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主と召使と人間と特級モンスターと 2

 僕は悩んでいた。

 

 突如として現れたモンスター。

 召喚されたにしても、こんなものは見たことがない。

 それにこれだけ不自然な状態の生物となると、考えたくないことだが誰かが新たにデザインしたものである可能性がある。

 しかし、存在不可能な生物をデザインしたとしてそれは誕生させられるわけがない。

 それなのにこの巨体は生きている。

 それでも、もしこれが本当に新しくデザインされたものだとしたら、僕はデザイナーとしてこれの存在を認めるわけにはいかない。

 だが、このまま殺してしまえば新種であった場合に希少な生物を絶滅に追いやってしまうことになってしまうかもしれない。

 かといって、このまま見守ったとしてこれが穏便に何処かへ帰るとも限らない。

 僕はもう一度、崩れた建物を見る。

 「主様っ!」

 ミカエラが荒いだ声で僕をせっつく。

 

 「…ミカエラ、殺してしまおう」

 

 ミカエラは何も言わず、徐々にこちらへ向いてくる牛頭をよそに、右手に魔力を込め始めた。

 拳を突き上げるとまず、人差し指と小指を伸ばす、次に人差し指を握り親指を伸ばす。

 ミカエラの右手は赤く輝き鋭い高音を鳴らし始める。

 その音はグリフォンとの戦闘の時とは違い、小刻みに何度も鳴り、その間隔は徐々に短くなっていく。

 

 その間に宙に浮いた巨体がついにはこちらを向き、大口を開けて息を吸い込む。

 巨体のモンスターが息を吸い込みきると、出っ張った腹の膨らみは胸へと移動した。

 

 「まずい!なにかしてくるぞっ」

 次の瞬間、ミカエラの拳が破裂したように閃光を放つと、彼女の右腕は紫色に燃え上がり、小手のヒダが一箇所で盛り上がって筒状に変形した。

 「行きますっ!」

 ミカエラは燃える右腕を巨体のモンスター向けてまっすぐ構える。

 すると、風の音と共に紫色の炎は筒の中へ吸い込まれていき、筒は膨れ上がり熱を帯びた鉄のそれのように橙色に輝く。


 胸をパンパンに膨れ上がらせた巨体のモンスターが、再び大きく口を開くと喉の奥から赤黒くべたべたした印象の半液状の塊が高速で吐き出された。

 それとほぼ同時、ミカエラが構えた右腕の筒からは紫色に発光した楕円球が高速に自転しながら飛び出す。

 大きな赤黒い塊と紫の楕円球が衝突する。

 

 「練度が違いますよっ!!」

 紫の楕円球は赤黒い塊を粉砕貫通し、一直線に牛頭に向かっていき、塊を吐き出した反動で反応できない牛頭で巨体のモンスターの頭を吹き飛ばした。

 牛頭で巨体のモンスターは下顎を残して頭部上部を消失、ぴたりと動きを止めるとそのまま地面に落ちた。

 ドンという地鳴りと粉塵を巻き上げて三本の腕を広げて大の字に倒れるモンスターからは再び動き出すような生気は感じられなくなっていた。


 「主様…、こいつは一体何だったのでしょう。」

 「さあ、僕にもわからないよ…。でも、一つ言えるとすればこいつは誰かのオリジナルデザインである可能性があるってことかな」

 僕らは動かなくなった巨体のモンスターをぼんやり眺めながら話す。

 「誰かの…」

 「そう、体内の構造をちゃんと調べてみなければわからないけど…」

 「でも、モンスターの生成理論上、不自然なものを生み出すのは不可能なはずじゃ!」

 「そうだね。でも、それが可能かもしれないという結果がここにいるだろ?」

 倒れたモンスターを顎で指し示す。


 辺りには騒ぎに対する野次馬が集まり始めている。

 「お前の杖は…、もう無理だろうね」

 「…あんなのに使われたとなれば当然そうでしょうね。ってことはまた探さなくてはですねー」

 ミカエラが背伸びをして小手を撫でる。

 「全く、久しぶりにこっちに戻ってきたというのに家にも帰れないし、まだ眠れてもいないよ」

 ため息を漏らしながら、僕は死骸となった正体不明の巨大モンスターに近づく。

 近くでまじまじとモンスターを眺めていると、それは生きていた先程までよりも大きく感じる。

 体を一周回ってみたところで改めて気付いたのは、このモンスターの腕が実は脚よりも拳一つ分長いということと、体に生えた刺が柔らかいものだということだった。

 「やはり不自然だな…」

 

