主の召使と決闘
「それじゃ、くじに参加なさるお客さんはここにお名前よろしくでっす!」
店員がエプロンのポケットから短冊状の木の皮を一枚取り出した。
それが机の上に置かれると、何食わぬ顔で引き寄せたミカエラが僕を見る。
「書きます?」
「…書かないよ」
くじ引きは日没の花火に合わせて行われるという。
僕とミカエラはそれまでの間、先付けと酒で時間を潰すことにした。
「はいっ、ソーマブランデーロックお待ちでっす!とっても濃いんで気を付けて飲んでくださいねー」
そう言って、テーブルに置かれたグラスには薄い煙と鮮やかな緑と茶の混ざったような不思議な色合いの液体が溜まっている。
見た目は何ともいえないが、樹液の多い樹木の皮を燻したような少し酸味のある芳ばしい香りは僕個人としてはそれなりに好ましいものだ。
「主様…、それ飲めるんですか?」
ミカエラが不安そうな目でグラスを見つめている。
「当たり前だろう?僕は下戸じゃないんだから」
「いえ、そうではなくて…」
「なんだよ、お前も一口飲みたいのか?」
「ややっ!わたしはエールで十分です…」
どこか慌てた様子でミカエラは手に持ったエールを一気に飲み干した。
ソーマブランデーのグラスをゆっくりと回すと、緑と茶の液体に浮いている氷がぶつかり合い、そこから鈴のような音色が鳴り、擦れた氷からはキラキラと光る粒が液体の中へこぼれ落ちていく。
「綺麗ですねえ…」
「そうだろう、お前も飲んでみる気になったかい?」
「…そうですね、少しだけ。」
そう聞いてほんのりとした優越感を感じながら、ソーマブランデーを一口含んだ。
「おっほっ、げほっ!」
口に含んだたった一口の液体は、喉に到達した途端熱を帯び、僕の体の中を一気に駆け巡った。
まるで、小さな蛇が体の中に入り込んだようだ。
うねうねと僕の血管を押し広げながら全身を進んでいくような、少しむず痒い感覚が僕を支配する。
「あ、主様…。髪が、髪が!」
焦ったような表情のミカエラが僕の頭を指さして泡食っている。
「なんだよ…」
そう言われて自分の頭に手を伸ばすと、いつもは当たらないはずの位置に髪の毛の感触がした。
「主様!髪っ!逆立っています!す、すすすごいです…」
今まで慌てた顔をしていたミカエラの表情は僕の頭上に釘付けになって、今度は口をぽかんと開けたままの呆けた顔に変わっていた。
「わたしにも!わたしにも一口ください!!」
そう言って、また慌てたように僕の手からグラスを奪い取ると、手に持ったそれをエールでも飲み干すかのようにぐいと一気に飲み込んだ。
「あっ!お前っ!」
電光石火にグラスを奪われた僕は何も反応できなかった。
ミカエラが、空になったグラスを力強くテーブルに叩きつけるのとほぼ同時に、日没を示す星々の瞬き、通称日没の花火が夜空を照らしだした。
「今宵は誰が皆様に、食事をもてなしてくれるのか!!グリフォン・イーター主催!グリフォン狩りを始めます!」
声の聞こえる方、庭の中心にある三つの檻へ視線を向けると、どこから現れたのか、お立ち台がスポットライトに照らされて、三つの檻の真ん中辺りから伸びていた。
そこには、司会と思しきホビットが一人立っていて、突然始まった大地を揺らすような低音のズンズンという合奏と共に辺り一体に響くような大声で演説している。
「お待たせしました皆々様、今宵も始めますグリフォン狩り!誰がおかずを提供してくれるのか!それではさっそくくじ引きを開始します!」
そう叫びながらホビットが大きな筒を高く掲げると、辺りからは興奮した様子の雄叫びや指笛のピーピーという音が巻き起こった。
ホビットは両手に掲げた大きな筒を床に置き、その上でホビット族の伝統舞を舞い、周りを囃す。
辺りの盛り上がりが最高潮に達したところで、ホビットはその大きな筒の中に上半身を突っ込み、一枚の木の皮を口に咥えて起き上がった。
観衆が盛り上がる中ホビットは、口に咥えた木の皮を両手で掴みそれを掲げ、辺りに見せびらかすようにしてまた囃している。
「今宵のグリフォンを討伐する戦士はー…、レイスーーー・アイザーック!!」
ホビットがそこに書かれた観衆の一人であろう名前を読み上げると、中庭は更に盛り上がった。
「ははっ、残念だったなミカエラ」
そう言って中庭の中心からミカエラへ視線を移すと、そこにミカエラの姿はなかった。
「あれ?ミカエラ?…なんだよトイレなら一言言っていけばいいのに」
なんとなく自分を納得させるようにそう呟いてみたが、それもなんとなく嫌な予感がした。
少し考えてから、もう一度中庭の中心に視線を戻す。
そこには見覚えのある大きめな女の子が長い金の髪をなびかせて立っていた。
「ミカエラっ!!やっぱり!!」
慌てて木の柵まで駆け寄るが、もう遅かったようだ。
ミカエラは両手に拳を握り、それを高く掲げて観衆の注目を一心に浴びていた。
