召喚士と誕生召喚と
しばらくぶりの休息をそれもしばらくぶりの我が家で過ごしていた頃、管理局からの使いがやって来た。
「世界観察調整委員会の命により、フィス・プロノイア、貴殿のモンスターデザインの誕生召喚の許可が下りた。これから召喚場へ向かい、誕生の儀式に立ち会うように」
淡々とそれだけ告げると使いのグールは土に溶けた。
いつもそうだが、委員会からの召還命令は突然なのだ。
こうやって重要な命令を受けている最中も僕は書斎棟の掃除に夢中だったわけで。
そんなこんなで僕は、書棚に積もった三年分の埃を払うのを止め、ミカエラに召還命令が来た旨を伝えてルテ・アマの最下層にある召喚場を訪れていた。
「久しぶりだな、フィス」
そう言ってところ構わず鱗粉を撒き散らすのはオル・ニコ、双子の妹であるイル・ニコの兄だ。
オルとイルは委員会付きの召喚士で、僕達モンスターデザイナーの考案した新モンスターを誕生召喚させるのは彼らの仕事だ。
「さて、これから誕生召喚を行うわけだが、まずお前からこいつの具体イメージを抽出する。こいつの身体を詠唱しろ」
オルはそう言うと僕を魔法陣の刻まれた台座の上に立たせた。
「じゃあ、始めるよ」
僕は台座の上に立ち、魔力を放出する。
放出された魔力は体を包み、赤く染まっていく。
「此れに与えるは脚、大地を駆ける蹄の四本脚。此れに与えるは腕、自由なる五本指の掌。此れに与えるは身体、攻撃を弾く鎧の身体。魔馬の身体を保って獣人の知恵を持つ。両の腕で敵を薙ぎ、咆哮を炎に変えよ…」
「よし、取り出すぞ」
オルがそう言うと僕の身体を包む魔力が足元に流れ落ち、台座に刻まれた魔法陣を埋めていく。
「フィス、降りていいぞ」
赤く象られた魔法陣が台座の上で水たまりのように揺らめいている。
オルが台座の前に立ち手をかざすと、魔法陣の形に変わった僕の赤い魔力が浮き上がる。
すると、オルは手に持っていた体の倍程の長さの鋒に円柱の塊が付いている棒を浮き上がっている魔法陣の真ん中に突き立てた。
一瞬火花が散ったかと思うと、それまで揺らめいていた魔法陣が沸騰するように暴れだし、激しく発光し始めた。少しすると、発光する魔法陣は徐々に小さくなり、あっという間にオルの持つ棒の先端に吸い込まれてしまった。
「準備完了だ。イル!名前は預かっているか?」
彼以外に僕しか居ないこの空間でオルはまるでそこに彼女がいるかのように話す。
「おう、バッチリ預かってるぜ、兄貴」
気が付くと、さっきからそこに居たかのようにオルに向かい合っているイルがいた。
「さて、生み出すぞ。準備はいいか?イル」
「ガッテンだ、兄貴!」
イルがそう叫んで右腕を上げる。
それを確認したオルは、上下を鎖で天井と床に固定されて宙に浮く形になっている黄金の額縁にはめ込まれたモンスターが刻まれた石版の前に立ち、両手で棒を握りしめて呟くように詠唱を始めた。
すると、鋒の円柱の塊が熱を持ったように橙色に輝きだす。
「此れに与えるは名、魔馬人ドクトエクウス」
イルが新しいモンスターの名前を告げると、彼女の持つオルと同型の棒もまた輝きだした。
並んで立つ二人の妖精が石版にそれを押し付けると、パンという破裂音が鳴り響き、赤と緑に輝く二つの紋章が石版に刻印された。
輝く二つの刻印を施された石版は次第に振動を始め、モンスターを象る溝の外側が崩れ落ちていく。
残ったモンスターの象られた部分は宙に浮いたまま脈打つように鼓動し、ヒビが入りその隙間から光が溢れだす。
