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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド20


 死。死だ。死んだのだ。

 ずぶずぶと身体が沈んでいく。いつもの沼に沈んでいく感触に俺は苦笑を覚えた。

 強くなっても死にはする。それは俺に反吐のようにこびり付いていた劣等感のいくつかを消失させるのに十分な実感だった。

(そう……か)

 つまりはこの死を乗り越えることこそがこのダンジョンで生きること。

 だが、今は、と拳を握る。

 悟っても良い。感慨に耽っても良い。それでも、だ。

「ここで死んでる場合じゃねぇだろうが!」

 戦いは終わっていない。鴻ノ巣が死んだかを確認していないし、アルファがまだ生きている。

「俺は、まだ何も為してねぇ! 何かを為した結果がこれなら納得してやる! だが俺は何もしてねぇ! 何も達成してねぇし、願いの一つも叶えてねぇ! なら、こんなところで、死んでる場合じゃねぇだろう!」

 拳を握る。 

 ここから自力で抜け出すことはできないし、そもそも何かを外界に及ぼすこともできない。

 それでも吠えることに意味はあった。意志を発することに意味はあった。

 今までの俺はただ黙して行動をしなかった愚図だった。

 それを変えるのだ。だから俺は拳を握る。握り、先の見えない泥を掻き分けるようにして空を目指した。

「おら! おらぁ! おらぁあああああああああああ!」

 掻き分ける。上を目指す。ただがむしゃらに、そこに俺を引き上げてくれる優しい手はないが、それでも目指すのだ。

 そこに勝利を幻想するならば。

 心を強く保ち、折れないように何度も喝を入れ、浮上していく先でざぱり、と何かに手がぶち当たる。

「こいつは、浮島、か?」

 沼に浮かぶ島。黒く視界は効かないが、縁から手を突き出せばそこには層の違う大気の感触が存在する。

 そもそもがこの沼でさえ、呼吸を妨げるような液体的性質を持っているわけではない。どちらかというと身体にまとわりつく大気のようなものだ、というと軽く感じてしまうが、例えるなら周り全ての酸素が黒く染まり、粘ついた重さを持っているとでも言うべきか。

 心を収奪する素養とこの世界に底が無いために際限なく沈んでいくことから俺は沼と例えているが、ここでは呼吸が出来、声が出せるのである。

「よ、っと」

 そして、塗りつぶされたような視界の中、俺は全身に全霊を込め、絡みつき、力を奪う水から抜け出すことに成功した。

 転がるように乗り上がり、仰向けになる中、俺は慌てて荒い呼吸のまま立ち上がった。視界にまず入ったのは黄昏のごとき薄赤い空。そして、けして看過できぬナニカ。

「な、なんだよあれは……」

 水から抜け出した先で見えた風景モノ、俺達不死者を飲み込んでいる、海と見まごうばかりの水を湛える沼。

 辺りを見渡してもこの浮島以外何も見えない。水平線すら見えてしまうほどに広大な世界だ。

 そして空を見上げ。

 口中にじわりと滲む苦々しさをこらえた。


 空には巨大な()が浮かんでいた。


 雲を割くように、地に向かい突き出される両の手。水面ぎりぎりにまで伸ばされたそれは何かをすくい上げるような形で静止している。

 動くことはない。腕の先は遠く何も見えない。そして、見てわかるほどの禍々しさがそれにはある。


 この世にあってはいけないもの。/故に死者の世界に存在する。


「よぉ。ここを見つけるってことは、お前はやっぱりどうかしてる」

 呆然と空の先を睨んでいた俺に、同乗者(・・・)がのんびりとした口調で声を掛けてきた。

「鴻ノ巣、か……」

 無手だが拳を構えようとすれば、胡座をかき、同じく武器も何も武器をもっていない鴻ノ巣はひらひらと手を振った。

「死んでまで戦うなんて無茶はやめとけ。俺もお前もここでは終わっちまってるんだ。蘇生されるまでのんびり過ごそうや」

 頷き、少しだけ距離を取って地面に座った。そうして空を眺め、小さく息を吐く。

 蘇生はやはりファースト待ちになるが、しかしそのファーストは死んだままだ。やはり俺は失敗したのだろうか。

「地上の様子が気になるか?」

「気にならない筈がないだろうが。でも、お前がここにいるってことはアルファも死んだか? そうなると、どうなる? ファーストもアルファも死んでるなら俺達はどうなる?」

 疑念を漏らした俺を鴻ノ巣は鼻で嗤う。

「ミヤマが死んでるわけがねぇだろうが。血獣は俺が始末した。それに決着が付けば奴が来る。そして奴が俺達探索者をそのままにしておくわけがない。この沼とて収奪機能はあるが、それじゃあ効率的に俺達をすり潰せないからな」

