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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド12

 探索者達がいる教会。通常のギルドなら恐らく当たり前の光景が最初に目に入り、思わず「は?」という声が漏れた。

 100人を越える冒険者たちがいる事態。そんな異常を目にして思わず思考が停止しかけるものの、彼らの間から見えた光景で俺の感情が一気に沸騰する。

 教会の奧、探索者たちが一番集まっている場所。そこにアルファに押さえつけられた少女がいる。

「ファーストッ?! 何やってるんだお前等!」

 真っ白だった全身が赤黒く染まっている。ファーストは四肢を杭に打たれ、口と目を無残な方法で封じられて地面に磔にされていた。

 鴻ノ巣亘理がそんな俺を見て、興味深そうに眉を上げた。

「何って、見たとおりだが? 何か問題でもあるか?」

「問題? 問題だと! 問題だらけじゃねぇか! そんなことをしてこれからどうやって探索を続けるってんだよ! 誰が俺達の強化をして、誰が俺達を蘇生して、誰が《転移門》の維持をするんだ!?」

 周囲を見渡す。誰も顔に不安など浮かべていない。探索者全員がそれを聞いても、何を心配することがあるのかという表情を浮かべている。

 俺はその様子に混乱するのみだ。一体何が起こっている。

「そんな些末事は私がやりますので、大丈夫です。くだらない心配より、今はこれが復帰しないよう心を折っている最中なんですから庸介さんも協力をお願いしますよぅ」

 そんな俺を見てアルファが答えを告げる。

 思い出す。アルファはファーストの補佐役だが、同時にファーストの予備として存在していることを。

 確かに、アルファの協力が得られるならファーストを排除しても俺達に痛みはない。しかし、だ。

 何故こんなことをする必要がある?

「アルファッッッ! てめぇやっぱそういうことかッ!! てめぇが主導してんのかッ? 前からてめぇはこんなことをする奴だと思ってたが、やっぱりやりやがったかッ!」

 ファーストを拘束しながら困ったように笑うアルファの目は平常通りだった。目の奧が濁り、何をするかわからない目をしている。

 自然舌打ちが漏れる。嫌な予感しかしない目。あれは探索者の目だった。この場にいる全員の目だった。暗い願望によって後押しされた、自分の願望の為ならなんでもやるくそったれの目だった。

「吉原、主導は俺だ。アルファは協力者にすぎん」

「鴻ノ巣、亘理……ッ」

「わめき散らすぐらいならこっちに来いよ。ぐだぐだご託をこねてねぇで止めに来ればいい」

 アルファと鴻ノ巣は俺を見据えている。静かな威圧にぐ、っと呻く。冷酷さがそのまま物質化したような鋭利な視線に思わず身体が下がりかける。

「退くのか? 進むのか? どうすんだお前? これ以上喚くだけなら部屋に戻っててくれると助かるが、それとも俺達とやるか? ちょうど剣も手に入れたみたいだしなぁ、おい」

 腰の刀に手を添えたままだった鴻ノ巣の身体が一歩だけ俺へと踏み込まれ、モーゼに割られる海のごとく探索者達が道を作る。俺と鴻ノ巣の間には壁も障害もない。ナマの殺意が直接俺の身体にぶつけられる。

 う、と身体が下がった。辺りを見渡せば、周囲にいる100人を越える探索者それぞれの目が一瞬にして俺を精査するようにして上下している。

 直感的に察した。戦闘力を見定められているのだ。しかし、近場の鎧姿の男に目線を向ければ、奴は俺を見た後に馬鹿にするように肩を竦めた。

 鎧の男(ヤツ)も鴻ノ巣に劣るとはいえ、異世界の英雄の一人。つまるところ戦闘能力に置いて、俺では逆立ちしても叶わない存在。

 ヤツの余裕は俺が敵することはできないと看破したことからくるものだ。

 当然だ。誰が蟻の一匹を見て恐怖を抱くというのか。

(うぅ……。う、ぐぐぐぐぐ……)

 せめてもの抵抗をと鞘に収まったままの半欠けの剣を握る。しかし、そんな敵意にすら値しない動作にも周囲の人間はすぐに反応を返してくる。俺を視界から外さない位置に身体を置き、それぞれが気のない動作の中に、いつでも動けるような反応を含ませた。

(お、俺は……俺は……)

 そんな様を見せつけられて、思考が囁いてくる。勝てるか? と。自分よりも戦闘に長けた強者100人以上で構成された不死の軍団。それに対して勝利できるのか、と。

 確信だけはある。不可能だ、と。勝利は遠すぎて、敗北だけが隣に立っている。

 思考の先に立つのは殺されたら、という恐怖だ。ファーストが動けない今、殺された俺を甦らせることのできる存在がいない。アルファが俺を甦らせるなどという幸運は期待するだけ無駄だろう。

