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主と召使と 4

 地に落ちたグリフォンは、息絶えた今も体が痙攣して小刻みに震えている。

 「ミカエラめ、後で説教だぞ…っ!」

 巨大なグリフォンが数人の屈強な獣人によって中庭のずっと奥に見える小屋へと担がれていく中、その脇で観客から賞賛を受けているミカエラの姿があった。

 興奮した観客に囲まれて、肩を叩かれたり握手を求められたりしながら、背伸びをしてミカエラが人混み越しこっちを見ている。ちょこちょこと覗き見えるミカエラの顔の表情まではよく見えないものの、その振る舞いには落ち着きがなく、どこか困惑しているようにも見える。

 ミカエラは自らを囲む人の輪を抜け出すと、僕の方へと小走りに駆け寄ってくる。

 

 「はあ~、何なんです?あれ…。すごかったー、とか久しぶりに興奮したとか…。全くわけがわかりませんよ!スケベオヤジ共ったら」

 そう言って疲れたようにため息をつくミカエラには、予想通り先の決闘の記憶が無いらしい。

 「お前…、魔法を使ったんだぞ…?」

 ミカエラが目をまん丸くして僕に詰め寄る。

 「わたしが!?人前で!?魔法…を?」

 「ななな、何を使ったんですか」と頭を抱えて天を仰ぐ姿はまさに周章狼狽といった様子で、僕はそれがおかしくて思わず吹き出してしまった。

 「周りを見てみなよ、なんともなっていないだろ?」

 それを聞いて安心したのか、ミカエラの挙動はぴたりと止み全身の緊張を解くように息を吐き出した。

 「ただの雷撃だよ、雷撃」

 「ら、雷撃でしたか…。よかったー」

 「よかったー、じゃないぞ?もしもの時は全力でお前を止めなきゃならなかったんだ」

 「…はい。以後気を付けます…」

 ミカエラは力なくうなだれて腕に着けたいびつな小手を撫でた。


 ミカエラが身に着けている装備は全て、僕が特別にデザインした専用防具になっている。

 巨人化と常人化を自在に行うミカエラがいちいち装備を取り替える必要がないよう、巨人化している時のサイズに合わせて設計し、魔力の溜めと放出に反応できる柔軟な素材オーディンエクウスの魔砲管をエルフの縫合糸で縫い合わせて作られている。

 オーディンエクウスは魔馬と呼ばれる魔法の扱いに長けた馬の中での上位種だ。

 そのため、腹の魔力袋と魔力を属性変化させるための臓器である魔肝は他のモンスターよりも丈夫にできている。大量の魔力を溜めても破裂しない柔軟性とあらゆる属性変化に対応できる粘膜のおかげだ。

 腹で練りこまれた魔砲が通過する器官が魔砲管で、オーディンエクウスの魔力量と属性変化による裂傷への耐力が非常に高いオーディンエクウスの体の中で最も強い部位なのだ。

 しかし、この器官は魔力による膨張とそれに対する収縮に対して優れているだけなので、このままでは膨張が続いた場合、つまりミカエラが巨人化し続けた場合に元に戻らなくなり、常人化した後も伸びきった状態になってしまう。

そこで、魔力を吸収、硬化する特性を持つ樹巨人アルボガースの筋繊維を防具の骨組みとして使うことを考えた。


 これで、ミカエラが巨人化する際にはミカエラに魔力を吸われることで硬化が解け膨張し、また常人化の際に吐き出された魔力を吸い硬化することで、現在のミカエラの身体に収まるという仕組みだ。

 そのため、巨人化している時と常人化している時とではその見た目が異なる。

 巨人時は白色でぴんとしたプレートのような形状だが、常人時は灰色の鋼に似た光沢を持つヒダの寄ったいびつな形状になる。このヒダの描く模様が蔓が巻き付いているように見えるのをミカエラは気に入っていて、ふとした時にそれを撫でるのが癖になっているようだ。


