を見るのは初めてだろう。
巨体は少しの間そうやって僕を眺めると、突然牙をむき出しにして興奮しだした。
むき出しにした牙の隙間からは蒸気が漏れ、喉のごろごろと鳴る音は低音を増し、まさしくそれは威嚇しているといった様子に変わった。
「やっぱり駄目か…」
僕は向き直り、ミカエラの方へ戻ろうとした。
次の瞬間。
落胆してうなだれる僕のすぐ脇をミカエラが電光石火にすり抜けた。
ゴンッ!
すり抜けたミカエラを追いかけて目線を後方に向けると、振り下ろされた巨太の腕をミカエラが両腕を伸ばし突っ張っていた。
足元の石畳がミカエラの足型に崩れてへこんでいるところを見ると、見かけ通りこいつはかなりの怪力のようだ。
「主様!!お怪我は!?」
「見ての通り、無傷だよ。ありがとうミカエラ」
僕は両手を広げて、服すら汚れていない体をミカエラに向けて見せる。
「っもう!見たことのないモンスターだと思っているなら不用意に近づかないでくださいよ!あんまり油断ばかりしているといつか本当にやられちゃいますよっ!」
そう叫ぶミカエラの発言にはある程度の余裕が含まれているが、先程まで両腕を突っ張っていたミカエラの姿勢は巨太の腕の圧力で押され、中腰になってしまっている。
「ミカエラ、どうだい?重いかい?」
「そ、そうですね。今のままでは力負けしてしますが、巨人の時ならわたしの方が強いですよ!」
そう言うミカエラの体は、徐々に低くなりついには地面に膝を突く形になってしまった。
「よし。とりあえず、初期観察は終わりだ。今助けるよ」
僕は自分の体に巻きつけていた鞭を解き、今度はそれをミカエラの体に巻きつける。
それとほぼ同時、僕はローブのポケットから一枚の銀貨を取り出してミカエラに向かって投げつけた。
銀貨はミカエラに当たる直前に霧散し、その塵は固さを持った膜となり膨らみ、巨体の腕を押し戻す。
腕がミカエラから離れたのを見届けると、僕は鞭に魔力を送った。
魔力を吸い始めた鞭はみるみる縮み、腕の下から勢い良くミカエラを引っ張り出した。
「ありがとうございます、主様」
「うん。…でもあいつ今度は本気でくるみたいだね」
巨体は、僕が仕掛けたマジックトラップを思い切り叩き潰すと四本の腕も翼も口も目も大きく開ろげてとてつもない大きさの咆哮を放った。
「さあミカエラ、戦闘開始だ…!」
僕が語りかけるとすぐ、威勢の良い返事と共にミカエラは巨体のモンスター目掛けて吹っ飛んで行った。
ミカエラはそのままの勢いで出っ張った大きな腹にソバットを繰り出す。
「オオオラアアアア!!」
防御を知らない新参生物にミカエラの蹴りは直撃。出っ張った腹は波打ち、その真ん中にはミカエラの足跡がくっきりと残った。
しかし巨体は怯まない。
ミカエラの着地を狙って四本腕の一本で横薙ぎにする。
「おっとっと」
僕はミカエラに向かって再び鞭を振り、彼女を上空に投げ飛ばす。
ミカエラはその脚力と僕の鞭の反動で、先程よりももっと高く、巨大な牛頭をてっぺんから望めるところまで跳ね上がった。
空中で溜めの戦闘姿勢を取るミカエラ。
脇に固めた握り拳が赤く輝き出す。
「ミカエラっ!後ろだ!」
頭のてっぺんを殴りつけようとしていたミカエラの後方から巨太の掌が襲いかかる。
一瞬防御が遅れたミカエラは、そのまま掌の中に収められてしまった。
なんとか助けなければいけないが、今までの動きで操作に慣れてきたのか、三本の腕を起用に操って僕を叩き潰そうとしてくるので、現状の僕は避けることで精一杯だ。
「こいつめっ」
僕は一旦鞭を身体に巻き直すと、今度は両方のポケットから銀貨を数枚取り出してその短い脚と脚の間にまとめて放り投げた。
股の下で銀貨は霧散、膨張しその圧力で巨体がぐいと持ち上がる。
支えを失った巨体はもがくように手をばたつかせると、そのまま後ろにひっくり返った。
石畳が崩れて飛び散り、巨体のモンスター後方に粉塵が巻き上がる。
僕はその隙を見計らって巨体の上左腕、ミカエラを握りしめている所へと掛け寄る。
「ミカエラっ!無事か?」
依然立ち上がろうともがく巨体は、ミカエラを握りしめている拳ごと全ての腕を何度も地面に叩きつける。
その勢いは凄まじく、僕の足元が不安定になるほど揺れた。
振り回される左の拳の隙間からミカエラの金色の髪がはみ出てなびいているのが見える。
「さすがに体格差があり過ぎるか!」
いつまでも拳から出てこないミカエラに一抹の不安が過る。
その途端、巨体のモンスターは再び咆哮を上げた。
今度は怒っているというよりも叫んでいるような、悲鳴にも似た高音混じりのなんだか弱々しい鳴き声だ。
もがく巨体は二本の右腕を同時に地面に叩きつけると、寝返りをうち、うつ伏せの状態になる。
浮き上がった右腕の勢いで道の脇に並ぶ幾つかの建物が轟音とともに抉れて崩れてしまった。
抉れて露出した室内からは壊れた家具や千切れたカーテンの切れ端、それに逃げ遅れた住人が数人、倒れてぶら下がっているのが見える。
「くそっ、まずいな」
牛頭の巨体はうつ伏せから四足歩行の姿勢へと移るが、未だに悲鳴のような咆哮を上げ続けている。
尻を向けている状態の巨体のモンスターが僕の方へと体を回転させ始めた瞬間、その大きな拳が破裂した。
「ミカエラ!?」
全身を真っ赤に染めたミカエラが再び姿勢を崩した巨体の下から飛び出す。
「はあ、危なかった…!うっ」
僕の隣に飛び込んできたミカエラは肩で息をしながら嘔吐する。
「あいつ、とんでもなく臭いですよ!…しばらくはご飯食べられないかもです」
隣に立つミカエラからは錆びた鉄と腐った肉の香りに強烈な酸味を足したような、生き物をむせ返らせるために存在するような匂いが漂ってくる。
「確かに臭いな…。というか大丈夫かい?ミカエラ」
「はい、基本的には大丈夫ですが、…腕を一本やられてしまいました」
そう言ってミカエラが僕の前に差し出した左腕は、関節が逆に曲がり、指はあられもない方にひん曲がっている。
「これはひどいね…、でも回復してる暇はないよ。残念だけどあいつはまだ弱っていないようだしね」
僕は、つんのめったままの姿勢で両翼を羽ばたかせ始めた巨体を指差す。
「思ったよりもずっと強いですよ、こいつ。どうしますか主様、このまま手加減していたのでは一般民の方々が大勢殺されてしまうかもしれません。」
ミカエラの言う通りだ。
僕は崩れた建物にぶら下がる死体を再び眺めた。
すると、今度は牛頭の巨体から怒りの咆哮が聞こえ、僕とミカエラが巨体を振り返った時には、それは辺りに粉塵を巻き上げ、体を浮き上がらせ始めていた。
「そうか、あいつ飛ぶんだったな…」
腕の一本が駄目になったことでまた一つ知恵が芽生えてしまったのだろう。それまで不安定にばたついていた両翼は次第に安定し、最後のひと羽ばたきでその巨体は完全に宙に浮いた。
そのまま徐々に巨体は高度を上げていく。