すると、そんなミカエラに一人、柵を越えて歩み寄る軽装鎧を身に着けた長身の人間と思しき男がいた。
「だめだっ!そこのお前!近寄ってはいけない!!」
僕は叫んだが、歓声にかき消されて聞こえてはいない様子だ。
「くそっ!ミカエラっ!だめだ!もどってこーい!!」
「おお!なんだか今日はいつもとは違う雰囲気だ!グリフォンとの決闘の前にそこの二人が怪しい気配だぞ!?」
何も知らない馬鹿なホビットがそこに一つの空気を創りだしてしまった。
「おい!そこの大女!!呼ばれたのは吾ぞ!!下がれっ!」
人間の男、たぶんレイスとかいう奴だろう。
レイスは脇に携えたレイピアを抜くと、ミカエラにそれを向けた。
周囲からは「いいぞ」「やれやれ」と彼らを焚きつけるような言葉が飛んでいく。
ミカエラはレイスに気付いていないのか、辺りの歓声に応えている。
「おい!女!聞こえないのか!ならば致し方なし!!悪いがこの場から退場願うぞおおお!」
レイスはそう叫んでミカエラに突進していく。
レイスがミカエラの間合いに踏み込んだ瞬間、それまで歓声に応えていたミカエラが一瞬にしてレイスを振り返り、彼の初撃に応じた。
レイスの初撃とミカエラが触れるやいなや辺りを強烈な閃光が襲い、次の瞬間にはレイスは地面に伏し、その脇には彼のレイピアが突き刺さっていた。
一瞬の静寂の後、周囲からはまた歓声が巻き起こる。
「おお!すげえ!」
「あの姉ちゃん何者だ?」
「なんだあの魔法、防御魔法か!?」
レイスを吹っ飛ばしたミカエラは初撃に応じたそのままの位置で仁王立ちでレイスを見下ろしている。
「勝者!金髪の女戦士っ!!」
お立ち台から戦いを観戦していた司会ホビットが叫ぶ。
「おい、誰かそこでぶっ倒れているレイス殿を客席に戻してくれ!」
ホビットの呼び声にそれを見ていた観客が数人レイスに駆け寄り、彼を担いで客席へと戻って行った。
「さあ、金髪の女戦士よ!グリフォン討伐、やってくれるよな!!」
ホビットがミカエラに向かってそう叫ぶと、ミカエラはお立ち台を見上げて人差し指を突き立て、挑発した。
「その意気や良しっ!それでは今からメインイベント!グリフォンとの決闘を開始致します!!」
ホビットがそう言うと、ミカエラから一番近い檻の扉が開き、ミカエラの三倍はあろうかという巨大なグリフォンがゆっくりとそこから這い出してきた。
グリフォンはミカエラを向き、翼を二、三回ばたつかせると、後ろ足立ちになり咆哮を上げた。
ミカエラがグリフォンに向き合って半身になり、戦闘態勢を取る。
グリフォンが鋭い牙が並ぶ巨大なくちばしを大きく広げ、ミカエラにかぶりつく。
ミカエラは飛び上がりそれをかわし、グリフォンのくちばしを上から思い切り踏みつけた。
その衝撃にグリフォンの体は浮き上がる。
起き上がったグリフォンが体を震わせ、気を取り直すような仕草を見せると、グリフォンの後方に立っていたミカエラがグリフォンの尻を目掛けて突進して行く。
グリフォンはそれを牽制するように長い尻尾を振り回すが、ミカエラはそれを片手でいなすと再び飛び上がってそのままグリフォンの背中に抱きつき、締めあげる。
グリフォンは、それを振りほどかんとして後ろ足立ちに翼をばたつかせるがミカエラはしっかりとグリフォンの体を掴んでいるためびくともしない様子だ。
そのまま数十秒ミカエラがグリフォンを背中から締め付けると、グリフォンは弱々しくきゅうと鳴き、力なく地面に伏した。
それを聞いたミカエラは、グリフォンの背から飛び降り、再び観衆に応えるように両手を突き上げてみせた。
「いいぞー!!」
周囲から歓声が沸き起こった瞬間、出し抜けに起き上がったグリフォンが鋭い鉤爪でミカエラを薙ぎ払った。
「あの馬鹿者!」
グリフォンの力で吹っ飛ばされたミカエラは、そのままごろごろと地面を転がり向こう側にある別の店の柵にぶつかった。
観客から悲鳴が起こる。
「大丈夫か!?姉ちゃん!」
ミカエラの近くにいた観客の一人が柵の隙間から手を伸ばし、彼女の肩を揺すっているのが見える。
ミカエラは倒れたまま、差し伸ばされた手を掴み、むっくりと起き上がると片膝をついてその手にキスをした。
向こうの柵から歓声が起こる。
「こんのやろー!やってくれたなああ!」
グリフォンを振り返ったミカエラが馬鹿でかい声で叫ぶ。
あれじゃあまるで咆哮だ。
ミカエラの咆哮にグリフォンが一瞬怯んだように見えた瞬間、地面を蹴り空へと飛び上がったが、逃げるのが少し遅かったようだ。
ミカエラは拳を突き上げ、人差し指と小指を伸ばす。
ミカエラの手が赤く輝き、キンとした高音を鳴らしたかと思うとグリフォン目掛けて二本の稲妻が空から落ちた。
稲妻はグリフォンを直撃、声を上げる間もなく鳥獣グリフォンは地面へと叩きつけられた。
「落ちたーっ!金髪の女戦士!グリフォン討伐に大成功!グリフォン・イーター名物グリフォンの唐揚げは金髪の女戦士のおかげで今宵も皆様に振る舞われます!!」




