イン・ワンダーランド21
所々が崩れ、血が飛び、肉が散らばった教会。ファーストが毎日磨き上げていた静謐な空間は、たった数十分の出来事で廃墟に近い様相を呈していた。
創造主オード・0・キリクテクリが「よくもまぁここまでやれたもんだ」と呟く。
そうして顔を伏せぶるぶる震え、膝を突くアルファを見遣る。
「アルファ、お前はここまでしてファーストに成り代わりたかったのかい?」
は、はい、と慌てて応えたミヤマにオードはどうでもよさそうな生返事を返すと、ふん、とエリシアの死体に向けて手を振った。
オードの背後に傅くようにして現れるのはアルファやファーストに似た雰囲気を持つ二人の少女だ。
傾城とも言うべき美貌を備え、魔性とも言うべき蠱惑を持ち、完全にして完璧なる神の造形を得た存在。ダンジョンマスター。
それは黒衣に黒髪黒瞳、黒い鎌を背負っている。
それは白衣に白髪白目、白い大剣を抱えている。
「イレブンス、ラムダ。あれを蘇生しなさい。アルファはこの騒動の首謀者を蘇生だ」
オードはそれだけを言うとぶらぶらと教会内を歩き、倒れた吉原庸介へと向かう。その足取りに迷いはない。
アルファはそんなオードの様子に疑問を持ちながらも指示された通りに《神威の書》を起動し、鴻ノ巣の蘇生を始めた。
聖句を呟きながら二人の少女の様子を見れば彼女らは《神威の書》を持っていない。
では管理者ではなくただの従者なのか。
そう考えたアルファは内心で首を振る。それは有り得ない。なぜならオードが蘇生指示を下している。
そしてオードの指示を絶対として考えているが故にアルファは即座に真実に至る。
彼女らは内臓しているのだ。《神威の書》に代わる管理権限を行使できる何かを。
「つまり、最新にして最強ってことなんですよね……?」
最深層である《ゼーレ金貨》を管理するファーストとアルファ。一番最初にオードによって創られた彼女たち二人は管理者の方向性を模索するが為、当然のように他のダンジョンマスターよりも多くの力を持たされた。そして強い力を持つために多くの神器の管理を任されていた。
そんな最古にして最強であった彼女たちであっても管理権限を必要とする力の行使には《神威の書》の展開が必須だ。
アルファは唇を強く噛む。《神威の書》の展開を必要としない、ファーストたちを古きとする新しい形式が生み出されてしまったのだ。
願いが遠くなる。祈りが叶わなくなる。恐怖が身体を伝う。
「ラムダ、どうかしら?」
「イレブンス、魂の引き上げは終わったわ」
アルファは未だ膨大な『死』から鴻ノ巣の魂を探すのに手一杯だというのにあの二人は既に肉体と魂の同調に入っている。今までの管理者よりも処理が格段に早いのだ。
(それでも私は……)
五百年。それはアルファが作られてから経ってしまった時間だ。それだけの年数を重ねれば、如何にアルファが超常の力を持っていようとも、それを越える性能のダンジョンマスターが作られても不思議ではない。
だが、それでもと背後を見た。庸介を見下ろし、彼を懐かしそうに見るオードの姿を。
(私は、貴方に認めて貰いたくて……)
創ってくれた人の役に立ちたくて。
エリシア・Ⅰ・キリクテクリの予備としてではなく、ミヤマ・α・キリクテクリとして。
だからここまでやったのだ。
だからここまでできたのだ。
なのに、どうして?
