主と召使とかと
森はその外側に至るまでの間ずっと同じような密度で樹木が群生しており、基本的には道に迷うしかない構造になっている。これも委員会が施したカモフラージュの一端なわけだが、僕らはこの森において道に迷うことはない。
これも断絶魔法の効果だ。
本来ならば密度の同一的な木々も、僕らが通るべき道だけはそこに木々が存在しなくなる。
要は道ができるのだ。
僕とミカエラは、続々と消えていく木々の間をすり抜けて、森の終わりまで歩いた。
森の終わりは突然やってくる。
視界は一気に開け、そこは深緑や白の草々が敷き詰められた広大な草原に変わるのだ。
そんな平坦な草原にあからさまに不似合いな巨大な生物が一体鎮座している。
巨大生物は僕らに気付くと、その大翼を広げ、まるであくびでもしているかのように一声上げた。
「僕らが出てくるってわかっていたのか?」
巨鳥はぎょろりとした丸く大きな目で僕をじっと見つめている。
「まあな」
そう言いながら大きな翼の内側を三日月状のそれも大きなくちばしの先で突いて毛づくろいをする姿は、彼の横柄な性格を象徴しているように見える。
「…ミカエラ、それよこしな」
巨鳥は視線をミカエラの方に移し、翼をばたつかせた。
「ふざけないでよ、誰があんたみたいなオウムにっ」
ミカエラは目の前の巨大なオウムを睨みつけると、舌を出して挑発するよう顔をした。
するとオウムは、頭の上に生えたトレードマークにしかみえないふわふわの鶏冠を逆立て、ただでさえ大きな目をさらに丸く大きく見開いた。
「おい…、おいおい。おいおいおいおい!貴様何度言ったらわかるんだ、このデカブツ!わしはオウムじゃねえ、ド・ラ・ゴ・ンだ!」
自らをドラゴンだと言い張る巨鳥は、突然激昂し、くちばしも翼も大きく広げてミカエラを威嚇している。
それに呼応してミカエラも巨鳥に対して臨戦態勢に入る。
巨鳥は、足の爪を地面に深く食い込ませ、大きく息を吸い込むと、周囲の空気が微振動を始め、巨鳥前方の空気がにわかに水蒸気に変わった。
突如発生した水蒸気で温度が上がり、周囲が生暖かくなる。彼がさらに大きく、胸が破裂しそうなほど息を吸い込むと、発生した水蒸気の全てが彼の口の中へと飛び込んでいく。それらを吸い込み切り、くちばしを閉じた途端、高くキンとした音が辺りに鳴り響き、巨鳥の口から像一頭ほどの大きさ火の玉が飛び出した。
飛び出した火の玉は放物線を描きながらミカエラ目掛けて吹っ飛んでくる。
ミカエラは石版を抱えていない左手で拳を握り、火の玉に向けてストレートパンチを放った。
ミカエラの拳は火の玉に当たり、火の玉はその衝撃で破裂し、周りにその欠片が散らかる。
「やったな!このおしゃべりインコめっ!」
ミカエラはそう叫ぶと、握りしめた拳を頭上に向けて突き上げ、人差し指と小指を伸ばした。
僕はふたりの間に入ってそれを制止する。
「ボルドラ、こんなものを奪ってどうしようっていうんだ?ただの石版だ。ほら、見てごらん」
そう言ってミカエラを促すと、ミカエラは右腕に抱えたそれを自分の前に立ててみせた。
ボルドラは首を伸ばし、その石版を凝視する。
何も描かれていない石版を見て、ボルドラは悟ったかのように言う。
「ふーん。ただの石だな…」
ボルドラは大きな目玉でミカエラを一瞥すると、逆立った羽を鎮め、翼を畳んでしゃがみ込んだ。
「お前らが迷う森から出てきたことをお頭に報告する。」
それだけ言うと、巨鳥ボルドラはその太い足で地面を蹴り、空へと舞い上がった。
「結局あいつは何をしに来たんだろうな…。」
空の高いところを優雅に羽ばたいていく極彩色の姿を眺めながら僕は呟く。
「何をしているかはわかっていないと思いますが、主様が特別なことをしていると疑っているのかもしれませんね」
遠くなるボルドラの姿を眺めながらミカエラが鼻息荒く言った。
「だとしたら、それに確証を与えたのはお前のせいだな。ミカエラ」
ミカエラは、うっと息を呑み「すみません」とうなだれた。
「僕らの仕事は世界に知られてはいけないんだ。あんなことで簡単に取り乱してはいけないよ。これからはもっと注意深く冷静でいられるよう訓練するんだ。」
僕はミカエラへ歩み寄り、彼女の膝を叩いた。
「はいー」
巨鳥ボルドラは、地上界にあるとある神殿の女神に仕えている神獣だ。
確かに、主人である女神は少し好奇心が旺盛過ぎる節はあるが、なぜ僕にそれが向いたのか。
僕の地上界での生活は女神に目を付けられるほどではないはずなのだが…。
モンスターデザインという仕事は、一般的には知られていない特殊な仕事だ。
世界の均衡を保つために最重要とされながら、ある意味で世界の均衡を崩しかねない危険な仕事でもある。
それ故、僕はそんなことをしていると知られるわけにはいかない。
ボルドラは僕がここにいることを知っていた、と言っていた。
この場所そのものは世界にも知れたただの不思議な森で、この程度のものは世界中探せばいくらでも存在する。
それなのに彼がそこで待ち構えていたとなると、知っていたということに嘘はないように感じる。
「つけていたのかな…?」
「ボルドラですか?」
「そう。でも、僕はあの女神に目を付けられるようなことはしていないはずだし…。一応このこともボスに報告しておこう」
「そうですね。石版を気にしていたのもなんだか不気味ですし…。でも、あいつ石版の裏面だけみて満足して行っちゃいましたし、やっぱりバカですね」
ミカエラはモンスターの描かれている面を眺めてにやけている。
「そうだね、そういう妙に純粋なところなんかを見るとやっぱり神獣なんだと思うよ。疑い深くても疑えない、持って生まれた清純さというかなんというか。可愛いよね」
そう言って笑うと、ミカエラも笑った。