やがて、内側からの圧力に耐えかねた石版が光に押し出されるように弾け飛ぶと、中から上半身が人型、下半身が馬型で角の生えた馬の頭を持つモンスターが誕生した。
「こいつはすげえな。この皮膚の隆起、まるで甲冑だぞ。よくぞまあこんな生き物を矛盾なく考えたもんだよ…」
イルが呆れたような声を出して、モンスターを見上げている。
「筋繊維を直接この硬い皮膚に接合させて皮膚の隆起を内側から自在に操れるようになっているのさ。甲冑の様に見えるのは本来生物の基本的な防御を賄う脂肪が無いためってことだね」
「知性もあるのだろう?話せるのか?」
オルが僕に問いかける。
「知性が発達するようにはしてあるけど、まだ無垢だからね。とりあえず少しの間学習させればその内話すようにはなるかもしれない。後は生物管理部に任せるよ」
「なるほど、早くこいつが戦うところを見てみたいものだな…」
「ところで、フィス。この間のアンノウン|(正体不明生物)だけどよ…。あたしらが引き取った後、あれを解剖依頼を生物管理部に出したわけだが、とんでもないものが出てきたぜ。…まず、お前とミカエラが見付けたユニコンヘルムの角の他にたぶんその人間が身に着けていたんだろうっていう鎧のパーツが筋肉の隙間やら、骨の間やらわけのわからんとこに適当に混ざりこんでいたらしい。しかもそれが一人分じゃなかったそうだ…」
「な…んだと?どうして…」
「それは生物管理部の奴らも目下調査中ってやつだ。しかし、このおかしな状況に説明が付けられないこともねえってさ。…生物内融合を信じれば、だがな」
「まさか、あり得ない。防御本能と捕食のために二種の生物が融合化することはあるが、それは生物外融合だろう?装甲としての融合とか、肉体の延長のためとか…。意識の統合はできないはずだ。あいつは頭が一つしか無かったし、それに体の使い方を試行錯誤しているような仕草も確認した…んだ…」
「それだよ、頭が一つ、意識も一つ。それなのにあいつの体の中には昇華対象外の奴も含めて二人分のパーツが入り込んでいたんだ。どう考えたって自然じゃねえだろ…」
生物内融合とは、理論上可能といわれてはいたが、実現するのは不可能だといわれている禁術だ。
術者と他の生物を強制的に融合させ、全く別の一つの生物に変化させることを行う。
禁術故に、その呪語は知られていないし、必要なものが何なのかもわからない。
この生物内融合を理論として提唱したのは、神人ヤーフールの妻であったアトルという女神だ。
アトルはヤーフールが真理魔法の研究を手伝う最中に生物内融合の原理を導き出した。
しかし、それは自然の摂理に反するため、固定世界内での実現は不可能だった。
何より、生物そのものの存在を無視した非道な行為だとされた。
それ故にアトルの生物内融合理論は抹殺され、今ではそういう考えを持つ者がいたという事実と実現不可能だという理だけが残っているに過ぎない。
だが、今それが現実のものとして目の前で起こっているのかもしれなかった。
僕はモンスターデザイナーだ。
自然の摂理を無視した傍若無人な行いは、性質的に許容する訳にはいかない。
「イル…。僕は信じないよ」
イルは、そう呟いた僕の肩に腰掛け、そっと手を着いた。
「あたしらは管理局員だぞ?世界の均衡を守るのはあたしらだ…」
「フィスよ…」
それまで黙って話を聞いていたオルが話しだす。
「我らとてお前と気持ちは同じ。召喚士の誇りがそのような振る舞いを許さんとしている。…フィス、お前がこれから何かをしようと言うなら、我ら兄妹は間違いなくお前の手助けをしよう」
オルはそう言うと、イルと同じように僕の肩に座って手を着いた。