言葉は吐き出されず澱のように降り積もる。
「見つけた……」
鬱々とした感情を抱えながらも、ミヤマはようやく見つけた鴻ノ巣亘理の魂を引き上げるのだった。
オードは吉原庸介の遺体を見下ろしていた。
「うんうん。やはり見込んだ通りだ。折れない強い心に加え、窮地であっても脱せられる運と力を持っている」
拾ってきた庸介の首と倒れた身体をオードは繋げ、回復魔法を宿した指で切れ目をなぞり癒着させた。
そして、いつの間に取り出したのか。その手には《神威の書》に似てはいるが、圧倒的に異質な本を握っている。
それは《全能の書》と呼ばれるオード専用の神器だ。この世界にアクセスし、管理、操作するための書。
《全能の書》を開いたオードは蘇生の文字を指でなぞった。
反応は即座だ。優しげでどこか懐かしい穏やかな光が庸介の身体を包み込み、魂の引き上げから癒着、覚醒までを自動で実行していく。
オードは《全能の書》に浮かぶ実行中のウィンドウに満足そうな頷きを送るとぽつりと呟いた。
「ありとあらゆることができると細々とした操作に関しての手法は覚えきれなくてね。そいつらをいちいち覚え直すのも面倒だからこうして手順を省略するためのツールを作っている。なにしろ僕は生身だからね」
『それ、わざわざ私に言ってるわけぇ?』
「当然だ。第三剣アリス、遙か昔に僕が創った数多の剣が一つ」
庸介以外、誰にも聞こえない筈のアリスの声がオードの脳内に響く。
それは第三剣アリスの使用条件をオードが満たしているからに他ならない。
条件とは第三剣アリスと契約をすることだが、オードのそれは使用者ではなく、作成者としての契約であった。
かつて、アリスを含むオードに創られた剣の全てはオードと一つの盟約を交わした。
『全ての剣よ、一つになるまで砕きあえ、さすればオードの剣として認める』という盟約を。
そしてありとあらゆるダンジョンにばらまかれた彼らたちは、オードとの盟約を果たすために行動を始めた。
ある者は自ら所有者を捜し、ある者は伝説を流布し、ある者は強者のみを選別する機能を自らに付け、自身に相応しい持ち手を探し出した。
そうして数百年以上の年月を掛けて剣達はオードの望み通りに互いを砕き合ったのだ。
『で、今どうなってんのよぉ。他の剣はぁ?』
「君を含めて四本残った。第一剣GOD、第二剣英雄譚、第三剣アリス、第四剣救世。君以外のだれもかれもが100本以上の剣を砕いた。処女剣アリス。今日この日まで誰も主を得なかった剣」
オードの返答に『そう、あとたった三本なのね』と疲れたような声をアリスは出した。
『私は私を見つけてくれる誰かを求めていた。だから私を見つけてくれた人の力になりたいと思ったのよぉ』
「そして、見つけた?」
『見つけてくれた。だから、私は彼の力に――』
くく、と嘲りに満ちた嗤いを向けられ、アリスはオードを見上げた。
「だから巻き込んだ。彼には叶えなければならない願いがあるのに、君が、君の戦いに巻き込んだ。こんなどさくさ紛れの混乱した状況で、彼の弱さにつけ込んで、彼に重しを背負わせた」
ああ、なんて身勝手な剣なんだ。オードは悲嘆に暮れたような事を口ずさみ、何もかもを見透かしたような目にはつまらなそうな光を宿しながらも、口角だけを釣り上げてアリスを見下ろす。
『ッ、貴方が! 貴方がそれを私に言うの? 創った私に殺し合えと命じた貴方が!』
「そうだよ。そういう盟約を前提に僕は君たちを創った。なぜなら強い剣が欲しかったからだ。勝利に至るための力、それを注がれても砕けない器の両方が欲しくてお前達を創ったんだよ」
ちから、ちから、ちから、オードの言葉にアリスは何も言えない。
この男の主義主張は一貫している。
こんな場所を創ったのも。アリスたち剣を創ったのも。ファーストやアルファのような人形を創ったのも。全ては力の為。
力を得るためなのだ。
「僕はさらなる力を望む。闘争に勝利し、神に勝利し、世界の外側に向かう為にも。そうして上の世界に認められ、あのお方たちの傍に侍るために」
アリスは唇を噛みしめた。この場の全てが誰も彼も同じ目をしている。
探索者の目。祈りを抱き。他者を蹂躙し、全てを得るために全てを投げ出せる者の目を。