 「主様、こっちにおかしなものが!」

 反対側にいるミカエラが僕を呼ぶ声が聞こえる。

 「ここ、見てみてください」

 ミカエラが指差す所には他の刺よりも鋭く、長い一本の刺が伸びている。

 脇腹に位置するその鋭い刺に触れてみると、それは明らかに他よりも硬かった。

 僕はナイフを取り出し、その刺に刃を立てる。

 しかし、ナイフは刃幅分ほどめり込んだ所で押し進まなくなってしまった。

 「…おかしいな」

 今よりも強くナイフを引く。

 すると、そこから硬い物の擦れるジリジリとした抵抗を感じた。

 ナイフの向きを変え、皮膚を削ぐ。

 分厚い皮膚をはがすと黒く粘度の強い体液が溢れだし、そこには不似合いな銀色の金属部分が露出した。

 「こ、これは…」

 動きを止めた僕の脇からミカエラが患部を覗き込む。

 「…これ!ユニコンヘルムじゃ?!」

 皮膚を剥ぎとり、完全に露出した銀色の金属はねじれた角の形状をしており、それはまさしくあの時の二人組の片方の人間が身に着けていたものだった。

 「なぜ皮膚下にこれが?逃げたものだとばかり思っていたけど…」

 モンスターが現れる直前、強烈な閃光を放った時僕らはその光に目を閉じてしまっていた。

 不相応な魔力を放出したことで、二本角の騎士は魔力昇華を起こしてしまったとしても、関係のないユニコンヘルムの騎士はその場から離れたか逃げたものだと思い込んでいた。

 しかし、ここに彼の身に着けていたものが埋まっていたとなるとモンスターの存在以外にも不自然な点があったということになる。

 例えば召喚に巻き込まれて死んだとしても、召喚者ではない者は等価の魔力の計算には入らないので死体は残るはずだ。

 こんな風に皮膚下に紛れることはあり得ない。

 

 召喚術は、魔力そのものを媒体とした無距離転移術であり、転移させるものの大きさは召喚者自身の魔力量に比例する。だから、自分の持つ魔力がそれに相当しなければ召喚そのものが出来たとしても、それは対象の一部となるか、もしくは二本角の男同様、たとえ大量の魔力を保持するアイテムを持っていたとしても自分自身が魔力昇華を起こしてしまう。

 わかりやすくいうと、召喚術は召喚者の魔力を最優先に用いられ、足りなければ一部分の召喚かそうでなければ最悪死ぬということだ。

 

 ちなみに、魔法の中でも属性魔法はこの召喚術に属する。

 あの時二本角の男がミカエラに向けて放とうとしたのは、『ウィンド・ヴァン』。

 

 魔法の使用は熟練度でその威力や方法が変わる。

 初級者は呪文を言葉とする呪語を口にすることで属性魔法、つまり一つの自然現象を召喚することができるが、それはあくまで世界のどこかで起きているものの内、術者の魔力に相当する分のみを持ち出すという部分召喚の一つになる。潜在魔力の少ない者はそうして失われる魔力を瞬時補給するために、魔力の保持されているアイテム、例えば杖や装珠品を用いるのだ。

 中級者は属性魔法以外にモンスターなど質量の大きいものの召喚も行う。

 初級者よりも潜在魔力が豊富にあるので、属性魔法の威力は大きくなるが呪語を用いなければそれを使うことはできない。

 上級者は、潜在魔力量が初級、中級者とは比べ物にならないほどあるので、属性魔法の場合その威力は自然現象そのものである上に、複数の属性を融合、凝縮させるなんてことも行う。更に、呪語を唱えず、代わりに印を行うことで魔法を使うこともできる。

 そのため、魔法の使用に即効性が生まれ、より実戦的だといえる。

 加えて、潜在魔力そのものを溜めといわれる方法で体の一部に凝縮し物理攻撃の補強として使うことも行う。この場合、溜められた魔力は術者本人の潜在属性として凝縮されるため、溜めの攻撃の効果は術者ごとに違ってくる。

 初級者や中級者、もしくは魔法を使えない者が使う魔力を保持したアイテムに魔力を込めるのはこの上級者たちの溜めの応用、ということだ


 そこから予想すると、あの二本角の男は魔法初級者か中級者だったということだが、ミカエラの杖の使い方がわかっていなかったところを考えると、きっと初心者だったのだろう。

 それに、ウィンド・ヴァンは風の呪語だ。

 巨大なモンスターを召喚するのに使う呪語なんかじゃない。

 風の呪語で突如現れた巨大モンスター、皮膚下に埋まった対象外の人間。

 

 「…何が起きたっていうんだ」

 そう呟く僕の脇でミカエラが不気味なことを言う。

 「なんかこれ、混じってるみたいですよね」

 「混じるだって?…それはあり得ないよ。召喚術は術者が印を付けるか魔力を流し込んだモンスターを呼び出しているだけなんだ、だからそこにいた者が混じるなんてことは物理的に不可能さ」

 「じゃあ、この角はなぜこんな風になっているんです?」

 「さあ…」


 そうして僕らは露出したユニコンヘルムの一部を眺めたまま沈黙していた。

 いつの間にか野次馬は増え、辺りは騒がしくなっている。

 

 

   

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