(俺は、俺はどうすればいい? 死んだら終わりなんだぞ……)

 だが、死自体は躊躇の理由ではない。俺が踏み込めないのは、死の先にある、願いが叶わなくなることに対する恐怖が原因だ。

 死ねば抵抗するチャンスが失われる。しかし反逆は成功しそうにない。蜂の一刺しどころか蟻の一噛みが成功するかどうかすら怪しい。

 それでも屈するわけにもいかず、周囲から向けられる敵意で震えそうになる身体を腕で強く押さえつけ、鴻ノ巣を睨んだ。

 わかっている。猶予はない。今は時間をかけていい場面じゃない。このチャンスを逃せば俺にとって取り返しのつかない事態になるに決まっている。だから、俺は、俺の意志で今、決めなければならない。

 ファーストを諦めるか、それとも諦めないか。

 連中に降るか、降らず意地を張るか。

 願いを諦めるか、それとも諦めないか。

 そんな俺に対して鴻ノ巣は刀から手を離すと肩を竦め、敵意を薄めて見せた。

「ま、冗談だ。それにこいつはお前にとっても悪い話じゃないんだぜ。だから参加していけよ。エリシア潰しは俺やアルファにとっちゃ力を得るための大切な行程なんだ。わかってくれとは言わないが、重要なことだ。なぁ、吉原、お前も鬱憤晴らしついでに手伝っていけよ」

 口調は明るく、気軽に言葉を放つ鴻ノ巣だが、放たれた言葉は重く、瞳の奧に殺意の籠もった光が揺らめいている。そもそも俺を見ているようで見ていない。奴はファーストにしか注意を傾けていない。

 肯定も否定もしようとしない俺に対して、アルファは万人が魅了されるだろう笑顔を俺に向けた。

「ね、庸介さん。方法は後で説明しますけど、これで《ゼーレ金貨》以外のダンジョンの探索ができるようになるんですよ!」

「《ゼーレ金貨》以外のダンジョン、だと……? それが、それがこの蛮行の理由なのか?」

 当然ながら、ここでは《ゼーレ金貨》以外のダンジョンは探索できないし、存在しない。そも何故《ゼーレ金貨》だけしか存在しないのか? そんなことはわからない。しかし《ゼーレ金貨》しかないから俺以外の全員が絶望したのだ。

 だから、《ゼーレ金貨》以外も探索できるようになるとすれば状況は変わる。

 願いが叶うかもしれないのだ。アルファと鴻ノ巣の提案は、一考以上の価値が存在する。

 嘘を言っている可能性はゼロだ。俺と同じ立場であり、俺よりも物の見えている鴻ノ巣が自身の願いを無碍に扱う筈もない。

 奴が《ゼーレ金貨》以外で探索ができるというのなら、それは本当なのだろう。

 EXPを《ゼーレ金貨》以外で溜められるようになる。今の閉塞した状況に風穴を開けられる。ファーストが嬲られることでそれが成せるなら、きっとこの凶行には意味がある。

「理解したか? そう、何事にも意味はあるんだぜ吉原」

 にたりと嗤う鴻ノ巣。俺が最悪だと思った状況が逆転する。絶望した(・・・・)探索者にとって、今こそが最大のチャンスなのだ。

 これこそがファーストを害することにこの場の全員が承知した理由なのだ。

「そうなんですよ! 新しいダンジョンに新しい世界。エリシアさえどうにかできればこの終わってしまっているギルドを再生させることができるんです。だから、ちゃちゃっと参加していってくださいよ! エリシアのお気に入りの貴方の言葉なら、アレの無骨な心をボキっと折るには十分ですしね! ね!」

 魅惑的な誘いだった。願いが叶う可能性が現れる。閉塞した状況を打ち破る用意が為される。ちらつかされている餌。探索者が参加するには十分な理由。

 俺の良心が囁く。ファーストが可哀想だ、と。非道は非道だ、と。今まで恩を受けておいて手のひらを返すのは裏切りだ、と。

 しかしそれがなんだと言うのだろうか。俺達は自分の願いの為に何もかも全部捨ててきているのだ。たかが良心程度、棄てることに躊躇はない。ファーストの為に捨てないことを選択するのは論外だ。

(願いが叶うなら、ファーストをどうにかするだけでなんとかできるというなら、それは頷く以外にないだろう? なぁ、俺よぉ)


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