 奴? と問えば創造主だ、と鴻ノ巣はつまらなそうに返す。

「は、この空間で苦しむのは意図されたこと、だと? なんで創造主がそんな真似をする? 俺達の探索が失敗すれば損をするのは奴だろうが」

「どっちでもいいからだ」

 鴻ノ巣は心底くだらなそうに応えた。

「どっちでもいいんだ。俺達の探索が成功しようが死のうが、そもそも召喚が成功した時点で奴の目的は半ば達成されている。見えるだろう、あの禍々しい腕を」

 頷き、鴻ノ巣が指し示すそれを見る。圧倒的な存在感を発する誰か(ナニカ)の腕。

「あれは俺達の悲嘆と絶望を掬い上げる神の御手、と言えば聞こえがいいがつまるところ俺達の絶望を吸い上げた水から純粋なエネルギーを吸い出すための濾過器だ。だから、絶望の鮮度が落ちたら困るのさ」

「それじゃ説明がつかない。なら何の為に探索をさせる? 死のエネルギーが欲しいだけなら、それこそ適当に召喚して殺し続ければいい。わざわざ俺達の願いを叶える必要などないはずだろう?」

「それも嘘じゃないだけだ。そして召喚とてエネルギーを消費する。だから使い減りしない、諦めない(・・・・)魂が必要なんだよ」

 だから願いを抱く俺達なのか。そして、必ず立ち上がる強い魂が必要なのか。

 騙された気持ちで唇を噛みしめた。俺の願いは叶うのか? 本当は、美味い儲け話に騙されているだけじゃないのか?

 全く知らなかった情報を与えられ、疑念に支配された俺に対し、鴻ノ巣は安心させるように微笑む。

「もちろん願いも資源の発掘も嘘じゃない。それについてはお前の方がわかっているんじゃないか?」

「俺が、か。何故そんなことが言える?」

「それは、お前が《ゼーレ金貨》で唯一創造主が自ら選んだ探索者だからに決まっているだろう。それで、伝えられた筈だ。願いを叶える条件を」

 そう、《ゼーレ金貨》の探索者は全てファーストが集めた人材。しかし俺だけが創造主自らが招いた探索者。俺は、確かにそれを直接伝えられている。

 思い出すのは元の世界のことだ。

 妹の絶望を目の当たりにし、部屋で無為に過ごしていた日々に現れた奇妙な男。

 そこで俺は聞かされたのだ。

 奴の目的は、資源を手に入れることでも、迷宮を探索させることでもない。

 探索者自身の手によってダンジョンの深奥に存在する核《獄の冠》を入手させること。


 奴が欲しているモノ、それは力を蓄えた《獄の冠》と、それを手に入れることのできた強い魂だということを。


「奴は強い魂を求めている。けして諦めず、けして折れず、間違いを認め自ら修正でき、そして折れても立ち上がり再び歩き出す魂を。その理由を俺は知らないが、な」

「俺だって、何に使うのかは知らない。だが、わかっているのか? 俺は知ってて選んでる。お前たちは、いいのか?」

 何を、とは言わなかった。鴻ノ巣は口角を釣り上げ嗤っている。

「エリシアは知らされてないみたいだがな。俺達の不死は願いを叶える途上までで、叶え終わってしまえば魂を対価として召し上げられるなんてことはな」

 唇を噛みしめる俺に、鴻ノ巣はそして、と告げる。

「願いを叶えられるのもただ一人だってこともだ。これもエリシアは知らない。サブであるミヤマは知ってたが、な。俺がミヤマを担いでるのもそれが本当の理由だ。何も知らされていない管理者に命は預けられない。

 ふん、創造主はエリシアには何も知らない無垢なままでいて欲しいようだが、それだってどんな陰険な意図があるんだか……」

 俺は何も言えない。そうだった。アイツはいつだって何もわからず迷った表情をしていた。それを申し訳なさそうな。どうしようもなさそうな表情で俺たちを見ていた。だからこそ俺は……。

「俺はそういうわけだから力にはなれん。せいぜい必死にエリシアを護ってやれ」

 訳知り顔の鴻ノ巣がにやにやと俺に笑いかける。それは今までの諧謔味のある達観した嘲笑ではなく、どこか純粋な、しかしどこか悪戯めいた感情の隠れたものだ。

「……何故、俺が奴を護る、と? ここまで聞いたんだ。俺がファーストを裏切るかもしれないじゃないか」

 お前は裏切らないさ、と鴻ノ巣は空を見上げて言った。

 釣られて見ればそこには巨大な手とは違う、女の小さな手が降りてくるところだった。

「そら、そろそろ蘇生が始まるぞ。ここから出たら俺達は敵になるかもしれないからな。覚悟しておけ。次は前のような奇策は通用しないからな」

「お、おい! いいから理由を言えよ!」

 何をそんなにいらつくのかと鴻ノ巣は面倒臭そうな顔をした後に。

「古今東西男が死力を尽くすモノなんて、大義と女が相場に決まってる」

 ならば、と。鴻ノ巣は続ける。

 それを聞くなと心のどこかで警告が発せられるが奴の言葉は止まることはない。


「だから、お前はお前なりにエリシアを愛してるんだろう」


 だからせいぜい愛した女を護ってやれと、現れた女の手に抱えられ、鴻ノ巣は消えていく。

 告げられた言葉はすとんと心のどこか深い所に落ちていき。

 奇妙な納得を得た俺の魂もまたこの世界から引き上げられていくのだった。



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