そうだ。自分もそうだった。剣として使われる為に。剣として使われたいが為に。
盟約を放棄するようにして洞窟の奥深くに埋まり、眠っている間に全てが終わることを祈った。
そして、自分を見つけてくれる誰かのために力を振るおうと祈った。
――祈りは叶った。
しかし、盟約は終わっていない。
それはアリスが生きているからこそわかっていた祈っても叶わない願い。
アリスは砕かなければならない。
アリスは砕かれなければならない。
それを為していない以上は当然の帰結。
だから盟約の遂行を対価に庸介との契約も結んだ。
自嘲するようにアリスは口角を釣り上げた。
(私も結局同じなのよぉ。全てが全て、自分の思うようになればいいと思っている)
だから、今もこうしてアリスは動けないでいる。
憎く、しかし憎みきれない男が目の前にいても、自分たちを作り、砕くことを至上とした男に対して何もできない。庸介の身体を使えば害することができるかもしれなくても。
何かの気まぐれでオードが拾ってくれることを祈ってしまっている。
祈りを抱える者の業だった。
だからこの場で他者の為に祈れる者がいるならば。
それこそが、それだけが、それだけで、害される理由に至る。
白い聖女が歩いてくる。背後にひっそりと隠れるようにしてついてくる二人の少女を連れて。
「やぁ、ファースト」
「お父様。お久しぶりです」
答えながらも彼女は創造主に目もくれずその場に座り込んだ。
そうして、歪んだ龍のヘルメットを被った庸介の頭を胸に抱えるのだ。
この場でそれをやれるのがエリシア・Ⅰ・キリクテクリだった。
「こんな有様になるまで……どうして……」
きゅー、と聞こえるのは地龍の鳴き声だ。ガシャリ、とフェイス部分が開き、庸介の素顔が晒される。
「起きて下さい。吉原庸介」
小さな手が庸介の顔を撫で、同時ともいうべきタイミングでオードによる蘇生が成功したのか、庸介の目が薄く開き始めた。
「う……あ? ファースト、か……」
死から蘇生した者特有の、辛そうな、呼吸の仕方すら忘れたような表情。
ファーストはそれを見ると表情が変わってしまう。自分では何故そうなのかわかっていた。どうしていいか、何をすればいいのかわからないのだ。だから、いつもの迷いに満ちた顔をするしかなくなる。
庸介はため息を吐いた。
この顔が嫌いだった。だがその理由がわかってしまった今は嫌うことなどできはしない。
ファーストの小柄な身体が庸介に嫌がられているのかと小さく震える。
「おかえりと言ってくれ」
「お前は、何を……?」
迷いのない庸介の様子にファーストの動揺は消える。代わりに出るのは疑念だった。
庸介にはファーストに対するマイナスの感情など欠片もなかった。
何かすっきりしたような、穏やかな感情で相対してくれている。
それが不思議で、しかし何故か心地良く。ファーストは、エリシアにはそのふざけた提案をどうしても咎める気にはなれない。
「お前、何度も言わせるなよ。おかえりと俺に言ってくれ。それでいい。それだけで俺は立ち上がれる」
「お、おかえりなさい?」
「もっとはっきりと、そうだな」
にやりと、悪戯を思いついた悪童の表情で庸介はファーストに囁いた。
「主婦が家に帰ってきた旦那を迎えるような感じで頼む」
なんですかお前、それは、とファーストは言いかけ、口ごもる。
庸介は巫山戯てはいても真剣だった。そして、ファーストは、死から甦った探索者に何かできることをしてあげたかった。
それが庸介の望みならば、叶えてあげたかったのだ。
「わかり、ました。では……」
ファーストの小さな口から告げられるそれは、小さく、しかし消え入るようにではない。何か暖かな感情のこもった言葉だ。
「おかえりなさい。吉原庸介」
春の陽差しのような温もりが庸介の心を満たす。
死の沼で冷えた心が力を取り戻していく。
「ただいま、ファースト。やっぱりお前は相変わらず暖かい」
これで本当によかったのかと、生返事を返すだけしかできないファーストの膝から庸介は頭を上げ、立ち上がる。
『何よぉ。マスター、どうしちゃったのよぅ』
たったあれだけのやりとりで庸介の身体に力が満ちていく有様が、一心同体となっているアリスにははっきりとわかるだけにどうにも調子が出ない。