 「しかしだ…、大事に至らなくて良かったね。あのままお前が魔法を放っていなかったら、とんでもないことになっていただろうね」

 うなだれたままのミカエラが消え入りそうな声で「すみません」と呟く。

 「そんなことよりもミカエラ…!」

 最早泣きそうといった具合の表情でミカエラが僕を上目遣いに見つめる。

 「お前の一気飲みしたあれ、十五万ペイズもしたんだぞ…」

 僕が彼女を指差し責めるように言うと、ミカエラはひっと声を上げた。

 「じゅ、じゅ十五万!?」

 「一杯、十五万…」

 「すす、すみませんでしたー」

 そう言ってミカエラは木柵に手を突き、頭を深々と下げた。


 そのまま席に戻った僕らだが、周囲からは未だミカエラへの好奇の目が向けられている。

 「ミカエラ、これじゃあなんだか落ち着かないよ」

 「そ、そうですね。どうしましょう」

 「どうしましょうって、唐揚げを諦める?」

 「いやいやいや、それはダメですね。唐揚げ食べるために来たんですし…、ほんとすみません」

 そう言うとミカエラはテーブルに突っ伏した。

 「まあ、そういつまでも落ち込むなよ。結局何も無かったんだ、お前が無駄に目立ったこと以外はね」

 「あ、主様…」

 僕が笑っていると、司会ホビットの大きな声が今度は店内から聞こえてきた。


 「たいっへんお待たせ致しました!グリフォンの唐揚げからっと揚がりましたー!」

 先程と変わらない威勢の良い声を上げるホビットの周りにパウアニモ達が数人、山盛りの唐揚げが載った大きなカゴを抱えて立っているのが見える。


 「来たっ!来ましたよ主様!」

 ミカエラは体を起こすと、今までの落ち込みが嘘だと思えるほど歓喜に満ちた笑顔を僕に向ける。

 「なんだ、思ったよりも早かったね」

 「わたし取ってきます!」

 そう言い残して席を立ったミカエラは、唐揚げの山に向かって行った。


 少ししてやけに大きな揚げ物の塊が入った籠を片手に、エールの入ったジョッキを2つ持って戻ってきたミカエラは、自分の髪を邪魔くさそうに何度も手で振り払っている。

 「まとめればいいじゃないか」

 僕が当たり前のことを助言すると、「そういえばそうですね」と言って髪を束ねたままミカエラは硬直してしまった。

 「どうした?」

 「…杖、どこかで見ました?」


 「え?」

 「…杖が、あれ?主様、この辺りで見ませんでした?」


 見ていない。

 日没の花火に気を取られた一瞬にミカエラは中庭の中心にいた。

 そこから僕はミカエラにばかり気を取られていて、髪に刺していた杖のことを今のいままで気に留めていなかったのだ。

 「装備のどこかにしまったんじゃないのか?」

 僕がそう言うと、ミカエラは身に着けている装甲を叩きまくる。

 「ありません」

 「・・・」

 「どうしましょう、主様?」


 ミカエラの杖自体は、希少ではあるものの入手不可能というわけではない。

 だが、ミカエラが常人化している状態である今、あの杖には彼女が巨人化するために必要な魔力がたっぷり込められている。


 「おいおい…、ちょっとまずいぞ…」

 僕はミカエラの顔をテーブルの真ん中辺りに引き寄せ、耳打ちする。

 「ここには冒険者が多すぎる、あの杖の魔力に気付かれたら面倒なことになるかもしれない。慌てず、あくまで冷静に探すんだ。もしも酔っ払った誰かがあれでいたずらに魔法でも使おうがものなら…」

 「…はい」

 テーブルから顔を上げた僕とミカエラは、怪しい行動をしている者がいないかどうか辺りを見回して確認する。

 しかし、そこら中酔っぱらいやら談笑する者で溢れていて、誰かが杖を拾っていたとしてもそれを特定するのは難しい状況だ。


 「参ったね、これじゃあわからないぞ?」

 「ど、どうしましょう」

 混乱しているミカエラは、もう何の感情ともいえない変な顔をしている。

 

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