きゅーきゅーと楽しそうな地助の声が脳内に響き、ちょっと地助黙ってなさいとアリスが抑えた声を出す。
庸介はあくまでも、底抜けに機嫌が良い。
『俺の迷いは晴れた。俺があいつの味方をするのに、もう疑問は一つもない』
『なにそれぇ、なんだか一人だけ満足そうでむかつくわぁ』
アリスの言葉に庸介は小さく笑いを返すだけだ。荒波のようだった持ち手の心情が穏やかなことに剣は疑問を感じながらも。
『俺の為に祈ってくれる。そういう奴がいるだけで俺は救われる』
「それはそれは中々良い成長をしてて何よりだね」
男の声に振り返った庸介はそうして、自らをこの迷宮へと誘った存在と再会を果たす。
「お久しぶりだね。吉原庸介君。オード・0・キリクテクリだ」
「確かに、久しぶりだな。創造主」
力に溢れた庸介を見たオードは満足そうに頷き、背後を振り返る。
現れるのはおどおどとしつつも何かを期待するような目をオードに向けるアルファと、《ゼーレ金貨》のサブマスターにして、人類の頂点まで上り詰めた剣聖、鴻ノ巣亘理だ。
「んで、俺は初めまして、だ。創造主」
「鴻ノ巣亘理か。よくもまぁこんなことを企んだものだ。君はギルドのサブマスターだったんじゃないのかい?」
「だから、諦めていないギルド員だけ残したんだろうが」
ふぅん、と鴻ノ巣が視線をやった先にいる庸介に、オードは気分良く頷いた。
「はは、わかってるなら問題ないけどね。確かに、最近は死者からのエネルギーも回収率が悪かったし、君からの提案は丁度良かった」
ファーストと庸介が二人の会話に首を傾げ、アルファは祈りの成就が近づくことに嗤う。
浮かべているのは下卑た、探索者特有の嗤い。
「お前ら、何を……?」
庸介が嫌な予感を問う前に答えは告げられる。
「では、《ゼーレ金貨》所属の探索者、鴻ノ巣亘理、吉原庸介、二名以外の全ての魂を用いて新しいダンジョンを作成することにするよ! ふっくくくく、久しぶりの大仕事だ! 腕がなるなる腕がなる!」
オードの目もまた、何を犠牲にしても、良心に呵責すら感じていない探索者が持つもの。
「お、まえらぁああああ!!」
「そう言うなよ。ちゃんとこっちは手順踏んでるんだからよ」
激高した庸介を押し止めた鴻ノ巣の言葉に、呆然としていたファーストが立ち上がる。
「……全て、この為だったのですか? 全員をこの場に集めたのも、私を拘束して私を見限る言葉を吐かせたのも。わざと私を殺して《いたずら仔猫》を発動させて全員を一度殺したのも」
そうだ、と鴻ノ巣が頷く。
「新しいダンジョン作成に必要なエネルギーを十分量確保するためにただの一人も漏らさず集め、お前との契約を切らせるためにお前をいらないと言わせ、真実を明かす時に妙な反抗ができねぇように、いたずら仔猫の発動を促して全員を殺した」
「そう! 全てはこのときの、貴女の予備という立場から私が抜け出すために!!」
アルファが一歩踏み出し、手を掲げ握りしめる。
「私が私であるために! 私の祈りを叶えるために! 貴女を、裏切ったんですエリシア!」
「ミヤマ……。こんな真似をして、ダンジョンマスターになれるとでも思うのですか? 己の為に尽くすべき探索者を裏切って、こんな非道なことをして、誰が貴女を認めるというのですか?」
激しく言葉の刃で斬り合う三人の様子を伺いながら庸介は思う。この場は、もう論争の場ではないと。皆覚悟している。誰もが結果を出してしまっている。
だから、ファーストの真摯な感情の籠もった糾弾は、けしてアルファには届かない。
「俺が認めるさ」
ファーストの言葉を正面から鴻ノ巣が受け止めた。少しの後ろめたさに顔を背けかけたアルファを護るようにして鴻ノ巣がファーストに相対する。
「俺が認める。ミヤマは俺のための、ただ一人のダンジョンマスターとなる。そもそもがファースト、お前がまともであればこんな手間を掛ける必要はなかったんだぞ? 次々と足手まといを連れてきやがって、おかげで俺は奥義を見られることを警戒して技を使えなくなった。
何が英雄だ! 何が皆で手を携えれば願いは叶う、だ! 誰も彼も俺より弱い奴らじゃねぇか! 俺で無理なアレを有象無象を集めてどうやって殺すってんだこのあまったれが!」
罵倒と殺意と敵意の混じった言葉の刃にファーストの身体がよろめく。それを庸介が支えるようにして背後から抱えた。
「お前からも何か言って……」
力のないファーストの言葉にふるふると庸介は首を振る。
「ファースト、もう諦めろ。終わったんだ。鴻ノ巣と争う必要は何も無い。全部、全部奴らの自業自得だ。騙されようが何をしようが、祈りを叶えるなら端から諦めるべきではなかったんだ」
「そう、吉原の言うとおりだエリシア。そして、奴らは自分と同じ探索者を信用するべきじゃあなかった」
そして言わずとも二人の男は理解している。
そもそもがこの世界で信用するべきは、ファーストただ一人であるべきだった。
二人の男の見解は一致している。
鴻ノ巣亘理は、ただただ甘いが為に信用するべきであると考え。
吉原庸介は、他者の為に祈れるからこそ信用するべきと考えた。
だから、四人の争いなどどこ吹く風とでもいうように、できたよ、とオードがそれを見せた時、ファーストは全てを理解して崩れ落ちる。
きらきらと光る小さな冠の形をした神器《獄の冠》。
未だ満たすべき力は何も入っていない。しかし105人の英雄の魂を練り上げて作り上げられた光輝く王冠だった。
それこそが庸介や鴻ノ巣が求めてきた光だった。
それがアルファへそっと授けられる。
「さぁ、アルファ、受け取っておくれ」
「ありがとう、ございます。お父様」
恭しく、大切なものを抱くように冠をアルファは受け取り――
「でも、貴女は死んで下さいね」
――片手に未だ持っていた《天眼》を背後に向けて振り抜いた。
「え?」
誰にも気付かれず、宙を駆けるようにしてアルファへ近寄り、鎌を振り下ろそうとしていた黒衣の少女が鎖によって拘束される。
数多の英雄を屠った血獣すら拘束しえた鎖だ。抜け出ようと抵抗するも全く力が足りていない。
じゃらじゃらと、ぐるぐると、《天眼》はラムダを周囲から覆い隠していく。
そうして、小さな身体に巻き付いた鎖はぎゅぅるりと歪な音を立てて回転する。
ごりごりと音が響く。声にならない悲鳴が鎖から響く。ぼろぼろと肉と骨をその隙間から零していく。血が大量に零れ、断末魔は聞こえず。
オードが計算違いとでも言うような表情を浮かべていた。
アルファがあはっ、と満足げに艶めいた声を零した。
「何故、わかった?」
「だってお父様。冠をくれるのに私のことを全然見てくれなかったじゃないですか」
「視線は向けてた筈だったんだけどな」
「いつもと同じ目でした。なぁんにも私に期待していないお顔」
オードの失敗したというような視線に、えへへ、と悪戯が成功した子供のように喜ぶミヤマ。
その様を見ても何の感情も抱けず、ただ敗れた最新の管理者を失敗物として内心で扱うオード。
「経験値の不足、か。何にせよ一番の旧式に負けるのは僕の育成が間違ってたせいかな。で、イレブンスの方は……」
性能が劣り、サブであるためファーストより経験が足りないアルファでこうなのだ。見るまでもないと確信しながらもオードは白衣の少女の結末を見た。
「やはり……無理だったか」
そこには、何もなかった。ファーストを守るために踏み出そうとした庸介が何もない空間を呆然と眺めている。まるでつい先ほどまでそこに誰かがいたかのように。
その場に転がるのは、イレブンスが持っていた剣だけだ。その中心は不自然に円形にえぐれ、使い物にならないゴミのように各部が散乱している。
持ち手の姿はどこにもない。
こくり、と不思議そうにファーストが首を傾げた。
「私が手加減できるのは私の担当の探索者と私のサブのミヤマにだけですよ? なぜお父様の従者をしながらそんな情報も与えられていないのですか?」
ぺしり、とオードが可笑しそうに額を叩き、感慨深そうにする。
「そうか。視線を向けた対象を消失させる魔眼をファーストには与えていたんだっけか。まさか、使いこなしているとは思わなかった。お前達二人があまりにも情けないから処分しようと思っていたけれど。ちゃんと年月分の経験は蓄積できてたんだなぁ」
オードが《全能の書》を広げ、嘲笑うように告げる。
「ま、今回はそれの確認と回収が目的だったんだけれど、ね」
オード・0・キリクテクリの瞳に宿るのは、役割を果たし終わった道具に対する労いと。
面倒な仕事を前にした人間特有の億劫さ。




